≫澄んだ色だからこそ、自分が近づく事は許されない (08.10.16)
昼間声を掛けて来た赤服の彼は、育ちが良いのか品を添えた話し方をしていた。
頼まれたものを渡すと、それはそれは優しい声で礼を言い、親しげに自分の名を呼んでも良いと笑って。
けれど、今目の前に居るまた別の赤服の彼は?
同じ赤服を纏っていると言って同じ性格じゃないのは分かっているけれど、でも、
どうしてそんなに怒っているのだろう。 自分が何か、したのだろうか?
は心当たりは無いか、と日中の自分の行動を頭の中でめいいっぱい考えていた。
◆My love story◆
『あれ?イザークは?』
クルーゼ隊のムードメーカー、ラスティ・マッケンジーは食堂のテーブルについて
見慣れた顔が居ない事に気付き、探した。
何だかんだと言っても士官学校の頃から一緒の面子は、
いつもと言っても良いほど共に行動しているのに、今夜は一人足りない。
『さあ?またどっかで誰か怒ってるんじゃない?昨日から機嫌悪かったから』
夕食を手にディアッカが満更ハズレでは無い事を言う所を見ると、やはり一番の理解者は彼なのだろうか。
それともいつものイザークの行動から推測したのか。
どちらにせよ今のイザークには関わらない方がいいだろ、
と皮肉屋っぽく笑う顔は、冗談だと含む少年らしさも覗かせていた。
『さっきアスランと話してましたよね?』
アスランの隣に座るニコルがにこやかに話しかける。
『あ、ああ。確か管理棟へ行くって言ってたな・・・』
ニコルの言葉に、困惑したアスランは首を傾げては明後日の方向を見た。
イザークがと言う管理官の所へ行った、と言っても良いのだろうか。
何故か彼女の事を口にした途端に不機嫌になったイザークを思い出すと、どこまで答えて良いのか分からない。
水を含む事で会話を誤魔化すアスランを余所に、ディアッカが口を開いた。
『案外、昨日のあの可愛い子の所に行ってたりしてな』
『え?誰、ダレ?何それ?』
ディアッカの的を得た発言に、アスランは思わず水を吹き出しそうになったが、
それを我慢したら今度は喉に詰まる感覚がした。思わず咽るアスランの背中を、ニコルが心配気に擦る。
『昨日イザークのシミュレーションマシンが起動しなくてさ、管理官呼んだんだよ。したら結構可愛い子が来てさ』
『マジで?俺、席遠かったからな〜』
当たり前だが軍人の彼等は作業となるとしっかり任務にあたる。
だからその時間になると集中していて、管理官やその他の人間になんてなかなか目がいかなかったのだが、
ラスティは「可愛い」に反応し、悔しそうにディアッカを見る。
『で、何か知り合いっぽかったんだよな。彼女見るなり不機嫌に拍車がかかったし』
『へぇ・・・。どうしたんでしょうかね』
アスランの背を擦りながら、ニコルも会話に参加した。
そう言えば昨日のシミュレーションの時間、誰かに声を張り上げていたな、と思い出して。
顔は見えなかったけれどあの小柄な人物は、そうか女の子だったんだ、と一人頷く。
『そう言えばアスラン、お前彼女に声かけてただろ?』
まだ喉に違和感を覚えるアスランに、興味津々のディアッカが問いかける。
軍人となれば異性との接触も減るもので、少しばかりでも知り合いになりたいと思っている様だ。
『あ、ああ。伝達認識ソフトを作って貰ったんだ。優秀なメカニックだよ、彼女は』
『お前、いつの間に?羨ましいほど綺麗な婚約者がいるくせに!』
数少ない女性との出会いをソツなくこなし、
それでも尚淡々と話すアスランに、悔しがるラスティは横から口を挟む。
『それとこれとは関係ないだろ?』
『じゃあお前はその子の事可愛いとか思わなかったんだ?』
『思わない。お前と一緒にするな』
『・・・それはそれでどうかと思うぞ。お年頃なのに』
淡泊過ぎる、とラスティはその反応に苦笑いを見せるが、アスランは気にも留めていない様だ。
それがまた淡泊過ぎるのだと、彼を嘆息させるとは知らずに。
『でも、』
アスランが続ける。
『あの子、ただの整備士ではないみたいだったな・・・』
急に意味深な言葉を漏らすアスランに、皆は疑問符を浮かべてはただ眉を寄せた。
『で、貴様の素性は?』
当の話の主役、イザークは格納庫でシステム最終チェックを終わらし、
機体のパーツ洗浄を行っているを見つけては高度に居る其処から降りて来いと声をかけた。
「婚約者」と言う言葉でしか関係の無い相手が、
まさかこんな所に来るとは思っていなかったは恐る恐るクレーンから降りた。すると、その言葉だ。
『あの・・・?素性と、言いますと??』
イザークの言葉の意味が、突然過ぎてには理解出来なかった。
いきなり現れて素性を聞かれてもどう答えて良いのか分からない。
それに、素性と言うのは何処から何処までを指しているのか。
『何故俺の婚約者になったんだと聞いている。整備士如きのお前が、何故』
目の前で威張りくさった彼に、は口を尖らせた。
言い返せないのが歯がゆいが「また整備士如きって言ったな」と心の中でだけも反発する。
『私だって知りませんよ。エザリア様から声をかけられて呼ばれたらもう決められてたんですから』
『母上と知り合いなのか?』
『私はそんなに。父が昔からの友人みたいです』
ひらひらと翳したの手は機体を洗浄していたせいか、粘着質な油を含み汚れている。
話を聞く事を蔑にしているわけではないが、このベタつく手のままでは些か不愉快だ。
イザークから視線を外してはすぐ近くの洗面スペースへ行く位、今の会話の妨げにはならないだろうと足を運んだ。
『お父さんはザフトの選抜MS開発チームに籍を置いていた科学者だったんです。
だから、じゃないですか?有能な方でしたから』
そう言うと、洗面スペースの幾つかあるボタンを押して、水を出す。イザークはその後姿に顔を顰めた。
『なんて科学者、聞いた事無いぞ』
実際、これだけプラントの士官学校や軍事施設に居たら、
イザークの様な軍人は世間の事を人並み以上に知っている。
「誰が、どうで、何が、どうした」、これらを細かに知る事は必須だろう。
けれど、そんな名前はいまいち聞いた覚えがない。
それに、母との接点があったのならきっと覚えている。
『・・・・・』
イザークのあんまりにも真っ直ぐに自分を見る視線を感じると、はゆっくりと口を開いた。
『・・・機密、でしたからね。私達の存在は』
『は?』
手を洗うは、イザークの方向も向かずに話し続ける。
さっきまでたじろいだ姿を見せていたのに、何故か急にその背中からは圧力を感じた。
『科学者が、何を開発しているか言えない事もあるって事ですよ』
ポツリと、彼女が溢すその言葉にイザークが不思議とばかりに眉を寄せる。
の言葉に疑問を返そうとした、その時。
『すいません、まだ仕事が残ってますから。それ以上のお話はまたの機会でも良いでしょうか?』
振り向きもしないは、本当に急いでいるのかと思わせるほど手に沢山の泡を立たせて遊んでいた。
声のトーンはさっきまでと同じなのに、
妙な圧力が出る背中からはイザークにどんな表情をしているのか想像出来なくさせる。
『最後に一つ良いか』
『何でしょう?』
穏やかな言葉使いとは裏腹に、やっぱり圧力を感じる。
そんな彼女の威に、イザークは無意識に一歩引いていた自分に気付いた。
『・・・クルーゼ隊長と知り合いなのか?』
『昔、一緒に・・・、仕事をさせて貰いました』
『・・・そうか、邪魔したな』
イザークはそれだけ聞くと、足早にその場を去った。
仕事をした相手なら確かに親しくもなるかもしれない。
ただ、あの掴みどころのないクルーゼと親しくなっていると言うのは、なかなか珍しいと認識するが。
それに、背中を見せていたのにあれだけの圧迫感を出すなんて、あの女は何者なのだろう。
『・・・ふんっ』
特に彼女自体に興味が有るわけではないのなら、これ以上の詮索は無用か。
イザークはいつもの様に面白くなさ気に鼻を鳴らしては、格納庫を後にした。
『・・・・・』
やっぱり、急いでいるなんて言った言葉は嘘だった様だ。
イザークが去った事に一息吐いたは、手についた沢山の泡を丁寧に洗い落している。
泡は螺旋を描いて排水溝へと流れ、オイルで汚れた手は話をしている合間に散々洗った為、綺麗になった。
けれど、は手を洗う事を止めない。
焦点の合わない視線の先、思い出すのはイザークの真っ直ぐなアイスブルーの瞳。
あんなに真っ直ぐで、それでいて素直で穢れの無い目で自分を見られるなんて久しぶりだ。
『・・・汚れてる・・・』
何と比較したのだろうか。
誰も居ない格納庫、ただ自分の手を一点見つめて、そう呟いた。