≫跳べると知るのは遥かなる過去に寄せられた慈悲深い手 (08.10.28)


ヘリオポリス鉱山ブロック内にあるモルゲンレーテが騒がしくなってきた。 周辺宙域にある岩塊に身を寄せていたザフト艦二機が停泊勧告を無視し、 強力な電波干渉の後に侵攻してきたと情報が伝達されたらしい。 続いてザフト軍のジンがコロニーの宇宙港を攻撃していると管制区に絶え間なくアラートが鳴り響くが、 それを対処していては遅い。 既に侵入を完了させていた数十人の特殊部隊が、その様子を工場区からほど近い鉱山の一角に身を隠し見ていた。

『つつけば慌てて巣穴から出てくるって?』

MSを積んでいるだろうトレーラーが搬出口を目指して進む横を連合軍の装甲車がミサイルを撃ちつつ援護するが、 宇宙港を易々と入り込んで来たジンの機動力には劣る。 次々と爆破されていくそれに、ディアッカは皮肉的に笑った。

『・・・やっぱり間抜けなもんだ、ナチュラルなんて』

スコープを通してその様子を見ていたイザークも怜悧な笑みを浮かべて答える。

『時間だ』

発信器を通して部隊に指示をかけ、時計に目をやるのと同時に先程コロニー内に侵入した際順番に仕掛けられた爆発物のカウンター表示がゼロになった。 主要区画が次々と盛大な音を立てて炎上し出す。 焦り戸惑う工場内を確認し、予定通りとイザークは手を翳すと彼等は各部隊ごと決められた目的地へと動き出した。



◆My love story◆



平穏だったヘリオポリス工場区外は、あっと言う間に戦場と化した。 あちらこちらに熱を帯びた爆風が吹き、あらゆる物を燃やし渦巻く炎が天高く蠢く。 戦う地球軍の激の飛ぶ声や、逃げ惑う人々の悲鳴が絶え間なく木霊した。 圧倒的な身体能力を持つコーディネーターの彼等が放つライフルの銃声がけたたましく響き、 的確なそれは次々と応戦する地球軍兵士を撃つ。

『残りの二機はまだ中か?』

イザーク、ディアッカ、ニコル、アスラン、ラスティのパイロット候補5人は、 纏まってMSを積むトレーラーに向かっていた。 しかし、報告では五機の筈なのに搬送されていたのはまだ三機だ。 アスランはラスティと目を合わせた後、イザークへ声をかける。

『俺とラスティの班で行く。イザーク達はそっちの三機を』
『―任せよう』

アスランとラスティが集団から離れるとイザーク、ニコル、ディアッカは その他のザフト兵達に援護されながら目標のトレーラーに降り立つ。 地球軍から攻撃される前にコクピットへ入り込むと、 先ずはそれぞれ自爆装置を解除する為に機体を起動し始めた。



『・・・そろそろジュールさん達が戻って来る頃かな』

はガモフ格納庫にある一室で、デスク上のPCモニターから戦況を見ていた。 そのPCモニターはが作り上げたコンソールの一部で、艦にある全ての回線を繋げられている。 勿論監視回線も繋がっているので方々からの角度で映像を見る事が出来た。 もしかしたらブリッジのオペレーターのものより良質かもしれない。

『まだ機影も見えないけど・・・』

映像解析を進めるとヘリオポリスの周辺宙域では時々爆発や閃光が確認出来るが、 その度に胸を鷲掴みにされている様な気持ちになる。 きっと中立コロニーのヘリオポリスは軍事力も無く一方的にやられているのだろう。 これは戦争で、プラントを攻撃する為に作った機動兵器を隠しているのなら 例え中立と言えどその部分を討つしかない。 仕方ないと、そう思わせて自分を救おうとする狡さに言葉にならない溜息だけが漏れる。

『あれ?』

ふと、は目を丸くした。 一部コンパクトな映像で映していたヴェサリウスから、 見慣れたパールグレイのMSが一機飛び立った。 画面を一面だけに限定してズームすると、ラウ・ル・クルーゼ専用「ジグー」、 ジンの次世代機として開発されたMSが出撃していた。 しかし、どうしたものか。 クルーゼが出撃するなんて、何か特別な事が起きたのだろうか。

「MS、帰投しました!」

管制官の声がスピーカーを通して格納庫に響くのと同時に、 ハッチが開き真空になった収納デッキに強い風が吹く。 イザーク等が無事に持ち帰って来た三機が、次々と格納庫へと入って来た。 待っていましたとばかりに宇宙服を着た整備士達が機体を収納し、 データ吸い出しの為にケーブルを接続する。 も勢いよく立ち上がり、 壁にかけてあった宇宙服を急いで身につけ無重力の中駆け足でキャット・ウォークへ向かうと、 もう既にイザークがコクピットから降り、続いてディアッカ、ニコルもひらりとMSから降りていた。 三人に気付いたが5、6メートルの高さはあるキャット・ウォークから声をかけた。

『お疲れ様です!』
『あ、ちゃん!ただいま』

の声にキャット・ウォークを見上げたディアッカが手を振り明るい声で答え、 ニコルも取り一息つくとの方へ向いた。

『あぁ、さん。只今戻りました』

バイザー越しに笑みを湛えるニコルは、 緊張感から解き放たれたのかすっきりとした表情だ。 隣に居るイザークに至っては、を見るも直ぐ目を逸らした。 あれから彼等は同じ艦に居ながらも別々の場で過ごして居た為何も話合う事無く今に至るものだから、 イザークは泣かせてしまったままだと言う事を気まずいとでも柄にもなく思っているのだろうか。

『これ、OSが凄い事になってます。と、言うか滅茶苦茶なんです。まだ開発段階だったんでしょうか』

ニコルが自分が奪取して来た黒く光る機体を指さす。 と、言う事はその他二機も同じ事なんだろうと、は三機を順に見た。

『ちょっと待って下さい』

はキャット・ウォークから飛び降り、一番近くにあるデュエルのコクピットへ乗り込んだ。

『おい、貴様・・・』

デュエルに乗って来たイザークが、の突然の行動に声を挟む。 そして自分もコクピットへと無重力を利用して飛び上がった。

『大丈夫です。私、整備士なんですよ?』
『・・・っ』

コクピットに座るを覗き込むイザークに真剣な顔で返す。 から強く放たれた視線はイザークの言葉を遮り目の前の鋭い瞳が何も言わなくなった途端、 周囲を見廻し備え付けのキーボードを見つけては引き出す。

『これは・・・』

データを開いた瞬間、は画面を見たまま微動だにせずに言葉を呑んだ。 イザークが奪取の際ある程度OSを書き直してきたとは言え、はっきり言って酷い。 地球軍はこんなものでよくプラントを攻撃しようと思ったものだ。 ナチュラルの彼等だから仕方ないのか、それにしてもニコルが言う様に滅茶苦茶なOSである。

『・・・CPGを再設定・・・。キャリブレーション、ネットワーク構築、接続。伝達関数設定・・・』

独り言を口にしながら、の手はどんどんとキーボードを叩く。 自分の機体になるのだから、と調整補助に割入ろうとしたイザークはのとてつもない動きに視線を奪われた。 そう言えば彼女が以前シミュレーション台を修復してくれた事があったが、あの時の様に処置が素早い。 どんどん書き換えられるOSは機体に反映されていく。

『・・・システム・オンライン』

これを最後にが言葉を止めると、再設定される為に一時メタリックグレイに落ちた機体はまた鮮やかな色をつけた。

『フェイズシフトですね。移転相違システムからなり、装甲が高質化します。X−102、デュエルですか。 あとの二機の情報も・・ふーん・・・。バスター、ブリッツ・・・』

イザークに言っているのだろうか、は相槌も聞かないまま一人で話を進めていく。 まだまだキーボードを叩いている彼女は、最大限データを引き出しては見ようとしている様だ。

『・・・・・』

イザークは画面とを交互に見るだけで、声を掛けられなかった。 機体に関する設定方法やスキルの事だけじゃなくて、は昨日の事を何とも思って無いのだろうかと問いたいのに。 画面に集中する彼女はイザークを見る事無くただ作業に取り掛かっている。 それならそれでこちらも気にする要素が無いのは助かるのだが、 いかんせん女の子を泣かせてしまったのだから多少なりとも気にする理由も分かって貰いたい。 腕を組み口を開くタイミングを計っていると、がやっと手を止め背凭れに寄り掛かった。

『―よし、これで大丈夫です。ディアッカさん、ニコルさんも、今見ますからね』

気の済むまでOSを覗き書き換えたはデュエルの足元で様子を見ていた二人に声をかけると、 ディアッカとニコルは返事をした後自分の乗って来た機体へと足を運んだ。 それを見届けたはキーボードを元の位置に収めにこりと笑顔を浮かべイザークへ視線を上げる。

『お待たせしました。一応確認して貰えませんか?』
『あ、ああ』
『その間にもう二つも見てきますから』

すっかりのペースだ。 作業に打ち込むと彼女はいつもたどたどしくイザークに接している自分を忘れてしまうのだろうか。 がコクピットから立ち上がる代わりにイザークが納得いかない表情を浮かべながらシートに座る。 取り敢えずと画面を見るイザークを後にして、は次の機体へ飛び移ろうと足に力を込めた。

『―オイ』
『はい?』

イザークはやっと掴んだタイミングのせいで、つい出てしまったぶっきら棒な声でそれを止める。 はきょとんとした顔をして振り返ると、何か不具合があったのかとコクピットを覗き込んだ。

『その、あれだ。昨日の事だが・・・』
『昨日の事・・・?』

イザークの言葉に首を傾げたは、ただオウム返した。 コクピットからそのきょとんとした顔を見上げるからに、言葉の内容を理解してるとは言い難い。 口を尖らすイザークの顔を見るの何と清々しい事。 ただ笑顔を向けるに、イザークは昨日の事を少しでも気にしたのは自分だけかと自覚し舌打ちをした。

『だから昨日・・・!』
!ヴェサリウスから入電あったぞ!その三機にD装備だと!』

イザークが何か話しかけている途中で、他の整備士がデュエルを見上げコクピットの付近で立っていたへと大声で呼びかけた。 もイザークもその整備士へと視線を投げる。

『え・・・?』
『D装備だと?』

がぽかりと口を開け、イザークが眉を顰める。 それもその筈、D装備とは要塞攻略戦用の最重装備でそうそう接続する機会なんてないものだ。 勿論そんな指示を出すのはクルーゼだろうが、 中立コロニーの軍事力相手に何故その様な火力を必要とするのだろうか。

『だから、ラウ出撃したのかな』

口元に手を持って行き考え事を始めたはイザークに聞こえない程の声で呟く。 先程ジグーが飛び立った疑問の答えは、ただならない何かがヘリオポリスであったと確定して良さそうだ。

『すいません。確認が終わったらジュールさんはブリーフィングルームで待機してて下さい。 D装備には少し時間がかかりますから』
『・・・分かった』

はイザークにそれだけ述べると下方に居る作業員の元へ向かう為 デュエルのコクピットからクレーンを伝って下りる。 イザークも今はそれどころじゃないと頷いて機体画面へと視線を落とした。 トン、と軽やかに着地するとは一度だけデュエルの周りを見回しチェック完了と一息ついた。

『お二人もお疲れでしょうし、暫くゆっくりしてて下さい。最終チェックは私が責任持ってしますから』

作業クレーンへと足を運ぶ際、 他の技術者がバスターとブリッツの調整をするのを見ていたディアッカとニコルにもは声をかける。 彼等もとんでもないOSを搭載した機体の様子が気になっていたらしく、 コクピットに座り調整する作業員の後ろからOS内容を覗き見ていた。 二人が手をあげて返事をしたのを耳に受け止めるとはクレーンに飛び上がる。

『ではこれからD装備の作業を開始します!先ずは―・・・』

ザフト軍は大まかな階級しか無くそれは勿論整備士達にも反映していたが、班長なるものは無論存在する。 今気付いた、と言うかパイロットが特に気にする事では無いがが此処ガモフの責任者らしい。 大きく張る声は、今までの穏やかな彼女からは聞いた事が無い。

『あれ?あの子偉いんだ』

ディアッカがの言葉に反応してバスターからデュエルへと飛び移り、 イザークが画面を見ている背ににやりと話しかけた。

『あ?』

確認に集中していたイザークはディアッカの言葉に顔を上げる。 言われてみてみれば他よりも一段高いクレーンの上からが指示している様が見えた。

『偉いったってガモフの整備士の中で、だろ?大した事じゃない』

イザークは能天気に笑うディアッカを睨み振り向いては直ぐ顔を背け、 コクピット上部にあるボタンを押して機体のチェックを続けた。 偉いと言っても彼女はたかが整備士だ。 それに昨日の事も気にしない朴念仁の様な女に、誰が関心してやるものか。 タイピングの手が早まるのは少しでもあの女の涙を考えた自分が情けなく、 それを今直ぐに頭の中から消し去りたいだけで、 彼女がディアッカに興味を持たれている事に嫉妬を抱いている分けでも不快に思っている分けでもない。 それに、お喋りで好奇心旺盛な彼に話を膨らまされ間柄を知られては面倒だ。 このタイミングで会話を終了させるにこしたことはないだろう。 一応あれだけの情報処理能力を持っているのなら立ち位置が高くなるのも納得がいくと言う相槌を用意していたが、 女にだらしない彼には伝えまい。



『―、交代だ』
『そんな時間?分かった』

が機体の調整をしつつD装備の指示を始めてからどれ位の時間が経過しただろうか。 彼女は一度作業に取り掛かると周りが見えなくなるほど集中してしまう点がある。 集中力があると言えばそれまでなのだが、疲れても少々の事なら気にしないと言う面も持っているので、 心配した作業員が作業を着々と進めるに声をかけてくれた。 は彼の言葉に頷くと、背伸びをして格納庫の隣にある一室へと足を運び、モニターを映した。

画面には変わらずの戦況を維持したヘリオポリス周辺が映し出されている。 作業中心の格納庫には、直接情報が飛んで来ない事も多々ある。 勿論機体を最優先させる仕事ではあるのだから仕方ないのだが、実は、はそれ以上の仕事もクルーゼから担っていた。 詳細を見ようとモニターの前に腰を下ろし、分割画面を開く。 PCの隣を見ると誰が用意してくれたのだろうか、熱い紅茶の入っているボトルが置いてあった。 ミキはそれをゆっくりと口に運びこくりと喉を鳴らし一息付いては、手元にあるインカムを身につけた。

『ゼルマン艦長―です』

姿勢の正された声で、ガモフの艦長ゼルマンへと内線通信を開始する。 生真面目な声が返って来ると、はモニターの一部にゼルマンの顔を確認した。

か、ご苦労。D装備はどうだ?」
『はい。順調です。あと少しで終わると思います。 あの、ヴェサリウスから何か連絡ありましたか?ジグーが出て行ったようですが』
「いや、まだ何も無い。私もクルーゼ隊長が出て行ったのを見て、何か伝達があると思ったのだがね」
『そうですか・・・』

ガモフのブリッジにも思ったような情報が入って来ていないようだ。 はゼルマンの画面の右隣に開いたヘリオポリスを映した小窓の映像に目をやる。 クルーゼの力量を信じているし、何も連絡が無いのだから心配する様な事があるとは思わないが。

「・・・良いのか?」
『え?』

言葉に詰まったに、ゼルマンが問う。 彼の言葉は何の事を指したのかと視線をブリッジ用画面に移した。

「私から見るお前は随時戦況を気にしている様に思うが、 今回は整備士としてガモフに乗り込んだのだろう? クルーゼ隊長は、お前にとってかけがえのないお方なのは分かっているが・・・」
『艦長・・・』

優しい声で、柔らかい瞳で、ゼルマンはを見る。 それには一瞬口を閉じたがゆっくりと笑顔を作りだす。

『良いんです。私、ラウが必要とするなら。例え、例え私がまた―・・・』

「ジグー被弾しました!ヴェサリウスへ帰投しています!」
「何だと!?」

通信中にオペレーターが発した声がゼルマンの後方から入って来た。 耳を傾けるとジグーがヘリオポリス内で地球軍のMAと戦闘の後被弾したと言う事だ。

『―出ますか?』

中立国ヘリオポリスにクルーゼを唸らせる程の腕を持つ兵士なんか居ないはずなのに。 は鋭い声でゼルマンに問う。 その顔には焦りを感じているのだろう、デスクに強く手をついたの姿勢はいつの間にか前に乗り出している。

「焦るな。状況理解が先だろう。お前らしくもない。 被弾しているとは言え無事帰投しているんだ。クルーゼ隊長の指示を待とう」
『・・・あっ・・』

そこでプツリと通信が切れた。 あからさまなそれは、これ以上はに聞かれたくないとばかりで、情けないがゼルマンに言われて初めて自分が焦った事を自覚した。 無意識に握り締めた手に汗が滲んでいるそんな状況で正しい判断が出来ないと分かっているのだろう。 熱くなった との通信を切ったゼルマンの言動は正しい。

『ラウ・・・』

でも、クルーゼは大事な人で、何かあったら一秒でも早く助けに行きたいとも思う。 この広い宇宙で、ただ一人自分を必要としてくれる存在。 「あの日」から一人になってしまった自分を受け入れてくれる、私がどんな人間であろうと手を差し伸べてくれる唯一無二の。

『あ』

はデスクに零れた紅茶に気付く。 さっきの勢いで手元に置いていたボトルの蓋が外れてしまったのだ。 一口しか運んでいなかった為デスク周辺に不規則な形を作り、どんどんと広がっていく。

『ダメだな・・・。私・・・』

忘れたふりをしたがイザークの言葉も胸に残るまま。 自分は「あの頃」となんら成長していない。 伏せられた視線は次第に宙へ舞う。 無重力のままに浮かぶ紅茶の滴へと、吸い込まれる様に。