seed3-6 アスランが来た日に、何を思ったかイザークは仕事場の見学を許してくれた。 彼が所属する軍は、一年も一緒に居たのにどんな所なのか詳しい説明は無く、 情報とも呼べない知識がディアッカやニコル、ラスティと話す時耳に入ってきた程度。

一度忘れ物を届けたあの日から、大事な仲間の彼がどんなところで日頃何をしているのか更に気になった。 遊びに行っているわけではないのだから、我侭は勿論言わなかった。 けれど、許されることなら自分の眼で見てみたいと。 こんなに一緒に居たのに、知らない事も教えてくれない事も未だに多い。 だからイザークを、彼等を、もっともっと知りたいと、純粋にそう思っていた。

『・・・騙されてないよね・・・?』

いつもは見送るだけのエレカ。それを今日は彼等と一緒に乗っている。 見せろと言ったくせに、実は突然了解を得てもピンとこない。 イザークがずっと拒否していたので本当に本当なのかと確認すること十数回。 苛立つイザークの顔は怖かったけれど、それでも聞かずにいれなかったのは嬉しかったからだ。

自分に、家以外の顔を見せてくれると言ってくれたイザークの気持ちが。



『此処から見るだけにしておけよ』

イザークがカードキーを通し、ドアを開け中へと促す。 見慣れた私物が転々と置かれ周りには誰も居ないところを見ると、此処はイザークだけの部屋、なんだろう。 隊長ともなればこんなに広い部屋を宛がわれるのだろうか、は呆けた顔で室内を見回す。 家に居る彼しか知らないが、この部屋の状況からするに、イザークはたいそう偉い人物なのではないだろうか。 そうだ、以前議員にもなっていた事があるくらいだ。置かれている立場は間違いなく偉いに決まってるだろう。

壁の一辺は一面窓で、ここから見える滑走路、納庫、その他の施設からは忙しなく人や車、 見たことの無い機械が行き交いしていた。 は広大さと初めて見る大勢の人の往来に言葉を紡げず、呆気にとられた目をぱちくりとだけ瞬かせる。

「ジュール隊長」

部屋の向こうから、イザークの部下らいし人物の声が聞こえた。 イザークはドアを開け、ニ、三言葉を交し合うと、その人物から分厚い資料を受け取っていた。

『ふふ、ジュール隊長だって』
。ふざけるなら帰らせるぞ』
『・・・すみません』

資料に目を通すイザークには声をかけた。 いつもと違った呼ばれ方に、いつもより幾分大人びた声。 ふざけたつもりじゃなくて、いつもと違うイザークを見れた事になんだか嬉しくなってしまった。 しかし此処は職場。イザークが窘めるのももっともだ。

『少し、外してくる。何処にも行くなよ』

資料を持ち直し、イザークはを見る。 前から此処に興味を持っていただけに、 彼女が目を離した隙を狙ってこの部屋を抜け出るだろう事は想像に難しくない。 と、言っても分別の理解出来ない子どもじゃない。 言葉にして伝えれば言う事も聞くだろう。が、念には念を、と怜悧なアイスブルーの瞳で見やる。 は何か口篭ったが「はい」と一言怯えたような乾いた笑顔で答えた。



『・・・久々に怖かった』

はイザークが去ったのを見送ったあと、安堵に胸を撫で下ろすと、ヘタリと近くのソファに腰掛ける。 イザークと共に生活するようになって、彼の冷やかな顔つきにはいくらか慣れたつもりだった。 怒る顔つきは厳しいが、彼なりにきちんとした理由があり、時には説教中に思いやりが露になる。 冷たいと思っていた瞳も、奥には熱いほどの熱を持っていて、それは近くに居ることで気付けたと思う。

は立ち上がり、室内を歩く。イザークはここで、毎日毎日仕事をしているのか。 自分が家でのほほんと家事をしたり花を植えたりと遊んでいる間に、 この無機質な部屋や広大な施設の何処かで、ただただ一心に、きっとこれからの未来の為に。 帰って来た時の顔、本当は疲れているのを知っている。 自分に笑顔を分けてくれるが、本当は一人で息をつきたいと思っているんじゃないんだろうか。

常に背筋を伸ばしているのは、彼らが思い描く未来を実現する為。 ディアッカも、ニコルも、ラスティだってそうだ。毎日毎日、ずっと。それは、きっと、アスランだって―。 皆、懸命に自分が出来る事をしているんだろう。 何も持たない自分と、違って。

『わ、』

が廊下への扉へ近づいたところで、静かにドアが開いた。 鍵をかけられていると思っていたが、イザークも流石に締め切りにはしなかったようだ。 ひょこりと顔だけ廊下へ顔を出して左右を確認すると、やっぱり長い。そして十字路が多すぎる。 今一人で帰れと言われても迷うこと間違い無しだろう。

ついでにあの冷ややかな瞳を思い出し、 やはり部屋で大人しくしているのが良策、とが室内へと戻ろうとした。 が、その時、マイクロユニットがひらりと廊下へと出て行ってしまった。

『ちょ、ちょっと!行っちゃダメなんだってば〜!』

こんな所、一度出て行ってしまったらマイクロユニットだって帰って来れないだろう。は慌てて追いかけた。



『何だよ!コレ』
『コラ、シン!』

シミュレーションルームには、十数人の兵士達が席に着いていた。 一人一台のコンソールを前に、各々準備にとりかかる。 その中で一人、黒髪の「シン」と呼ばれた少年が再度荒々しく側面を叩いた。

『だって、ルナ。管理課に連絡しても来ないんだから、どうにかしないとしょうがないだろ。 もう直ぐシミュレーション始まるぞ』
『だからって叩くことないじゃない!』
『俺にこれが直せると思うか?緊急の荒治療だ』

どうだ、と言わんばかりに、シンはコンソールを指差した。けれども、うんともすんとも反応は無い。 ルナと呼ばれる少女、ルナマリアは大きく溜息を吐くと、シンにもう一度管理課へと連絡するよう促した。

エースパイロットになる素質を持ってはいるが、シンはまだまだ精神的に子どもだ。 何かを秘めている赤い瞳は野心に燃え、時に粗暴。 けれど憎めない笑顔を持っていて、彼と接することでルナマリアは長女である性分を無意識に発揮させられていた。

けれど、まさかコンソールに躊躇いの無い一撃を食らわすとは思いもしなかった。 彼の力加減次第で、これ以上内部が壊れるとは思わないのだろうか。 ルナマリアがぐるりと視線を一回転させて溜息を吐くと、ひらり、蝶が彼女を労わるよう肩に舞い降りた。

『へ・・・?何これ?』

蝶と思っていたのは真っ白に輝くマイクロユニット。 驚きに瞳を丸めたルナマリアはその蝶に手を差し出し、人差し指に留めた。 よく見れば羽の造りは特に精密で、本物の蝶のように滑らかに動いている。

『此処に、居た・・・!』

魅入るように蝶を眺めていると、突然、聞こえた声。 ルナマリアが顔を上げると、息を切らした少女が膝に手をついて安心したように笑っていた。

『あれ?あなた前に・・・』

ルナマリアは更に目を丸くさせた。彼女は以前、ちらりとだけ擦れ違った少女ではないか。 同じようにここに居ると言う事は、やはり彼女も軍人だったのだろうか。 見るところによると、来ている服は軍の何処にも属したものじゃないが。

『わっ!』

ルナマリアが声をかけようとした時、背後からシンの声が聞こえた。
その色が余りにも驚きを含んでいて、思わずルナマリアは振り返る。

『やばい、モニターに次々と文字が出て来てる』
『あんな風にシンが叩いたからでしょう?』

ルナマリアはシンの隣に腰掛け、備え付けのキーボードを叩いてみた。 が、反応は無い。オマケに映し出されるエラー表示を見ても何がどうなっているのかさっぱり分からない。 やっぱり管理課の者が来るのを待つしかないとシンに言おうと振り向くと、 がひょっこりとモニターを覗きこんでいた。

『これ・・・。ちょっと、待って』

そう言ったは、シンの前に回り込む。 そして、画面に所狭しと出て秒単位に変わる文字をじっと眺めた。

『お前何だよ?どうせ見たって分からないだろ?』

いきなり現れてのほほんとした顔つきでモニターを見るに、シンは訝しげな顔を隠す事無くしてみせた。 いや、完全私服の、一体何処の誰だか分からない人物が出てきたらシンじゃなくたって不審に思うだろう。

それでもはモニターをじっと見やる。 いつしか顔つきは真剣なものへと変わり、手がゆっくりとキーボードへと伸びていった。

『リソースが混乱してる・・・』

そう言葉にした後、突然指が動き始めた。 何をどう展開しているのか、ルナマリアやシンに分からない。 画面に流れる文字も、開いては消えるウィンドウも、一瞬と言えるほどの速さで、 脳で理解する前に、目で追うことも不可能だ。

驚きに動けないで居る二人を置いて、はの手は滑らかにキーボードを駆ける。 そして仕上げ、とばかりにキーを軽快に押した。

『出来た!ついでに、ユーザビリティを向上させておいたよ。もう大丈夫』

にっこりと笑うは、呆然としているシンへと振り返る。
ひらりとマイクロユニットがの肩に留まり、きらりと輝いた。

『お前、何者?』
『え?』
『何でこんな事出来んだよ』
『何で、・・・だろ?』

眉を寄せたシンは、攻撃的にへと言葉を放つ。 いきなり現れて、いきなり不具合を直して、当たり前のように笑うなんて。 オマケに意味の分からない返答をしつつも、暢気であっけらかんとした顔つきに腹が立った。

『は?何言ってんだよ、お前の事だろ?』

と、言われても、も何故自分にこんな事が出来たのかさっぱり分からなかった。 シンが言うように、これは自分自身の事なのに、全く、一ミリもピンとこない。 ただモニターを見た途端何が起こっているのか理解出来て、それから考えるより先に身体が反応していた。

『えと・・・、』
!』

本当に分からない、とそう言おうと思った瞬間、怒号にも似た声が空間に割り入った。 声の方向に視線を寄せると、両腕を組み怒りに肩を震わせたイザークが冷淡な瞳でを見てる。

『此処に居たのか、何処にも行くなと念を押したのに!』
『あ、うぅ・・・。ごめんなさぁい・・・。でもこれにはワケが・・・』
『うるさい!』

どれだけの人間に尋ねたと思っているんだ、とイザークはの手首を掴む。 一見荒々しいような行動だったが、思いのほか丁寧にを引き寄せると、 しっかり、もう二度と逃げられないように、と気迫のある瞳で詰め寄る。 言い訳の一つもしようとしただったが、イザークの迫力にあてられてそれ以上は言葉にせずただ何度も頷いた。

『失礼した』

呆然と一連の流れを見ていたシンとルナマリアにイザークはそう言うと、 怯えた瞳のを引き連れて流れる風のように颯爽と外へ消えて行った。



『・・・ジュール隊長の、知り合い?』

一体何が起こったのか。二人は確認するかのように互いの顔を見た。