≫誰かに最低だと告げられなくとも、望みはいつも最低の綺麗事だと誰よりも知る (08.10.24)
アスランがブリッジの中に入ると、当然の如く先に入って行ったの姿があった。
整備士の制服を身につけた彼女は、クルーゼ隊長と何か話している。
機体がどうとか、モビルスーツデッキの状況はこうだとか、
そんな会話をする為に整備士がブリッジに訪れる事も少なくない。
軍艦に乗っているなら珍しくもなんともない当たり前の光景。
けれど、アスランは彼等に近づくにつれて眉を顰めた。
隊長と整備士のしているそれが、極々当り前のそんな会話じゃなかったから。
◆My love story◆
アスランとラスティ、そしてミゲルとその他数人の兵士達はクルーゼに呼ばれた為に艦橋へと集まった。
彼等は戦略パネルの前に向かうクルーゼに寄ると、しっかりと綺麗な列を作り敬礼する。
それに対して不敵な笑みを返したクルーゼは、戦略パネルに視線を戻して口を開いた。
『さて、君が立てた作戦は?』
隊員達が来たと言うのに、クルーゼは彼等に声をかけないで隣に立つ一介の整備士に問う。
その行為に、兵士達は互いの顔を見合わせては誰だ、と小さく問い合う。
が、答えが出るはずもないそれを気にしてないのだろう。
彼女はクルーゼを見ると真剣な眼差しで返し頷き、ゆっくりと口を開いた。
『この時間になりますと、潜入部隊の工作により排気口の監視が切れます。
後に決めて頂きたいのですが、此処から各部隊を滑り来ますと良いでしょう』
アスランを始め、兵士達は素早く戦略パネルが見易い方々へと寄る。
まさか整備士から作戦内容が出て来るとは思わなかったから聞き溢さない様に近くへ、と。
一人残らず疑問を浮かべた彼等は不思議そうな面持ちでスクリーンと彼女を交互に見た。
『それからジンも何機か出した方が良いと思います。
先ずは宇宙港を制圧しましょう。それの後にモルゲンレーテを攻撃して下さい。
モルゲンレーテには予備パーツがあるでしょうから運び出す事も忘れずに。
運び出せないものは破壊して構いません。
そして、後方から援護目的に思わせる様にこの艦、ヴェサリウスもガモフも出ます。
彼等の敏捷さならMSを奪取してから直ぐに帰って来てくれるでしょうし、
艦は電波干渉程度で十分でしょう。
中立コロニーの軍事力ですから、そんなに手古摺る事も無いと思いますけど・・・』
はクルーゼの返答も聞かないまま、パネルに備え付けられたキーボードを作戦を述べながら素早く叩く。
それに伴ってスクリーンに赤く点滅する部分があるのはご丁寧に彼等が進むべくルートを示しているらしい。
もともと宇宙空間にあった鉱山を溶接した内部が私企業モルゲンレーテの私有地なのだが、
勿論コロニー内部にすら行った事が無い彼等に分かり易い様にと作られた地図に兵士達は目を奪われては納得した。
『皆さん、これを見て下さい』
次に、がエンターキーを押すと、何分割にも分かれた画面が現れた。
其処には何か建物が映っているが、兵士達にはそれが意味するものはまだ分からない。
そんな中、アスランは話し続けるをちらりと見たが、先程笑っていたあの無垢な顔をした女の子には、とても思えない。
力の籠る瞳は、とても鋭くて整備士が持つ様なものではないのだから。
けれど作戦会議中の此処で彼女に問う事は出来ない。
ぐっと私語を慎むアスランはパネルに視線を戻しての言葉に耳を傾けた。
『主要施設です。此処に爆薬をセットして来て下さい。
工場区外ですから、彼等がこれとジンを対処している間、混乱に乗じて機体へと近づけると思います』
淡々と話す彼女の声は、いつも聞くものより低く威圧的だ。
一歩後ろで聞くクルーゼの顔はの作戦に同意しているのだろうか、何も言わずににやりと笑みを湛えている。
『今さっき資料を目にしたので独断ですが、五機ある機体に乗るのはこの五人が適正だと思います』
耳に心地良いほどテンポ良く入力されるキーボードの音が止まると、またパネルの表示が変わり、
今度は顔写真が出て来ている。それを見てアスランの顔色が変わった。
アスラン、イザーク、ニコル、ディアッカ、ラスティ。
彼等の顔が順番に表示されている。
『やはり「赤」の皆さんが良いかと』
は少し顔の表情を和らげると、アスランに視線を移した。
アスランがドキリとしたのは束の間で、にこやかに笑った後はクルーゼへと向く。
『現状として、機体はヴェサリウスに二機、ガモフに三機収容出来ます。
データの吸い出しがしたいので、奪取したら直ぐに戻って来て貰えたらと思います。
わたくしごとですが、ヘリオポリスは中立コロニーですので、地球軍兵士以外の殺生は避けて頂きたいと・・・』
『よし』
ここでようやく、クルーゼが口を開いた。
寄りかかっていた壁から一歩前に出て、の肩に手を乗せる。
クルーゼの顔を見て笑う彼女等の親しげな表情に、アスランの眉がピクリと動いた。
『大まかな流れはの言った通りだ。これから密な編隊を組む。、下がって良いぞ』
『―はい。失礼します』
クルーゼの言葉に、は素直に下がり一礼するとブリッジを出る。
アスランはもう一度自分に視線を向けて欲しかったがドアは無機質な音を立てて閉まり、そうされる事は無かった。
『では・・・』
上の空のアスランに気づいてか、クルーゼが少し強めの言葉を紡ぐ。
そして数十人居る人数から、順に編隊と細かな指示を出していった。
『さて、ガモフに帰りますか』
ブリッジを出た後、はもう一度船舶へ乗り込もうとデッキへと足を運んでいた。
足取りは至って普通で、顔の表情も穏やかなものに変わっていた。
『ラウ、無理しないと良いけど・・・』
昔から、少し無理をし過ぎる所があるから―、とはそう呟く言葉を足す。
『大丈夫、だよね』
クルーゼとは、昔ほんの少しだけ一緒に「仕事」をした事があった。
彼は今と変わらず仮面を身につけ、冷静で時に冷酷であったが、あの時から彼だけは自分に優しい言葉をかけてくれた。
腕は間違い無くトップクラスで、C.E.70の世界樹攻防戦においては、MA37機、戦艦6隻を撃沈し、ネビュラ勲章を受章している。
だからそんな彼を心配しているんじゃない。
心配なのは、ヘリオポリスの住人と顔見知りの彼等、イザークとアスランや任務を受けている兵士達だ。
入手した情報によるとモルゲンレーテにあるのは間違いなくMS。
あの新型機動兵器を使って、連合軍がまた「ユニウス・セブン」の様にプラントを攻撃しては困る。
そんな惨事を食い止める為にも全てにおいて強行ながら無力な中立コロニーへの潜入、MSの奪取、または破壊が必要だ。
『ジュールさんも、アスランも、誰も死にませんように』
あんな作戦を自ら立てておいて何を言っているのだ、と、馬鹿な事を望んでいるのは分かっている。
クルーゼ隊に配属されてると知っていて、彼等が有能だと分かって、頼って、危険な場に赴かせてるくせに。
イザークに至っては、戦争が嫌いだと断言したばっかりのくせに。
自分があんな事を口にしたと知ったら、矛盾してるときっとまた痛いところを付いてくるだろう。
でも、自分を必要とするクルーゼの為に、だからこそ最小限に。
『・・・・・』
ブリッジを振り返るの眼は痛痛しく細められていた。
彼女の視界だけには、何かがくっきりと見えているかの様に。
『なあ、さっきの子何だったんだろうな』
作戦会議が終わると、部屋へ戻る途中にミゲルが口を開いた。
あれほどしっかりした顔つきで作戦を聞いていた彼は気が抜けたのだろうか、艦橋を出た途端に呑気な声を出す。
『俺も思った。可愛い子だったけど、あの恰好整備士だろ?何であの子が作戦会議出てたのかな。なぁ、アスラン』
『・・・・・』
ラスティも不思議だとぼやいて頭の上で腕を組み隣を歩くアスランに話しかけた。
が、アスランはただ黙っては何かを考えている様で、無反応な彼にラスティは勢いよく顔を覗き込んだ。
『アスラン!』
『うぁっ!』
アスランにしたら突然目の前に現れたラスティの顔に驚き、思わず後ろへ仰け反った。
下手したら無重力のせいでこのまま天井まで飛び上がってしまいそうだったがアスランは壁に手を付いてそれを制した。
早く打つ鼓動が鳴る胸に手をあてて、睨むようにラスティを見る。
『何だよ』
『だーかーら!あの子何者なんだろうって話』
ラスティは上の空だったアスランが悪いんだぞ、と逆にアスランを責める。
けれどその顔は本気ではなく、ただ愛嬌があると述べられる程の顔でむくれていた。
そんな顔をされたら答えない自分が悪いのだと自覚する。
一つ息を吐いて、アスランはラスティを見た。
『・・・あの子は、前からクルーゼ隊長と親しいみたいだ。前の作戦の時も、きっと・・・』
アスランは自分が口にした言葉に、先日の自室にクルーゼが当り前の様に入って来たのを思い出した。
きっとあの時も話合っていたに違いない。それ以外の理由があるとしたら―。
それを思った途端チクリと胸が鳴るのを感じる。
『前の作戦?へぇ、策も張れるんだ、あの子』
ミゲルが続ける。
なかなかやるな、と呟く彼は自分が着ている緑服を見てはもしかして俺より有能なのか、とも漏らした。
『ってか何でお前知ってんの?』
『え?ソフト作って貰った子だから・・・』
『えー!?じゃああの子がイザークとも知り合いの??』
ラスティのテンションが急激に上がり、声が大きくなる。
『だったら声かけとけば良かったー!折角可愛い子と知り合いになれる機会だったのに!』
『確かになー。話のネタもあったってのにな。もっと早く言えよ』
ミゲルも笑って頷いた。
数少ない出会いに期待している所は、理性的なコーディネーターであり真摯でなければならない軍人とは言え、まだまだ少年の彼等らしい。
『だって、作戦会議中だったろ??』
その二人の変わり様に驚いたアスランは、気迫に押されてまたまた後ろへと仰け反った。
どうしてと聞いたら答えてくれたかどうかは分からないけど、彼女の的確な指示には整備士のものじゃないと疑問を抱いたのは確かで、
自分だってに何故だと声の一つもかけたかったけどあの時彼女は自分をちらりと見ただけだ。
クルーゼにはあんなにしっかり視線を合わせていたのに。
まだ親しいと言った仲じゃないのかもしれないけれど、それまであんなに笑って話をしていたのだからほんの少し期待していた。
『次、時間あったら紹介しろよ』
『ミゲル、ずるいぞ。俺もな』
ミゲルが自分を指さしてアスランに頼むと、その行為は抜け駆けは許さないと言う事だろうか、ラスティはミゲルの腕を掴んで制止しようとした。
明日にはまた出撃だって言うのに能天気な二人のやり取りに呆れた笑みを浮かべると、アスランは視線を上に流した後、肩を竦めた。
『今度、俺も話せる機会があったらな』
『やった!』
『頼むぞ、アスラン』
仕方ない、とアスランは頷く。
「明るい」、これが彼等の良いところなのだから。
無重力空間だからじゃなくても軽々とした彼等の足つきは何処かモヤモヤした心を救ってくれる気がした。
『??』
モヤモヤした心?
アスランはふと、足を止めた。
それに気付いたミゲルとラスティはアスランよりも一歩前に進んでしまったが、彼が止まった為に自分達も足を止めた。
二人が自分のせいで止まった事、分かっているのか。
アスランは何処を見ているのだろう。
振り返るミゲルとラスティはその様子をただ黙って見ていると、アスランは何かを思い出したかの様に瞬きをする。
―彼女に?―どうして?
これは会議前にも感じた感覚だ。
笑顔を見せて欲しいと思った時と同じ。
だって、あの笑顔は自分に向けられたものじゃなかったから。
「じゃあお前はその子の事可愛いとか思わなかったんだ?」
突如、ラスティの言葉が、思い出される。
『これって・・・。俺・・・』
これが何なのかを自覚したからか、アスランは自分の頬に手をあてると触れた部分が段々と熱くなっていくのを感じる。
『お、おい・・』
『どうした、アスランッ?熱でもあったのか??』
コーディネーターのくせに熱かよとか、ラスティの顔が近過ぎて気分が悪くなったのかとか、一体どうしたのかと二人は焦ってアスランを囲む。
アスランは熱以上のこれには気付いたのだろうか。
だって、誰から見ても分かる程、彼の顔は赤く色付いてた。