≫突き付けられた世界は、徐々に深い闇を覗かせ始め (08.10.22)





結局、新型極秘軍事衛星建造中との情報は誤報だった。 緊張していたクルーゼ隊の心労はただの気苦労に終わったのも束の間、 その帰路にヘリオポリス潜入中のスパイから、連合のMSについての情報を入手した。



◆My love story◆



『やはり隠していたか』

クルーゼはブリッジのシートに座りながらメインスクリーンに映るヘリオポリスを見ていた。 先に入手していた情報は誤情報であったが、何やら不穏な気配を彼なりに感じとって居た様だ。 ほぼ仮面に隠されてしまっている顔からは何を思っているのか完全に読み取る事は出来ないが、 薄らと笑う口元だけは確認出来る。

『如何なさいますか?』

クルーゼの隣に立っていたアデス艦長が問う。 簡単に言うと、それはこれからどうするのか、と言う事だ。 先ず新型極秘軍事衛星建造中が誤報であった件を評議会に連絡をして、 次にMSについての件を報告し、これからを指示して貰わなければならない。 幾ら眼先に確実な獲物が有ったとしても、自分たちだけの独断で判断する事は出来ない。 評議会と言う政権から決定を下して貰ってから動くのが軍だ。 当然自分でも分かっているのだが、 隊長となる彼の指示を貰ってから動こうとアデスは姿勢を正し軍坊を深く被り直した。

『これから作戦会議だ。明日、あれを奪取する』
『は?・・・しかし・・・』

アデスはクルーゼの思いもしない言葉にその動きを固めた。 今自分が考えていた筋道を実行しようと思っていたのに、彼はなんともさらりと違う行動を口にした。 違反と言っても良いその発言も気にしていないのか、 クルーゼは深く座っていたシートからすらりとした体を起こし立ち上がり、後方の戦略パネルへと動き出す。 数々の戦禍を潜り抜けたとは思えない綺麗な指がパネルのボタンを押しヘリオポリス内部の地図を映し出すと、 何かを考えているのだろうか、振り向きもせずにアデスに語りかけた。

『アデス、ガモフから認識番号126059、管理官のを呼べ』
『はっ』

真剣に戦略パネルへと向うクルーゼの後姿からはもう何か策を企てている様子が分かる。 アデスはそれ以上は口にする事を止めた。 例え口にしたとしても作戦に関して没頭している時の彼の耳にはもう届かないだろうと分かっているから。 聡明な彼の頭の中は、きっと明日のシミュレーションが鮮明に展開しているのだろう。 アデスはオペレーターにクルーゼから伝えられた通りの認識番号と名を告げると、 彼と同じく戦略パネルへと向かった。



『あ〜、オイシイ』

ガモフの食堂にある冷水器の前で、は冷たい水を喉へと一気に流し込んだ。 格納庫で固唾を飲んでいただったが、任務情報が誤報と分かった瞬間喉に突然渇きを感じた。 テーブルにもつかず立ったそのまま飲む水が いつもと違いとても美味く感じたのは、自分が思っていたよりずっと緊張していたからだろう。 見回せば広い食堂には同じく喉を潤しに来た兵士達がテーブルにつき、談笑していた。 彼等の顔は今朝まで緊張していた硬い表情ではなく、優しく砕けていた。

、お疲れ』

同じ整備士の作業服を身につけた仲間の一人が、の後方から声をかけた。 彼も水分を摂りに来た様で、手にはなみなみと注がれたドリンクが見える。

『お疲れ様。張り詰めてた分すっかり気が抜けたね。もうプラントへ帰るのかな?』

水を口に運びながらはリラックスしている兵士達を見る。 これ以上の指示を貰っていない自分達の任務はこれで完了したのだろうか、と。

『どうだろうな。それにしては指示が遅くないか?取り敢えずこのまま停泊だろ』

同僚も、ドリンクを口へ運ぶ。 空いているテーブルがあるのだから座ればいいものの、彼等はそれよりもと兵士達を見ていた。 椅子にゆったりと座る彼等の朝は今とは正反対だった。 あれだけ強張った面持ちだった彼等の表情の明るさは、 見ていると平和が訪れたんじゃないかと錯覚さえおこさせる。 そんな情景をにこやかに見ていたに、冷たい声がかかった。

『おい、其処をどけ』
『ブッ・・!』

は思わず水を噴いた。現れたのイザーク。 口に含んでいた水のほぼは飲んでいたため口内に残っていたのが僅かだったのが幸いし微量で済んだが、 急いでポケットに入れてあるタオルで口元を拭うと、間抜けと言われても仕方のない行動を隠す様に笑った。

『ジュールさん、また奇遇ですね・・・』

ジリジリと冷水器から離れつつ、は相変わらずの無表情なイザークへと声をかける。 幾ら広い戦艦の中とは言え食堂は一つ、彼が同じ様に足を運んだとしても奇遇でもおかしくも何ともない。

『フン』

気まずい。はイザークの顔を見てそう思った。
が退いた後、冷水器から水をボトルへ注ぐ彼はこちらを見る事も言葉を続けるも事しない。 かちりと固まってしまった背筋が後方へ引かれる気がするが、ここは踏ん張りどころだと足に力を入れる。 此処が重力区画であって助かった。 無重力区画であったら絶対にあっと言う間に気迫に押され後方へ流れて行ってしまっている事だろう。

『お・・・、俺、先に格納庫に戻ってるわ!』

そんな雰囲気を読んだのか、同僚の整備士はそそくさとその場を後にした。 去られては困る、とは逃げる彼を捕まえたかった。 実際捕まえようとした手は彼の逃げ足の速さのせいであっけなく宙を彷徨っただけで終わってしまったけれど。 段々と距離を置くその後姿に恨めしく視線を送る。 赤服を着た彼の威にあてられて逃げたいのは、だって一緒なのに。

『・・・・・』
『・・・・・』

当然の事ながら二人の間に流れるのは沈黙。 お互いこれと言った接点が無いのに会話を膨らます事は先ず無い。 今はお喋りのディアッカや良識人のニコルも居ない為、居心地の悪い空気がその場を支配した。

『よ、良かったですね、出撃無くて』

水を汲み終えたイザークへ、はやっとの事で口を開き声をかける。 同僚にはあんなにペラペラと動く口も、難しい顔をした彼の前ではそうもいかない。 対するイザークも不機嫌の種相手に易々と口を開けるほど柔軟ではない、が。

『・・・今出撃が無くとも戦争が続く限り同じ事だ。今か明日か、それだけの違いだ』

毎度の様に怪訝そうな顔をして離れていかないのは、会話を続けても良いと言う事なのだろうか。 イザークはゆっくりと近くにある椅子へ足を運び、そして座った。

『そうですけど・・・。でも、私は戦争なんて嫌いですから』
『好きな人間なんて居ないだろう。基本的にはな。上層部の奴等はどう思っているか知らないが』

戦争とは私利私欲も絡んでくる。 その事をイザークは母を通して聞く議会の内容や、至る所で得る情勢から良く知っていた。 自分はただ卑しいナチュラルからプラントを守る為に志願したのだが、純粋な思いだけで動く事の無い世の中だ。 冷えたコップから順に垂れる滴に視線を宿し、低い声でそう語る。

『ま、戦闘自体は好きだがな』

やっといつもの能面が崩れ、しかし浮かべたのは冷えた笑み。 元々好戦的な彼はナチュラル相手に戦える事を、遊びの一貫の様に楽しみに思っているのか。 テーブルに肘を付き顎に手をあてると、 プラチナブロンドがさらりと音を奏でるのではないかと言うほどしなやかに流れる。

『・・・戦闘が好き?』

ぼそりとした聞き取りにくい声量の為、肘を付き視線を水滴へと向けていたイザークが顔を上げた。 座る彼を見下ろしたの眼は、暗く曇っている。 それを見て本当は何を言ったかを聞き直したかったのだけれど頭の片隅ではまた違った顔を見せている、 と今思うには不適切な考えが過った。 くるくると変わるこの女の本当の顔は一体どんな表情なのだろうか、 と思考方向がずれていくイザークに、は小さな声で続けた。

『人を殺す事が好きだと、そう言っているのですか?』

闇を宿した瞳は、イザークへと単刀直入な言葉で持って問する。

『貴方は戦争を終わらせるために戦っているのではないと?』

またしても、この気迫。しかしイザークはこの問いにカチリと自尊心を刺激された。 自分の能力を見い出せる戦闘が好きと言ったのに嘘は無いし、今はそれで個人が評価される時代なのだ。 けれど自身は本国を守りたいと、純粋にそうも思っている。 だから人道を外したナチュラルには一切の死をもってそれの罪を償わせたい。 利己的な彼等が絶えれば、もうこんな事は無くなるのだ。 イザークはに攻撃的な視線を返すと、無遠慮で刺さる様な声で答えた。

『じゃあ貴様が整備しているものはなんだ?俺みたいな好戦的な奴等も含めて、戦闘させる為だろう』
『!!』

イザークの痛いほどの真実の言葉に、は突如喉の奥が詰まるのを感じる。

『そ・・・れは・・・』

確かに、自分が毎日手にしているものは今までの様に趣味に近い感覚で触れていた研究道具ではなくて「兵器」だ。 この仕事についていて戦争から無関係な訳がないし、それが分からない訳でもない。 急に胸が苦しくなり反論したいが言葉が出て来ない。の状況に気付かないイザークはそのまま話し続けた。

『文句があるならお前が前線に出て戦争を終わらせれば良いだろう。 攻撃してくる奴等、ナチュラルが滅びればそれも終わる』

代わりに、胸にあてた手をきつく握り締める。 めいっぱい力が注がれた拳は、服を掴み更にはその奥の皮膚に痛い程の爪痕を残しているが、 は気にも留めなかった。イザークの言葉の方が、それよりも痛い。

『・・・っ!!』

イザークはハッとした。 またもやの表情が変わったのだ。今度は、瞳に溢れそうな程の涙をしたためて。

『おい・・・ッ』

流石のイザークもこれには驚いた。
日々は賢明で落ち着き払い、時に熱く癇癪持ちで厭味も饒舌な彼もまだ17歳の少年だ。 目の前にいる異性に泣かれたら、椅子から立ち上がりそれを隠そうとする位の焦りは見せる。 の隣に立ち周りの兵士達にキラキラと流れそうな涙が見えない様に隠すと、頭を抱えて溜息をついた。

『言い返されて困るなら、そんな事言うな。戦争とは、そんな簡単に答えが見つからないものだろう』

イザークにしては珍しく優しい言葉の選択だったが、は反応する事無く無表情だった。 何も考えていないのか、考えられないのか、けれど、何か物思いに耽っている様にも見える。 涙が重力に引かれて落ちるのはいつなのか、イザークの困惑した瞳が寄せられているとも知らずに。

『・・・・私・・・』

瞬き一つしないは、何処か一点だけを見つめていた。 これではイザークに語りかけたのかもどうか分からない。 イザークが耳に届く様に顔を覗き込んだ瞬間、艦内アナウンスが流れた。

「認識番号126059、。クルーゼ隊長より搭乗命令有り。 これよりR小型船舶にてヴェサリウスへと移動せよ。繰り返す・・・・」

パタリ。アナウンスに気付き瞬きをしたの瞳から涙が落ちた。 イザークは言葉を口にする事も出来ずに形を変えた滴を見送る。

『・・・ラウ・・?どうしたんだろ』

クルーゼの名を呟く。今自分を呼ぶと言うのは何か緊急の事柄があったのだろう。 はその涙を拭う事もせずに、アナウンスの鳴るスピーカーへと耳を傾けた。 繰り返し無機質に伝える内容を確認すると、デッキへ向かおうとくるりと方向転換する 涙の跡を作った筋が残るも、横顔は元の彼女のものになった。

『すみません。失礼します』

職人顔に戻った、と言う事なのだろうか。
はあれだけの会話をしていたと思えない程あっさりとしていて、 イザークを振り向きもせずに駆けて行ってしまった。

『・・・何なんだ、アイツは・・・?』

流れた涙はまだ拭いきれてないと言うのに。
残されたイザークは、呆然とその場に立ちつくしていた。