≫戸惑い、苛立ち、困り、驚く、 (08.10.15)
ついこの間士官学校を卒業したとは思えない足取りで、
赤服を着た団体が颯爽とシミュレーションルームへと向かう。
その中の一人、イザークの綺麗に切り揃えられたプラチナブロンドの髪が靡く合間から、薄い青眼が鋭く覗く。
自分が睨まれなくとも擦れ違う誰もが思う。今日も例の如く機嫌が悪いのか、と。
だから無意識だけれども集団の先頭を歩くイザークが足早に通る道は、モーゼの滝の様に人が避けた。
◆My love story◆
『どうしたんだよ、イザーク』
「また何かあったのか?」と一言付いたあと、
健康的な褐色の肌に金色の髪を無造作に流したディアッカ・エルスマンがイザークの後方から話しかけた。
軽く溜息を洩らすその顔はなんとも呆れた表情で、両腕を頭の後ろで組みスタスタとただ歩くイザークを追う。
『うるさいっ!』
ディアッカの言葉に、イザークが歩く速度を緩める事も、振り返る事も無かったが彼には分かった。
だって彼が瞳の様に鋭い声をあげるのは、絶対と言えるほど正確に図星を付かれた証拠なのだから。
『で、今回は何?アスランに何かやられたワケ?』
『おい、ちょっと待て』
今回は何もなかったのにディアッカに疑いをかけられたアスラン・ザラが声を挟む。
ディアッカの隣を歩いていた彼は、その問いが聞こえた途端に自分は潔白だと添えて。
『チェスもクルーゼ隊に配属されてからしてないし、俺に思い当たる事は無い』
『じゃあ、今回はアスランじゃないんですか?』
『そうか?また知らないうちに怒らせたんじゃないの?』
二人の会話を聞いて面白そうだと少女の様な瞳を輝かせたニコル・アマルフィがアスランの隣に駆け寄る。
そのまた後ろににやにやと何やら嗅ぎつけたミゲル・アイマンも先輩風を吹かせ続く。
けれど、興味の視線を投げる彼等を余所に、力いっぱいバン、
とシミュレーションルームのドアを開けたイザークは、答える事もせずに鼻を鳴らしては椅子に座った。
癇症、そして激情家だけれども素直な彼が答える気が無い程までに機嫌を損ねている事なんて珍しい。
各々は顔を見合わせ首を傾げた後に席に付くと、やっぱり不思議だとイザークを見た。
『・・・俺の事はほおっておけ・・!』
皆の視線が五月蠅いとばかりに言葉を吐き、乱暴にシミュレーション機器を起動しようと電源を入れる。
けれど不機嫌な彼に追い打ちをかける様にコンピューターはうんともすんとも言わず、起動しなかった。
『何なんだっ・・・!!』
『イザーク、物にあたるな』
『これは俺がやったんじゃない!』
隣に座るディアッカを睨むと、イザークは近くにある内線用ボタンを押す。
それはコンピューター関連に不具合が生じた時に直ぐ対応出来る様、管理課まで繋がる様に設置されていた。
ボタンの上にある小さなランプがピカピカと光ったと言う事は、管理課に通じた証拠だが、
せっかちな彼は待てないのか早く来いとばかりに腕を組み嘆息した。
『イザーク、そんなに焦らなくても良いだろう』
ディアッカに続いてもう片方の隣に座るアスランが冷静な声をかける。
機器のそれだけが不機嫌の原因じゃない事も勿論分かっているのだが、彼なりに気休めになれば、と。
『アスラン、ほおっておけって言うし、良いんじゃないですか』
『ニコル・・・』
アスランの隣に居るニコルがこっそり耳打ちする。
士官学校の頃からの事で、そんな時のイザークにはもう声をかける事すら不機嫌の要素になるだろうと、
年下ながらに分かって居る様だ。的を得たニコルの言葉に、アスランはそうだと頷き席に座り直した。
『あのー、A−12の機械の方は?』
ものの1分も経たないうちに、他の者達が席に着く合間から管理課の制服を着た小柄な人物が入ってきた。
脇に小型PCを抱え、手にはコンピューター管理用の鍵を握りしめている。
『此処だ、時間が無い。急げ!』
その人物に向けて、イザークが席を立つ。モタモタしていたらシミュレーションが始まってしまう。
人数と機数の関係上、代わりになるコンピューターは無く、
他の者、―特にアスランから― 出遅れる訳にはいかない。
『はい。ただいま』
そう言う人物は、さっと機器の前に座りイザークの顔も見ずに作業に取り掛かった。
小脇に抱え持って来たリカバリ用のコンピューターの配線を、
鍵を開けたシミュレーションの台のプラグへと繋げる。
そして物凄い速さのタイピングで問題を解析していく手慣れたその操作は、イザークの言葉通り「急い」でいた。
いや、急いでいると言うより、速いのか、イザークの冷静な部分がふと、その指使いに目をやる。
コーディネーターとは言え、此処まで情報処理の能力を持っている管理官は珍しい。
リカバリはもう少し時間の掛かるものだと認識していたのだから急かしたのだけれども、
こんなに早く処理してくれるならそんな必要なかったかもしれない。
そもそも、こんな人物が此処の施設に居たのかと、イザークは管理官の顔を覗き込んだ。
その顔を見て、イザークは凍り付いた。
『何故貴様が此処に居る!?』
その人物はイザークの声を聞いて初めて顔を上げた。
なんと其処には先日出会った・が口をぽかりと開けている。
『・・・え?ぇええ!?』
彼女も呼び出した軍人がまさかイザークとは気付いていなかった様で、
手は完全に止まり、ただただ驚きの表情をしていた。
『・・・色々な所を担当してはいるけど、でも、前から居たんですけど・・・』
驚いた顔のままはイザークに答えるが、
状況が飲み込めていない様でぱちぱちと瞬く瞳には戸惑いを覗かせている。
『イザーク、知り合いか?』
イザークの言動に、隣に掛けるディアッカが反応する。
彼はもう自分のPCを起動してる最中であったが、イザークの高く通る声がつい気になった様だ。
『えと・・』
自分の顔を覗き込むディアッカに、は思わず一歩後ろに下がった。
それがより顔を良く見せる距離になるなんて思ってなかったから、彼の反応は意外だった。
『へぇ、可愛い子じゃない。紹介してよ』
呆けたの顔をまじまじと見るディアッカは、ニコリと彼特有の少しばかり冷やかな笑みを浮かべる。
いつもは「女の事しか頭にないのか」とイザークに罵られる所だが、
彼の知り合いなら友達として少しくらい親しくなるきっかけを貰っても悪くないだろうと。けれど。
『知らん!』
イザークはディアッカに声を飛ばす。
聞いただけなのに、そんな目付きで見られるとは思ってもいなかったディアッカは、
おいおいとばかりに肩を竦める。
そして、不機嫌の理由がなんとなく分かった気がした。
分かり易いイザークの事だ。きっと、彼女がなにか関係しているのではないか、と。
『イザーク、静かにしろ』
会話を聞いていた訳ではないが、
ディアッカ同様イザークの声が耳に入ったアスランが、訝しげに彼等を見る。
そんなアスランの視界にたまたま入ったからか、の不自然に止まった手を見た後、視線は画面に移った。
『・・・凄いな。こんな解析の方法・・・』
情報処理はアスランもそれなりに得意分野だったが、の特殊な解析方法には度肝を抜かれた様だ。
食い入る様に画面を見ては昔の友も、「アイツ」もこうゆう作業は得意だったな、と小さく洩らす。
この言葉は、誰の耳にも入ってなかったけれど。
『この解析、リモート関係にも使えそうだな・・・』
アスランは言葉を続けた。今度は先程より少し大きく呟き、考え事をすると口元に手を持って行く癖を見せた。
このやり方を自分の趣味のマイクロユニット関連に応用したいと思い立ったのか、
更に細かく見ようと画面へと近づく。
『あ、はい。回線を通せるのでオートにも出来ますよ』
『これ、ソフトある?』
『作っておきましょうか?明日まで時間を下されば仕上がりますから』
『良いのか?じゃあ頼む』
『ハイ』
のその言葉が嬉しかったのか、アスランはやんわりと笑った。
この高度なソフトがあれば、趣味の幅がまた広がると言うものだ。
そんな目の前の笑顔に、はつられて笑みを作る。
『笑った顔も可愛いじゃん』
苛立つイザークを茶化す様にディアッカが囁く。
一応、可愛いと思ったのは本当なのだが、つい、自分に八つ当たりする友人の渋面顔が見たくて。
『良いからさっさと作業しろ!』
ディアッカが余計な事を言った途端、の後ろから怒気を含んだ声が飛ぶ。
作業も終わっていないのだから私語を慎めという事だろう。
ディアッカはイザークの思いもよらない言葉が自分ではなくに出たのを、
余計な事をして申し訳ないと思いつつも声にすることなく逃げる様に教本で顔を隠す。
はイザークの声にしまったと眉を寄せると、アスランに会釈だけして作業を開始した。
『終わりました』
激を飛ばされてから数十秒での手は止まり、シミュレーションの台から管理キーは抜かれた。
がイザークを見るも、彼はに礼も言わず、椅子に座ったまま目も合わせなかった。
仕方の無い事だとも分かっていたのか、それとも気にも留めていないのか、
彼女もまた自分の荷物を元通りに持つと小さく会釈をしてドアへと向かった。
『君』
『―はい?』
は小走りに去ろうとした足を止め、振り返った。
呼び止めたのは礼も言わなかったイザークではなく、その隣に居たアスラン。
流石のイザークも、隣に座るアスランの行動に視線をやる。
『明日、管理課まで取りに行くよ。君の名前は?俺はアスラン。アスラン・ザラだ』
一瞬、名前を聞いたの顔が曇った。苗字のザラ、はあのパトリック・ザラと同じだからだ。
が、清々しい程の笑顔の彼に、は考えるのを止め姿勢を正した。
赤服を纏った軍人の彼はより位の高い存在だ。
『いいえ。私が届けに参ります。私は・。以後、お見知りおきを』
『そうか。じゃあ、頼む。また明日に』
アスランはがドアの向こうへ見えなくなるまで後姿を見つめていた。
それは彼が彼女を前から居たにしては見た事の無い子だったな、
と思ったからで、だからただ無意識の行動だったのだが、隣に居るイザークは少し面白くなかった。
なんとも思っていない女だが、アスランに向けた笑顔は自分に見せた作られた笑顔とは違う。
あの笑顔は、アスランによって作られた自然な笑顔。
『ちっ・・・』
イザークは面白くなさ気に舌打ちをした。
アカデミーでの成績、親の権力、そして婚約者の立場、今のところ年齢以外では全てアスランに負けている。
今回、婚約者の地位、と言う面でも負けてしまった。
そんなもの居なければ、負けが一つ増えなかったものを。
だって、アスランの婚約相手はあのプラント最高評議会議長シーゲル・クラインの一人娘であり、
また、美しい声を持つ歌姫としてプラント国民の間では絶大な人気を博しているラクス・クライン。
自分は名も功績も無い一整備士。
母親は一体何処からあの整備士を選んで来たのだろう。
今度、絶対に聞いてみなくては。イザークは、そう心に誓った。