≫ 僕の恋物語 (09.07.28)


キミとボクたちの笑顔は きっと永遠に 変わらない




 FAINAL PHASE  〜 僕の恋物語 〜



アスランとディアッカが地球に降りてから過ごす時間は、戦時中以上にあっと言う間に過ぎていった。 戦争が終わったと言っても、やる事が山ほどあり、むしろそれは戦争中よりももっと忙しいほどだった。

カガリが亡き父の後を継いでオーブ代表首長となり、アスランはそのボディーガードを務めていた。 ボディーガードと言ってもただカガリの周りに居るだけではなく、それ以上の雑務も抱えているディアッカと共に仕事をこなす。 ザフトを抜け戻る場所のなかった自分をオーブに亡命させてくれたカガリには恩を感じ、力になれればと思った。

『アスラン、どうした?』

アスランがピタリと足を止めると、同じく地球に降りたディアッカが声をかけた。 彼はもう少ししたらプラントに帰ると言う。 裁かれる身だと知った覚悟で本国に戻ると決意した顔は以前とだいぶ変わり、身も心も成長した証が見える。 そんなディアッカは移動中なのに足を止めたアスランを不思議そうに伺う瞳で見やる。 しかしアスランは視線に気づいたとしても返すことはしなかった。

『いや、ちょっと・・・』

アスランが見ていたのは、花に止まった一羽の蝶。

『アスラン・・・』

視線の先、次の花を見つけんとばかりにひらりと舞った蝶を見て、ディアッカはアスランが何を想っていたか分かった。 ディアッカはあの蝶に良く似た白いマイクロユニットを思い出す。 そしてその蝶がいつも羽を休めていた場所が色鮮やかで鮮明な記憶として蘇った。 マイクロユニットの蝶が留まる細い肩は時々頼りなく見えたが、いつもは能天気な声を出し元気に振り返る。 今もきっと変わらないだろう、あの―・・・。

『悪い、急ごう』

その時、自分に言い聞かせるように凛とした声を出し、ディアッカの思考を遮ったアスランだったが、 自分自身蝶から視線を外す事はしなかった。 いや、空高く舞い上がる蝶は美しく螺旋を描き、視線が外せなかったのかもしれない。 それを物語るかのようにディアッカも同じような瞳で蝶を見上げている。

蝶は羽を休めることなく、高く高く舞い、二人はその先に続く宇宙(そら)を見上げて眼を優しく細めた。

ちゃん、今頃さ・・・』






『・・・何だよ?』

今夜の会食の為ドレスをまとったカガリが、一点を見て眉間にシワを寄せた。 片手には会食に重要だろう書類が数枚持たれていたが、くしゃりと音を立てて萎れる。

『やっぱり、女の子なんだなーと思って』

会食までの間に必要な情報を頭に叩き込もうとしているカガリをぼんやりと見ていたキラが、にっこりと微笑んだ。 緑色で彼女に良く似合うドレス姿は久しぶりだな、と、 向かいの席に座りながら怒るカガリをそのままに考える。 見たのは砂漠で一度と、オーブで無理矢理着替えさせられた時だ。

『あのなぁ!砂漠での時と言いどうしてお前は―』

のほほんとしたキラへと、カガリが机を叩いて声を張る。 本人は悪気なく、むしろ褒め言葉で言ったつもりだが、女の子に対して「やっぱり女の子」なんて言葉、 当たり前だが素直に受け入れられなかったようだ。 「普段の格好だと女の子に見えないのか?」と、気にしたようにドレスに視線を落としたカガリは不意にそのまま言葉を止めた。

『カガリ?』

キラは首を傾げてカガリを見る。 真剣な顔つきになったカガリは、ゆっくりと振り向いて窓の外へと視線を投げた。

『・・・なあは今どうしてる、と思う?』

一番最初は、砂漠で出会った。
接点は極めて少ない相手だったけれど、いつしか名前を良く口にするようになった。
特別であって、とても遠い存在。

『そうだね』

キラはカガリの後姿へ声をかける。そしてその後姿に似ても似つかないの面影を重ねた。
敵だったけれど、敵じゃなかった。最後まで全てを止めようと、同じ思いを抱いた相手―。

『きっと・・・』






『あ!ラスティ!』
『な、何だよ、ニコル』

宿舎の非常口からコソコソと外へ出ようとしているラスティを見つけたニコルは、大きな声で呼び止めた。 ニコルの声にビクリと肩を揺らしたラスティが、ドアの向こうから何事も無かったような顔をして片手を上げる。 ムードメーカーとまで言われた明るい彼の笑顔が引きつっているのは、 見つけられたくない相手に見つかってしまったからだろうか。

『またさんのところ行くんでしょう?』
『え!?』

それ以上の言葉を失ったラスティに、ニコルは「やっぱりな」と呆れた表情を向ける。 此処最近彼は毎日のようにイザークの家に住まうの所へ行っていた。

『何で分かって・・・』

は記憶を失ってから速やかに軍から除隊し、 同じく暫くしてザフトを辞め臨時最年少評議員になったイザークの世話になり始めた。

アカデミーや戦争時の成績は記録に残っていたのだが、 軍の何を調べても彼女の身内や出生の情報は無く、不安定な彼女が身を置く場所は何処にも見つからなかった。 最初、イザークはを引き取ることを戸惑っていたが、 だからと言って愛する者を施設や病院に入れるなんてとんでもない話だと考え、この策をとったのだろう。 結果、週に何度かあるカウンセリングを受けながら、イザークの家で家政婦の真似事をしていた。

『駄目ですよ!今日の仕事が全部終わってからにして下さい』
『だってちゃんのご飯美味しいんだもん。夕食の時間までに行かないと・・・』

戦争が終わったとて軍の仕事を放棄して言い訳がない。 しっかりと今日中の仕事を終わらせてからにしろとニコルが口を酸っぱくして言うが、 ラスティは懲りる様子も無くただ「一番美味しいのイザークに取られちゃう」と、食べそびれる心配ばかりしていた。

『駄目です!』
『・・・は〜い・・・』
『まったく。まぁ終わったら、一緒に行きましょう。抜け駆け禁止ですよ。・・・ね?』

記憶を失ったは以前のような柔らかい性格に戻り、 「隊長」と呼ばせていた頃の近寄り難い面影はすっかり無くなった。 だからそのせいか、ラスティは以前よりもっとのところへ顔を出し、 仲間として心配なのかそれともそれ以上の気があるのか、随時様子を伺っていた。 しかし、だからと言ってこれ以上の人数に懐かれては困る、とニコルは威圧的な表情でラスティに詰め寄る。

『そ、そうだなっ!そうしようぅ!一緒に行こうッ・・・!』

ラスティは後半にかけて聞こえたニコルの声に身体を強張らせ震えているような頷きを返した。









ひらりと眩しく光る人工の太陽へと舞い上がった白いマイクロユニットの蝶を目で追ったは、そのまま青々とした空を仰いでいた。

『・・・?どうした?』

殺風景だったジュール邸の庭を花で埋め尽くすと日々嬉しそうに話していたは、手を休めることなく作業に没頭していた。 機械をいじっている時もそうだったが、集中力は変わらず目を見張るものがある。 時々こうやって空いた時間に手伝うイザークだったが、 花の手入れなんて一度もした事が無く、どうすれば良いか、と聞いても集中している時は答えが返ってこない時がしばしばあった。 しかし今、どうしてかピタリと手を止めたは空をじぃっと見る。 もうマイクロユニットは太陽を目指すことを止めての肩に帰って来ていると言うのに、微動だにせず。

『・・・空が、綺麗だと思って・・・』

あんまりにも気持ちを込めて言うものだから、イザークは同じように空を見た。しかし何ら変哲ない。 プラントの人工の空は、毎日が同じ色に決まっている。 だから集中力のあるが手を止めてまで見入るほど特別綺麗な蒼さを持つだとか、そんな事があるわけがない。 イザークが疑問に思い空から視線を落としを見ると、大きな瞳から突然幾筋の涙が流れてきた。

『涙・・・?』

は驚きにぱちくりと瞬いた。 何も意識せず、何も思わなかったのに、突如流れる涙はどうしてか止まらない。 拭っても拭っても、一滴一滴と溢れ出す。 「あれれ?」、と首を傾げるにイザークは、何もかもを忘れても、守りたいものが守れなかった後悔が押し寄せているのかと分かった。

あの時は分からなかったが、多分、クルーゼの死が直接の原因なんだと思う。



戦争は終わった。でもまだわだかまりは山ほどある。 イザークは涙を止めようと頬に添えられたの手を優しく取り、変わりに自分の手での涙を拭った。

『・・・泣くな。お前が笑えば、皆笑う』
『皆?』
『ああ、皆だ』

「皆って一体誰のことだろう」、そう思いイザークの言葉に首を傾げただったが、暫く考えた後に頷いた。
分からなくても、誰であっても、自分が笑う事で誰かが笑ってくれたら、嬉しい事には変わりない。

『うん、じゃあ、そうする事にする』
『ああ、笑っててくれ』

の言葉にイザークが優しい顔つきで笑う。 その表情を見て、彼が言うのはきっとこう言う事なんだろうとなんとなく脳裏で思った。

自分が笑う事で誰かが同じように笑ってくれるのなら。

は惹かれる空の遠く、遠くを見て、穏やかに笑った。







大丈夫

傍に居なくても、君が笑っていると言う事実があれば、
僕達は何処に居ても、離れていても、いつだって繋がっているから








The End.