≫ カケガエノ ナイ 「キミ」 ガ ウチュウ ヘト オチテ イク (09.07.24)


頭部と片腕を失ったバスターと左肩の解けたデュエルは既にPSシステムを落とし、灰色のまま宙域に漂っていた。 肩で息をしていたイザークは次第にそれを落ち着かせ、ふぅ、と一息吐く。

『・・・さんきゅ、助かったぜ』
「別にお前を助けたわけじゃない!」

地球軍の手強い新型をバスターの砲身を借り、向け撃ち落したイザークにディアッカは暢気な声で礼を言う。 特化した性能とナチュラルとは思えなかった新型の動きは、イザークが居なければ結果がどうなっていたか分からないほど精鋭だった。 絶対に、この程度の破損では済まなかっただろう。 暢気な声の割には彼なりの心からの礼だったが、スピーカーから返ってきた声はツンとして、けれどもそれがイザークらしくて、ディアッカは思わず笑みを吹く。

『・・・言わせてくれよ、礼くらい』

少し間を空けて、ディアッカは自分の膝に視線を落とし呟いた。 互いが離れていても、同じように想い、同じように戦っている。 だから、「変わらない仲間なんだから、礼くらい言わせて」と、イザークにそう言いたかった。 昔からきっと変わっていない、自分達の距離。

『・・・俺はもう大丈夫だから』
「は?」
『支えに、行ってやれよ。ちゃんを。俺はこんなんだし、もう行けないからさ』

此処での戦闘が終わったとしても、まだまだ戦いは続いている。 ディアッカの言葉にイザークが眉を寄せモニターを見ればあちらこちらで爆発が起こり、放たれるビームの筋が光っては消えた。 戦艦からミサイルの筋煙が軌跡を残し、通り過ぎただろう後には両軍の機体や艦の残骸が浮遊する。

「・・・お前に言われなくても分かってる」

ギリ、と下唇を噛んだイザークは絞るような声でディアッカに答える。

「でも今は、」

けれど顔を上げたイザークはバスターの身体に手を回す。
機体が擦れ合う音がして、ディアッカは驚きに目を開けた。

「お前を"足つき"まで送ってやるよ」

そう言ってデュエルは"足つき"を目指してバーニアを噴射した。



◆My love story◆



呆然と立ち尽くしていたは、エレベーターが着いた音にハッと我に返った。 周りを見回し、息を呑んで姿勢を正す。今は此処から出るのが先だ。出て、クルーゼの所へ行かなければならない。 はエレベーターに乗り、シンと静まり返った通路を駆け抜ける。 しかし、誰も居ないヤキン・ドゥーエ内部は走り易いのに、全然"鬼神"までの距離が縮まる気がしない。 それは急かす気持ちがそうさせているのだろうか、それともアスランの事が頭を過ぎるからか。 は「此処はこんなに広かったのか」と息を切らしながらコクピットへと滑り込んだ。

スリープ状態だった"鬼神"を起動させて、ヘルメットをしっかりと着用する。
途中、指が触れた唇に意識が集められたが頭を振ってそれ以上を考えないように静止した。

『待ってて、ラウ・・・!』

前方には広がる宇宙。いつも見ていた、けれどいつもとは違う視界。今は戦いに塗れた世界だ。
はしっかりとレバーを握り、ヤキンを後にした。



「待てよ!アスラン!」

ジェネシスのシャフトに入り込んだジャスティスに対して驚いた声をあげつつ、カガリは後を追った。 エレベーターから降りた途端無口になり、此処まで迷い無く直進する動きは異様だ。 いつも持つアスラン独特の冷静さはあるのだが、何処か焦っているようにも感じた。

「どうするつもりだ!?」

張り上げた声でカガリがアスランへと問いかける。 この声で少しでも振り返ってくれるかと思ったがそんな事も無く、むしろスピードを上げる為にジャスティスのスラスターは音を立てた。

『ジェネシスの内部で、ジャスティスを核爆発させる』

カガリの問いに、アスランは淡々と答えた。 本当は、の言った通り、内部から破壊するしか方法は無かった。

に「馬鹿な真似するな」なんて言ったが、自分の方がよっぽども馬鹿だ。 「以前父親の部屋で止める方法を見た」なんて、そんなの、嘘。 父親とはずっと会っていなくて、会ったとしても軍人としてで息子としてじゃなくて、 親子の会話なんて、もうずっと、そうずっと前からした事なんて無かったんだ。

だから自分はジェネシスの止め方なんて知らない。 そもそも彼が何をしようとしたか、何を考えていたか、最後まで一つも分からなかった。 話をしていたら、死ぬ前に息子として話す事が出来たら変わっただろうか。 彼を変える事が、彼は変わる事が出来たのだろうか。 ―こんなに深く考えても今となっては、もう遅い。それが、酷く悲しい。

「そんな事したら、お前は!?」

突き進むアスランへカガリは追いながら声をかけ続ける。 シャフトの中まで追ってきたカガリを巻き込む訳には行かないと、アスランは機体を振り向かせた。

『それしか方法は無い!お前は戻れ!』
「アスランっ!」
『駄目だ!!』

振り向いた事でカガリは一瞬、アスランが止まってくれたのかと思った。 けれどジャスティスは背中に装備してあるリフターを分離し、カガリの乗るストライク・ルージュへと放つ。 衝撃音と同時に、カガリの鈍い声がスピーカーから聞こえたが、 MS一機が通るのがやっとの空間で進路を遮られ身動きの取れないストライク・ルージュを振り向く事無くアスランは中心部へと機体を走らせる。



『・・・此処か・・・』

シャフトを抜けるとジェネシス基部の中枢らしい場所へと辿り着いた。 円を描く巨大なカートリッジ内はおそらく核爆発を起こすための基盤なのだろう。 アスランは一息だけつくと、手元のボタンを押した。すると、アーム内からテンキーがスライドして現れる。

『前にもこんな事あったっけな・・・』

アスランは少しだけ笑って暗証番号を入力する。 以前、がキラによって斬られた時にキラを殺すつもりで自爆した。 彼女が生死の境を彷徨っている代償を自分の命で払うように、償いをするかのように、―自分が死ねばそれで良いと思って。 今回もそれに似ている。それが何処か可笑しく思える。 自分は好きな子の、の為に死ねるのなら、それで良いと本気で思っているなんて。 そんなに誰かの事を好きになれたなんて。



「アスラン!」
『カガリ!?』

を思い描きながら暗証番号を入力し終わる直前、シャフトを抜け出てきたストライク・ルージュからカガリの声が聞こえてきた。 アスランは驚きにテンキーを押す指を止めた。まさかカガリがこんな所まで自分を追ってくるとは。

「駄目だお前!逃げるなっ!!」
『・・・ッ!?』

切り裂くようなカガリの真摯な声が響き、アスランは思わず息を呑んだ。

「―も待ってる!!それにお前の気持ちはどうするんだよ!?」

涙の混じった声でカガリはアスランに問う。 優秀なアスランは彼自身の思った事を確実にこなして来た。 ザフトを抜けた後キラと共に艦に乗り、正しい道を歩もうとする努力を怠らない。 選ぶ道はカガリとも同じ明るい未来で、それを紡ぐ為ならカガリだって死をも恐れずにMSに乗り夢が叶う事を目指している。

― 夢が叶うなら、例え戦いで死んでしまったとしても ―

けれどだからと言って死にに行くアスランを止めなくて良い訳じゃない。死にに行く仲間を見過ごして言い訳じゃない。 カガリは毅然とした態度でアスランを見やる。

『・・・俺は気持ちを伝えられたっ!それで十分だ!!』

カガリの気持ちが届いたのか、熱くなったアスランは深い緑色の瞳を閉じ答える。

― 本当は、と生きようと思った。と未来を見たかった ―



でも、立場の違う友達(キラ)と、ディアッカと、ラクスと、カガリと、分かり合えた。 ザフトを抜けた事で新しい考え方と出会えた。 イザーク、ニコル、ラスティと離れていても同じ思いを抱き、そこを目指せた。

― 願いは、叶うものだと思っていた ―

だから全てが終わったらを、この手で力いっぱい抱きしめたいと考えた。 穏やかな場所でちゃんとに気持ちを伝えたかった。 でもが死ぬと言うのなら、この先の未来なんて自分にとって意味が無い。 自分は彼女が笑う為に戦ってきたと言うのに。



「馬鹿野郎・・・っ!!伝えられたらそれで良いって!?自分がスッキリしてそれで終わりかッ??」

自分がの変わりになれるなら、力になれるなら、それで良い。そう返そうとした時、

「戦争が嫌でも、それでもは生きて今まで戦ってきたんだろ!? 辛くても、苦しくても!!お前、知ってたんじゃないのかよ・・・ッ!?」

カガリの喉から無理矢理出された声が、アスランの胸を貫いた。

『・・・、が・・・?』
「そうだ!逃げるなッ!!」

カガリは大きく息を吸う。そうでもしないと堪えられない感情のせいで言葉が震えてしまいそうだったから。 そしてアスランへ強い視線を向けて、やっとの事で声を吐く。

「生きる方が、戦いだ・・・ッ!!」

カガリの悲痛な声がスピーカーから割れて聞こえる。
振り絞るその声は思いを伝える為に精一杯で、アスランの深い、深い、芯まで届いた。






『あいつ、何処に行ったんだ?』

イザークはディアッカを"足つき"に送った後、が配置しているだろう周辺宙域へと飛来し探していた。 しかしの姿を捉える事が出来ない。 それは混戦しているからではなく、純粋に此処に居ないからだ。 あのが任務を放り出して何処かへ行ってしまったと言う事だろうか。

ふとイザークが不自然な熱源の列に気づき視線をやると、ヤキン・ドゥーエからは次々に戦艦やMSや小型船舶が出て行ったのが見えた。 あそこはこの戦争最後の砦だと言うのに、ヤキンから退避するとはどうしたことだろうと眉間にシワを寄せる。 全く情報が無い今、推測するくらいしか出来ないが、何か良くない事が起こったんだろう。

しかしイザークはデュエルをヤキンへとは向かせなかった。
見える全ての自軍が退避している今、があそこに居ると言う可能性は極めて低い。
状況、の行方、地球軍からの攻撃、とヘルメットを被っている頭を抱えたい気分になった。

『考えろ・・・!』

イザークは本部で最後に会ったを思い出す。真剣な瞳は、何に困惑していた?

― 彼女ならどうする? 今までどうしてきた? ―

『・・・もしかしたら!』

イザークはバーニアを吹かす。翻したデュエルは高速で一点へと向かっていた。






その頃、は先程キラとクルーゼの居た宙域へと急いでいた。

『あれは・・・』

がモニターに目をやると、激しく戦う二機が交差し、目まぐるしく動き回っているのが見えた。 一旦落ち着いたと思っていた戦いは自分が抜けた後再び熱を上げていたようで、 自分の不甲斐なさには小さく舌打ちを漏らす。 その間にもプロヴィデンスのドラグーンがフリーダムの右肩を撃ち、フリーダムもプロヴィデンスにライフルを向け、 は慌てて二機に呼びかけた。

『キラッ!ラウッ・・・!!』

急ぐの視界に、フリーダムによって左肩を撃たれたプロヴィデンスが映る。

『止めろ!キラ!ラウッ!!』

二人の間に割り言ったは戦いを止めようと右手にサーベルを、左手にライフルを構え両機に向ける。 "鬼神"は確実に二機を捉えており、プロヴィデンスもフリーダムもコクピットに向けられた武器を見てピタリと動きを止めた。



「・・・
『キラ、此処はわたしに任せて』
「あ、うん・・・」

の言葉に戸惑うキラの声が聞こえたが、そのままフリーダムを少し後退させて静かに息を吐いた。

『ラウ・・・』

そして小さくモニターの向こうに映るクルーゼに声をかける。

「私を殺しに帰って来てくれたのか」
『殺さない』

クルーゼの声色からして先程見出せた光は、また暗い場所に身を顰めてしまったようだ。 もう一度引き出すように、導き出すように、は優しく語りかける。

『・・・殺さない。ずっと一緒に生きていく』

イザークが死ぬなと言ってくれた。アスランが死にに行くのを止めてくれた。
それは何の為か。― 「未来の為」だ。"誰もが"平和の下で生きる世界の為だ。

だからそれは、クルーゼだって例外じゃない。 彼はずっと憎しみや悲観に晒されてきたかもしれないが、ここから変える事がきっと出来る。 死んでしまえば、全てが終わってしまうのだから。

「・・・いい加減にしろ」
『それは貴方の方だ』

静かに返ってきたクルーゼの言葉に、は揺るがない。 どんな言葉を投げかけられても、どんな態度で向かわれても、クルーゼが大事だと思う気持ちは変わらず胸の中に在る。 機体に乗っていなければ悲しみに満ちた背中を、この手で抱きしめてあげたいくらいなんだ。

『ラウはわたしに笑って欲しいと言ってくれた。笑うから此処に居ろ』

がそう言うと、モニターには微笑するクルーゼの顔が確認出来た。 しかしその笑みは曇りを含んでいて、の言葉に打たれた顔つきではない。 仮面の下から見える綺麗な形をした唇は、ゆっくりとその形を変えた。

「・・・でも、この先を知らないと言っただろう。私は亡くす事しか願わなかったのだから。 全てが終わり、また自分も終わる。それで良いんだ」

やはり出てきた言葉のベクトルはの意思とは反対の方向を向いていた。は眉を顰めグッと思いを堪える。



、君は優秀だ。必ず生き残る。そしていつか傷が消え、また笑える。それで、それで良い』

クルーゼは熱を持った手に視線を落とした。
が掴んだ事で、自分の手袋の下で冷たくなっていた手にはいつしか温かさが宿った。

今まで、誰かの体温を、自分の体温ですら心地良いと思ったことなんて一度も無い。 のお陰で知る事が出来たのは、計算外だったがそれも一つの幸せだった。 こんな自分を救うような言葉をかけてくれたが、何も返す事が出来ない。 ならば、せめてこの混沌の終わりと共に自身が消滅してしまえば良い。

、君の手で終わりにしてくれ。いつも君は・・・』
「何言ってるんだ!そんな事言うくせに・・・」

クルーゼの態度に、は反射的に声を挟む。

― 決心を鈍らせるほど、突き放しても構わず、
― 破壊的な道を導いてきたくせに、結局は、



「「優しい言葉ばかり紡ぐ」」




想いが届いたかのように、二人の声が重なった。



『ラウ・・・』

は込み上げ押さえきれない気持ちが言葉に乗らないように、感情的にならないようにパイロットスーツの胸元を掴んだ。

『傷が?・・・消える分けが無いだろう・・・?ラウの居ない世界で、どうやって・・・?』

貴方は一人になった私を支えてくれた、唯一の存在。唯一無二の支えだった。

「・・・私が居ない世界だから笑えるのだ。全てが綺麗に還る」

曇った笑みだと思ったのに、今しているのは余りにも穏やかな笑み。 今まで聞いた事が無いくらいの、優しい優しい声で紡がれる。 冷静になれと思っていただったが、クルーゼの思いがけない声に抑えきれなくなった気持ちが吐き出された。

『・・・そんな、そんな優しい言葉なんてかけるな・・・ッ!!かけるなら・・・ッ!!』

そんな言葉をかけるくらいなら、一緒に生きると言って欲しい。

『うぁぁぁっ!!』

感情が涙に変わる。
ヘルメットの中で流れ出した涙は一粒一粒無造作に形を変える雫となり浮遊した。 視界で遊んでいる涙の向こうに居る筈のクルーゼの顔が滲んでよく見えない。

「泣くな。・・・



クルーゼが言葉を終えると、ゆっくりとドラグーンがの八方を塞いだ。 砲口を光らせるドラグーンはいつビームを発してもおかしくはない。 後方で見ていたキラは驚き、どうにかして隙を見て一基でも落とそうとごくりと息を呑んだが、 "鬼神"の体勢は変わらず静かにビームサーベルを握り締めているだけだった。

「私を殺せ」
『何故分からない!』
「私はこの時の為に生きてきたんだ」
『嘘だ!』

が声を荒げた刹那、"鬼神"が動いた。サーベルを薙ぎ、引き抜いたライフルを撃つ。
一基、また一基と爆発が起き、瞬く間にドラグーンは失われた。



『ラウは嘘ばかりつく・・・』



そして、は流れる涙そのままに精一杯笑った。
彼が嘘をついてきたのは十二分に知っている。 きっと彼が言うように、最初から自分達の関係は嘘で固められていたんだろう。 でも、それを知った今だからこそ変えられると思うんだ。
は手元のボタンに手を伸ばし、ハッチを開けて直接クルーゼに向かった。

「・・・君の言う事は聞かなければならないのかもな」
『・・・そうだよ、バカ・・・』

の言葉に、思いの篭った笑顔に、画面のクルーゼは諦めたように微笑んだ。 嘘をついても何をしても傍に居てくれた存在は揺ぎ無く、決して幻ではようだ。 だから一度の温もりを知らなかったこの手がいつまでも温かく熱を持っているのだろう。 視線を上げればが泣いている。いや、ずっと前から彼女は泣いていたのだ。 自分が、視野狭くいないでもっと早く気づけば。



『やっと、届いた・・・』

は小さく呟いた。そしてほっと息を吐くと涙で滲んだ視界では、モニターを通してだけでは物足りない気がしてきた。 自分の瞳で、直ぐそこでちゃんとクルーゼと話をしたくなった。 はベルトを外しコクピットから立ち上がった。 そしてプロヴィデンスまで身を投げようとした時、



ヤキン・ドゥーエとジェネシスが、爆発した。



ヤキンの至る所から凄まじい勢いの焔が噴出し、その先からは焔の力で崩され押し出された細かな物質が飛び散った。 同じくジェネシスも基部から爆発的に光りを発した次に、内側から巨大なミラーが次々とひび割れ崩れ落ちていく。

ッ!!」

クルーゼは瞬時にプロヴィデンスを"鬼神"の前方に飛ばし、を庇うように両翼を広げた。 そして突き出した両手は"鬼神"を後方へと一気に突き飛ばす。 と言えば足元を蹴ろうとした途端起きたプロヴィデンスからの衝撃にバランスを崩し、コクピット内に強く戻されると鈍い声を吐く。 衝撃に揺れた瞳を薄く開くが、"鬼神"ごとそのまま勢いの強い爆風に流された。

『ラウ・・・ッ!!』

がそう叫び終わる前に、プロヴィデンスはジェネシスの爆発に巻き込まれた。
光源がプロヴィデンスの身を隠し、ジェネシスの照準ミラーが、更なる爆発を引き起こす。

『ラウッ!!』

は叫んだ。視界に入る景色は閃光激しく、眩しく白くモニターを覆いよく見えない。



「・・・君は、生きてくれ」



これは嘘じゃないよ  ・・・、 君が、本当に大事だった



通信での声が届いていたのか、光りに溶けるプロヴィデンスから聞こえた言葉が様々な衝撃音や轟音に紛れ微かに耳に届く。

『ラ・・・ッ』

投げ飛ばされたままの"鬼神"の中に居る身体は、かかる大きな負担の所為で重く上手く言葉が吐けない。 爆発によって弾き出された瓦礫たちが機体に当たっているらしく、衝撃が絶え間なくを襲う。 疾風の如く襲い掛かるそれにも瞳を閉じずに見ていたモニターだったが、 メインカメラに瓦礫が当たったのか突然プツリと画像は止切れた。

『ぅ・・・うあああああああ!!』

は何処とも無く掴める所を掴んで身体を引き起こす。 コクピットに戻された身体はシートの後方に押し戻された為、コンソールから距離が開き、やっとの事でレバーを握りブレーキをかけた。



『此処、は・・・?』



止めた機体から外を覗く。気がつけばだいぶ離れたところまで飛ばされていた。
メインカメラが故障している為コクピットのハッチを開けて周りを見ようと、ふらりと宙域へと出る。

『ラウ・・・?』

先程までものがひしめいていた場所だったのに、爆発の済んだ今、そこはぽっかりと何も無い空間が広がっている。 もう「何も無い」空間。 司令室のあった要塞ヤキン・ドゥーエも、圧迫感があるほど大きなミラーを持ったジェネシスも、 戦艦も、数多のモビルスーツも、プロヴィデンスも、星屑も、もう何も。



『ああ・・・』

自分の周りにただ見えるのは無数に散らばる爆風で飛ばされた「何か」の残骸だけだ。
小さなものから大きなものまで、熱を持ち色を失ってそれが何の残骸だか分からない。

『・・・あ・・・あ・・・ッ』



この残骸は、もしかしたら、いや、でも



『ぅああぁぁぁッ!!』



知りたくない 知りたくない 知りたくない 知りたくない 知りたくない



は苦しくなる喉から声にならない声を出す。
それは喉が熱くて、瞳が痛くて、想いが堪え切れなくて出る悲痛な叫び声。



<宙域のザフト全軍、ならびに地球軍に告げます―・・・>



その時、胸を掻き毟るの耳に一つの声が届いた。

<現在プラントは、地球軍およびプラント理事国との停戦協定に向け準備を始めています。
 それに伴い、プラント臨時最高評議会は
 現宙域における全ての戦闘くいの停止を地球軍に申し入れます―・・・>



誰の声か分からないが、淡々と話す声は宙に舞う瓦礫に木霊し響く。
内容を聞けば長かった戦いが、今、終わったようだ。



しかし胸元を握り締めたはその声を受け止め切れていないのか、頭の何処かで微かに聞いていた。


『・・・わたし・・・』

はゆっくりと胸を掴んでいた手を目の前に翳して見る。小刻みに震え、グローブにつつまれた手は今どんな色をしているのだろう。 落ち着きを取り戻したのか息を吐いて視線を上げると、宙域は停戦に向け慌しく動き出しているのが見える。



『・・・わたしは・・・』

自分がしてきた事は一体何の為だったのか、
煌めく星を浮かべた果てしない宇宙を見ていたらよく分からなくなってしまった。