≫想いに馳せられ地を蹴り舞い跳ぶ蝶よ (08.10.23)
ヴェサリウスに降り立ったは認識番号と名前を管理官に伝えた途端、
キャット・ウォークまで無重力を利用し飛び上がり、
身軽に宙返りをして廊下へと蹴り込み一直線にブリッジへ急いだ。
拭いきれてない涙にも、それに驚くヴェサリウスの搭乗員にも振り返る事無く。
今考えているのはクルーゼの顔、クルーゼの事。
ただ、彼の力になりたいと。
だって、クルーゼが自分の名を呼んでくれる事で、自分を必要としてくれている人物が居ると実感出来るから。
◆My love story◆
『??』
『わっ!』
ブリッジはつきあたりの角を曲がれば直ぐ、と言うところで突然腕を掴まれた。
此処に来るまでに何人もの兵士と擦れ違っては来たけれど、
の頭はクルーゼの事だけで視野には何にも入っていなかったから流石にその衝撃には驚いた。
スピードを出して駆けていた腕が引かれたお陰で足だけ前方へ流れて体勢は廊下に水平になり、ゆらゆらと浮くは首だけで振り向いた。
『アスラン?!』
『やっぱりか。どうした?』
はアスランから差し出された腕を軸にゆっくりと体勢を直し廊下へと足を下ろす。
とん、と小さく音を立てると目を丸くしてアスランを見た。
『びっくりしました。急に腕を引っ張るから。
クルーゼ隊長に呼ばれたんで、今ガモフから小型船舶でこっちに来たんですよ』
『じゃなくて・・・』
間の抜けた答えにアスランは頬をかいた。
ガモフに居たのか、とか何故こっちにきたのだ、とか聞きたいのはそんな事じゃなくて、その顔の事だったのに。
一見けろりとはしているけれど、大きな瞳から頬に伝っているのは間違いなく涙の跡だ。
軍に所属していれば泣きたいほど辛い事も沢山有る筈だが、聞いても良いものか。
顔のすっきりさからしたらもう済んだ事なのかもしれないが、突然目の前を通り過ぎた顔の知った彼女に思わず手が伸びてしまったのだから仕方ない。
『泣いてたのか?』
『え?』
アスランの単刀直入過ぎる言葉に、がピクリと反応する。
その顔を見てやっぱり触れない方が良かったかと思ったがアスランは目を逸らさなかった。
『・・・ブリッジに行くなら涙を拭え』
『はい。すいません』
『いや、そうじゃないんだ・・・。』
アスランは頬の次に、頭をかく。
泣いていた彼女に、そんな事を言いたいんじゃないんだ。
もっと気の利いた言葉をかけてあげたいのだけれど、女の子になんて声をかけて良いものか分からなくて。
『えと、あ・・・。ソフト!ソフト、有難う。あれは趣味に使える』
『は・・・?』
が首を傾げたのを見て「しまった」とアスランはここで顔を背けた。
そんな事を言ってどうするんだ、今は任務が無くとも戦艦に搭乗していて緊張感を持っていなきゃならない処なのに全然関係の無い話なんて。
けれど、は何かを見る様に宙に目を泳がした後、パアッとにこやかな表情へと変えた。
『あれですか。それは良かった』
はポケットに入れていたタオルを出しながら頬を拭うとすっかり跡の消えた頬は健康的な赤みがさし、まるで子供のものの様に見えた。
不意にアスランの視線がそれに集まる。
それはニコニコとした彼女の白い肌にふっくらして、どんな感触なのだろうかと手を伸ばして触れてみたくなる位。
『で、趣味って何なんですか?』
ぴくり、と微妙に動きかけていたアスランの手が止まった。
そしてそれをそのまま握り締める。
平静を装うアスランの手は、声をかけられなかったらの頬に吸い込まれてしまいそうになっていた。
『あ、ああ。マイクロユニット関係の・・・ロボットを作っているんだ』
『へぇ!興味深いですね。どんなのを?』
輝く様な目でアスランの話に耳を傾けるの反応は、やっぱり技術者なんだな、と思わせる。
優秀な彼女に設計方法を口にしたら今すぐにでも作ってしまいそうだ。
けれど。
『口で説明するの難しいな・・・。そうだ、今度君にも何か作ろうか?』
『ええ!良いんですか??』
喜ぶままにマイクロユニットの設計方法を教えればすぐさま彼女は実行し作ってしまうだろう。
あんなに簡単にソフトを作り上げてしまう程の能力を持っているのだから。
でも、教えるんじゃなくて、贈りたい。自分の手で作った何かを。
今みたいに明るく笑ってくれるのなら。
『ああ。ソフトのお礼だ』
『嬉しい!有難う御座います!』
興味を示した満面の笑みで喜ぶ顔に、アスランも笑顔で返した。
泣いていた理由なんて聞いても彼女は笑ってくれないだろうし、泣く程の事なら忘れてくれた方が良い。
笑顔を、見ていたいから。
『え?』
アスランは自分の思考に声を漏らした。
―笑顔を?―どうして?
瞬時に、頭に疑問符が浮かぶ。
自分は今、何を考えた?
『あ、そうだ!ブリッジ行かなきゃ』
アスランが止まっている間に思い出したのだろう。
ヤバイ、と動いた口の後に、のにこやかな笑顔が微かに歪む。
自分が急いでいたのはクルーゼに呼ばれたからブリッジに行く為で、此処でのほほんとした会話をする為じゃない。
『ごめんなさい。じゃあ、また』
『あ・・・』
ぼけっとしていたアスランが返答する前に、は礼をする。
アスランが慌てて姿勢を正す前に一度だけ笑みを向け、振り返る事無くブリッジへと駆けて行ってしまった。
『忙しい人だな』
彼女は大丈夫なのだろうか。
あんなに元気があるのなら何で泣いていたのかなんて、そんな事忘れてしまいそうになる。
艦内をひらりひらりと消え去る彼女の後ろ姿は、花の合間を羽ばたく蝶の様に華麗だ。
見送るアスランの視線は、ただに注がれた。
『アスラン!』
立ち尽くすアスランに後方から声が届いた。
見送っていた方向とは逆を向くとミゲル、ラスティ等の数人の仲間がこちらへ歩いて来る。
『どうした?』
ラスティは拍子抜けした表情を浮かべるアスランの肩に自分の腕を回して口を開いた。
『クルーゼ隊長から呼び出しかかってさ。ブリッジに集合だ。なんか作戦会議って言ってたぞ?』
『作戦?』
『ヘリオポリスに新型機動MSがあるんだと』
ヘリオポリスに潜伏中のスパイが得た情報だから間違いないと肩を組んだまま歩くラスティは続ける。
それを聞いたアスランの顔色が変わった。
『それから先は隊長から説明があるだろ。さ、中へ行こうぜ』
隣を歩いていたミゲルがブリッジへと続くドアを開ける。
アスランはラスティから身を離すと、仲間達と共に艦橋内部へ入って行った。