≫ 紅く染まった全てを 白へ還す (09.07.27)
泣いて泣いて、泣きつかれて眠ったが起きた時に発した言葉にイザークは愕然とした。
『・・・あなたは、・・・だれ?』
まるで無垢な子供のような声で、清廉潔白な瞳で、けれどきょとんとした見慣れた顔ではそう口にした。
◆My love story◆
を見つけたのは、ジェネシスが爆発を起こした場所からだいぶ離れた場所だった。
指定された戦所から離れたは、もしかしたらジェネシスを止めに行ったのだと思い、ディアッカをアークエンジェルに届けた後イザークは急いで向かった。
軍本部で会った時や、人を殺すこと、戦争を続けることを拒んでいた彼女なら、ジェネシスを止めに行ったんだろうと、それくらい読めた。
きっと等身大の思いのまま行動したんだ。
の思いを汲むかのようにイザークは宙に漂っていた"鬼神"と、ただ一点を見つめたまま涙を流すを収容した。
最初、呆然としたを見た時、終局を強く強く願っていただけに、終わった途端張り詰めた糸が切れてしまったのだと分かった。
声をかけても時々泣き声を漏らすだけで返事のない彼女が心配だったのに、
急いで彼女を見つけに飛んだけれど、それでも遅かったんだと気づいた。
ジェネシスの第一射の時に感じた不安がこんな形で表れるとは思わず、イザークは開く口から言葉を一切紡ぐ事が出来ずにいた。
『ココは・・・何処なの?』
はキョロキョロと周りを見回す。
見慣れた筈だろう軍の宿舎なのに、初めて見たと言う顔をして室内を眺めている。
悪い冗談を言っているんじゃないかと聞きたかったが、流石に今そんな冗談を言うわけがない。
着ている真白い服が似合うのは全てを忘れた表情に同化してい居るからなのだろうか。
イザークは出ない声を諦め、俯き一つ息を吐く。
忘れたい事があったのだろう。
辛くて忘れたくて、結果として仕方が無かったのかもしれない。
『ねぇ、聞いてる?』
俯いたイザークの袖をツンツン、と引き、は首を傾げた。
ぱっちりと開いた瞳は澄んでいてとても綺麗だ。迷いも、暗い過去も後悔も含んでいない純粋な瞳。
『・・・』
『え?』
イザークは小さく呟いた。問いかけるでも、呼びかけるでもなく、小さく。
『お前の名前だ。分からないのか?』
『うん』
は天井を見るように考えたが思い当たらないとばかりに肩を竦めた。
能天気なのは本来の性質なのだろうかと思わせるほど簡単に返し、深刻さが見えない。
『・・・分からない。何も、思い出せない』
暫し間をおいたは何かを思い出す為か、頭に左手を添えて眉を寄せた。
此処へ来るまで、此処に居る理由、此処に居る人―。
『何も―・・・』
何も生まれない頭を、もう一方の手が覆う。
考えても抱えても、何も出てこない思考を更に深くしようとは瞳を閉じた。
が、イザークは突然の手を引き握り、それ以上を考える事を制止する。
『もう良い。良いんだ。全て終わったのだから』
― 何も知らないなら、それで ―
イザークは思った。
辛く泣いていた日々を忘れたくて忘れたのなら、無理に思い出す必要なんてないのだ。
泣いて、迷って、傷ついた記憶が無い事が、縛られて生きてきたにとって幸せを歩む一歩かもしれない。
取られた手をニ、三度瞬きをして見ていただが、ゆっくりとその視線をイザークに寄せて覗く。
『あなたは、だぁれ?』
そして聞いたことのないような子供染みた声でイザークへと問いかける。
『・・・初めまして』
ぱちくりと大きな瞳を向けてくるに、イザークは眉を下げて微笑んだ。
『俺はイザーク・ジュール。お前の・・・婚約―・・・』
「婚約者」、と言いかけて止めた。考えてみれば自分達は婚約者らしい間柄では無かったと思う。
変わらずの胸にかけられている指輪は光っているが、その輝きはもう意味が違う。
覚えていなければ、何にもならない。
イザークはの手を離すと、ベッドの隣に置いてある椅子に静かに腰掛ける。
視線の高さが同じになり、から笑みで迎えられて、少しだけ笑った。
『お前の、仲間だ』