≫ どうか、あの人に伝えて下さい 失くす事が、全ての終わりではないのだと (09.05.16)


プラントの前面に置かれた軍指令本部では、MS隊があちらこちらから絶え間なく集まっていた。 その周囲には戦艦が犇くように並び鉄壁の防衛ラインを作り、何一つ通してやらないと見ただけでも圧力がかけられているようだ。 地球連合軍による侵攻に向けてイザークの母親、エザリアの熱い演説が兵士達へと向けられる。 宇宙へ吸い込まれる事無く、艦やMSにぶつかり広く響き渡っていた。

<ナチュラルどもの野蛮な核など、もうただの一発とて我らの頭上に落とさせてはならない!>

プラントは、ボアズにて地球軍が核を使用した事によって再度の危機を感じている。

<―血のバレンタインのおり、核で報復しなかった我々の想いを
 ナチュラルどもは再び裏切ったのだ!もはや、ヤツらを許す事は出来ない!>

此処は既に最後の砦だ。全ての兵力を注ぎ込んだ軍事衛星周辺宙域にはイザークも自隊を引き出撃していた。

<ザフトの勇敢なる戦士たちよ!今こそ、その力を示せ!
 奴等に思い知らせてやるのだ!この世界の新たな担い手が誰かと言う事を!>

母親の演説を聞きながら、デュエルのコクピットにかけていたイザークは視線をレバーを握る自分の手に落とした。 未だこの手に感触が残っている気がする。の、傷ついた柔らかくて小さな手。

・・・有難う御座います。そう言ってくれる貴方が居れば、変えられる気がします・・・

浜辺でそう言ったは、以前のような穏やかな顔をしていた。 最初は、言葉を口にしたと同時に前のように泣くのかと思った。 けれどしっかりと前を見据えただろう彼女はしゃんと背を正し、真っ直ぐな目つきで手を見てするりと自分の手から離れた。 先に戻ると砂浜を固く踏みしめ歩く後姿は極めて自然に凛とし、夕陽に照らされた髪は光り輝き見なくなるその時まで綺麗だった。

見送りながら、出来れば、今の肩肘張った彼女が本来のものではなく、自分が一番最初に出会ったのがありのままの彼女であったら良いと思った。 また、何処か気の抜けているへにゃりとした笑顔で、のほほんとした口調で、自分と仲間達の周りに居て貰いたい。 互いが確認出来るほど近くに居て欲しい。

でも、しっかりとしたの最後に見せてくれた清清しい表情を思い出し、イザークは小さく微笑み深く息を吸う。 の決意を疑問に思い、ラスティに言われるまで彼女の行動に迷い、ただ戸惑い動けずに居た自分は不甲斐ないけれど、 あそこで支えてあげられたと確信出来る笑顔は今でもこの眼に焼きついている。

それだけで良い。それだけで自信を得られた。 自分達が婚約者でもそうでなくても、ただの同僚でも何でも気にならない、どんな関係だって良いんだ。 の笑顔を見た自分も同じくらい晴れ晴れとした心境を迎えてられている。 くだらない利己を立たせてまで求めない。彼女を支えられれば、それで十分だ。

同じ思いを抱いていれば、何処にいても何処迄でも自分達は繋がっている。特別で在れる。

自分も、アスランも、ディアッカも、ニコルも、ラスティも、も。願うものは同じで、もう迷う事は無い。 軍の為じゃない、評議会の為じゃない、勲章の為じゃない。 母親の演説を否定する。自分はが守りたいプラントを、守りたい人を、地球連合軍から守る為に戦うんだ。

『・・・来たか』

一つ、二つ、とモニターに映る機影を見てイザークはフットペダルに足をかける。地球軍の侵攻がどうやら始まったようだ。

絶対に、通さない。此処がこの戦い最後の戦場だ。

『イザーク・ジュール!ディエル、出るぞ!!』



◆My love story◆



パイロットスーツに袖を通し右手にヘルメットを抱えたままは"鬼神"の前で静かに立ち、じっと機体を見つめていた。 の隊はイザーク等先発隊が出た1時間後の出発だったが、時間が来るまでどうしても落ち着かない。 ブリッジでただ時間が過ぎるように祈りながら宙域での戦闘を見る気にもなれず、"鬼神"のある格納庫へと足を運んだ。

フェイズシフト装甲の為に鮮やかな紅色を今はすっかり落として静かに佇む"鬼神"。 これに乗る事はこの戦いで終わりに出来るだろうか。此処まで来てしまった人の、最後の戦いになれるだろうか。 は強い視線を機体に送る。出来れば、これで終わりにしたい。

さん!・・・じゃなくて隊長っ!』

固くポン、と軽く背中を押されは後ろを振り向いた。 すっかり"鬼神"に見入って居た自分は格納庫に反響する整備の機械音もあって、ニコルが自分の背後に来ていた事すら気づかなかった。 ほんの少し驚いた表情をして、にっこりと微笑むニコルを見るとカツ、とブーツを鳴らしの隣へ軽やかに並んだ。

『もうメンテナンス終わったんですか?早いですね』
『・・・じっとしてるのは、どうも落ち着かなくて。此処なら安心するから』

ヤキン・ドゥーエはプラントの目前にある以上、此処を落とさせたら本国は終わりだ。 そう思ったら居てもたってもいられなかった。 本当ならイザークと同じように一番最初に出て、一番の前線に立ちたい。自分が、守りたい。

『ふふ。やっぱりメカニックの性ですかね。機械と居たら安心するなんて』
『そう、・・・かもしれない』

ニコルの言葉に、頷く。例え戦争をするものを整備するとしても、自分はやっぱり機械に触れる事が、考える事が好きだ。 機械工学は今までの自分が没頭出来た、唯一のもので離れる事なんて無理なように思える程だ。

『・・・隊長』

ふと、優しい笑顔をしていたニコルが、一度ゆっくり瞬きをすると真剣な顔つきに変わった。 へと視線を落として、固い眼差しを向ける。

『特殊部隊って、僕達は何をするんですか?』

実は、一人が前線に出て、自分達が何故後方の何も無い場所に配置されているのかニコルは作戦を聞いてから気になっていた。 数時間か前に、迅速に戦略を伝えられ各隊の作戦会議は終わった。 事細かに立てられた謀はプラントを守る為に十分に練られたものだっただろうが、自分達特殊部隊の任務についての説明はほぼ無かった。

自惚れる分けではないが、赤服を着ている自分やラスティの居る隊がどうして後方の何もないところに置かれているのだ。 今までずっと前線でやってきたのに、突然後方を任されるなんておかしい。 ニコルは真っ直ぐな瞳でを見て、疑問に眉を顰める。

『・・・護衛だと、聞いた』
『何のですか?』
『それは・・・分からない。ただ、"それ"を守ればプラントも守れると、そう言っていた・・・』

それは終焉を願うクルーゼが言っていた、言葉。"それ"とは何なのだろう。その護衛とは、何なのだろう。 でもプラントを守れると言うのなら疑問を抱いていたとしても自分達は遣り遂げなければならない。

『わたしは・・・向かって来る敵からプラントを、ニコル達を守りたい。 だから、把握していない状況で無理な事を言うが、・・・頼む』

本国を、仲間を、そして、何処か遠くを見つめるクルーゼを救いたい。 戦争なんてものがあるから、沢山の人間が自分の進むべき道を見謝っているのだろう。 視線を下に落としたは、小さな声でニコルへ語りかける。 目的も分からない何かを守れだなんて、曖昧過ぎて申し訳ない気持ちが喉を、胸を詰まらせた。

『・・・隊長』

の心情を察してか、ニコルはクスリと笑った。 根本的には変わっていないの思考回路は、なんとなくだが理解出来る。 「悪い」と思っているだろう顔つきは見慣れたものだ。自分達はずっと一緒に居た、だから。

『大丈夫です。僕は絶対に貴女の守りたいものを、守りますから』

ニコルはそう言うと眼を細めて笑い、は凛としたニコルに惹きつけられるように魅入った。 いつの間に、ニコルはこんな顔をするようになったのだろう。 出会った頃は少女のような大きい瞳を煌かせていた彼の背も、見上げなければ視線が合わない程に成長を遂げている。 まだあどけなさが残るとは言えあの頃よりもすらりと伸びた手足に、散々一緒に居て今、初めて気づいた。

『だから、一人で頑張ろうなんて思わないで下さいね。戦うのはさん一人じゃないんですから』
『一人・・・』

「一人じゃない」、それは自分がクルーゼに言った言葉、は繰り返すように微かに呟く。
人は一人じゃない。何処かで誰かと繋がっているんだ。

『ニコル、・・・有難う御座います』

堅実な青年へと変わりつつあるニコルへとやっと出た言葉は、嬉しさに込み上げた熱を持ち喉を通った。



その頃、ヤキン・ドゥーエの一室でクルーゼは窓の外に広がる果てしない宇宙を静かに見ていた。 所狭しとヤキンの前方を守るように並ぶ戦艦、往来する輸送機やモビルスーツ、その先に広がるデブリ、更に輝く星々。 仮面の下の瞳は見るだけの為に開き、それらに込める思いは何も無いのだろう。 ふ、っと笑ったかと思えば身を返して近くにあったデスクへと乱暴に腰掛けた。

わたしが傍に居るから、何でも話してくれ。ラウは一人じゃないだろう?ラウにはわたしが居る
わたしだってラウを必要としている。だから、頼む・・・


クルーゼはくしゃりと自分の髪を掴み、俯いた。 世界の何にも執着心が無い自分だが、の声だけがどうしてか耳から離れない。 に言われた言葉、此処に来て彼女はなんて事を言うのだ。

―いや、違うかもしれない。はいつの間にか自分が思う場所とは違う位置に立っていたように思える。 地球軍のアズラエル、議長のパトリック・ザラでさえ我が手の内で動いていたと確信しているが、彼女は違う。 計画通りに全てが進んでいたのに、彼女だけが段々と自分の手から零れ落ちていく。

分かるだろう!?終わってしまっては何も変わらないっ!わたしと一緒に、やり直そう・・・っ!?

当初は、突き放せば予定通りになってくれると思っていたのに。

『・・・わたしと一緒に、やり直そう、・・・か・・・』

それに面倒な距離感はもう、うんざりでね

あんな風に言った自分に、彼女は「一人で」とは言わなかった。共に居てくれると言ってくれた。 を上手く使う為に散々心無い言葉を吐いてきた自分だが、それが今となってはただの仇になったなんて。

『・・・私、は・・・?』

違う。クルーゼは気づいた。自分でも分からないうちに、によって一滴、落とされていた何かに。



出撃し、指定された場所に待機していたニコルとラスティは宇宙空間に身を置いて戦闘の光を眺めていた。 MSだろう小さな光が高速で動き、花火のように散り、戦艦はビリビリとした振動が伝わってくるんじゃないかと思うほど悲惨に大破する。 ニコル、ラスティ、そして他の誰も口にしなかったが暫く戦況を此処で見ていた自分に、正直苛々していた。 皆がプラントを守る為に命をかけて戦っていると言うのに、自分達は傍観しているだけだなんて、そんな馬鹿な事があるか。 軍事命令だと分かっていてもこの煮え切らない思いは抑えるのに難しい。

「俺等って此処に居なきゃ駄目なのー?」

一番最初に痺れを切らしたのはラスティだった。各隊員に聞こえるように無線を鳴らし、急かすような声で問いかける。

『駄目なのって・・・、それが僕達の任務ですから』

ニコルは通信ボタンを押して答える。同じように思っていてもだからと言って任務を放棄する事は出来ない。 そもそも此処はに任された大事な場所で、守る事で彼女の力になれるのなら動くわけにはいかない。

『だってさ、何にも無いんだよ?ココ。 皆があそこで戦ってるのにこんなとこでボーっとしてるの、俺は嫌だ』

しかし聞く耳を持たないラスティは自信が乗るゲイツのスラスターを噴射させ、ヒラリと上部を旋回する。 込めていた思いを発散させようと取った行動だが、そんな事でこのモヤモヤが晴れるわけも無く大きな溜息を吐いてニコルへ向いた。

『よし!俺はあそこに行くぞー!』
『ちょっと、ラスティ!!』

飛び立とうとしたゲイツの手を、瞬時にブリッツが掴んだ。 任務で此処に居なければならないのに、隊長のの許可も無く離れてしまっては幾ら戦果を出したとしても軍法会議ものだ。 それに、自分達だけが罰せられるのなら良いけれど管理者のにも迷惑がかかる。

『イザークも、ちゃんも、一番危ないところで頑張ってんだろ!?』
『そ、』

「それは、そうだけど」、そう言いかけてニコル止めた。喉を通りかけた言葉は腹の中に戻り、モニターに映ったラスティの顔を見る。 砕けた言葉の割にはバイザー越しのラスティの表情は真剣で、 彼がどんなにあそこに行きたいのか此方にも伝わって来た。 プラントを守りたいのはきっと此処に居る全員の願い。 ニコルは変わりにスルリと喉から出た言葉を、そのままラスティにかけた。

『・・・そうですね、少し前に出ましょうか。何もせずにいるなら援護射撃くらいはしても・・・』

迷惑がかかるのは承知だ。けれど危険な所で頑張っている二人を、仲間を少しでも助けたい。 ニコルとラスティはモニター越しに固く頷き合い、他の隊員に暫く此処を預けると告げ、交戦激しい中へと向かって行った。



戦闘が始まってどれだけの時間が過ぎただろうか。 イザークは絶え間なく攻撃を仕掛けてくるダガーを避け、レールガンを放ち撃ち落とす。 ちらりと視野を変えればもう直ぐ其処に砂時計のような独特の形をした銀色に輝くプラントがある。 美しく煌くコロニーの中には何にも変えられない命が数え切れないくらいに存在し、 これ以上何も阻むものが無い状況で、自軍はどうしても此処で地球連合軍の攻撃を止め守らなければならない。 此方の殲滅を図る連合軍を全て抑えなければ、コーディネーターに未来はないのだから。

更にもう一機のダガーを落としイザークが振り返ると、 一度に二機のジンが撃墜されたのが視界に映り、弾の筋道を追うと青緑の機体が巨大な砲を放った後だった。 その周りには黒い翼を持つ機体が破砕球をゲイツに食らわせ爆発を起こさせる。 カーキ色の機体も周囲にあり、曲がるビーム砲でMSが密集した宙域を狙い、射線を読めずにいた数機が撃たれた。

『アイツ等・・・っ!!』

あの三機は先日出会った地球軍の新型だ。イザークはこれ以上僚機が討たれるのを止めようと怒りの声を荒げ肩のレールガンとミサイルを黒い機体目掛けて撃つ。 しかし黒い機体の性能はなかなかに良いようでハンマーを上手く回転させて攻撃を防いでしまった。 チッと舌打ちをして他の二機の機体の動きも見ると、カーキ色の機体が鎌を振り下ろし他方向に居たゲイツに切りかかろうとしていた。

『くそ・・・っ!!』

イザークはビームサーベルを構えペダルを強く踏む。この距離から発砲しては味方まで撃ちかねない。 あの忌々しい大鎌を切り落としてやりたい。 けれどこの距離では間に合わない、そう思った瞬間、紅い光が合間に割り込み鋭い音を立てて鎌を弾き返した。

イザークの眼の前には紅いの機体の背中。それは戦場で生み出される幾つもの光を反射し、眩しいほどに煌く。

「イザーク!」
!!』

紅色をした機体、あれはの乗る"鬼神"だ。イザークはヒラリと機体を舞わせる"鬼神"を視野に入れると、 "鬼神"より発せられた通信からはいつも聞く冷静な声ではなく熱い感情の篭った声が届く。 デュエルをちらりと振り返った"鬼神"だったが、カーキ色の機体へと身を向かせた。

すると、カーキ色の機体は"鬼神"のせいで切り落とし損なった事に苛立ちを感じているのだろうか。 我武者羅に向かって来ては"鬼神"へと切りかかるが、 それよりも速い速度で鎌の太刀筋を読んだ"鬼神"は体勢を変えて逆にサーベルで敵の肩上から斜めに切り薙ぐ。 寸でのところでカーキ色の機体は後ろに下がり、警戒してるだろうと分かるほどに間をおいて"鬼神"を見ていた。

『大丈夫か!?』

イザークは向かって来る黒い機体からディエルを引かせミサイルを撃ちながら間合いを取り"鬼神"の様子を伺う。 一対多数用と言っていた"鬼神"、そしての実力からすれば自分に心配される程でもないだろうがそれでもやはり聞かずにはいられない。 此処は戦場だ。何処を向いても危険に満ち溢れている。万が一、に何かあっては困る。自分は大事なんだ、彼女が。

「はい。イザークも無事で良かった!新型に気をつけて」
『俺は心配要らないっ』
「必ず、プラントを守りましょう!」
『当たり前だっ!』

聞こえた声に、言葉に、イザークの胸は熱を持ち焦がされた。 守りたい、守りたい、守りたい。自分の故郷を、仲間を、願いを。 婚約者じゃなくても、例え結ばれなくても、同じ思いの為に駆けているこの場所でなら、自分達は一つになれる。



『くぅ・・・っ!!』

イザークは向かってきた新型の速度の速さにレバーを強く引いた。 間合いを取っただけで攻撃が止む筈はない。イザークは黒い機体から放たれた破砕球を避け、レールガンを打ちながら上部へとバーニアを吹かし上がる。 今度はダガーが現れ側面からデュエルの腕を狙ったが、サーベルで太刀を切り薙ぎぐらついた機体を蹴り飛ばした。

『なんて数だっ』

今落としたダガーとは別に、デュエルへと新たにミサイルが飛んできた。 地球軍の膨大な数の軍事力には舌打ちどころじゃ気が済まない。 イザークがミサイルを避け攻撃を仕掛けようとした所で、二機のダガーは突如爆散した。

「イザーク!!隊長!!」
『ラスティ!?』
「僕も居ますよ!」
『ニコルまで・・・、お前等・・・』

ラスティの乗るゲイツとニコルの乗るブリッツのライフルの銃口はダガーへと向いていて、彼等によって落とされたのだと分かる。 でも、二人の戦闘配置は此処ではなかった筈。どうして此処にとイザークが思った時、

「僕達は仲間、でしょう?」

ニコルがさらりと言葉を紡いだ。
更に馳せる想いが胸を貫く。イザークは言葉にならない言葉をどうにか搾り出そうと眉を顰めた。

隊長も!お手伝いします!!」
「すまないっ」

ラスティも、カーキ色の機体から放たれるビームを避ける"鬼神"の後方から狙ってくるダガーへと、 両腰部に設置されるビーム砲内蔵型ロケットアンカーを射出し捕捉後、ゼロ距離射撃により撃破し、叫ぶ。



イザークがラスティの声をスピーカーから聞き取り彼の乗るゲイツを何気なく見ると、その向こうにキラリと何機かの編隊が見えた。 三機の新型モビルスーツに気を取られて気づかなかったが、メビウス隊が真っ直ぐにプラントに向かっている。

『あれは?』

モニター上でメビウスを拡大する。気体には巨大なミサイルを積んでいて刻まれてたマークにイザークは驚きヒュッと一度息を吸い込んだ。

『―核か!?』

メビウスが胴体部に積んでいるのは核ミサイルだ。 イザークは急いで機体を返しメビウスへと向かおうとするが、その前に黒色の新型MSが立ちはだかった。 黒い機体は此処から先は一歩も通さないとばかりに頭部からビーム放つ。それを避け、イザークは必死に叫んだ。

また、プラントがユニウス・セブンのようになってしまうなんて、そんな事させない。

『あのミサイルを落とせッ!!プラントをやらせるなぁぁっ!!』



『メビウスが積んでいるのは核だ!撃ち落とせッ!!』

カーキ色の機体と交戦していたもイザークと同じくらいにメビウスの存在に気づき、ほぼ同時に声を張り上げる。 張り上げた途端、首筋がぞっとする感覚が身を襲った。自分はこの先の光景を知っているから。

もしこの核が撃たれたのなら、ほんのひと時、視力を失うのではないかと言うほどの光を放ち、コロニーは膨大な熱量を放出するのだ。 閃光と共に爆風が済んだ後、残るのは「何かの」欠片。 爆発後は全てが原型を留めず、何の物質だったのか分からない、ただよう宇宙の塵となる。 例えその中に大事な人が居たとしても、無慈悲に、一瞬のうちに滅び去る。

全機に告ぐ!座標Y27に居るモビルアーマーを討て!核だ!コロニーを撃たせるな!!

イザークの声があの日の自分に重なる。掠れるほど張り上げた声は彼ほど勇ましくは無かったけれど思いはきっと同じだったろう。

とイザークの声に反応した自軍のジンが、メビウスを捕らえようと攻撃をしようとしたが青緑色の機体が放ったビームによって爆散する。 別方面から向かっていたゲイツもカーキ色の機体の曲がるビームによって討ち抜かれた。 ダガーを相手にしていたニコルとラスティも機体を翻すが次々に飛来するダガーに先を塞がれてしまい行く道を阻まれる。

『駄目だッ!!絶対にッ!!』

はカーキ色の機体をめいいっぱいの力で弾くとスラスターを噴射してメビウス隊を追いビームライフルを撃つ。 しかし遠方にあるメビウスにはそうそう当たらない。 あの頃のように必死になってキーボードを引き抜きプログラムを書き換えながら距離を詰めようとしたその時。

メビウスによってミサイルが撃たれた。

はそれ以上動けなかった。 あの時と同じだ。核を積んだモビルアーマーを止めろと叫んで、必死になって向かって行ったあの時と。 同じなのは何もかも一緒なのか。また、核の惨劇を目の当たりにするのか。

そう思った矢先、イザークとの背後から数条のビームと何十発というミサイルが放たれ核ミサイルを捕らえた。 プラントの前には何も阻むものが無かったが、手前で真明るい閃光を発して爆発し、周囲のミサイルを誘爆させては爆発の輪を次々と広げる。 余りの眩しさに目を細めただったが、光が消えた後に見えた光景に唇を震わせた。

『プラントが・・・』

無傷のままに、其処にある。変わらず銀色の光を放ち、一基たりとも失われず其処に在る。

『もしかして、』

はビームの筋道を追い、後方を振り返ると巨大補助兵装備をした二機が此方へ飛来し、轟音と共に通り過ぎた。 推進部を見るとジャスティスとフリーダムの姿が見え、は口をぽかりと開く。 二機とも大口径ビーム砲や多数のミサイル発射管、大推力のスラスターなどを備えたモジュールを装備している。

『・・・アス、ラン?キラ?』

ぱちくりと瞳を瞬かせるは、問いかけるように二人の名前を口にした。



彼等が飛来した後方、モニターの戦闘範囲に映された大きな熱源に気づいたは、視野収集のベクトルを変え戦闘宙域を捜索する。 ザフトでも、地球軍でも無い新たな三隻の戦艦が現れ、それと共に聞いた事のある声が響き始めた。

<地球軍は、ただちに攻撃を中止して下さい>

全周波通信に乗せた声はラクス・クラインのものだったように思う。 プラントに住んでいたのなら、誰もが耳にしてきた歌姫の声だ。の指はピクリと動き次に発される言葉を待った。

<あなた方は何を撃とうとしているのか、本当にお分かりですか?>

ラクス・クラインと共にエターナルを奪取したと言うバルトフェルドも、声のもとに居るのだろうか。 きっと、居るのだろう。彼の事だ、マイペースにコーヒーを沸かしあの笑顔で彼等に接しているのが思い浮かぶ。 それを思うと、大丈夫だと思える。かつて殺しあったものがあそこでは同じ願いを持ち共に居る。 憎み合う事もせず、いがみ合う事も無く、笑って隣に存在する事が出来る。

けれど、中立を掲げるラクスの言葉一つで地球軍の攻撃が止む筈も無い。 まだまだ核を搭載したメビウス隊が艦艇から発進し、容赦無くプラントへと突き進んで行った。

『止めろぉぉぉッ!!』

メビウスは怯む事無く次々と核を発射した。ハッとしたはひらりと機体をメビウスへ向けライフルとミサイルを同時に撃ち、落とす。 近くに居たデュエルもシヴァを連射し、ミサイルを狙う。 しかし多大なミサイルの撃ち残しはプラントへ向かって行く、更にが発砲する別方向からもライフルのビームが見え、 核ミサイルはそれに撃たれ大きな爆発が起こり、消えた。

が見ると、かつて良く眼にしたストライクの姿が映った。 今はキラではない誰が乗っているのだろう。 ほんの少し前まで討とうとしていたストライク、今は自分達と同じようにプラントを守る為に核ミサイルを撃ち落してくれている。 そして、後方には長砲を構えた緑色と白色を光らせた機体が現れた。

『・・・バスター・・・?』

あれはディアッカだ。ディアッカも、あそこに居てくれてる。 ディアッカは対装甲散弾砲とミサイルポッドを放ち核へ向かう。 は胸を熱くする想いをわし掴むようにパイロットスーツを握り締めた。

それでも撃ち逃した核弾頭は、全てフリーダムとジャスティスが七色のビームと砲弾が落とし、安堵を呼ぶ爆発がまた起こる。 ―プラントがユニウス・セブンのようになる事は無い。

『・・・皆・・・』

守りたい。殺されない未来を作りたい。

自分は間違ってない。知らないうちに、の瞳からは涙が溢れていた。



『ディアッカ、アスラン・・・』

イザークは二人の姿を確認し、唇をぎゅっと噛み締めた。 同じ思いを抱いている彼等は、裏切り者じゃない。 同じ願いを描いている彼等は、自分達と共に、此処に居る。

「ニコル、あれディアッカだよ。え?あの小型船舶並みのモジュールはアスランなの?」
「二人とも、来てくれたんですね」

ラスティとニコルも二人の姿を確認し、安堵したらしい。 スピーカーからは明るい声が聞こえて来る。

「たった三隻でどうするんだと思ったけど・・・。凄いな」
「はい、やっぱりあの二人ですね」

イザークも、ニコルの声に頷いた。彼等の意思は固く、重く、揺るがない。 アスランもディアッカも、平和を、プラントを、を想い、此処に居るのだ。

『・・・ん?』

激しい戦争の最中、イザーク等ザフト軍のもとにレーザー通信が届いた。< イザークはモニターに映し出された何かへと視線を落とす。

『「全軍射線上から退避」・・・?「ジェネシス」・・??』

首を傾げて文章を読み、イザークはハッとした。この射線の動きが、兵器による攻撃だと見て取れたからだ。 通信が届いたのだろう、ザフトのMSや戦艦が続々と射線上から退避する。

『下がれ!ジャスティス!!フリーダムッ!!』

射線上に居たジャスティスとフリーダムは潮のように引いていくザフト艦隊をどう思っていただろうか。 態勢を整えるにしても、突然過ぎる。 当たり前だ、ジェネシスの攻撃なんて気づく筈が無いのだ。 目指す場所が同じなあの二人を、こんな所で落とさせない。イザークは声を張って伝えた。



イザークの通信により二機が射線上から下がった頃、突如、ヤキン・ドゥーエの後方に巨大な物体が現れた。

『"ジェネシス"・・・?』

は涙を振り払い射線上から離れモニターに映し出さた兵器をじっくりと見る。 二次反射ミラーを備えた円盤状の本体と、尖塔状の一次反射ミラーで構成されていたそれは、今までミラージュコロイドで姿を隠していたのだろう。 灰色から銀色に輝きだしたと言う事は、起動時にはPS装甲を展開しているようだ。

『兵器に、フェイズシフトを搭載しているなんて・・・』

通常PS装甲はビームなど高エネルギー兵器にはほぼ無力だが、 ジェネシスはその超広大な装甲面積によりエネルギー許容量がMSのそれより遥かに高いだろう事が分かる。 なら、陽電子砲ですら破壊は不可能だ。

『・・・ジェネシス』

後方に配置されたの部隊の意味が分かった。PS装甲が落ちている際のジェネシスへと攻撃が行かないようにだったのだ。

"それ"を守ればプラントを守れる

クルーゼが言っていた言葉を思い出し、はごくりと息を飲む。 確かにジェネシスが攻めて来る全てを焼き払ってくれればプラントを守る事が出来る。 クルーゼが言っていた事は正しい。 でも、それは守る事とは違う。地球軍を殲滅させようとなんて、自分は思っていない。 悲しみは悲しみを、憎しみは憎しみを呼ぶだけで、何の解決にもならない。 ただ、無くす為だけに核を撃ち合うだなんて、人が滅ぼし合うだなんて―。



ジェネシスはゆっくりと光を携え、筒状になったミラーの基部の奥で核が爆発し発生したガンマ線をレーザー光に変換し、一次反射ミラーに照射した。 そして一次反射ミラーでガンマ線レーザーを拡散、増幅させ本体に設置された二次反射ミラーに照射すると、 増幅されたガンマ線レーザーの焦点と照準を二次反射ミラーで調整し、エネルギーを集中させ、目標に向けて発射する。

戦闘宙域に太い一筋、眼を見張るほどの光が駆け抜ける。 射線上に残っていた地球軍艦艇は光が迸る順にその姿を融け消し、または爆発した。



『嘘だ・・・』

達より更に後方でラスティと呆然と光の跡を見ていたニコルは、微かにしか出ない声で小さく呟いた。 地球軍の主力が展開していた宙域へと向けられたエネルギーの筋は敵のMS、艦艇全てを綺麗に消した。 それだけではない、宇宙空間に漂っていたデブリ、星々まで焼き払ってしまったのだ。 圧倒的だった敵の数だと思っていたが、今は半数近くを失っている。残されたのは、ただの破片。

「俺達は、こんなものを守る為に・・・?」

ラスティも同じように思っているのだろうか、聞こえた声は衝撃によってノイズ交じりになっている。 ザフトの兵士達が、が、イザークが戦っていると言うのに、アスランがディアッカが、小さな勢力の中で頑張っていると言うのに、 コーディネーターの自分達はナチュラルを滅ぼす為の兵器を生産し、それを守る任務に就いていたなんて。 核に対し核で答えては、何の解決にもならない。

『なんて、事を・・・』

ニコルは見開いた眼を潤ませ、ぽっかりと出来た宇宙の穴を見ていた。



広大な戦場は、一時の沈黙に覆われた。 誰もが膨大な熱量を目の当たりにし、その場から動けずにいる。 愕然とした中の一人だったイザークも、同じように眼を泳がせる。

『こんな兵器を持っていたなんて・・・』

動けずに居るのはも同じようで、"鬼神"もピクリとも動かなかった。

・・・隊長・・・?』

イザークは恐る恐る声をかける。今彼女はどんな顔をして閃光を眺めていたのだろうか。 地球軍は信号弾を発せられた艦艇と共に現宙域を離脱しようとしていて、 デュエルは敵の後退の合間に隣へと間を詰め伺うように"鬼神"に並んだ。

『・・・大丈夫ですか?』

ジェネシスの発射を見て、彼女は何を思っただろう。 守りたいプラントを守る為のものだとしても、あれは人を殺す核兵器だ。 殺されない未来を描いている彼女には、きっと酷なものの筈だ。

「・・・大丈夫、だ」

しかし、思ったよりしっかりとした声が返ってきてイザークはほっと息を吐いた。 自軍からも信号弾が上がり、一度引き返せと言う指令が出た。 イザーク等は軍指令本部へと機体を向かわせる。

「戻ろう」

の声は普段と同じだ。でもそれは、揺るがない彼女の意思があるからだろうと思う。 だから今なら大丈夫でもふと、崩れてしまいそうで怖い。 泣いて済むのなら良いけれど、戦争での惨禍はそれとは変えがたいもっと大きなものを失う。

イザークは"鬼神"の後姿を見つめる。張り詰めたの糸がどうか途切れないように、そう祈って。