≫ 願わくば僕達の想いが君の想いと重なり 明るく照らされますように (09.04.26)


また君の言葉に救って貰えたらなんて、我儘だね



◆My love story◆



『お、ジュール隊長。アプリリウスに何の用だー?』
『・・・何だ。ラスティか』

エターナルの追討に失敗しプラントへ帰国してから、イザークは本国付近に浮かぶリング型の衛星、 軍司令本部に配属され自分の隊を持つようになっていた。 最初は戸惑いもあったが元々の気質で今はそれなりの信頼を得た。 部下に「ジュール隊長」と呼ばれる事を憧れていた時期もあったが、今のように緊迫感が襲う毎日では余裕も感じられず喜ぶ間も無い。 気を抜かんとばかりにしっかりと赤服を着こなしたイザークは、 やる気も無く廊下をふらふらと歩いていたラスティに抜けた声をかけられ面倒そうに綺麗な顔を歪めた。

『何だって何だよ』
『俺はお前と違って忙しいんだ。別に暇だからプラントに遊びに来たわけじゃない』

肩肘を張ったイザークは先日ボアズが陥落した事で今日は本国から会議の要請があり、数人の部下と共に首都に来ていた。 久方ぶりに降り立った軍宿舎には目を見張るほどの上官たちが往来し、収容の重要性が伺える。

『暇?暇じゃないよ!俺だって毎日毎日忙しいちゃんの手伝いをちゃんとしてるよ?』
『・・・何?』

ラスティの言葉に、ピクリと片眉を動かしたイザークとは配属先が違い、二人は会うことなく月単位と言う数字を過ごした。 何度か仕事のうちでモニターを通しやり取りした事もあったが、所詮は仕事だ。 毎回毎回ろくな会話など出来ず、結局最後は歯切れ悪いまま溜息と共に通話終了ボタンを押していた。

『な、何だよ、その目はっ?嘘じゃないよ! ちゃんは大事な仲間だし、イザークの婚約者だしっ』

アイスブルーの瞳を皿のようにしていたイザークを見て怯んだラスティは二三歩後ろへジリジリと下がる。

最初は、二人がそんな関係だと聞いた時は驚いた。 婚姻統制を引いているプラントでは婚約者が居る事などさして珍しい話じゃないけれど 余りにも近い存在の「イザークと」、「が」、と言うのがラスティにも引っかかった。

そもそもアスランのへの淡い気持ちを知っている自分としては、 大事そうに想い人の事を語ったアスランを後押ししたい気持ちを持っていた。 彼自身が婚約者を持つ立場だと知っていても、いつかに気持ちを伝え幸せになって貰えたら、と。 正直まだ自分には分からないが、結婚と言うのはやはり想い合う同士が良いと思う。 共にこれからの人生を歩むのだ。 それなら、遺伝子云々よりも想う相手と共に居る時間の方が大事なのではないだろうか。

しかし、同じくらい大事な仲間のイザークの婚約者ときたものだ。 まったく女に興味なさそうにしていたイザークなら婚約者が出来ても無愛想にするのかと思えば、以外にもご執着な様子。 だだでさえライバル視しているアスランがを想っているなんて知ったら彼はどうするだろうと、 自分で言うのもなんだがこの軽い口が余計な事を言ってしまってわないか、ラスティなりにいつも気を配っていたが その心配も無駄に既に二人はライバル宣言をしたらしい。

そんなこんなで言葉には十分気をつけていたのだが、 今のイザークには「」と言う言葉だけでただならぬ雰囲気を醸し出す要因になっていて 蚊帳の外だった頃の寂しい自分でも良いから少し戻りたくなった。

『・・・知らん』
『知らん、って・・・』

ラスティが頬をかいてるさまに冷ややかな視線を送った後、イザークはそっぽを向いてしまった。 「」と言う爆弾を投下してしまったせいで複雑な心境になったのが伺え、 バツの悪い事を聞いてしまったとばかりにラスティは明るい話題を探そうと目を泳がせていると。

『ラスティー!ディスク忘れてますよ!』

天使のような大きな瞳を持った救い人、ニコルが廊下の曲がり角のすぐの所からラスティに声をかけた。

『お・・・、おーっ。ニコル、有難う』
『まったく、これを隊長の所に持って行かなきゃなんですから・・・・あれ、イザーク』

忙しなく人が行き交う廊下で見えなかったのか、ニコルはイザークを見つけた途端に明るい顔になった。 久しぶりに会う知った顔に笑顔を浮かべ、駆け寄る。

『今晩には隊長会議があるって聞いて少しでもイザークに会えるんじゃないかと期待してたんですよ』
『・・・そうか。久しぶりだな』
『ふふ。イザークも今は隊長が板についたんじゃないですか?なんか貫禄が出てます』
『・・・そうか・・・』

ニコルの言葉に少々困った顔つきをしたイザークは腕を組んで視線を窓の外の空に投げると、 そろそろ夕刻に差し掛かっている時間で陽は傾き身を潜める段階に入っている。

過ぎ行く時間と同じように自分は変われただろうか。 プラントの定められた繰り返される景色と同じように、実際のところ中身は変われてないのではないだろうか。 何処かで迷っている自分の弱さを、此処で吐いても良いのだろうか。



『・・・ディアッカもアスランも今は"足つき"と同行してるんですよね』

イザークの視線の先を追ったニコルが、眉を下げて呟く。
この宇宙の向こう側、何処かで必死に頑張っている事だろう。

『プラントでも地球軍でも無く、戦争を終わらせようとしていると言っていたからな』

聞いて欲しかったのかそれとも独り言だったか分からないけれど耳に入った言葉へ自然に答えるかのように、イザークの口が開く。 ラスティはアスランを想い溜息を吐いた。

『でも、きっと無理だよ。・・・だってあの三隻で、でしょ? プラントも地球軍も言う事聞かないよ。もう此処まできてるんだし』
『それでもやらなきゃ分からないと思っているらしい、あの馬鹿どもは』

軍の命令に沿ってナチュラルを全滅にしたところで、憎しみや悲しみが無くなる分けじゃない。
ちゃんは知ってた・・・。だから俺も一緒に"殺されない未来"を描こうと思うんだ

何も出来ないって言って何もしなかったら、もっと何も出来ないって、・・・キラがさ。
アスランもそうさ。変えようとしてるんだ。
生きている人全てに本当の平和が訪れるように、・・・彼女が泣かないように。


そう、ディアッカが言っていた。
能力があるのにいつもふざけた奴だったが、何かを考える時は常に理性的で冷静だった。 そしてあの顔。ディアッカがあんな真剣な顔をして語った事を、止めるなん出来ない。 ディアッカにはディアッカの、アスランにはアスランの、彼らなりの正しい道を選んだ、それだけなのだから。

『"殺されない未来"・・・』
『え?』

イザークはポツリと口にする。
コロニー・メンデルで聞いたディアッカの、アスランの、"足つき"の搭乗者達の、そしての。

『あいつらは、"殺されない未来"を描いてるんだそうだ』

誰もが殺されない未来。それは誰もが望むのに、実現するのは酷く難しい「願い」。

『確かにそれは僕達だって同じですけど・・・』

同意したい気持ちはあるがニコルは言葉をはっきりと口にする事はせず、濁した。 同じように此処を発って彼等と共に行動するのはきっと簡単だろう。 一番理想的で、一番誰もが望んでいる事に近いのだから。 でも、プラントを守る為にはこのままMSに乗り続けるしかないのも知っている。 今ボアズのようになってしまう可能性の高いプラントを守る為には。

『迷ってる場合じゃない、な。実際、地球軍はこうやっている間にも攻めてきてる』

止められる状況じゃないから、プラントはこうやってありったけの軍事力をヤキンに収集してる。 もし自分達がザフトを抜けて一番綺麗な理想を掲げるあそこに行っている間にプラントが撃たれたらどうする。 ディアッカ達が言うようにやらなきゃ分からないのは確かだが、守らなきゃいけない事実のが遥かに目の前にあり、大きい。

『あーっ!もう!!よく分わかんねっ!!何が合ってて何が間違ってるのか!』
『誰も間違って無いだろ。自分が決めた道を進んでいるだけなんだから』

頭を乱暴にかいて声を荒げたラスティに、イザークは静かに答えた。 ただ誰もが自分が決めた道を選んだ、それだけだ。 一人ひとりの方法や位置が違くても、最後は同じ場所だけを目指して。

『・・・俺達は俺達のやり方でプラントを守ろう』

だから、今は迷うだけでは駄目なんだ。自分達には何かを犠牲にしても、守りたいものがある。

も、そうしているように・・・』
『・・・そうですね』

ディアッカやアスランにあそこの場所を任せた彼女の意図、今なら分かる。 一番綺麗な方法を選ぶのに相応しい力量を持った彼等になら任せても大丈夫だと思ったのだろう。 その分自分はプラントを地球軍から守る為に此処に残り、辛くても大事なものの為にもう一度"鬼神"に乗る事を選んだ。 迷っているのは、辛いのは自分だけじゃない。誰もが同じだ。だから、自分達は何処までも一緒に。

『・・・イザークとラスティと、こうやって話せて良かった。 自分一人だったらいつまでたっても答えを選べなかったと思います』

ほっと一息吐いたニコルは、目を細めて二人を見た。 正直ずっと迷いを言葉に表せずに此処まできたけれど、やっと自分の居るべき立場が照らされた気がする。

『僕まだやる事があるので、これで』

ニコルはそう言うと、ラスティにディスクを渡し廊下を駆ける。晴れた心同様、足が軽い気がする。 今、自分が出来る事はの代わりに仕事をして、かかる負担を少しでも削減してあげると言う事だ。 白服を身に着けてからのは、最近特に寡黙になり話す事は減った。

でも、何も出来なくても、傍には幾らだって居てあげられる。 これと言って闇を見る彼女への打開策は分からないが、自分が傍に居て気が楽になる何かをしてあげられれば。 悔しいけれど自分には、クルーゼやイザークのような立ち位置で彼女を支えてやれないから。

『大事な・・・仲間、だから』

白く煌く廊下を強く蹴る。照らされた道は何処までも明るかった。



少年の華麗な足は俊に駆け、消えた。
暫し黙ってニコルの後姿を見送っていた二人だが、ラスティが口を開く。

『・・・ねぇ、あの子とさ、ちゃんと話してるの?』
『は?』
『「は?」って・・・、イザークの婚約者のちゃんとだよっ』

突然何を言うのかと、イザークは訝しげにラスティへ視線を寄せる。 心配されるのは嫌いじゃないが、ラスティらしからぬ配慮は色々な意味を持ってどうかしたのかと思った。

『何なんだ、急に』
『ちゃんと話してるのかなって思って。今までニコルが悩んでたのすら聞いてなかったから』
『言えない事もあるだろ。ザフトに居て「迷ってる」なんて』
『だからだよ、だから、同じ考えのちゃん大丈夫かって聞いてるの』

ラスティが言うのは、がニコルと同じように一人で悩んでいないかと言う事。 迷う事が悪いんじゃない。理想論を語る事を咎めるんじゃない。 イザークが、ニコルがそう思っていたのなら、一人で考えているのはだって同じなのではないだろうか。

『お前達が居るだろ、それに・・・クルーゼ隊長も』

しかしイザークはそっぽを向いてバツの悪そうな顔をした。
何が不都合なのかは分からないが目も合わせないイザークにラスティは詰め寄る。

『居るだろって・・・、そんな暇無いの隊長の自分が良く知ってんだろ? 俺やニコルだって暇じゃないし、隊長になれば余計に忙しくなるのだって。 たださ、思ったんだよ。俺はいつも傍観の立場だったから・・・』

傍観者だったから、彼女がどんなに素晴らしい人間か知らない。惹かれるほど十分に話をした事すらない。 でも、今は曲がりなりにも彼女の部下で、 あのアスランも目の前のイザークも想う相手なのだからほっておけないと思う。

『・・・今の彼女がどうしてあの立場になったか知らないけど、一人で抱えてないよね?』

イザークとニコルと彼女が同じ事を想っているのなら、彼女だって誰かに支えて貰いたいんじゃないだろうか。 自分のような者に言われる筋合いが無いのは分かっている、でも。

『正直ちゃんずっと眉間にシワ寄せてさ、近寄り難いんだよね』

ハキハキと戦略を話す彼女、廊下で目をぱちくりとさせていた彼女しか知らない。 でも、あの表情は困っている人がするものだ。

『離れても、一人にするなよ?』

彼女を一人にしてやるなよ

イザークはラスティの発言に長い睫を瞬かせた。 そして不意に、ディアッカの言葉が思い出され胸を打つ。 あの時のメンデルで会った時にディアッカが言った言葉を、ちゃんと聞いていれば良かったと思った。

に「任された」と言っていたディアッカが、どんな顔つきでの事を話していた? 自分が「戻ってくれば良い」と投げ遣りに答えた言葉を、どんな思いで聞いていたんだろう。 ディアッカだっての傍らに居て支えてやりたいと思ったに違いない。アスランだって。 でも、彼等はその彼女に「任された」。だから等身大で受け入れて、此処から離れた"足つき"に留まって―。

『俺・・・は・・・』

イザークの口から微かに声が漏れた。 ディアッカやアスランが"足つき"の元へ行ってしまい、あの時は半ば混乱していたとは言え、変わらずの近くに居たのは自分なのに、 それなのに戸惑うばかりで歩み寄ろうともせずにいた。

が思う事は、言う事は昔と何一つ変わってない。 彼女の表情が乏しくなったのは、悲しみの広がるこの世界を嘆いてるからだ。

自分は一度でも彼女の正面に向かってちゃんと話をしただろうか、聞こうとしただろうか。 出来なかったのは変化を傍観していた自分の弱さだ。

一人で思いを秘め泣いている彼女を、自分は何度見てきた。 支えてやろうと、あんなに強く思ったのに。



『あ、ゴメン、俺―』

イザークが黙り込んだのを怒ったと勘違いしたラスティは「悪気は無かった」、と気づいた途端に手を出して自分の身を庇った。 そして廊下の壁にピタリと背をつけ、言葉が軽薄になってしまっただけで、イザークの婚約者を悪く言うつもりなんてなかったんだと首を横に振る。 少し前のイザークだったら確実に拳を飛ばしてくるのを知っていたからだ。

『・・・あれ?ちょ・・・っ、イザークッ?!』

しかし、イザークはラスティを見もせずに廊下を駆け出す。

『ラスティ!貴様にしては良い事を言った!』

往来する人を器用に避けながらイザークはラスティへと声をかける。 振り向いた顔はニコルと同じように清清しい。

『・・・それって、お礼のつもり?』

もっと別の言い方ないのかよ、と言ったラスティの表情は同じくらい晴れた笑顔だった。