You must take action. (09/08/13)




探さなくては 君を繋ぎ留める為の 優しい嘘を



クルーゼは私室へと帰ろうとして足を止めた。 ちらりと仮面の中の瞳は一室の扉へと動き、暫く眺めるように見る。 小さく面倒そうな溜息を吐いたかと思えばそちらへと足を動かし、 無機質な白い手袋に包まれた手がドアをノックする。

返答が無く再度ノックで呼びかけるも、部屋の主は一向に答えず、出ても来ない。 軍務に追われたクルーゼが仕事を終え帰室し、 この部屋へ訪れた今の時間は決して早い時間ではなかったけれど、 子供が寝るような時間でもない。

『私だ、入るぞ』

どうせ何時まで経っても主は反応しない、と知っていたクルーゼは無遠慮にドアを開けて中へと入る。 すると、暗い部屋の奥にあるベッドの上で、 小さく小さく丸まるように座った少女が呆けたまま一点へと視線を落としていた。

『・・・。いい加減部屋から出ることもしろ』

クルーゼが声をかけても、先程のノックと同じように反応が無い。 は虚ろな瞳で何処でもない一点を見つめるだけ。



― 「血のバレンタイン」以来、はすっかり殻に閉じ篭ってしまった。

数える程だが、共に戦って来たの印象は感情の起伏が無いように見えた。 だが、実はこんなにも感受性の高い少女で、 ナチュラルを殲滅する正確無比な兵器だと思っていただけに、流石のクルーゼも少し驚いた。

おまけに、あの日慰め、自分の都合の良い手駒にする筈だったが、 まさかこんな風に使い物にならないとは思わず、 仕方なしに隣の部屋に住まわせ様子を見るも元気になる予兆すら見られない。 本当なら苛立ちのまま捨ててしまっても良かったのだが、 元来父親の仕事上、軍の施設内で育ったのような偏った思考と、 普遍的な能力を持つコーディネーターはそうそう居ないと分かっているとなかなか手放せないでいた。

『今日は新しい兵士が入隊してきたよ。今年は特に優秀な面々だそうだ。
 特に今期の評議会議員の息子達は―・・・』

声をかけてもが変わらない表情を浮かべているのに気づいたクルーゼは言葉を止めた。 そしてゆっくりとのもとへ歩むとベッドに腰掛け隣に座る。



『・・・また寝ていないのかね?』

クライン議長が「黒衣(喪服)の独立宣言」を行った今も、は食べる事も寝る事も碌にしていないようだ。 随分細くなった身体で時々ふらりと立ち上がり部屋の窓から外を見る事があるだけで、 何をするわけでもない視線はいつも虚ろで生気が無い。

けれど確実に耳には入っている筈だ。 「血のバレンタイン」での犠牲者を弔う国葬の際、独立宣言と「地球連合」への徹底抗戦を明言したのを。

戦わなくても良いと言った。モビルスーツに乗らなくても良いと言った。
けれどそれはの感情が落ち込んだ一時のものであると確信していたからで、 また気丈な彼女に戻れば良きパイロットになると思っている。

『・・・ゆっくり、お休み』

クルーゼは少しだけ笑うとの頭をポンポン、と叩く。
まるで我が子を扱うような優しい手付きだったが、が視線を上げることは無い。
クルーゼはベッドから立ち上がり静かに部屋を後にした。 そしてドアが閉まったと同時にらしくない嘆息を漏らし歩き出す。



『・・・何か策を練らねばならんな』

折角手に入れた優秀な駒を使わずして居られるか。クルーゼは自室のドアを颯爽と開いた。





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