≫ 愛おしいからこそ 最後の我儘は至極簡単なもの (09.06.25)
大切だから 君を縛っていたこの手を、此処で離そう
前線で戦っていたは、サーベルを振り下ろしていた機体の手をピタリと止めた。
それはだけでなく其処に居ただろう誰もが同じように止まり、ただ一つの閃光跡を見つめる。
ジェネシスの第二射が撃たれた。
いとも容易く撃たれた二射目は地球連合軍の月基地を狙い、見事に撃ち貫いた。
モニター越しに小さくも見える月面から吹き出る煙のようなものは、一瞬にして多くの命を奪ったという証。
大きな熱量は、尊いものを消してしまったのだ。
愕然とした思いがの身体を支配してしまいそうになったがグッとレバーを握り自分が此処に居る意味を確かめる。
これで戦いは終わりには近づいてはいない。決して終わりでは無い。
終わらす為に、必要な事は。
ジェネシスをモニターに映すと、淡々と換装作業が始まりっていた。
胸騒ぎを感じたはごくりと息を呑む。次の照準は何処だろうか。まさか、地球なんて事は―?
妙な悪寒を感じたはひと時だけ深く考えた。何か、何か良い策を。
暫く彷徨った視線を真っ直ぐ前へと戻したは、"鬼神"を大きく翻させた。
◆My love story◆
イザークとプラント守備隊は軍本部付近の宙域でピースメーカーの動きを掴んだ。
以前と同じように綺麗に並んだ編隊は、一直線に銀の砂時計を狙い突き進んで行く。
先程行われたジェネシスの報復なのだろうか。
ただの一撃でも良い、この核を撃ち込んでやる、と、勢いを抱えたメビウス隊は、
迎え撃つ戦艦やゲイツ隊に阻まれ撃ち落されても一機たりとも速度を緩める事はなかった。
『来るぞ!散開!』
イザークは自らが率いる隊と共に向かい来るメビウス隊へと直進して行く。
向こうも必死だろうが、同じように此方も必死だ。
此処が踏ん張りどころなんだ。絶対に、撃たせてはならない。
『プラントへ放たれる放火!一つたりとも通すんじゃないっ!!』
イザークは声をあげる。思いの篭った言葉はきっと深く隊員に届いたことだろう。
がジェネシスへと機体を進めて行くと、高速で交差する二機の熱源を見つけた。
拡大したモニターには新型のプロヴィデンスとフリーダムが映り、二機は激しくぶつかり、薙ぎ、撃ち合う。
飛び交うビームはプロヴェデンスのドラグーンによるもので、その動きを読みきれて居ないフリーダムの方が苦戦をしていた。
は慌てて通信回線を開く。
プロヴィデンスはクルーゼの乗る機体で、
適性はあるとデータには出ていたがまさかこの段階で乗るとは思っていなかった。
試乗をしていない事を知っていたは驚きつつも声をかけた。
『キラ!ラウ!止めろ!!』
「・・・!?」
最初に反応の声を漏らしたのはキラだった。
プロヴィデンスから距離を保ちつつの存在を確認するとフリーダムから通信が入る。
「何故此処にっ?」
『わたしはこれからジェネシスを止めに行く!』
が答えるとキラの息を吸う音が聞こえた。
たった一機で向かう自分に対して彼がそんな反応するのも分かる。でも、変えられるのなら。
「、君があそこに行ってももう無駄な事だ」
『ラウッ・・・』
冷静な声でクルーゼの通信が入ってきたと同時に、プロヴィデンスはフリーダムへの攻撃を止めた。
そして三機が距離を置きつつも向かい合うと、は思いのままに叫んだ。
『そんなの分からないじゃないか!やってもいないのに!』
「どうせ人は死ぬ。互いを憎み傷つけてな。・・・あそこにいる者達もそうだ」
「この戦いが終わる頃に、いずれ全ては滅びる」、
そう言うとプロヴィデンスは何基かのドラグーンを一方向へ向け、とキラはそれを追うように見る。すると、視界にきらりと光が映った。
『救命・・・艇・・・!?』
が目を細めて見ると、そこには真っ暗な宇宙の一部分に小さな救命艇が漂って居た。
「フレイ・・・!!」
『フレイ?』
キラが呼ぶ声には同じ言葉を繰り返した。
戦闘の最中浮かぶ救命艇の小さな舷窓には鮮やかな赤い炎色の髪の少女、フレイの姿。
彼女は大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて、こちらを―、フリーダムを見ている。
口は「キラ」を呼び、懸命な表情。
それを嘲るかのようにプロヴィデンスから小さな笑い声が聞こえ、ドラグーンのビームを放ち救命艇を掠めさせる。
『止めろ!ラウ!』
「フレイッ!!」
が声をあげたと同時にフリーダムは機体を駆り、救命艇へと向かった。
も同じようにバーニアを吹かし救命艇へと距離を詰めクルーゼからの攻撃を妨げようとする。
しかし笑い声以外の答えが返って来ないプロヴィデンスのドラグーンはビームを撃ち続け、小さな救命艇を狙った。
『ラウ!』
が叫んだ瞬間、一閃確実なビームが救命艇へと打ち込まれたが、フリーダムはシールドを投げ、ほんの直前で救命艇を守った。
しかし安堵は出来ない。別方向から撃たれた一基からビームが同じく救命艇を狙う。
キラは目を見開いた。このままでは撃ち落されてしまう。
その時、の"鬼神"の腕が救命艇を覆い、ビームからその身を守った。
『うっ・・・!!』
ドラグーンから放たれたビームは"鬼神"の身体に大きな衝撃を与え、急激にかかるGにはそのまま宙に弾かれた。
機体はバランスを崩し息が止まる程の勢いだったが、
しっかりと救命艇を抱えた"鬼神"は力の限りレバーを引いて態勢を立て直す。
「!大丈夫!?」
『はい!キラ、救命艇は私が此処から避難させる!暫く此処は任せます!』
「分かった!気をつけて!」
『貴方も!』
あれだけ直撃しても"鬼神"の機体に大きな損傷は無い。
は救命艇を手にこの場から離脱を図ろうとバーニアを吹かしプロヴィデンスの隣を駆け抜けた。
ドラグーンを背後に列したクルーゼだったが、通り過ぎるを撃つ事も、斬りかかる事もせずにただ正面を向いたままで動かない。
ただ、穏やかな声がスピーカーから聞こえ、問う。
「おや、。私を止めずして良いのか?」
現れたのは、自分を止めにきたものだと思っていた。自分の為に、駆けて来てくれたのだと。
クルーゼは確認するかのようにへ問いかける。
『ラウの前にジェネシスを止める。次の発射を厭わないのなら、あんなもの、この手で止めてやる!」
「ジェネシスは止められなくても、わたしは止められるとでも?」
『ラウは、大丈夫だ』
間髪入れずに返したの平静なその言葉に、クルーゼのグローブに包まれた手は、また熱を持ったように思った。
あれだけの事を彼女に言ったのに、まだ自分を信じていると言うのか。
クルーゼの自然に開いた口は、通り過ぎた「鬼神」の背中へ向けられる。
「あの時、あんな話をしたのはどうしてだと思う?」
『・・・は?』
突如聞こえた問いに、は"鬼神"の速度を落とす。
声は優しく語りかけ、仮面から少しだけ見える口元の笑顔が無意識に思い出される。
「浜辺で、君の全てを、私の事を話した時だ」
は"鬼神"の動きを止め、機体を振り返えさせてメインカメラをクルーゼに向けた。
ただ時間を稼いでいるだけかもしれない、油断させて撃たれるかもしれない。
でも酷く優しいその声が嘘をついているようには思えなくて。
「・・・人類の最後の時に、私は君に殺されたかった」
『・・・何、言ってるんだ?』
さらりと吐かれた言葉をは理解が出来なかった。
淡々と続くクルーゼの言葉を聞き取るのがやっとで、進む為にレバーを握る手に力が入らない。
けれど聞こえて来る声は優しくて温かくて、やっぱり嘘には聞こえなかった。
それがクルーゼにも伝わったのだろうか。
クルーゼは沈黙の中にの返答を感じ、小さな笑みを漏らす。
そして一拍置いた後、再度言葉は紡がれた。
『・・・君の力なら私を殺せるから、
私がこの世界を憎むように君が私を憎んで、殺してくれれば良かった』
全てを滅ぼした後に悲しみに暮れた君がその剣を抜いて一突きしてくれるシナリオを描いた。
それが、自分の望んだ本当の終焉。
― 深い闇に溺れる事が ―
『・・・昔は、ね。いや、ついこの間までそう思っていた。
最初は憎むべき世界の終焉を見れれば良かった。だから君の有能な力をただその為に利用した』
分かるだろう!?終わってしまっては何も変わらないっ・・・!わたしと一緒に、やり直そう・・・っ!?
― 分からない、終わる事しか、滅ぼす事しか考えてこなかったから ―
変われば見えるものも違う!ねぇ、そうでしょ?ラウッ!・・・ラウッ!!
― 君は変われたからね 羨ましいほど素晴らしい人間に ―
、君のような者には分からない。変わらないんだ
― 変わらない?いや、変われないんだ。僕は醜い ―
じゃあ何故わたしに話した!?
― 殺されたかったから? 違う、君には、君にだけは赦して欲しかったんだ ―
『・・・だが、いつしかそれも変わってね』
慕われるのは慣れていない。それに面倒な距離感はもううんざりでね
― 君に、ただ嫌われるのが怖かった ―
だって、君が最後まで傍に居てくれるなんて思って無かったから
「・・・愚かな全てが滅びれば、君が心から笑ってくれるような気になっていたんだ、私は」
『ラウ・・・』
は、スピーカーを通してクルーゼが自分にとって都合の良い事を言っている幻聴が聞こえてるんじゃないかと思った。
あんなに悲観的な事を言ってた彼の、ほんの隙間にでも自分が居たと言う事実を知らされ、
信じられない気持ちでいっぱいだった。
この世界の全てを憎んでいた彼の、優しい、優しい言葉。
「」
クルーゼから紡がれる言葉をぼんやりと耳に入れていると、メインモニターにクルーゼの顔が映し出された。
珍しくパイロットスーツを身に纏っていたクルーゼだが、昔のような柔らかい笑みを湛えている。
「最後に、笑った顔を見せてくれ」
『最後って、・・・なに・・・、それ・・・』
「もう私の言う事は聞いてくれないか。・・・残念だ」
本当の表情なんて今はもう分からない、けれどこんなにも切ない声は今、ちゃんと彼の口から。
『・・・ラウ!このまま此処で待っていろ!!』
は声を荒げる。この思いがちゃんとクルーゼに届くように。
ただ滅ぼす事を望んだんじゃない。クルーゼは確実に、変わってくれていた。だから此処で一度離れたとしてもきっと大丈夫だ。
は機体をくるりと振り向かせ、救命艇を抱いた「鬼神」を管制室へと向かわせた。
「私はこの先を知らない。・・・考えもしなかった。
ずっと、滅び亡くなる事だけを考えて生きてきた。・・・だから、これ以外の道は選べない」
クルーゼがそう呟いたのも聞かずに。
途中、宙域から逃れるよう戦火の届かない場所で救命艇を解放したはヤキン・ドゥーエに着いた。
クルーゼを止めたい、でも、ジェネシスを止めるのが先だ。
管制室へ行って、自分があそこへ行ってコンピューターを少し触る時間が稼げれば、
ヤキン全てのプログラムを書き換える自信がある。
撃ち殺されたって構わない。むしろ撃たれれば少しでもその場を混乱させられ、時間が稼げるかもしれない。
10秒だっていい。自分が死ぬ間際のほんの少しの時間でも。
手順はもう頭の中にある。
プログラムを書き換え二度とジェネシスを撃てないようシークエンスを破壊、
次にヤキンのシステムをシャット・ダウンし起動出来ないようにロックをかける。
自分の紅く染まったこの手でも、これ以上の戦争が出来ないようにする。
自分にはそれが出来る、他の誰もが出来ないプログラミングを、自分なら出来るんだ。
そしてクルーゼの居る場所へ戻る。今のクルーゼなら大丈夫だ。書き換えて戻って、彼を止めてやる。
は"鬼神"を駆る勢いそのままに港口を抜け基地の奥へと進む。
二機のMSが既に停めてあり訝しげに機体を覗くとジャスティスと、ストライクに良く似た淡い紅の機体があった。
『・・・アスラン?』
ジャスティスはアスランの機体だ。彼も同じ事を考え、コンピューターを破壊しに来たのか。
それとも、父親を止めに来たのだろうか。
真っ直ぐに司令室へと向かう中、ところどころに倒れた人物や破壊の跡があり、
アスランが強行突破したのだろうと見て取れた。
廊下を駆け抜けるに、同じザフトとあってかその場に居た兵士が次々と避けた、いや、そうじゃない。
彼等は慌てふためき逆方向、出口のある方へと押し合いながら我先にと向かっていた。
脱出しようとしているのか、ありとあらゆる艦艇、MS、船舶への指示を開始している。
必然的に入り口付近は騒然としていたが、内へ進むにつれて人は疎らになって行き不思議なほどシン、としていた。
そんな中、アスランは司令室へと行けたのだろうか。
自分と違い彼は追われる身。それでもジェネシスを止めようと此処へ来たのだろう。
出来れば、アスランが無事指令室に行ってくれていれば助かる。
アスランほどの身体能力を持つ者が居れば時間が稼げる―、そう確信したはエレベーターに乗り込み、大きく息を吸った。
やっと、自分の存在意義が証明される気がする。
人を殺す為の能力が培われてきたと思っていたけれど、此処で救える為の力に変えられる。
司令室のエレベーターが開いた時、本当は全神経を足に集中しコンソールへ向かう筈だった。
しかしただ見えた目の前の光景の様子が読み取れず、はエレベーターから動けない。
『・・・アスラン?・・・カガリ??』
視界に入ったものを見て、そう呟くのがやっとだった。
静かな司令室には倒れた男性一人と、同じようにぐったりとした男性を支えるアスラン、
そしてカガリの姿があり、想像していたそれ以上の人はもうそこに居なかった。
『・・・どうし・・・た?』
静かな管制室は大型モニターを囲うコンソールが壇上に配置されており、
その間には散らばった資料の紙やペンがケーブルやディスクが散乱していた。
その中で久しぶりに見たアスランの顔には涙と言う涙が溢れんばかりに出ていてはそっと声をかける。
『・・・』
名を呼ばれた事で振り返ったアスランの腕に居た人物を見て、は思わず声を上げた。
『ザラ、議長・・・!?』
撃たれた傷から大量の血を流していたパトリックは、既に事切れていた。
アスランの涙の理由を瞬時に悟り、言葉に出来ない衝撃に眉を顰める。
気休めにでもと肩に手をあてようと差し伸べたその時、コンソールからアラートが鳴り響いた。
本当はアスランを労わりたい気持ちがあったがは此処へ来た理由をまず先にと思い出し、
切り替えてコンソールへと向かうとモニターには次々に文章が浮かびあがる。
はごくりと息を呑んで、二人に状況を説明しようと震える声を出した。
『・・・発射シークエンスが・・・自爆シークエンスに移行し始めている』
<自爆装置作動。爆発まで1800秒です。総員速やかに施設内より退去して下さい>
が自爆を停止させようとコンソールのキーボードを叩く。
が、音声は紡がれ作動を開始し何をどうしても止まる気配が無い。
シークエンス自体が何かと連動しているようでウィンドウを次々に開き、
内容を順に追っていくと、滑らかに動いていた指はピタリと止まった。
そんなの動きを見たアスランは父の遺体を丁寧に置くと涙をぐぃっと拭い、隣からモニターを覗く。
『自爆シークエンスとジェネシスの発射シークエンスは連動しているのか??』
『はい。既に此処はもう制御不能になっています。止める手は無いです』
『止められないだと?くそ・・・っ!』
アスランは勢いそのままにコンソール叩き付けた。
パトリックはプラントが、自分が滅びる時にはヤキンを自爆させ、ジェネシスを発射し地球を道連れにしようとしていたなんて。
『こんな事をしても、戻るものなど何も無いのに・・・!』
そう漏らすと横たわる父親に視線を落とす。哀しいもその悲痛な声は、もう二度と届かないと知っていても。
『どうにかして止められないのか?』
焦りを隠せないカガリが、とアスランを交互に見て後ろから声をかけた。
パイロットスーツを着ている事からあのストライクに良く似た機体は彼女のものだったか。
はどうにかして方法を見つけようとジェネシスのプロセスを見直していたがじきにキーボードを打つ手を止め、カガリの言葉に暫し考え込んだ。
『どうにかして・・・』
時間が無い。は脳に叩き込まれた情報を漁った。
ジェネシスは、PS装甲を身につけた、巨大化学兵器。
例え核起動の"鬼神"やジャスティスの攻撃力をもってしても、破壊するに1800秒以上の時間がかかってしまう。
そもそも何かに阻まれたり、地球軍の攻撃を防いでいたりしたらもっと時間がかかる。
なら、どうにかして、どうにかして止める方法を―。
『あった!・・・止める方法ッ!』
突然のひらめきに、は声を上げた。その声にカガリが笑みを浮かべの肩を掴む。
『あるのか!!』
『はい!カガリ、もう大丈夫。ジェネシスだけですが止められます!』
『良かった・・・!』
薄っすらと涙を浮かべたカガリの顔は安堵に包まれていた。
は喜ぶカガリの顔を見て、しっかりと頷く。
地球を撃つなんて、絶対にさせない。
今ジェネシスが撃たれ、地球連合軍の兵力を削り戦争が終わっても、本当の争いが終わるわけじゃないんだ。
むしろジェネシスが撃たれる事が、更なる戦火を呼び起こす。
『じゃあ、アスラン、カガリ!此処から出来るだけ離れて下さいね』
そう言ってはカガリの背を押しエレベーターへと促す。
ヤキン・ドゥーエの爆発がどれくらいの規模かは分からないが、思っているより離れた方が良いだろう。
『アスランも早く―・・・』
カガリがエレベーターに足を踏み入れた頃、振り向いたは動きを止めた。
真剣な顔つきをしたアスランが、をじっと見ていたからだ。
『カガリ・・・先に、行っててくれ』
『でも・・・』
『直ぐ追いかけるから』
『・・・分かった』
アスランはエレベーターの開閉ボタンを押し不思議に首を傾げたカガリを先に行かせると、
もっと強い、睨むような目つきでへ視線を戻す。
『アスラン?』
『何処へ行く気だ!』
当たり前のような顔をし声をかけてきたに、アスランは声を上げた。
はその声に驚き、びくりと身体を強張らせる。
本当はアスランだって好きな子相手にこんな声を出したくはない。
けれど今そんな事で言いたい事を躊躇っている場合じゃないと、アスランは変わらず真剣な顔を向けた。
『それは・・・』
『頼む!言ってくれ!!』
嫌な予感が胸を襲ったアスランはの両肩を掴んだ。
そして軽く揺さぶりながら、視線を合わせるように顔を覗き込む。
はそんなアスランの瞳から視線を外す事無く、むしろ同じように強い視線を向けはっきりとした声で答えた。
『・・・このままジェネシスの中心部へ行く。
わたしの"鬼神"で行って自爆すれば、内部からの攻撃ならPS装甲のジェネシスでも破壊出来る』
核起動の"鬼神"の爆発力なら破壊するに問題は無い、無表情のままはそう付け加えた。
『自爆・・・!?何言ってるんだ!死にに行くって言うのか?!』
『・・・そう、とも言えるかもしれない・・・』
当たり前のように放たれた言葉に驚いたアスランはの肩をしっかりと持つ。
でも、はこうやってでも活かせるのなら、自分の命が役に立つのならそれでも良いと思っていた。
自分がクルーゼを止めようと思った。でも、彼は既に光が見えている。
もしかしたら、あの場所でキラが同じ思いを語ってくれているかもしれない。
それなら安心して、自分は。
『馬鹿な真似はよせ!』
アスランは掴む手に力を込めた。
絶対に此処でを行かせたくない。行ったら、もう二度と会えないのだから。
『馬鹿な真似・・・?』
ただ死なせたくなかったアスランの叫びを聞いた途端、の顔は険しくなった。
自分がしようとしている事は決して馬鹿な真似なんかじゃない。
宛がわれた軍からの機体も、戦う為に生まれた自分も、これで少しは世の役に立てると言うものだ。
人を殺してきた自分が、人を殺す為の機体を整備していた自分が、大事なものを守りたくても、無力で守れなかった自分が。
そんな自分の死が少しでも未来の為になるのなら、本望だ。
は思いを振り絞るようにアスランをキッと見やる。
『もう沢山なんだ!人が死ぬのを見るのなんて、もう―!』
『だからって、君が死んで言い訳じゃない!』
けれど、アスランも折れずジェネシスへと向かおうとするを宥める。
アスランの悲痛な表情は、不謹慎にも何処か嬉しい気持ちにさせた。けれど、
『離してくれ!もう時間が無い・・・っ!これが最善策なんだッ!!』
両肩にかかるアスランの手が自分を温かく強く包み込んでいたが、
はその優しさに捕まる前に振り払おうと腕を振った。
怖かった。こんな自分でも死にに行く事を止められたら、決心が揺らいでしまうじゃないか。
『!!』
離れようとしたを止めようと更に上げられたアスランの大きな声に、は驚いて怯んだ。
その瞬間、ふわりとアスランの身体がを包み込む。
『アス・・・っ!?』
アスランは瞬きをするの身体をしっかりと抱きしめた。
思えば、の身体をこんなふうに包んだのは初めてかもしれない。
こんな時が初めてだなんて、可笑しい話だ。ライバルのイザークに情けないと、きっと笑われてしまうだろう。
『・・・ジェネシスの破壊は俺が行く』
『アスランが?そんなの駄目です!』
を大事に抱きしめたアスランは束の間の温もりに瞳を閉じる。
そしての耳元で静かに囁くと、言い聞かせるように呟いた。
『違う、大丈夫なんだ。俺はジェネシスを止める方法を知ってるから』
『方法?どうやって・・・』
『思い出した。以前父の部屋で見た資料があって・・・。
俺はあれを生み出したパトリック・ザラの息子だ。大丈夫』
『・・・本当に?』
『本当だ。ほら、時間が無い』
そんなの、はっきりとした答えになってなかったかもしれない。
けれどが信じる瞳で自分を見るから、あんまりにも愛おしいから。
『・・・君は君の持ち場へ戻るんだ』
アスランは自分からをゆっくりと引き離して、しっかりと顔を見た。
キラキラとした大きく開く瞳はきっとこの果てしなく広がる宇宙の何よりも美しい。
本当はもっと見ていたかった、触れたかった、― 自分だけに笑って欲しかった、でも、
『・・・好きだ、君が・・・』
そう言ってアスランはゆっくりと身体を屈め、の唇にそっと触れるようなキスをした。
『・・・アス・・・』
『だからは生きてくれ。俺はこのまま世界を終わりになんてさせないから』
の口から零れるように漏れた声を遮るように言葉を紡ぐ。
彼女からはもう何も言わせない。死にに行くだなんて、そんな事もう二度と。
の返答を待たないうちにカガリを送り終えたエレベーターが司令室に着くと、笑顔のアスランは颯爽と乗り込んだ。
『じゃあ、俺行くよ』
穏やかなアスランを隠すようにエレベーターの扉がゆっくりと閉まる。
残されたは唇に手を当てたまま言葉を紡ぐ事が出来なかった。
ただ呆然とアスランが見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。