seed3-3 緑生い茂る木々から、透明な朝陽が室内へと差し込んでいる。 白く輝く太陽が東から上がった頃、はその光りを身体に受け止め気持ち良さそうに顔を緩めると猫のような背伸びをした。

『今日も良い日になりそうだな』

軽い足取りでドアの外へ出ると、雲一つ無い空を仰ぐ。 毎朝、朝食の用意が出来たら届いた新聞をポストまで取りに行くのがの日課だ。 イザークが食後に直ぐ新聞をチェック出来るようにセカンドテーブルの上に置く。

イザークは、コンピューターやテレビではなく、手に活字を取って読みたいらしい。 世間のニュースなどの情報を電気機器からも収集しているが、 紙を手に取り活字を見る方が静かで落ち着くと言っていた。 正直に情報摂取と言う意味で違いは分からないが。 そんな彼の自室には多量の本があり言われてみればまぁそうなのだろうとは曖昧に頷いた。

『・・・あれ?』

取ってきた新聞をセカンドテーブルに置くとヒラリ、真白い封筒が足元へと落ちる。

『アマルフィ・・・?ニコルからだ』



その頃、手紙の差出人はジュール邸に居た。 最近はインターホンを押さず家に入ってくる為、が気付かなかったのだろう。 それの無礼はディアッカやラスティから始まったものなのだが、ニコルにも悪い意味で影響してしまったらしい。 「全く困ったものだ」と最初は突然現れる同僚に眉を上げていたイザークだったが、近頃はもう諦めたようでこちらこそ当たり前の顔をしている。

『コンサートの招待状、一応アスランにも送ったんですけど・・・』

ニコルは詰襟を触りながらバツが悪そうにイザークの後姿に声をかけた。 イザークは何やら考え込んでいるようで、窓の外、眩しい朝日に目を細める。

『あの、さんの事も話してませんしどうしようか迷ったんですけど、でも、アスランも僕の大事な仲間だから・・・』
『誰も駄目なんて言ってないだろ。それに、アイツ等だって呼ぶななどと言わん』

ニコルが詰まる声で続けようとすると、イザークが途中でそれを遮った。 言いたい事は分かる。アスランはずっと一緒に居た仲間で、時には命を預けるほど信頼した相手だ。 そもそも、自分だって時折地球に居るアスランとは連絡を取っている。 ニコルも、難しく考えないで昔と同じように接して良いんだ。
けれど、の現状を知らないアスランとを会わせても良いものか。の事を言うべきなのか、そうじゃないのかとは皆悩んで居る。

『・・・いつか話さなければならないと、俺だって思って居たさ・・・』

そう言ったイザークは「良いきっかけが出来た」と振り向き笑った。
そしてニコルの肩に手を置くと静かに隣を通り過ぎてドアを開ける。

『朝飯、まだだろ?一緒にどうだ』
『イザーク・・・』

困った顔をしたニコルを廊下の外へと誘う。ここでただ辛気臭く話をしていても何かが変わるわけではない。 それに、これから仕事だ。ニコルはイザークの笑顔に頷いて、気分を変えるように明るい廊下へ出る。 すると、丁度新聞を片手に持ったと鉢合わせる形になった。

『あれ?ニコルだ。お早う』
『お早う御座います。さん』

きょとん、とした表情のは突然表れた顔に面を喰らっているようだ。 ほぼ無意識に出た挨拶をすると、早朝からどうしたものかと首を傾げた。 しかしが理由をニコルへ問うより早く、ニコルがの手元にあるものを見て目を丸くする。

『これ今日届いたんだ・・・。思ってたより早かったな』
『これって・・・?』
『あ、これはコンサートの招待状です。さんも是非いらして下さい』

実は、今しがたイザークと話していたのはこの招待状の事。 ニコルは近々コンサートを開くので来て欲しい友人知人等に送ったのだ。 戦争が終わり、久しぶりのコンサート。それには勿論アスランも呼びたいと、そう思って。

『え?良いの?なかなか外に出る機会が無いから嬉しいよ』

優しく笑うニコルへの表情はパァ、と明るく変わる。 自分には知り合いも居らず特に物欲も無いので、なかなか外に出る事は無い。 唯一、時々プラントのボランティア施設に居るフレイの顔を見に行くくらいか。 イザークと言えば毎日忙しそうにしていて、たまの休日に外へ連れ出して欲しいと頼むのは申し訳ない気がする。 けれど、刺激が欲しいと言えば欲しい。最近で外に出た、そんな思い当たる節は、

『・・・久々の遠出はイザークの忘れ物を届けるだけだったし』
『あれは・・・』

チラリ、イザークを見やる。見たのはただ会話の流れであって、イザークが顔を引き攣らせ半歩後退したが別には攻めている分けではない。 ただ少し、「さっさと帰れ」と冷たい態度を取られた事は心にひっかかってはいるが。

『・・・じゃあコンサート用のドレスを新調してやる。それでどうだ』
『本当に?』

イザークにはが何を言いたいのか分かったらしい。 ご機嫌取りにモノを出すのもどうかと思うが、これで少しでもあんな態度を取った事を忘れてくれるなら安いものだ。 ほ、と胸を撫で下ろすのも束の間、は「あ」と口を開いた。

『ねぇ、イザーク。それより軍見学とかどう?お仕事見学したいなぁ。ダメ?』
『は?駄目だ』
『・・・ケチ』

閃いた顔をしたかと思いきや、何を言い出すのやら。「軍見学だと?」と眉間にシワを寄せたイザークは睨むようにを見る。 それとこれと話は別だ。それに、民間人が簡単に入れる場所ではない。どんな顔をされても駄目なものは駄目だ。

『何とでも言え』

冷ややかなアイスブルーの瞳にぐっ、と堪えていただったが、暫くすると諦めたように肩を落とした。



それから、暫くの時が経ちニコルのコンサート当日となった。
コンサート会場は以前行なった場所よりずっと広かったがそれ以上に招待客も増えた。 笑顔の漏れる人々の表情は朗らかでこれからの音楽を楽しみにしているのだろう。 早く着いたところで何も変わらないが客席に急ぐ人も、多々見受けられた。

そんな中、開演前の開放的なエントランスの端でキョロキョロとした燕尾服のニコルが、招待客が入ってくる足並みをぐっと見つめている。 開演前のこんな時間に入ってくる客一人ひとりの顔を確認出来るわけが無いのに。 でも、それでも変わらず大きな瞳を動かしていたニコルの視線は固い。すると、彼の後ろから物腰柔らかい声がかかった。

『ニコル、誰か探してるのか?』

瞬時、ぎくりとしたようにニコルの身体が強張った。
驚いたのではない。これは、他の誰でもない、探していた声だからだ。

『アスラン・・・ッ!』
『久しぶりだな、ニコル』

ニコルの顔が明るく花咲く。探していたのはアスランだ。
今日来てくれると返事を貰って以来、ずっと気になっていた。忙しいのに来れるだろうかと。 ニコルが見上げ相手はもうモニター越しでは無い。 久々に会ったアスランは少し身長が高くなったようだ。 元々落ち着いていた物腰に更なる磨きがかかり、緑色の瞳には随分と男らしさが増していた。 勿論ニコルも成長しているのだが、もっと大人びたアスランに、また追いかける存在であると再認識させられる。

『有難う御座います、来てくれて・・・』
『いや、俺もずっと直接顔を見たいと思っていたから』
『元気そうですね』
『ニコルも・・・』
『・・・・・』
『・・・・・』

不意に、会話が途切れる。いつもメールや通信で顔を合わせているけど、やっぱり直接会うのとは違う。 気恥ずかしいような、安心するような、不思議な感覚。 暫し照れくさそうに笑っていた二人だったが、元気の良い声が間に入りその雰囲気は終わりを告げる。

『ニコル!こんな所に居た!』
『ラスティ』
『リハーサルの途中で抜けるんだもん、驚いたよ。そろそろ開演だし、もう一度指慣らししておきなよ』
『あ、ハイ。・・・じゃあ、アスラン、今日は楽しんで行って下さい』
『ああ。有難う』

ラスティが二人の間へと寄ると、ニコルはしっかりとラスティへ頷き演奏者への顔つきになった。 ラスティの後ろにはディアッカと、遅れてイザークが見えた。 人々の往来の激しいエントランスなので目を合わせる事くらいしか出来なかったが手を上げた身体で意気込みを語る。 もう一度アスランを見たニコルは、燕尾服を翻してリハーサル室へと向かった。



ニコルを見送ったラスティは、アスランへと振り向く。 ニヤリと笑った顔は相変わらず悪戯心を隠しきれて居ない子供のようだ。 嬉しそうに少し眉を下げたアスランの顔を見ようと、ディアッカも正面へと移動する。

『メールの返信くらいちゃんとくれよ、忙しいだろうけどさ』
『そうだぞ。いっつも遅いんだから』
『ごめん、ラスティ。ディアッカも』

そう言ったアスランは頭をかいて二人を見た。 忙しい事を理由に怠惰になっていたのは事実だ。 今度からは直ぐに返信をする、と誓うと隣から鋭い視線を感じた。

『イザーク・・・』
『ちょっと来い』

そこには人を掻き分けて来たイザークが居た。 険しい顔つきは昔から見慣れたものだが何処か雰囲気が違う。 イザークもメールの返信の件について怒っているのだろうかと首を傾げたアスランは、そのまま表情を固まらせた。

・・・?』
『え?』

イザークの後ろには、ひょっこりとが顔を覗かせていた。 いつもさらりと靡いていた髪をまとめ、可愛らしい赤いドレスに身を包んでいたが、変わらぬくりくりとした瞳を瞬かせている。



アスランはの顔を見た瞬間、心が凍りついたかと思った。世界中の時計が、止まってしまったかと思った。

けれど頭の中では、色々と溜め込んできた思いが駆け巡る。 だって、ずっと見れなかったの顔が、今なら直ぐ其処にあるのだ。 地球へ降りてからの経過をほどんど聞かなかった、聞けなかった。自分から連絡をするのが怖かった。 ヤキン・ドゥーエで自分は彼女を困らせただろうか、悲しませただろうか、それとも、失望させてしまっただろうかと、ずっとそう思っていたから。

でも会いたかった。

『あの・・・。えっ・・・と?イ、イザーク・・・』

アスランのまだ熱が残る唇は、今どうしてか動かない。 言葉を失っているはアスランの顔を確認した後そっと爪先を立てイザークへと耳打ちをした。



「誰だっけ?」は極力小さくイザークへ問う。 自分の記憶が無い事を重々承知はしているのだが、やはりこう言った過去の知人に会った時どうして良いのか未だに迷う。 知らないと言うのも、覚えていないと言うのも、相手を傷つける結果になるとイザーク達と触れ合っていく過程で理解したからだ。 視線をイザークに合わせると、アイスブルーの瞳は伏せ目がちになりを片手で制した。

、お前は其処に居ろ。アスラン、こっちへ来い』

そう言って、イザークはをその場に待たせた。 アスランと呼ばれる青年をエントランスの壁際に立たせ、何かを話し始める。これに似た光景は、何度か見た事がある。

何故ならば時々、イザーク達は自分には聞こえないように何かを話す事がある。 それは大抵自分の記憶に関わるだろう事だと、流石のでも自覚していた。 だって、いつもそうなんだ。自分の事を誰かに説明する時、自分の知らない過去の話をする時は、いつだって何処か別の場所へと行ってしまう。

本当は、それが少し寂しかったりする。自分だけが輪の内に入れて居ないような気がするから。 でも、彼等の配慮で自分と言う個人が助かっているのも事実だ。 彼等が言葉を選び相手に伝えてくれるから、何も知らない自分でも存在する場所を得ることが出来ている。でも、



『・・・お前だけだね、本当に、いつも傍に居てくれるのは・・・』

そう言って肩に留まる蝶へ、頬を寄せる。 皆が良くしてくれるのは知ってる。いつも自分の近くに居てくれているのも。 でも、こうやって何かを話す時、自分の事なら尚更その場に居させて欲しいとも思う。
小さく吐いたの溜息は、誰に聞こえるでもなく、ただ数多の足音に掻き消された。