≫知らない笑顔はちらりと謎を仄めかす (08.10.15)






地球衛星軌道上L3に連合軍の新型極秘軍事衛星建造中との情報を得たザフトは、クルーゼ隊に出撃命令を下した。 出撃時間は明朝、本日の午前中はブリーフィングルームで作戦会議が開かれた。 午後は休養との事なのでアスランは、昨日約束をしたPCソフトを貰いに管理課へ足を運んでいた。



◆My love story◆



『持ってきてくれるって言ってたけど、俺が行った方が早いよな・・・』

自分が居る宿舎から管理棟までの距離は少しばかり遠い。 此処、ザフト軍の所有する広大な敷地には、見渡す限りの沢軍事施設が盛り込まれている。 兵士達の宿舎から、研究所、開発所、格納庫、訓練施設、等、 軍にとって必要な全ての施設が一つの場所に固まってある、 と言うのは有難い話なのかもしれないが、歩くとなるとやっかいな距離だ。 おまけに一つ一つの施設範囲の広い事。 格納庫まで来たアスランは作業員達の中に捜している人物が居ないものかと周りを見回した。

『やっぱり管理室、か?』

管理棟と格納庫は隣だ。管理官となればMSやMA等の管理、メンテナンスもする。 一応居ないものかと覗いてみれば、 何十機と言う体長15メートルを超えるMS達が配線に繋がれ、陳列されていた。

『明日は、戦闘になるかな』

一機のザクを見てアスランは呟く。明日がクルーゼ隊に配属されてからの初任務になる。 アスランは父、パトリック・ザラの意思を継いで軍に入った自分の胸に、そっと手をあてた。

『ユニウス・セブン・・・』

誰も見てなかったからか、少しだけ悲痛な表情を見せる。 連合軍の忌々しい存在は、思い出したくない過去を、つい思い出してしまう。母を奪った、あの事件を。

『あれ?』

そんな時、アスランの後方から気の抜けた声が聞こえた。探していた彼女、だ。 こんにちは、と微かに笑った彼女の手には、 高性能なPCや有能な情報処理能力を使えば良いのに、と思わせる位に大量の資料が持たれていた。

『どうしたんですか?あ、明日の機体チェックですか?待って下さい。夕刻までには・・・』

けれど、彼女にそれを重いと思う気も無いらしい。
軽々しくそれを持ち直すと、アスランが何気なく見ていた機体へと視線を運んだ。

『あ、ああ。違うんだ。昨日言ってたソフトを貰おうと思って・・・』
『あ、すいません。持って行くって言ったのに遅くなって』

アスランの言葉には昨日の約束を思い出し様だ。 ソフト自体は昨日の夜に出来てはいたのだが、 明日までに終わらせないといけないMSの作業に集中していたからだろう。

『いや、良いんだ。午後が休みになったから、暇な俺が取りに来た方が早いだろうと思って』

慌てるに、アスランが声をかける。 仕事でも無い事を頼んだくせに、急かすような真似をしてしまった事を悪かったと顔に伺わせて。

『えと、じゃあ管理室まで来て貰っても?丁度部屋まで戻る所でしたし、直ぐお渡し出来ますから』

やっぱり大量の資料が重いと思う事は無いらしい。は軽快な足取りでアスランを管理室まで導いた。



『よいしょ』

資料をデスクの上に置くと、は早速とデスクの引き出しを開けた。 手持無沙汰のアスランが何気なく周りを見渡せば、彼女個人専用の部屋であるらしい事が分かる。 割と広い室内の壁全面は、何やら専門書で囲まれ窓以外は壁紙も見えない程だ。 中央には座り心地の良さそうなソファと、センスの良いテーブルが置かれている。 部屋自体が綺麗なのは、彼女の性格が出ているのか。 デスクの上にはPCが3台並び、小さな観葉植物がポツリと置かれている以外何も無かった。

『どうしました?』

渡そうとソフトを手に持っているは、アスランが自室を眺めているのを見て首を傾げた。 管理用の部屋で、特に変わったものを置いている分けではないのだが。

『君の情報処理能力は、此処から来ているのかと思って』

アスランは本棚へ近づくと見た事も無い専門書を一つ手に取る。パラパラと中をめくり、物珍しげに眼を通した。

『違います。其処にあるの、大抵は私の論文です』
『え?』

アスランはの思いもよらない回答に眉を顰めた。難しい文献を閉じ、おもむろにブックカバーを見る。 そして驚かされた。 確かに著者は「」と書かれている。

『父が科学者だったんです。で、母が植物学者。やっぱり二人の優秀な遺伝子のお陰ですかね』

じゃなきゃこんな能力は皆無でしょ、とは両親に感謝してるとにこやかに笑った。 そうでなければこうやって楽しく研究をする事も出来なかったと。

『それにしてもこの量、凄いな・・・。これだけあったら沢山賞を取ったりしたんだろ?』

もう一度、部屋を見回す。 こんなにも有能なら、名前を何処かで聞いていても可笑しくないのに聞いた事が無いから。

『いいえ。私の能力は此処でしか発表してませんから。軍事機密ってやつですよ』
『勿体無いな・・・。これだけの能力を持っているのに』
『良いんです。私は研究するのが楽しいんですから』

ニコニコとした顔を見ると、それは純粋な表情で彼女に欲が無いのが分かる。 此処で毎日仕事をしている事がまるでには遊びの様に楽しいのだろうか。

『はい。ザラさん』

屈託の無い笑顔のは、アスランにソフトを手渡した。 頼んだくせに本の量に圧倒され忘れそうになったアスランは、慌てて手を差し出した。

『有難う。また何かあったらお願いしても?』
『はい。私で良ければお役に立てて下さい』

アスランの言葉に、は嬉しそうに返答する。 此処で働いていると言う事はアカデミーを出た、と言う事だろうが、彼女は年上なのだろうか? 笑顔の感じだけからすると、とてもそうは思えないのだが、 これだけ情報能力が優れている生徒がアカデミー時代に居たとは聞いた事が無い。

『そうか。じゃあ、頼む。それと、俺の事はアスランで良い』
『でも・・・』
『そう呼んでくれ。俺も君をと名前で呼ばせて貰う』
『・・・はい』

返事はしたものの、少しだけの顔が困っている。 押されたらそう呼ばずにはいられないが、一応兵士は自分達管理官より上の存在だからだ。 それに気付いたのかアスランは、ふっと笑みを自然に溢した。

『気にするな』

にそう告げると、アスランは部屋を出ようとドアへと向かった。その時。

『失礼』

自動ではないドアが開いた?とアスランに思わせる程丁度良いタイミングでドアが開き、 開閉ボタンに手を伸ばしたアスランの動きが止まる。 視線をドアへと運ぶと目の前にはラウ・ル・クルーゼ、自分の隊長が艶やかな声をかけ入って来た。

『あれ?ラウ、どうしたの??』

突然入って来たクルーゼに、が自然に声を発し、アスランは思わずはっとする彼女を見た。 だって、兵士の自分の名を呼ぶのを戸惑っていた彼女は、平然と隊長殿の名前を呼んでいるのだから。 まさか隊長と同期、と言う事はありえないだろう。 彼女の容姿はクルーゼのものよりは遥かに若い。 そのアスランの表情に気付いたのか、は言葉を正した。

『ど、どうされました?クルーゼ隊長』
『明日の事でちょっとな。アスラン、悪いが外してもらうぞ』
『・・・あ。はっ!!』

アスランはやっと、クルーゼに敬礼をした。 思いもよらない眼前の出来事に軍人である彼がなさなければならない事を、つい忘れてしまっていたのだ。

『では、失礼します』

はきはきとした言葉を発し、アスランはバツが悪そうにそそくさと部屋を出た。 そして、敬礼をした手と反対に持つから貰ったソフト見る。 閉まったドアとソフトを交互に見ると、不思議そうな視線を見えもしない室内へと投げた。



『イザーク』

夕食の時間。食堂でアスランはイザークを探しては見つけた途端に待ってましたとばかりに声をかけた。 珍しいそれに、イザークは端正な顔を歪める。

『あの管理官、の事なんだけど・・・』
『ぁあ?』

イザークはアスランから出てきた言葉を聞き直した。
何故彼が自分も呼んだ事も無いあの女の名前を軽々しく口にしているのだ。

『彼女は何者なんだ?ただの管理官じゃなさそうなんだが・・・』
『俺は何も知らん。聞きたいのはこっちだ』
『え?知り合いじゃないのか?』
『顔見知りなだけだ、知り合いじゃない』

イザークの返答に、アスランはそうか、とだけ答えた。
もし教えてくれるなら本人に直接聞いた方が良いのかもしれない。

『おい』

何かを考え込みながら去ろうとしたアスランに、今度はイザークから問いかける。

『お前こそあの女の何を知っている?何で素性を知りたがる』

「知りたいのは、こっちだ。認めていなくとも一応は婚約者なんだから」 イザークはそう言いたいのをぐっとこらえる。 アスランや他の同僚にはエリートの自分がただの整備士と婚約したなんて絶対に知られたくない。

『あの才能を持っていてただの整備士ってのもおかしいと思ってな。それに、隊長とも親しそうだったし』
『クルーゼ隊長と??』

アスランの言葉に、イザークは眉を寄せる。 そりゃ、母親が選んで来たのには訳があるのだろうから、今度きちんと時間をとって問おうと思っていたけれど、 此処まで謎が立体的に浮かび上がるといつになるか分からない「今度」なんて言ってられない。 素直な性格のせいか、それとも落ち着きが無いと言うか、イザークはの素性を問い質したくなってきた。

『イザーク、何処へ行くんだ?』

急に踵を返したイザークの背に、アスランが問いかける。

『あの女の所だ』

少し振り向いて言葉を残すと、イザークは管理棟へと歩き始めた。