≫ 想いは何処にでもあるのに、現実には何処にもないもの (09.04.16)
『メンデルの中に入る?』
ヴェサリウスはコロニー・メンデルの港付近にナスカ級艦二隻と停泊していて、
此処からでは細部までは分からないが先程からモニターにはメンデルの反対側で戦闘が繰り広げられているのが映っていた。
其処には"足つき"と"足つき"によく似た戦艦があり、二隻は互いを撃ち合っている。
近い宙域には数機のモビルスーツが飛来し、後方には自分達が追っていたエターナルと"足つき"ではない新たな戦艦一隻。
ブリッジでモニターを見ていたクルーゼはにやりと口の端を上げ、三隻を心配そうに見るの方へと振り向いた。
『"足つき"が何故地球軍と戦っているのか、こう状況が分からぬのでは、手の打ちようがないだろう?』
自分は、分かっている。はそう言いかけて止めた。
フリーダムとエターナルがラクス・クラインの手引きにより奪われ、それを守っているのはキラとアスランとディアッカ。
彼等の志は自分と同じで、今彼等を止めてしまう事は戦争に覆われた現状をそのままにしてしまう事と同じだ。
何かを変えたければ、何かしなければならない。
『それなら、わたしも一緒に』
『いや、メンデルの中には私とイザークで行く』
一緒に行けば面倒は省ける、そう思って声をかけるが涼しい顔をしたクルーゼにさらりと流されてしまった。
他に何か強引にでも理由を見つけようとしていたの肩を叩いて、クルーゼは艶やかな声をかける。
『ヴェサリウスを守る為に此処は待機しててくれ』
『"守る為"に・・・?』
そう言われては何も言えない。はクルーゼがブリッジを出て行く姿を、ただ静かに見つめていた。
◆My love story◆
今頃クルーゼとイザークはメンデル潜入の為、機体のチェックを終わらせている事だろう。
久しぶりに自室に戻ったはどっしりと椅子に凭れて、大きな溜息を吐いた。
クルーゼの力になりたい、近くで支えてたい、と、そう思う気持ちが一番にあるのだが、
近頃の彼の発言には何処か腑に落ちず疑問ばかりが込み上げる。
言い回しが独特だからか、些細な事ですら気にかかってしまう。
だいだい今だってそうだ、わざわざ彼自らメンデルの中に赴く事なんてないのに。
頭を抱えてもう一度溜息を吐くと小さなノックが聞こえ静かにドアが開き、
のマイクロユニットの蝶がひらりひらりと室内へと入ってきた。
最近忙しなく動いているせいで、マイクロユニットはフレイに預けていた。
アスランが作ってくれたそれはとても美しく飛び、
いつまで見ていても飽きず心細いだろう彼女のせめてもの気休めになれば、と。
それがこの部屋に入って来たと言う事は。
『フレイ?』
『・・・?居るの?』
『フレイ、どうした?』
声の主を探すかのように室内を見回すフレイに、はガタリと音を立て椅子から立ち上がる。
普段はコーディネーターを怖がってクルーゼの部屋から一歩も出ないフレイにしては珍しい行動だ。
何かあるのか、と中へ入るように導きソファに座らせるとフレイはの眼を覗き込む。
『疲れて・・・るのね。・・・いえ、疲れてるわよね』
の顔色を見て気付いたのは女の子ならではの観察力だからだろうか。
気遣うフレイの周りを一回りしたマイクロユニットが持主の留まり、居慣れた肩に羽を休める。
『君に、何もしてあげられなくて・・・すまない』
そう言うと、はマイクロユニットに目を伏せる。
幾らプラントへ戻る手段がないとしても、
こんなところにずっと居させて、更にはザフトの軍服まで着せて、もし戦闘にでもなったらどうすれば良いのだ。
フレイは本当なら捕虜となるのだろうが、
もう先を見定めた自分はナチュラルだろうがコーディネーターだろうがそう扱う気にはなれない。
でも、してあげられた事も何一つ無い。
『ううん。あの時、サイクロプスの時、貴女は私を助けてくれたから』
しかし、フレイは首を横に振ると、
結びあげられた赤い髪から白い肌が覗き女の子ならではの首の細さに胸が痛くなり、
彼女はまだまだ少女なのだと知らされ、更に胸は脈打つ。
『私、まだちゃんとお礼を言ってなかったと思って』
『・・・お礼なんて、そんな』
『有難う。私の命を救ってくれて』
そう言ってフレイは緩やかに細めた瞳でを見る。
湛えた頬笑みは同性の自分でもドキリとするものがあり、はつい言葉を返すのを忘れた。
けれど、喉の奥に籠った声を出さなくてもフレイは察知してくれたのか小さく頷いての手を取り、取られた手は重なる事で人の柔らかい体温を感じる。
今自分に触れているのは優しい手、温かい手。
こんな自分でも、守れた命が此処にある。
『・・・わたしの方こそ、有難う』
クルーゼの知れぬ思惑も、混戦するだろう戦いも、溜息なんてついている場合じゃない。
此処に居る自分が守れたフレイがそう言ってくれれば自分はまだまだ頑張れる、そう思えた。
『私ね・・・』
暫しの沈黙の後フレイが静かに唇を動かすと、の手を更に強く握り視線を上げた。
『私、「ごめんね」とか「有難う」とか、ずっとずっと上手く言えなかったの』
が眉を顰めてフレイを見ると、フレイはマイクロユニットへと視線を移行し懐かしげな瞳で見つめる。
『何度も助けて貰って、優しくして貰って、でも私は傷つけて、困らせて・・・。
だからあの子に「ごめんね」って、「有難う」って、言いたかったかった』
の肩に留まる蝶が、緑色の色鮮やかな鳥のマイクロユニットと重なる。
優しかった紫の瞳はいつしかいつも困っているものに変わり、それが自分のせいだと知っていた。
自分が故意に戦いに疲れ悲しみ、癒されたかった彼を傷つけ煩わせた。
『でもその人、帰って来なかった。・・・だから私、今度はちゃんと、ちゃんとに伝えたかったの』
「あの子の事、今となっては遅いけれど」、とそう言葉を濁したフレイの瞳から次から次へと涙が零れた。
自分の知らない何か大事な、彼女がずっと秘めていた想いが一斉に開口され、今は止まる事を知らないのだろう。
『・・・フレイ』
はそっとフレイの涙を拭う。
不謹慎ながら誰かを想う彼女の心、揺れる髪、震える唇、そしてその涙さえも綺麗だと思った。
メンデルの内部は赤茶けた地が広がり、かつての学術都市だっとは思えないほどに退廃していた。
以前此処ではバイオハザードが起こり、徹底的に除菌されていて微生物すら住めない不毛の地に変わり果ている。
遺伝子研究で名高かったそこは研究施設らしい建物がそのまま残っていて、
反映された技術が多大に寄せられていたのがイザークの乗るデュエルの中からでも見てとれた。
「来るぞ!」
ぼんやりと荒んだ風景を見ていたイザークに、通信機から突如クルーゼの声が入りモニターに目をやると二機のMSに気付いた。
モニターに機影を拡大し、特定された機体は、
【GAT−X105 ストライク】
【GAT−X103 バスタ―】
『バスター・・・?』
ストライクはアスランが大破し、バスターはディアッカ共々MIAだった。
イザークは諦めきれていなかった同胞の機体が現れ、驚きに目を丸めた。
欠片も見つけられなかったバスターは、綺麗に最後見た時の形のままで、
搭乗していた皮肉っぽいディアッカの顔が自然に思い出される。
ストライクがデュエルの隣を擦り抜けクルーゼの乗るゲイツと遣り合い始めたのを確認した頃、
馴染み深い声が通信機から聞こえてきた。
「イザーク!」
『・・・ディ・・・アッカ?』
イザークが信じられないとばかりの声で問うと、ディアッカはモニターを通して答える。
『ああ、そうさ』
『貴様、何故ストライクと共に居る?どう言う事だ?
生きていてくれたのは嬉しいが、事と次第によっては貴様でも許さんぞ!』
『イザーク・・・』
<ディアッカ!>
ディアッカが声をかけようとしたその時、二人の間に新たな声が割入り、
ディアッカがモニターを見ると後方からフリーダムが飛来してきた。
『あれは・・・!』
あの機体はアラスカで自分の足を落とし、さらに主の声はサイクロプスから「逃げろ」と教えたくれたものだ。
驚いたが機体をそちらへ向けるとディアッカが両者の間に入った。
「キラ、こいつは、俺に任せてくれ」
<・・・分かりました>
何やらディアッカと言葉を交わしたらしい新型はそのままその場を後にした。
向かったのは、クルーゼがストライクと流れた先だ。
「銃を向けずに話をしよう、イザーク」
新型の行方を見ていたイザークだったが、そう言われて先に地に降り立ったバスターの前にデュエルを向かうように立たせ、
ラダーを使って荒廃した地面へと下りる。
何処からか入り込んで来ている風が無機質な砂を舞い上げ、乾燥した空気が喉をごくりと鳴らせた。
困ったように頭をかいたディアッカがイザークに歩み寄ると、
イザークはキッと鋭い目つきでかつての友に拳銃を構える。
『銃を向けずに、など、敵のそんな言葉を信じるほど俺は甘くない』
『・・・俺は、お前の敵か?』
『敵となったのは貴様の方だろうが!』
『俺はお前の敵になった覚えはねぇよ』
『ふざけるな!貴様はストライクと、新型と共に居た裏切り者だ』
裏切り者―?本当に、ディアッカが?
瞬間、イザークの心の中は自分が口にした言葉とは反対に信じられずにいた。
だってあのディアッカが目的も無く自分と違う道を選ぶだろうか。
いつもふざけた事を言っていたが、プラントを守る為に命をかけて立ち上がったのは同じだ。
じゃなきゃザフトに身を置いてなかった。
『新型―、ああ、キラの事か』
『キラ?』
『あの新型、フリーダムのパイロットさ。あいつは前、ストライクに乗ってた。
あいつもコーディネーターだ。んで、アスランとはガキの頃から友達だってよ』
『・・・なんだと?』
『ちゃんだって知ってるぜ。キラの事』
『・・・は?』
アスランとその「キラ」と言うのが友達で、それをも知っているだと?
そんな事、からは何も聞いていない、何も話してくれてない。
ディアッカの口から出た複雑な関係に、イザークは口をぽかりと開けた。
『聞いてないって顔しているな。じゃあ大方一人で立ち回ってるんじゃないか?お前達に迷惑かけないように』
ディアッカは「違うかよ?」と小首を傾げて更に問う。
確かに、言われてみればそうかもしれない。の態度はがらりと変わったが言っている事は前と何ら変わりない。
「戦争を早く終わらせたい」「大事なものを守りたい」、と。
ただ、自分達の距離は段々間隔を空けるばかりで、時間を積み重ねて得た信頼関係は薄くなったような気がする。
ディアッカが居なくなってから、自分達は何一つ縮まった意識も、これから芳しい関係になるような予感もしない。
だから迷惑をかけないように離れてくれたのではなくて、もっと他の理由があるのだと思った。
― 例えば、彼女のように優秀な人間に、自分達は足手まといなのではないか、とか
自分達よりも「クルーゼ隊長を」第一に守りたいのではないか、とか。
難しい顔をしているイザークを見て、ディアッカは肩を竦めた。
こんな時代だ。目的や思考や思想、と色々と大変なのは彼だって同じなのを分かっているから。
でも、だからこそ一人で抱え込んでしまうを支えてやれる人物が必要なのだ。
自分はあの凛とした後ろ姿に触れる事は叶わず、今はもう思い出す事しか出来ないけれど、イザークになら安心して託せる。
『イザーク、彼女を一人にしてやるなよ』
『ならお前が帰って来てアイツを見てやれば良いだろ!』
『いや、俺は任されてるから。俺の出来る事を、ちゃんにさ』
『・・・に?』
『ああ。俺達が願っている未来が同じだから、「此処は任せた」って』
イザークは喉の奥に言葉を詰まらせた。
MIAになっていたディアッカといつ出会ったと言うのだ。それともその前にそんな話をしていたのか?
思い当たると言えばサイクロプスの後、暫く行方不明になっていたあの時だろうか。
『彼女、特殊部隊の隊長になったんだって?
俺もアスランも最初は驚いたけど今は何となく理解してる。
あんだけの腕持っててクルーゼ隊長と仲良くて、ただの整備士なわけねーよな。
ま、そんなの今となってはどうでも良いけど』
ディアッカは言葉を続けた。イザークの銃口が此方へ向いていたとしても、今は伝える事が先決だ。
『軍の命令に沿ってナチュラルを全滅にしたところで、憎しみや悲しみが無くなる分けじゃない。
ちゃんは知ってた・・・。だから俺も一緒に"殺されない未来"を描こうと思うんだ』
『それで、お前等たった三隻で何が出来るって言うんだ!?』
そんなディアッカに、イザークは声を張り上げる。
だって、わざわざ自分達から離れていかなくても、
プラントで、ザフトで、力を尽くして変えられるものだってあるかもしれない。
がザフトでそうしているように。
『何も出来ないって言って何もしなかったら、もっと何も出来ないって、・・・キラがさ。
アスランもそうさ。変えようとしてるんだ。
生きている人全てに本当の平和が訪れるように、・・・彼女が泣かないように。
アスランだってちゃんの事を想って戦っている』
『アスラン?お前等、一緒に居るのか?』
『ああ。一緒だ』
複雑な思いが思考をぐるぐるとかき回していたが、
新しい機体を奪い逃げたと言うアスランはディアッカ等と居たのかと思ったら正直安心した。
彼等と一緒なら、容易く討たれる事などないだろう。
『撃てよ。そんな俺を裏切り者だと思うんならさ』
そう言ったディアッカは両手を上げて敵意の無い証拠を見せた。
かつての友を相手に己の決意を語られ、更にはの想いの延長だと知らされ、トリガーを引ける分けが無い。
ディアッカは裏切り者では無かった。彼は己のすべき事、居るべき場所がしっかりと分かっているだけだ。
『撃つわけ・・・ないだろ』
イザークは視線を伏せると静かに銃を下ろした。
その時、突然遠くで微かな爆音が響き、イザークとディアッカは地表の振動に意識を取られていると、
イザークの通信機から雑音に混じってクルーゼの声が聞こえた。
「イザーク、聞こえるか?・・・退くぞ」
こうやって話して居られる時間に終りが告げられたが、イザークは思考に足を取られ上手く動かせずにいた。
ディアッカはそれを見て、困ったように笑う。
『・・・ディアッカ。俺はプラントを守りたい』
『俺だってその気持ちは変わってない。だからあそこに行ったんだ。
俺とお前の役割、居る場所がただ違うだけだ。・・・出来りゃ、お前とは戦いたくないけどな』
ディアッカは溜息交じりにそう言うと、ラダーに足をかける。
イザークはバスターのハッチが閉じるまで、何も言わずに見送った。
『君に大役を預かって貰う』
突然の隊長室へ入って来たクルーゼに、ソファに身を置いていたフレイは振り向いた。
見た事の無いほど荒々しいクルーゼの足つきに、フレイは身を強張らせる。
この部屋の主は先程アデス艦長から連絡があり出撃準備へと向かったところだった。
自分が散々泣いているのを柔らかい目で受け止めてくれたは
戦いからヴェサリウスを守らなければ、と笑って出て行った。
『私もそろそろこんな戦いばかりの毎日に疲れた。だから届けておくれ、最後の扉の鍵を』
『最後の扉の、鍵・・・?』
フレイが不思議そうな目でディスクを眼を落したのを確認すると、
手に持っていたディスクをフレイに差し出し、クルーゼは自発的に受け取るのを待つ。
『それが地球連合軍の手に渡れば、戦争は終わる。も喜ぶだろう』
―も?
そっと囁く声にフレイはこくりと意志の強い頷きをもって返しディスクへと手を伸ばした。
『フレイ!?』
宇宙服を身につけ、脱出用ポッドの中に入ろうとしたフレイの腕をは掴んだ。
もパイロットスーツを身につけていて出撃前の忙しい時なのに、
同じ格納庫だったからか見つけてくれた事に対し嬉しくなりフレイは小さく笑う。
『私、鍵を届けに行くわ』
『待て!今地球軍と"足つき"を含めた三隻は戦っている。その中に放り出されるんだぞ!?』
そんな宙域に、何で出るのか分かっているのか、ただの脱出用ポッドだぞ、とは顔色を変えて食いかかった。
しっかりとフレイを掴んだ手は少しばかり力が強かったかもしれないが此処で留めておかないとならないような気がして。
『あの人、クルーゼって人、の事大事に思っているんだと思うの。・・・が一度オーブで行方不明になった時、心配してたもの』
フレイの肩に身を置いていたマイクロユニットがふわりとの周りを舞い飛ぶ。
『、あの人は貴方が望むように、この戦いを終わらせようとしてるんでしょ?』
戦争を終わらせると言っていた、けれど。
『私は貴女に救われた。だから、今度は私が』
『待て!出すな!』
は近くの整備兵に向かって声を荒げた。
整備兵はびくりと肩を揺らしたが、フレイはそっとの腕に手を置いて制する。
そのフレイの表情がとても穏やかで、ぐっと詰まる想いに言葉を失った。
この自分が、こんな少女が命をかけるような相手なのか。
違う、違うに決まっている。こんな事、彼女がする理由なんて一つも無い。
『色々と有難う、』
ひらりと飛んだ蝶は、の肩に留まる。
何かと重ねて見えたのか、嬉しそうに笑みを湛えたフレイは一人用の小さな小さなポッドに身を預けた。
ヴェサリウス、ホイジンガー、ヘルダーリンは並走しながらエターナルへと向かっていた。
先に出ていたイザーク、ニコル、ラスティの三人も退路を切り開こうとする相手のMSと交戦を開始し、
眼まぐるしく流れる弾を避け迎撃する。
出撃当初、バスターを見つけたニコルとラスティはどう言った経緯がディアッカをそうしたのかと困惑したが、
イザークから受けた説明により、漠然とだが彼の選んだ道を理解した。
そして、アスランの事も。消息が知れない二人の行動はイザーク等の胸に水の波紋のように静かに響く。
彼等のようにどちらにも付かずに終戦を促す事が出来たら心軽くなるだろうか。
けれど地球軍が攻めてくるのを守るのは自分達の大事な役目だ。
地球軍からプラントを守る為には、ザフトに身を置くしかなく、
即ちそれはザフトに居る限りは納得がいかなくても上層部の命令を受けるしかないと言う事だ。
ディアッカやアスランが望んだ未来がと同じ平和の理想郷だとしても、
今の自分達はエターナルを討つ立場にいなければならない。
『・・・!っ』
イザークはアストレイから撃たれたライフルを避けたと同時に、歯痒さに舌打ちをした。
割り切ってしまえない自分の決断力の弱さは迷いを生み続ける。
此処で本当にエターナルを討っても良いのだろうか、と。
「―さん!?」
スピーカーから入って来た驚きを込めたニコルの声に、
眉を顰めていたイザークはモニターに目をやり後方を飛来する熱源を照合した。
勿論データなど入っていない見た事の無い鮮やかな紅色の機体だが、この目で見れば分かる。
『・・・き、しん・・・?』
あれはの機体、"鬼神"だ。
フェイズシフトの落ちているグレーカラーしか見ていないないが、独特の型が特徴的で直ぐにが出撃して来た事を察知した。
"鬼神"はひらりと、まるでの肩に羽を預けていたマイクロユニットのように軽々と身を翻し、
機械とは思えないほど滑らかな動きをしてアストレイとの間合いを詰め、武器、腕部や頭部だけを見事に切り落とす。
アストレイから出た火花が"鬼神"を煌めかせるようにパチリと輝き、火花に気をやられていると"鬼神"はまたひらりと機動する。
イザーク、ニコル、ラスティは初めて見る"鬼神"の余りのスピードに追いかけるのがやっとの目を瞬かせた。
「―撃ち落とすなよ!」
突然出て来て何て事を言うのだ、スピーカーから入って来たの言葉にイザーク、ニコル、ラスティは思った。
向かって来る敵を綺麗に迎撃しろ、と言っているのだろうが、そんな芸当なかなか出来るものじゃない。
けれどただ「守る事」を決めた彼女らしい言葉だ、とも思いレバーをしっかりと握りフットペダルを強く踏む。
『・・・守るんだ、守るんだ』
はまるで呪文のように呟きライフルで足を狙い、サーベルで腕を薙ぐ。
出撃前に留めたマイクロユニットは、激しく揺れる機内の中でもの膝でゆっくりと羽を動かしていた。
『―ヴェサリウス!?』
がふと視界に入った戦艦同志の撃ち合いに気付く。
エターナル、新造戦艦、次いで"足つき"は隊列を組んでいたザフト艦へ速度を落とす事無く、躊躇い無く直進していた。
前に居た二隻はザフト艦からの砲撃を回避し、中央にいるヴェサリウス一隻に集中していた。
間が縮まるにつれて二隻からの砲撃は確実性を増し、ヴェサリウスの身を被弾させ
至る所の機関をやられたヴェサリウスは、舵を失ったのか隊列から離れて行く。
程近い宙域でそれを見ていたは、歯を食いしばってそれを見ていた。
『こうなる事は・・・っ!』
このままザフトに居るなら、結果は分かっていた。
キラやアスラン達が間違っているとは言わないが、「殺されない未来」を願っている自分達がしている事はただの矛盾だ。
武力を武力で制するなんて、地球軍ともザフトとも変わらない。でも、自分達はそれ以外の方法を知らない。
はレバーを強く握り、ヴェサリウスが閃光を放ちデブリに消えていくのを、ただ黙って見ていた。
以前大気圏で目にしたガモフが墜ちる情景と、不思議なくらい綺麗に重なって見えた。