≫ 期待と願いを抱えて 最初から最後までの道を (09.06.15)


ジェネシス発射後、一時帰投したはヤキン・ドゥーエの司令室へ乱暴に入り込んだ。 広い内部は管制官達がコンソールを前に半円になって大型モニターを囲い騒然とし、ドアが盛大な音を立てても誰も気づかなかった。 彼等の傍には白々しい顔をしたクルーゼが立ち、慌しい周りを見回したついで視界に入っただろうの顔をちらりと見てニヤリと笑った。 そして此処に来る事が分かっていたとばかりの溜息を吐くと、ゆっくりとへ向かい、司令室を背にそのまま廊下へ誘った。

『ラウ!何だあれは!?どう言う事だ!!』

の大きな第一声を聞いて、クルーゼは廊下に出て良かったと思ったに違いない。 高揚している声はジェネシスの威力を見せ付けられた事で上がったのか、いつもよりだいぶ刺々しい。 視覚的にも見て取れ、パイロットスーツのままののグローブに包まれた手は震え怒りを堪えている。

『・・・私はザラ議長閣下の意思を尊重しただけに過ぎないがね』

反対に、冷静なクルーゼはいつもと変わらない穏やかな声で答えた。 確かに何においても決定権を持つのはクルーゼではなく、それ以上に地位がある者だ。

 ― 例えば、パトリック・ザラとか ―

はパトリック・ザラの顔の次にジェネシスの閃光を思い出し、ぽっかり開いた空間にぞっと身体を揺らした。 あそこまで大胆な仕業は本当に優しいアスランの父親なのかと疑問に思う。 簡単に、人の命を一瞬にして奪う事をしてしまえるだなんて。

『・・・人とは本当に醜い生き物だな』

言葉では憂いているが、クルーゼの瞳は何処か別の場所を見ていて何を物語っているのか分からない。 思惑が読めずは眉を顰めるが、クルーゼは気にせずに言葉を続けた。

『お前がそんな顔をするのも、人の業のせいだ。"鬼神"に乗ったのも、結局はその為』

人が醜いから、人が愚かだから、だから機体に乗った。 争うから、いがみ合うから、だから戦場に出なければならなかった。

淡々と続けるクルーゼの言葉を、は遮る事が出来なかった。 確かに人は人知である言葉と言うものを持っているにもかかわらず手を出す事を選んだ。 人だけが言葉を交わし感情を伝えられると言うのに、悲しみや怒りだけを残す手段で相手を押さえつけようとしている。 クルーゼが言うように・・・愚か、なのかもしれない。

『もう臆したか?』
『まさか』

 ― でもそれは想いが強いから。人は相手の痛みを、きっといつか知る事が出来る ―

はグッと握り締めた拳に力を入れながら、言葉を呑み込んだ。クルーゼにだって分かる日が来る。

『・・・ジェネシスはまた撃たれるのか?』

ほんの間をおいたは込み上げて来る憤りを抑えながら次に聞きたかった質問をする。

『さあな、それを命令するのは私の仕事ではない。 それよりも、我が軍を止めるより先に地球軍を止めなければならないだろう? 奴等は今、月から十分な補給をしているぞ。またメビウス隊が核を積んでる筈だ』

クルーゼの言葉に、は息を呑んだ。 そうだ、まず最初に自分はあの核ミサイルを止めなければならない。 止めない事には始まらないんだ。

『ではもう行け。私とて暇じゃない』

の動きが止まったのをクルーゼは一瞥すると冷たい声を残し身体を翻させる。 背中にはもう話す事は無いのだと書かれているのが分かった。

『・・・あ』

その後姿を見て、は無意識に手を差し出した。 もうずっと見てきた凛とした勇ましい後姿が、何故か今は儚く見える。 振られた手をしっかりと掴むと、しがみ付くように身体を寄せた。

『・・・何の真似だ。手を離せ』
『嫌だ!』

訝しげな声を出したクルーゼは腕を引きから手を離そうとする。
しかしはそれでも離れたくない思いに駆られ更に力を入れてクルーゼに掴まった。

『こうやって直に触れている手が離れても、ラウの手を本当に離す時は永遠に来ない』

嫌いでも面倒でも鬱陶しくても、救ってくれた彼が自分をどんな風に思ったって、繋がっていたいから。

『止めろ。離せ』

どんなに想いを口にしても冷えたクルーゼには届いていないのか。 彼はの腕をするりと抜けて司令室のドアを開け一度も振り返らずに中に入ってしまった。 ただ残されたは手に残らない温もりを握り締めるかのように両手に力を込めた。



『・・・熱い』

指令室に入ったクルーゼは、グローブに包まれた自分の手をじっと見つめた。
振り払った手が熱を持っている。今までこんな風に自分の手が温かく感じた事は、ただの一度も無かった。



◆My love story◆



軍本部内の通路を歩いていたイザークは、 側近たちと話し合いながら此方へと向かって来る母エザリアを見つけ、ピタリと立ち止った。 久方ぶりに見た母親の顔は些か疲れていたように見え、この戦いが大詰めを迎えて緊張感を増しているのだと分かる。 イザークが様子を見ているとエザリアもイザークに気づいたようで微笑みながら此方へ足を運んだ。

『イザーク』
『母上、ずっと此方に?』
『ええ、大事な局面ですから・・・。間もなく、ジェネシスの第二射が行われます。 そうすれば、長かった戦争も終わるわ』

エザリアは急いでいるような声で、小さくイザークに囁き、その言葉を聞いてイザークは下唇を噛んだ。 上層部はまだあれを撃つ気なのか、あれを撃てば全てが終わると本当に思っているんだろうか。 地球軍がボアズにした事と同じ事をして、それで良いのか。 しかし、そう言った母親の顔は安堵がちらりと見えていて複雑に思う。 彼女だって心身ともに負担を抱えながら頑張っているのだろう。 イザークがかける言葉に悩んでいると待たせていた側近がエザリアの名を呼びエザリアは慌てて手を上げ返した。

『では、無茶はしないで』

そう告げ戻ろうとした寸前、エザリアは思い出した顔をし、イザークの耳に寄りそっと囁いた。

『貴方の隊は後方に回します』
『母上?』
『貴方の仕事は戦後の方が多くなるのよ、それに前線にはが出るでしょう?』

さらりと吐いた母親の言葉にイザークは驚いた。 もしかして彼女は最初からの力量を知っていたのだろうか。知っていて、婚約者に仕立て上げたのか。 けれど眉を顰めている息子の状況に気づかないのか、それとも分かっても構わないのか、エザリアは言葉を続ける。

『あの日、言ったでしょう?「きっと将来、家庭の事だけでなく貴方の力になってくれる筈です」と』
『・・・っ!?』
『イザーク、気をつけて』

そう言い残した後、足早に去るエザリアの後姿を見つめながらイザークは呆然とした顔を隠し切れずに居た。 自分が下がると言うのにはこのまま前線で戦う、それは"鬼神"が一体多数の俊敏な機体だからじゃなかったんだ。 いや、確かに軍の配置としてはそうだったかもしれない。そうなのかもしれないが。

イザークは震える身体を押さえる事が出来ない。胸に残るのは苛立ちにも似た不安な思い。
母親が彼女を婚約者に選んだのは、― 戦後に立つ自分を守る ― そんな事の為。



ラウンジでニコルは、まだ瞳の中に白い閃光の残像があるように思え虚ろな表情を隠せずに座っていた。 評議員として自分の親も議会に居る筈なのに、ジェネシスを止める事は出来なかったのだろうか。 穏健派であるラスティ、ディアッカ、自分の父親、その彼等より推進派であるパトリック・ザラやエザリア・ジュールの決定権の方が強いと言う事か。 ニコルは親指の爪をギリ、と噛んで歯痒い気持ちを抑えた。

『ニコル。ドリンク貰ってきたよ』

その時、ラスティが両手にボトルを持ってニコルの隣に腰掛けた。 ジェネシスの発射以来ずっと考え事をしているニコルを気遣っての事だったが自分もニコルと同じように落ち着かないでいた。 だからこうやって身体を動かす事で少しでも心軽くなれたら、と。

『有難う御座います。でも・・・』
『駄目だよ。少しでも飲んどきなって』

差し出されたボトルを受け取ったままテーブルに置き、ただ見ていたニコルにラスティは飲む事を勧める。 また地球軍が攻めて来て、何かあってはもうこうやってゆっくり出来る時間が無くなるかもしれないし、 戦闘は始終緊張していて、知らない間に汗をかいていたりもする。 だから今取れるなら水分を少しでも摂った方が良い。 ラスティが「な、」と声をかけるとニコルはボトルとラスティを交互に見た後、ゆっくりと喉に流し込んだ。

『・・・驚きましたね。自軍のものと言えど、あんな破壊力を持つ兵器があったなんて』

ふぅ、と水を飲んだ事によって息を吐いたニコルは、ついでと言っても良いようにさらりと疑問を口にした。 あれだけ深く考えていたが、自分一人で秘めていても何にもならないと言う事が分かっているからだ。

『確かに、何考えてんだか』

ラスティは少しだけ首をしな垂れさせて頷く。 核によって悲しみを知ったコーディネーターが、核で同じ事をしようとしてる、いや、してしまった。

『本当に、ナチュラルを滅ぼすつもりなんでしょうか』
『もう、防戦一方って分けにもいかないんじゃないの。あっちも核を撃ってきてるから。 でも、・・・だからって核を撃って良いわけじゃないのにね』
『・・・はい』

ドリンクの表面をしっかり握ったニコルは、ラスティの言葉に深く頷いた。 ラスティも一口だけ水分を含み、テーブルに置く。 そして息を吸って天井を見上げた後、首を回して骨を鳴らすと猫のような背伸びをしてニコルへと視線を戻した。

『でもさ、止められるよ。アスランとディアッカ、イザークに隊長が頑張ってんだ』
『ラスティ・・・』

にっこり笑ったラスティは、ムードメーカーと言われてきただけはあった、と思った。 いつもしっかり考え、相手を不快にさせない彼の言動はこんな緊迫している状況でも揺るぎない。 その笑顔につられない分けもなく、ニコルは同じように微笑む。

『そうですね。もう少し、僕達も頑張りましょう』
『ああ』

そう言うとニコルはドリンクをごくりと鳴らして飲んだ。 そしてその先を想像して笑う。 この戦いが終わる時、全ての連鎖が終わるのだと信じて。



『・・・隊長・・・。此方に戻られてたんですか』
『イザーク』

イザークがデュエルの調整を終え休憩室へと足を運ぶと、 ヤキンに一時向かっていた筈のが軍本部へと戻ってきていたらしくソファに腰掛けていた。 向こうへ行った後こちらへ戻ってくるなんて思っていなかったから少しぽかんとした声が出たように思う。 一度咳払いをして姿勢を正すと、の座る隣に立ち並んだ。

ちらりとを見れば、隊長服を着ていたものの流石の連戦に一息ついていたのか、珍しく上部の襟を開けて座っていた。 顔も些か疲れているように見え、やはりジェネシスの一撃は彼女に強い衝撃を与えたのだと見て取れる。

『前線に出られると聞きました・・・』
『・・・わたしは前線以外での戦い方なんて知らないからな・・・』

そんな彼女が一番気を張り詰める前線に出て戦うなんて大丈夫だろうか。 張り詰めた糸はきっと何よりも真っ直ぐであるのだろうが、だからこそ強く引かれ過ぎ切れてしまう事が怖い。 彼女に何かあっては、と気遣うがは心配を他所に、立ち尽くすイザークへ隣に座る事を促す。 長いソファの何処に座ろうかと若干戸惑っていたイザークだが落ち着き無く腰掛けると、 視線のやり場を探すように二人の開いた間合いへと視線を落とした。

『・・・イザークは宇宙の化物と言われた事があるか?』

視線を彷徨わせていたイザークに、がぽつりと口を開きイザークの視線はへと戻る。 ブルーコスモスを中心に、コーディネーターはずっと「宇宙の化物」と言われてきた。 イザークは「何故今それを?」、と聞きたかったが、あんまりにもの顔が真剣で先に答えを言う必要があると深く息を吸って声にした。

『ナチュラルは昔から言ってます』

「だから言われても気にしてませんので覚えてない」そうさらりと、答える。 自分は親の職業、赤服を着ている事でナチュラルだけじゃなく同胞にだって煩わしい眼で見られる時があり、 化物だ何だと言われた所で今更何を気にする事でも無い。

確かに昔はナチュラルを理性的でない劣化した生き物だと思っていた事は認める。 けれどそれと変わらないアラスカでの同胞の虐殺行為や、何かを大事にするの想いが今の自分を変えた。 ただ、今でもコーディネーターに憧れ、生み出した彼等自身が我々を 「宇宙の化物」と言うのは間違っているとは思うが。

『確かにわたし達は自然に生まれた存在ではない。けれど共存していく事が難しいとは思えない。 同じ人間なのだから人は、分かり合えると思う・・・』

イザークの簡単に返した言葉で安心したのか、は思いを口にした。 そうだ、言葉を持つ我々人間と言う種族が殺し合う必要なんて無いんだ。難しい分けが無い。同じ人間なのだから。

『私は・・・そう、思います』

だからクルーゼだって、いつかそれを分かってくれるだろう日が来る。 此処で挫けては駄目だ。 自分には、こうやって隣で真っ直ぐ前を見つめるイザークが居てくれる。

『・・・有難う、御座います』



頼り気無く笑うの顔に、イザークはドキリと胸を鳴らした。 それは此処最近、笑ってくれた事なんて無かったからではない。 ただ純粋に、出会った頃ののままの笑顔で「綺麗だ」、とそう思った。

イザークが返す言葉に迷い視線を泳がせていると、キラリと胸元に光るものが視界に入る。 休憩室のライトが直接それに光を集めたのだろうか、眼を細めて視線を寄せると、思わず驚きに息が詰まった。

― の首にはチェーンがかけられており、その先には、自分があげた指輪 ―



あの日から、変ってしまった。 あげた指輪はきっと何処かにやってしまったんだと思っていた。 アスランからのマイクロユニットは隣に置いても、自分の婚約指輪は必要でないものなんだと思っていた。 指輪があれば繋ぎ止められると思ったのに、繋ぎ止められなかったと思ったのに―。

だけども、指輪はちゃんと其処にあった。 そして目の前に居るのは肩肘を張っていない頃の、自分が順を追って、一つずつ知って好きになった。 不意に見えた表情が、それが愛おしくて愛おしくて、思わず身体が勝手に動いた。

『・・・うぁ!』
『・・・馬鹿野郎っ!』

イザークは力の限りにを抱き締めた。腕を大きく回しピンと張った背中までしっかりと包み込む。 幸い此処は人気の少ない場所で、兵士や整備士の眼に留まる事はない、と思う。 こんな事をしたらは困るだろうが、それでも止められなかった。 押し寄せる気持ちはどうしても身体を動かしてしまい、イザークは秘めた想いを伝えるかのように、熱い腕に力を込める。

『絶対に死ぬな』
『えと・・・、それは約束出来ません』
『こんな時に限って能天気な答えをするな。いつもみたいな覇気のある声出せよ』
『今くらい、抜かせて下さい』

背にあてていた手をゆっくりとの両頬に移動させて、しっかりと顔を見た。 言葉にせずとも何がどうしたのかと思っているだろうきょとんとした表情だったが、イザークは構わず見続ける。 この顔が、悲しみに溺れる事が無いように。深く、沈んでしまわないように。 強く強く想い、イザークはこの世の情勢全てを忘れてしまったかのように魅入った。

『あの?イザーク?』

一向に動かないイザークは真摯な目でを見る為、言葉も交わさずにどうしたの、とは首を傾げる。 身長差からしては背伸びが必要で、 それでも足りない距離は見上げるようにイザークへと問うがやはり言葉は返って来なかった。

『イザーク?どうし・・・』
『ちょっとは黙れよ』

暫しアイスブルーの瞳が止まっていたかと思えば、 今度はさらりと音を奏でそうなプラチナ・ブロンドともどもしな垂れてきた。 そしてそのまま再度を抱きしめるイザークの腕は、先程と違いとても優しい。

『・・・はい・・・』

疑問符を浮かべたままのだったが、心地良い温かさに気づき、身体の力が自然と抜けた。 そしてそのまま全てを預けるように寄りかかると静かに瞳を閉じる。 そう言えば以前イザークの広い胸を借りて泣いた時も、彼は至極当たり前の事のように抱きしめてくれた。 クルーゼ以外で人の温かみを教えてくれたのは、きっと彼が初めて。 優しく、強く、賢い。この人に出会えて良かった。目の前に居てくれるのは身動き出来ない自分を羽ばたかせた、唯一無二の存在。

 ― だから、どうか今だけ、この場所で ―



互いを預けていた二人だったが、どちらともなくゆっくりと離れると既に顔つきは戦士のものに戻っていた。 キリリ、とした顔はこれから向かう戦場へ向けられたものだが、それでもイザークの顔はに篤実さは残っている。 がほんの少し微笑むと、イザークが答えるように小さい声で呟く。

『絶対に、死ぬな』
『・・・多分』
『お前は・・・まだ言うか』
『いえ、えっと・・・・・、はい。気をつけます』
『よし』

約束は、曖昧であっても良い。
口約束でも、守る気が無くても、ただこのまま戦場で散らないでと伝えられるなら為ならどんなものだって。

だって、この戦いは生き残らなければ意味が無い。 生きてこの先の蟠りを消さなければ本当の終わりは見えないのだから。 それが自分の仕事では無くても、自分達はその終わりの先駆けになる為に此処に居るんだ。

戦うよ  全てが、君が笑える  宇宙(せかい)になる為に