≫袖に通すは信頼を得る覚悟と過去の悲しみ (08.11.04)


「五月蠅いハエが居た」

がヘリオポリスの中で何があったのか、 と問う前に通信画面の向こうのヴェサリウスに無事帰投したクルーゼが涼しい顔をして自ら口を開いた。 昔から互いを感じられるらしい「エンデュミオンの鷹」と言う名を持つムウ・ラ・フラガが出現したらしい。

クルーゼと因縁がある彼は実力の程もナチュラルとは思えないほど高いので、 中立国の軍事力相手にクルーゼが何故ジグーで出撃したのか、と思っていたも納得した。 けれど、何故彼等が中立国に居たのだろう。 それだけじゃない。 自分を被弾させた腕を持つMSパイロットが居た事も、コロニー内に有る筈の無い地球軍の戦艦が現れた事も、クルーゼは何ら気にしない顔で言った。



◆My love story◆



イザーク、ディアッカ、ニコルが機体を奪取後、 アスラン、ラスティは別の場所に保管されていた機体を取りに向かったらしいが、 ラスティが狙っていた機体奪取は地球軍兵士によって阻止されたらしい。 撃たれた彼は共に帰投したミゲルによりヴェサリウスに搬送されたらしく、 今は医務室で治療を受けているが怪我の具合は足を負傷した程度で済んだ様だ。 ミゲルも機体を失ったらしく、その相手はなんとクルーゼをも被弾させたという取りこぼした一機のXナンバー。

しかし、そこまでやられたのはおかしいとは眉を顰める。 あの機体は装甲は良いがどれもひどいOSを搭載していたし、 幾ら訓練を受けていた兵士でもナチュラルにあれを直ぐ調整し操縦出来るとは到底思えない。 それに中立国に戦艦だなんて。 地球軍はヘリオポリスの中立を謳う場所ならカムフラージュ出来ると思っていたのだろうか。 だとしたら、あそこは既に「中立」ではない。

「ヘリオポリスからアスランが返ってない様だが、 の探知機にそれらしき熱は感知したかね?」

考え込むに、一時ヴェサリウスへ帰投していたらしいアスランが、 何を思ったのか勝手にヘリオポリスへと戻って行ったとクルーゼは言う。 取りこぼしの機体と謎の戦艦を討つ為に編隊を組んでいる途中 アスランから自分も行くとの申し出があったらしいが、 任務を終えた彼にはもう出撃する必要は無いと伝えたのに。

『いや。この距離だし自艦からの電波干渉もあるから・・・。この機械でもそう拾えないよ』
「そうか。では何かあったら知らせてくれ」
『分かった。こっちの機体はいつでも出撃出来るからね』
「早いな。流石、君は優秀だ」

そう言うと通信は一方的に切れ、は綺麗になったデスクで一人溜息を吐いた。 自分はクルーゼの力になる為にガモフに乗っているが、基本は機体の管理が仕事だ。 ゼルマンにたしなめられた様に熱くなりあちらこちらに目が移っては一つの仕事も満足に出来ない。

『さて、仕事に戻るか』

座り心地の良い椅子から立ち上がり猫の様に背伸びをすると、 PCの戦況画面に変化があった場合独自にアラートが鳴る様にセットした。 勿論そんな事オペレーターやCICがやる事なのだが、は独自にクルーゼと契約している。 彼女の能力を持ってすれば通信用コンソールも簡単に作り上げる事が出来るのを、彼は分かっているのだ。 と言う視点で情報が欲しいのか、それともただ情報が多い方が良いと踏んでいるのか。 どちらにせよクルーゼの考えは読めない。 それよりも今はアスランが帰投していないと言う事なので、 最後にもう一度コロニー周辺をチェックしようとPCへと屈みマウスを手にしたその時 の動きは止まった。

『―え?』

またたきをしたら見逃してしまっていただろう。 ヘリオポリスが一瞬だけ強い閃光を放った。 状況が理解出来ないとばかりに画面に見入ってしまう。 一瞬、そう一瞬なのに、何故か何秒もかけて展開されている様なそれは、 の思考を停止させる。 コロニー全体に亀裂が走り、 合間合間から脱出ポットらしきものと瓦礫が乱気流と大量の熱と共に宇宙空間へ投げ出されていく様が確認出来た。 無論画面をズームさせる事も間に合わない。 考える事も出来ないほど一瞬で、ヘリオポリスは爆発したのだ。

はPCに向かいマウスを持ったままの姿勢でそれを見ていた。 アスランがヘリオポリスに向かって行ったとクルーゼは言ってはいなかったか。 何機かジンも帰投していないところを見ると、潜入部隊の何人かもまだコロニーの中に居たのでは。

『嘘だ・・・』

のマウスを持つ手が、段々と強く震えていく。 宇宙空間の極度に低い気温にあてられてしまったかの様に身体が動かない。 目を閉じたいが閉じれず、忘れようとしても忘れられなかった記憶が蘇る。 あの―、以前目にした残酷な光景と、ヘリオポリスの崩壊が重なってしまう。 駄目だ、思い出しては、考えては、そう意識していても自分の思考は考えたくない方向へ流れてしまう。 どうしようもない感情が湧き出そうになった時、 レーダーに映る熱源の中から一つスピードの早いものがヴェサリウスへと向かって行った。

『あれは・・・?』

何かを感知した事によっては、はたりとし手が動く。 マウスを動かし画面の分割画面を一つだけに絞った。 あんなに早く動け、ヘリオポリスの崩落を免れられる装甲を持つのは。

ズームした画面には一機の赤い機体。 映像と熱量から機体の特定を急ぎ、先程吸い出したデータを使って照合してみる。 間違いない、あれは「イージス」と言う機体の筈だ。 アスランが乗っているだろう機体が、投げ出される瓦礫の間をぬってヴェサリウスへと帰投している。

『アスラン!』

の顔に笑顔が浮かぶ。 凍ってしまったかの様な体からは力が抜け、柔らかくなった表情は跳ねる様な喜びに震える。 あの日の、誰も逃げられずに散った暗く深い悲しみの記憶に足を捕まえられそうだったのに、 彼の生還が見るもの全て絶望だけじゃないと、教えてくれた気がして。



崩壊したコロニーから一隻の戦艦が覗く。 地球軍のものらしいそれは舷側蹄部が両側に突き出ているのが印象的で艦は白く輝き、 その高貴な容姿は瓦礫の中から真珠が生まれ出でている様だ。 コロニー崩壊後、レーダーに映る熱量は多大な為ヴェサリウスやガモフにそれを認識する術はない。 二隻の船は位置の特定を急いでいたが、勿論その白く輝く戦艦も同じらしい。 互いを探り合い緊迫した空気が流れている。

暫くして、ヴェサリウスからガモフへと通信兵からのメッセージが届いた。 戦略パネルに映された道筋を終え、との航路変更命令だった。 地球軍の戦艦を密に追うらしいが相手はサイレントランをしている模様で、熱源感知はまだだ。 多少の時間はかかるだろうとゼルマンは艦内に警戒態勢解除通達をし、暫し休息が促された。



『アルテミス・・・か。確かに一番行き易いかもしれませんね』

ブリッジに呼び出されたは、ゼルマンの隣で戦略パネルを見ていた。 クルーゼが指示した航路は此処からほど近い宙域にあるユーラシアの軍事衛星アルテミスへと続いている。

『ヴェサリウスが先回りしている。きっと直ぐに捕らえるだろうよ』
『そうですね。ラウが居れば大丈夫だろうし』
『それが・・・』
『どうしました?』

ゼルマンの言葉が詰まる。 から眼を逸らすと戦略パネルに視線を落とし、与えられた道筋を追った顔は下唇を強く噛む。 豊かな髭を蓄え姿勢をしゃんと伸ばす生真面目な彼は行動も分かり易く、 言い難い事があると昔からこうする人だった。 そっとゼルマンの腕に手を添えて問う顔は言い難い事はもう分かっていると悟っているかの様に見え、 黙っていても仕方ないと諦めた彼は息を吸って口を開いた。

『・・・出れるMSは奪取した四機と一機のジンだけだそうだな』
『そうです。先の戦闘で全部大破しましたから。三機のXナンバーとジンはガモフ、イージスはヴェサリウスに』
『そうか。・・・ジンのパイロットは、お前だそうだ。 クルーゼ隊長からの命で評議会に提出する為、敵の映像と情報を集めろとの事だ』
『分かりました。着替えて来ます』

は間一つ開けずにこくりと頷くと、ゼルマンへの笑顔を消さなかった。 彼女は覚悟していた。 ガモフに乗り込んだ時点で、この言葉はいつか言われるだろうと思っていたから。

『すまん。お前はパイロットじゃないのにな』
『良いんですよ。私はラウの信頼を買うには何だってするんです。 それに、今討っておかないとなんの為に此処まで来たのか分からないですし。 あんな危険なもの、運ばせませんよ』

はそう笑うと戦略パネルの縁に手をつき、くるりと向きをドアへと変えた。 ゼルマンの顔が硬いと頬にやる瞳は硝子の様に澄んでいて、それが余計にゼルマンの良心に刺さる。 そんな彼の心配も余所にひらりとドアを越え艦内通路に姿を消すを見送った頃、一人のMS管制官が口を開いた。

『あの、艦長。彼女は何者なんです?』

聞こうと思ったわけではないがそう遠くに位置しているわけではないので二人の声を拾ってしまった一人の兵士が、 シートから身を返して不思議そうにゼルマンを見た。 整備士なのに何故かクルーゼに信頼を置かれている彼女は、ガモフの中で密かに噂になっていたのだ。 先日だって今の様にヴェサリウスで作戦会議に参加したらしい事が一部の通信兵には届いてる。

『君は以前「鬼神」と呼ばれたMSとパイロットが居た事を知っているか?』
『は?あれは地球軍の作り話では・・・?まさか・・・、彼女が!?』

両手を後ろで組みゼルマンは真剣な顔で管制官を見る。 意味深な発言をされ、インカムに手を添えていた彼もそれを外して真剣な目で問う。 一年位前にはそんな噂話が戦場を飛び交っていたらしいが、ザフト兵でそれが誰だか確認出来た者は居ない。 イージス以前に赤いMSをザフトが所持した事実も無いし、 そのパイロットが何処に所属していたかも分からず噂も直ぐに消えてしまった。 「鬼神」が現れたら其処は勝利に終わる。 そう囁かれたが本当にそんな者が居たのならプラント中おおやけのヒーローになり、軍ではネビュラ勲章ものだ。

『いや、違う。は・・・。彼女は、ただ有能な整備士だ』
『???』
『さあ、艦橋に居るなら無駄口は叩くな。策敵を密に追うぞ!』
『は、はっ!』

急に凛とした声を出したゼルマンに、管制官は姿勢を正して応答した。 幾ら警戒態勢を解いたとしても此処はブリッジなのだから、ゼルマンの言っている事は正しい。 これ以上はきっと答えてくれないだろうゼルマンは胸を張り手を後ろに組む。 敬礼をした後、兵士はインカムを身につけて仕事に戻った。



はロッカールームへと着くと中に掛かっている一着の服に手を伸ばした。
いつか出撃命令が来ると思っていたので用意しておいたパイロットスーツ。

『整備士用のロッカールームでパイロットスーツって何よ。変なの』

苦く笑う。 はクルーゼが賢明な戦略家だとずっと前から知っている。 計画通りに進める為には整備士の自分に無理難題を振って来る事も今までだって多々あった。 それはクルーゼがの実力を知っているからで、信頼してくれているからだとは思っているし、 その信頼に答えるには「駄目」だ、や「出来ない」が通用しないのも分かってる。

『よし!』

大きく息を吸って、吐く。 は手に握るパイロットスーツを広げて上から下まで眺めると、覚悟を決めて腕を通した。