seed3-7 『まったくお前は!もう二度と連れて来てやらん!』
『・・・だって・・・マイクロユニットが・・・』

が言い訳をしようとすると、イザークの拳が勢い良くデスクに叩き付けられた。 その気迫に押されたは、無意識に顔を顰め、距離をあけようと一歩分後ずさる。

『俺は此処に遊びに来てるんじゃない。 お前を内部へ通す為に、分厚い書類に記入して、数日待ちの申請をしてるんだぞ?そんなもの持って来るな』
『・・・ご、ごめんなさい』

は呟くように謝罪する。
自分一人が軍施設に入るだけで、忙しいイザークに仕事を増やすような手順を踏んでいたなんて知らなかった。

いや、言われてみれば分かる。考えてみればそうだろう。 ここは機密事項を沢山持つ場所だ。幾らイザークの知人だろうと、一般人が気軽には入れるわけがない。 は考え無しに行動した自分が情けなくなり、視線を落とし、うな垂れる。

イザークの表情。とても真剣だ。 彼の立場を理解して迷惑をかけたくないと考えていたのに、いつの間にか自分は彼に甘えていたようだ。 本当に申し訳がない。こんな簡単な事すら、忘れてしまうほど。



どれだけの人間に尋ねたと思っているんだ

先程自分を見つけてくれた時に、彼はそう言ってくれた。 忙しいのに探してくれた。自分のような人間を、どう周りに言って探してくれたのだろう。 そんなにしてくれたのは、軍の皆に迷惑がかかるから?イザーク自身の評価が下がるから?
それとも、少しでも自分の事を―

『・・・心配、した?』
『なっ!?』



伺うような、ちらりとした、上目遣い。 無意識だろうのそれに、思わずイザークは息を呑む。 ここは怒らなければならないところ。可愛い―、なんて暢気な感情に浸っている場合じゃない。 イザークはついつい溢れる想いが零れないように拳を強く握った。

『あ、当たり前だろう?!お前は俺のー・・・』



そこで、イザークは言葉を止めた。
一体自分は彼女の何だと言うのだ。

には、「仲間」だと言った。 終戦の際、懸命に戦い、深く傷ついたにそう言うのが精一杯の誠意だった。

その事に関して、今だ後悔はしていない。自分の気持ちを伝える事は二の次だ。 先ずは彼女が安定した生活を送り、安らかな毎日を楽しめればいい。 記憶が戻らなくていいと彼女の本能がそう言うのなら、思い出さなくていい。 忘れたいから、忘れたのだろうから。



『・・・強く言い過ぎた。兎に角こいつが離れないよう気をつけろ』

言いたい事は伝えた、そう言うとイザークはの頭をポン、と叩く。

『・・・心配、してくれたんだ。ありがとう』

はそう言うと照れくさそうに微笑んだ。 その顔を見て、イザークは再度堪える。 本当に、本当に、ずっとずっと前からは、不意をつくのが巧いというかなんと言うか。 そこだけは変わらない。正直、困るが。 元々持っていたものだとしても、どれだけ周りが振り回されているのか、自覚がないのだから。

『へへへ』

溜息をつくイザークの心情も知らず、はニヘラと笑う。
心から、嬉しかった。イザークに心配して貰えて、本当に心から。








さん、ここの食事どうでした?』
『美味しかったよー?』

昼休憩の時間、食事を終えたにニコルはにこやかに問う。
ニコルは味気ない食堂の雰囲気が、今日だけは明るく感じていた。 仕事の場だから、別段何か感情を持つ必要はないのだが。 軍にだって華やかな女性はそれなりに居る。 けれどそうじゃない。安心する相手が隣に居るだけで、こんなにも違うものかと。

『俺はちゃんのご飯の方が何倍も美味いと思ってるよー』
『ありがとう、ディアッカ』

いつもより軽快な口ぶりのディアッカも、同じようだ。 誰が見ても分かる上機嫌な笑みを湛え飲み物をその口に運ぶ。 本心でを褒めているのだが、の隣に座るイザークの反応を楽しむのも忘れずに。 そして心の中では、相変わらず他の男が、それが例え仲間だとしても を褒める時は面白くなさそうな顔をするなぁ、なんて笑って。

『今度さ、俺にお弁当作ってよ!』
『ラスティに?』
『愛妻弁当風にしてな!』
『恥ずかしくなければいいよ?喜んで作らせてもらうね』

にこりと笑ったは、席を立ちラスティから視線を外した。 ここへ入ってきた時、ニコルに案内された通路側のコーナー、あそこに行けば飲み物が貰えるらしい。 先程はディアッカが持ってきてくれたが、今度は自分で取りに行こうと。

『おかわり、いる?』
『俺欲しいー』
『僕もお願いできますか?』
『分かった』

最後にはイザークに視線を寄せた。イザークは要るのだろうか、と聞くように。

『・・・ラスティ、いい加減にしろよ』

静かにコーヒーを飲んでいたイザークだったが、眉一つ動かさずに言葉を放つ。
カップを音も立てずに置くと、鋭い目つきでラスティを見やった。

『妬くなよ、イザーク。俺も愛妻弁当作って欲しい〜、って言えばいいだろ』
『・・・お前これから家の出入り禁止な』
『お、おい!冗談だろー?イザー・・・』
、俺も一緒に行こう』

ラスティの話半分で、イザークはの肩を押した。
無常にも怜悧な瞳で一瞥し、背を向ける。 ああ、とラスティが言葉を漏らすも、全く聞き入れる気がないようだ。 ニコルとディアッカに背中を優しく叩かれ、ラスティは大きく嘆息した。



『ココアあるかな。生クリーム乗ってるやつ』

そう言いながら、は人を避けた。
大きな施設なだけあって、食堂内は人で溢れかえっている。

通路側のコーナーに差し掛かり、とイザークは足を止めた。
イザークが従業員に声をかけ、はその間、周りをキョロキョロと眺める。 本当に人が多い。これだけの人が集まるような場所に、自分は行った事がない。 と、言うかここ最近の記憶しかないのでそう言い切れはしないのだが。

でも、過去の自分が普通の生活を送っていたらのなら確実に「ない」と思う。 だって、本当に食堂だけでも広い。 ここ通路側から窓側、部屋の奥に座る人の顔が認識出来ないほどの距離があるのだから。 多人数を収容する目的のホールや競技場以外にこんな施設、ここ以外何処にあるというのだ。

それに、すぐそこのアーチから先にある通路、果てしなく長い通路にだって往来する人が多く居る。 軍服を着た者、作業服を着た者、その中でもイザークのように白色や、ディアッカのように緑色、 そして、あそこを歩く赤い色の―・・・

『・・・あれ?あの・・・』



赤服を見たその時、の全ての動きが、一瞬でとまった。



 ― あ の 、後 姿 ―



『・・・ウ・・・?』
『は?』

小さく零した言葉は、隣に居るイザークには聞き取れなかった。
風のように、漏れた言葉。

『ラウ・・・、ラウ・・・ッ!!』
!?』

イザークが飲み物を受け取り振り向いた途端、は走り出す。

『待って!待って!』

呆気にとられたイザークをおいて、は眼を大きく見開き、駆けた。
こんなにも開けた視界なのに、そこしか見えない。
人をかき分け、ただただ一点へ向かって。



『まっ・・・』

求めていたその人物へと辿り着くと、は勢い良く腕を取り、縋り付くように掴んだ。
の手は震え、掴んだ場所が熱いほどの温度を放つ。 ここへ来なければならないと思った。この人物を掴まえなければならないと思った。 分からない。分からないけれどずっと探していたような、 どこか懐かしいような、はっきりとは言えない感情が胸を覆っている。



『・・・何か?』

腕を掴まれ、振り返ったのは少年。
肩より少し長い金色の髪がさらりと流れ、その合間から見えた瞳には何の色も落としていなかった。 ここに居る情熱を持った若者たちとは違う。音のない瞳。



『いや、・・・人違いだ・・・』

 ― 人違い?誰と?



『そうですか。では』

金色の髪の少年は、それだけ言うと無機質な瞳を進行方向へと流し、その場を去る。
はその後姿に、どうしても視線が惹きつけられた。
どうしてか、なんて分からないけれど、どうしても、無意識に。



『どうしたんだ、?』
『ううん。なんでもない・・・』

追いついたイザークが声をかけるも、は振り向く事が出来なかった。
まだ小さく見える後姿。彼が視界から居なくなるまで、目を離せないと分かってしまったから。



『・・・なんでもないよ』

なんでも、ないわけがない。
けれど、イザークたちには「なんでもない」と言わないといけない気がした。

この気持ちを言葉にするのが、微かに怖いと思ったから。