≫よそ見する事無く、真っ直ぐ前に進む貴方へと (08.10.21)






厚さ約100メートルに及ぶ合金製フレームに覆われた地球軌道上L3に位置する宇宙コロニー、ヘリオポリス。
中立国オーブに属する工業コロニーである此処は、 戦争とはニュースを通して耳にするだけの、平和そのものの場所であった。 だから、「このコロニーは戦争とは無縁の場所」 と何も知らないヘリオポリスの住人は確信的に思っていただろう。

しかし、連合軍の新型極秘軍事衛星建造中と機密情報のあるこの円筒形をしたコロニー近辺の小惑星の陰には 既にプラント、ザフト軍のナスカ級ヴェサリウスとローラシア級ガモフが待機していた。 ヘリオポリスの住人達が真実を知る予定時間までにはまだ余裕がある。 それぞれの戦艦に乗り込むイザーク、アスラン等、計数十人のザフト兵士達は、 機密服を身に纏い緊張した面持ちでそれぞれの時間を過ごしていた。



◆My love story◆



『ふぅ・・・』

ガモフに乗り込んでいたは、ジンの最終チェックを行っていた。

『ニュートラルリンゲージ・ネットワーク・・・、出力異常無し・・・』

格納庫の端に位置するデスクに向かいブツブツと一人口を動かしては、分厚い書類にチェックを入れていく。 ナチュラルの世界では、一人で済ます事は出来ない程の大量の工程もコーディネーターの彼女ならなんら問題無い。これ程の仕事量に対し当たり前の顔をしたはペンをすらすらと鳴らし、 もう片方の手はデスク上にあるMSと連結したPCを慣れた手つきで叩く。 今回の出撃は特殊任務なだけあって、メンバーもザフトのエリートを意味する赤服を始め、 その他の精鋭中の精鋭を集めている。 彼等がスムーズに任務を果たす為にも、与えられた仕事を念入りにこなしていた。

『よし。大丈夫だ』

はすべてのチェックが終わると肩の力を抜き大きく息を吐いた。 まだ若いが整備士の中でもトップクラスの能力を持つ為重要なポストに付いていた彼女は、 チェック項目を埋めた機密書類を封筒に入れると、それを艦長へ届けようと席を立つ。 このガモフは宇宙空間で停泊中の為無重力に包まれ普段通りの重力に引き寄せられた歩行を必要としない。 一度軽く足元を蹴るだけで、の体は嘘の様に飛び上がる。 これを利用し移動しようとブリッジへ続く廊下へその場から一気に蹴り進んだ。

『何だってこんな面倒な事。幾らPC回線から重要機密が漏れない様に、 って言ったってこんなものをイチイチ届けなきゃいけない身にもなって欲しいよ』

忙しいからか、盛大に溜息をつくはぶつくさと愚痴を溢す。 機械のメンテナンスや開発は昔から大がつく程好きなのだが、 こう言ったそれ以外の作業はどうも苦手だ、と言うか面倒だ。 だからと言って誰かに頼みたいと思ってもこの艦内に居る人員に無駄は無く、忙しいのは皆一緒。 仕方ない、ともう一度蹴り込み進む艦内は、無重力空間のお陰で一歩が大きいのが助かる。

『ブッ・・・!』

十字路に差し掛かったと言うのに、はスピードに身を任せ左右確認もせずに通り過ぎ様とした。 その不注意のせいで右前方曲がり角から出て来た人物にぶつかってしまった。 相手がゆっくりとした良識ある歩行を行っていたお陰だろう。 ただがその相手の胸元に埋まる形になっただけで、大した事故にはならなかったのは。

『ごめんなさい!』

思わず顔から突っ込んだ為、の鼻には少しばかり痛みを感じる。 鼻の頭に手を当てながら慌てて視線を上げ、そしての動きはそこで止まった。

『貴様ッ・・・』

なんと、目を瞬くだけでそれ以外は凍り付いてしまったの前には、 怒りを顔に滲ませたイザークがわなわなと肩を震わせて立っている。 機密服に身を纏った彼は、の顔を得意の鋭い目で睨む。 思いもよらない、と言うよりが此処に居る事を考えもしなかったイザークは 意外にも彼女に向ける言葉を見つけられなかった様だ。

『あ、この前の子じゃん。ニコル、見てみろよ。この子、だよ』

ひょっこり、イザークの後ろに居たディアッカが顔を出す。 昨日話題にのぼった彼女が目の前に現れ、ニコルが顔を確認した事が無いのをそう言えばと思い出した。 後ろを振り向き、自分に続き歩いていたニコルへと声をかける。

『え?』

なんの事やら。はまだ鼻の頭に手を添えたまま、イザークの後ろから出て来た二人を見やった。

『お前ら・・・!』
『へぇ。この方ですか。初めまして、僕はニコル・アマルフィです』
『あ、ニコルずるいぞ。俺はディアッカ・エルスマン。君もこの戦艦に乗ってたんだ。宜しくな』
『あ・・・。えと・・・。はい・・・・』
『おい!お前ら行くぞ!』

イザークをほぼ無視してふわりと重力を巧く移動に使い、にこやかに二人はを囲む。 どう答えて良いものか、とはその二人の間に立つイザークを見た。 「婚約者」と言う言葉で一応は関係しているけれど、彼は認めてくれてはいない。 そもそも何も言わない視線がそう返している様に見える。 まだ正式に手続きしていないわけだし、自分も自覚無いものだから、「そう」思う必要も無いか。

『えと、整備士のです』

やっと痛みの引いた鼻から手を下ろし名前を告げるとは二人を見る。 感じの良い笑みを浮かべる二人は、中央のイザークからの痛い視線を緩和してくれる様に思えた。

『ジュールさんとは・・・両親が知り合い同士でして「顔見知り」なんです』
『・・・フン』

イザークは誰が見ても面白く無いと分かる様な溜息を吐き、腕を組み冷えた目をディアッカとニコルに向けた。 彼の顔には「全く、どうしてこいつ等はこんなどうでも良い女を構うのか」と丁寧に書かれている。 そう言えば、アスランもこいつと絡んでいた居たような気がする。「アスラン」、 自分で勝手に思い出したくせに、この言葉でイザークは苛々に拍車がかかった。

『行くぞ、無駄に使ってる時間は無い!』

まだ何か話したげな二人に、イザークは叱咤の意を込めて呼びかける。 ディアッカはハイハイ、と相変わらずの顔で両手をヒラヒラとさせ、 ニコルは緊張を解す為に明るく振舞っては居たが、彼の言葉で任務内容を思い出したのかぴしりと背筋を伸ばした。

『待てよ、イザーク。じゃあな、
『では、また』

イザークが勝手に歩き始めてしまったものだから、二人は慌てて付いて行く。 進む方向からすると、ブリーフィングルームへ向かっているのだろうか。 目的が同じブリッジで無くて良かった、とは一人胸を撫で下ろした。

『・・・じゃあ、また』
『・・・・・』

ディアッカとニコルへと、そう返す。 一応イザークにも向けたのだが、そのの言葉にもやはり彼は振り返らなかった。 エリートの彼が自分を認めていないのは分かりきっては居るのだけれど。でも、一つ、言葉を続けたい。

『あの、ジュールさん』

ピタリ。初めて呼び止められた珍しさからか、 それとも煩わしさからか、イザークは怜悧な顔に疑問符を浮かべ振り返った。

『戦場は、死にに行く所です。お気を付けて』

書類を両腕に握り締めたは、戸惑う事の無い真剣な目でイザークを見ていた。 いつも怯えたような、困惑した様な、けれど時に威圧感を出したりする意味の分からない彼女の、 また違った表情にイザークは一瞬動きを止めた。けれど。

『お前に言われなくても分かってる』

彼の冷静な部分は、その動揺を最小限に留め、そう言葉を発した。自分だって軍人だ。 だから常に死と向かい合わせの場に身を置いている事位誰かに念を押されなくても自覚しているつもりだ。 プラントを護る為なんだ、もうナチュラルなんかに虐げられたくない、とどれだけ思ってきただろうか。 生半可な気持ちで志願したわけじゃない。整備士風情に言われなくたって、十分。

『・・・そうですね・・・』

は返って来た言葉に、小さく頷いた。 視線を外してしまった彼女のその表情は何故か物悲しそうだったが、 二人の身長の差から彼がそれを見る事は出来なかった。 暫しの沈黙の後これ以上はもう何も言われんだろうとイザークは確認すると、 トンと地を蹴り重力を利用して体を浮かせる。そして無重力に慣れた足つきでその場を去った。

『分かってる、か』

ぽつりと声を発した後、はイザークの後姿が消えるまで廊下を漠然と眺めていた。 彼の何を知っているわけじゃない、自分達は乱世に身を置いていても互いに背を押しあう親しい仲でも無い。 でも、誰よりも真っ直ぐな目をしていればきっと大丈夫、そう思えた。 昨日のあの場でそう思えるだけの説得力を感じれた。 真っ直ぐ過ぎて、自分がの手がどれだけ洗っても紅く紅く汚れてると痛い位に思い知らされたあの目。

『・・・さて』

安堵したのだろうか、はの顔は小さく笑みを作る。 そして一転キリリとした目つきになり、自分も同じ様に廊下を蹴りブリッジへと急いだ。



『あんな可愛い子に心配されてるってのに、こいつは』

と別れた後、艦内の廊下を進むディアッカが口を開いた。 女の子にあんな言い方をし、尚且つ端正な顔の色一つ変えない同僚に、思わず厭味っぽい笑顔を向ける。

『確かに、可愛い人でしたね』

ニコルも続く。彼はディアッカと違い率直な感想を述べた。 ザフトだけでなくとも整備士関係は大抵男性が多く、女性はほぼアテンドかオペレーション関係に就く。 若い女の子が頭脳力だけでなく力仕事も兼ねる整備士の仕事をするのはなかなか珍しい事だった。

『可愛い?あんな整備士がか?』

けれど、イザークは自分の後ろに続くディアッカとニコルの言葉に何故、と言う顔しかしなかった。 あんな出会い方をしてしまった自分が見ているのはもう顔じゃなく、立場だ。 婚姻統制の事は、コーディネーターとしての生まれやジュール家を背負う立場として、覚悟していた。 しかし、想像と少し、いや、かなり違った。 自分は議員の息子なのだから、議員、または上官クラスの娘との婚約を予想していたのに、 まさかだたの、そこら辺にいる整備士だなんて。 「チッ」と舌打ちを漏らすと腑に落ちないままの思いを人知れず胸の中に飲み込んだ。

『お前といい、アスランといい、全く健全じゃないな〜』
『何故アスランが出てくる?お前が女の事しか頭に無いだけだろう』

昨日のやり取りを知らないイザークは、アスランの名前が突然出てきた事に対し怪訝そうな声を出す。

『昨日アスランも同じ様に言っていたんですよ。 そう言えば彼女に何かのソフトを作って貰ったと言っていましたね。親しいのかな?』
『何??』

今の会話に「親しい」とは禁句だったか。 ディアッカに質問したのだが途端に曇った表情をしたイザークに、 ニコルはしまったとばかりの苦笑いを浮かべ誤化した。 いつもアスランを目の敵にしているイザークが居る所で アスラン絡みの話を膨らますのは不謹慎だったかもしれない。 それが引きがねになった様でイザークはくるりと、後ろの二人へと振り向いた。

『お前等、もうあの女には関わるなよ』
『え〜?折角出会ったのに?』
『ウルサイ。駄目なものは駄目だ』

突然の禁止令に何故イザークの許可を貰わないとダメなんだ、とディアッカが漏らす。 顔見知りなだけなら別に良いじゃないかと続けたかったが、 イザークの深く出来た眉間の皺は言葉にする事を許さない。 仕方なくいい加減に頷くと威圧的に振り向いていた般若は、また前方へと向き直した。

『・・・あの女は、意味が分からんからな』

ディアッカとニコルへの忠告だろうか。 それともただの独り言だろうか。
アスランと同様、何か意味深な言葉を残すイザークに、二人はただ顔を見合わせた。