≫ 距離が開いて消えてしまいそうな背中でも 追いかけ包み込めるように (09.04.10)


全てを破壊してきたのは、いつだって「君」だった



エターナルの予測針路を割り出したヴェサリウスはL4コロニー群を目指していた。 を筆頭にイザーク、ニコル、ラスティの赤服の面々、 さらには他の兵士が今の経過を知ろうとブリッジに表示されていた航宙図を見上げる。

"足つき"からエターナルと、自分達が彼等を追ってどれくらいの時間が経っただろうか。 はただ悪化する戦況に溜息を溢した。



◆My love story◆



『スピットブレイクのパナマからアラスカへの変更を、評議会は承認していない?』
『・・・それに、サイクロプスの事も知らされてませんで・・・した』

一度プラントに戻った後、ずっとヴェサリウスで待機していたラスティだったが、 地球での戦闘情報は勿論宇宙にも上がって来ていた。 アスラン、イザーク、ニコル、ディアッカと 同じ赤を着る同僚が降りた地球は自分がいつか行ってみたいと思いを馳せていた場所で、 戦況だけじゃなく状況も気になっていた。

たまたま足を運んだ艦橋でアデスが顰めっ面をしながら戦略パネルを覗き込んでいる所を問えば、 スピットブレイクとサイクロプスの経過を溜息交じりに教えてくれ、ラスティは驚き半分に疑問を抱いた。 評議会が承認していないものを誰が許可したのだろうか、と。

航宙図を見ていた達がまだ到着までには時間がある事を確認しブリッジを出た後、 の隊に配属されたラスティが廊下を歩く間に何気なく彼女に振った話題だったのだが、 顔色が変わったを見てラスティはバツが悪そうに顔を背ける。 自分は何か拙い事を言ってしまったようだ。 イザークとニコルが直ぐ後方を歩いていたのが視界に入り、助けを貰うつもりで話しかけた。

『イ、イザークは?ニコルは?知ってた?』
『・・・いや、聞いてない』
『僕も、クストーにも情報は入ってませんでしたよ』

ラスティは自分が口にした言葉のせいで出来た重い空気から逃れられるのなら、と二人に問うが イザークもニコルも同じように真剣な表情でして知らないと首を横に振った。 「何だよ、もう少し優しい返しは出来ないのかよ」と言おうとしたところ チラリと振り返ったと目が合い、その鋭さにびくりと肩を震わせた。

『・・・すいません。てっきり知っているものかと・・・』
『いや、気にするな』

ラスティが乾いた笑いを浮かべたままそう言うと、は視線を外し黙り込んでしまった。 前にヴェサリウスで会った時の彼女と、アスランが想いを寄せている彼女を思い出すと いまいち合点がいかない今の彼女の態度はラスティも流石に戸惑ったが、 余り接触が無かった為か自分でも思いの他受け容れ易かった。 だから少し近寄り難い雰囲気だったが、 頭を抱え窓の外にある幾つもの星を見つめ考え込むを気遣うように声をかける。

隊長、それってどう言う事ですか・・・ね?』
『まさか、地球に居たザフト軍が勝手に・・・?』

気付いたイザークがポツリと口にし、ニコルが眉を顰めた。も振り返り、イザークを見る。

『・・・多分、イザークの言葉の通りだ。 しかし、サイクロプスの時はラウが周囲に伝達すると言っていた筈だが・・・』
『じゃあクルーゼ隊長がそうしなかった、と言う事ですかね。 あのままザフトが被害に合うと分かっていて』

ニコルも顎に手をあてて考え込んだ。 クルーゼがそんな事をしても得になどならないだろうし信じ難いがそう考えてしまう。 その事実を知っていたのが、クルーゼだけなら、の話だが。

『サイクロプスを知っていて、そんな馬鹿な・・・!』
『だよな、イザーク。クルーゼ隊長は俺等を騙したって事になるじゃんか?』
『ラスティ、もしかしたら隊長にも理由が』
『またそんな事言って、ニコル。そんなの分かんないじゃん、直接聞きに行く』
『待て、ラスティ。俺も一緒に確かめたい』
『イザークも、ちょっと・・・』
『ニコルだって軍に疑問を感じてるんだろう?パナマの頃から段々と色濃く』
『それは・・・』

イザークに言われてニコルは大きな瞳を揺らせた。 確かに、イザークの言うように自分もパナマで見た同胞の残虐性に驚き戸惑っていた。 例え敵だとしても心のままに憎しみをぶつけ、殺して良いわけじゃない。 殺すから、傷つき悲しみ憎むのだ。

今までは軍の思考そのままに動いてきたが、今はそれで良いのかよく分からない。 軍の最終目的も、クルーゼが何を考えているのかも、同胞が理性的な行動を取れなかった事も理解出来ずにいた。

『待て』

そんな中、の強い声が赤服達の発言を制止すると、
三人はピタリと止まりに身体を向き直し、上官の彼女へと姿勢を正す。

『ラウがする事だ・・・。理由があるに決まっている』

は誰を見る事無く言い放つが、それはが個人的にクルーゼを信頼出来るからだとイザークは思ったが、 凛としたの表情の欠片、眉を寄せる横顔にまだ紡ぎたい口を噤む。 こんな時の彼女には、何を言っても無駄だろうと何となく分かってきた。 胸が苦しくなるが相手がクルーゼの事なら、尚更だと言う事も。

『わたしがラウに確認する』

はそう言うとイザーク等に顔を見られないよう背を向けた。 彼が決定権を持つなんて無い。だって、彼は評議会議員ではない。 上層部の誰とつながっていると言う話だって聞いた事も無いし、 そもそもそうだとしたらクルーゼは自分にちゃんと伝えてくれる筈だろう。 今までだって、整備士をしている時から何もかもを自分に話してきてくれた相手なのだから。

『・・・いつもそうだ。お前は俺達とクルーゼ隊長と、どちらを選ぶんだ?』
『・・・は?』

そんな中、イザークはぽつりと言葉を噛み殺しては視線を床に落とす。
あんまりにも小さな声だったからの耳には届いていなかったが、隣にいたニコルは驚きに顔を上げた。

『イザーク、今何と・・・』
『いえ、隊長。何でも、ありません』

に視線も合わさず「失礼します」と、冷えた声でそう言うと、 イザークは重い足を無理矢理動かし廊下を歩き出し、 ニコルは慌ててイザークを追い思い出したかのようにへと振り返り一礼だけした。 それを確認したは諦めたかのように目を伏せて、覇気無く反対の方向へと向かった。

『― え?何?どうなってんの?』

アスランの想い人だとは聞いた事があるが、彼女にイザークやニコルが食いつく理由が分からない。 地球で時間を共にしている間に、彼等は自分が思う以上に仲良くなっていたようだとは伺えるが、 何処までなのか、どうしたのか、自分にはサッパリ理解出来ない。 ラスティはどちらも追う事が出来ず、ただ目をぱちくりとさせてその場に立ち尽くしていた。



『イザーク』
『何だっ・・・!』

廊下をカツカツとブーツを鳴らし歩くイザークの後ろを駆け足で追いかけるニコルに、 イザークは振り向く事無く声を張って答える。 チラリとプラチナブロンドの髪から覗く耳が赤くなっている所を見ると、 自分が聞いた事に悔しさ、または恥ずかしさを感じているのだろうか。 しかし、ニコルは追う速度を緩めなかった。イザークは何を気にする事があると言うのだ、だって。

『イザークが言わなかったら僕も、同じ事聞いてましたよ』

ニコルがそう言うと今度はイザークが廊下を歩く速度を緩め、訝しげに振り返る。 ニコルがそんな事を口にするなんて思わなく、正直驚いた。 人の事を想い、年下ながらいつも一番周りに気を使うニコルが、 自分と同じように利己的な事を思うなんてしない性格だと、そう思っていた。

『あの人にはクルーゼ隊長が絶対の存在だって、知ってる筈なのに・・・。 僕達の方が、ううん、僕達の方を、大事にしてくれてるんじゃないかって思ってました』
『ニコル・・・』
『羨ましいです。イザークは婚約者だから、距離が開いても僕より近い存在で』

笑顔を浮かべてはいるが寂しさを含んだ瞳で何処か遠くを見るニコルは小さく溜息を吐いて襟に手をかけた。 喉元が苦しいのは、襟のせいじゃない。胸が、苦しいからだ。

『・・・違う』

足をピタリと止めたイザークは、ニコルと真正面に向かい合う。 少し前ならこんな真似、こんな発言は絶対に出来なかった。 けれど今同じ想いを共感しているニコルへ、真摯に向き合わなければならない気がして。

『・・・変わらないさ、今となっては』

婚約者だなんて、もう名だけだ。いや、それすらも定かではない。 あんなに喜んでくれた指輪も今は何処にやってしまったのか分からない。 身に付けてくれていないと言う事は、何も言葉にしなくてもそれがきっと彼女の返事なのだろう。 婚約者と言う言葉があれだけ疎ましく思っていた頃だったら、薄れてく事にどんなに嬉しいと思った事か。

『・・・ふふ。いつから、僕達はこんなに我儘になってしまったんでしょうね』

ニコルは自己の気持ちを誤魔化す為か自分の前髪を一束だけとり、捻じるように触る。
そして拗ねた子供のように視線を投げ今はもう居ない影を思い描く。

『・・・愛されたいから、だろ・・・。俺もお前も、・・・あいつに』

ニコルはイザークからポツリと聞こえた声に顔を上げ見た事も無いイザークの哀した顔つきを見て、 イザークも自分と同じような事を思っているのかな、と思うと嬉しくもあり複雑に思った。 しかしきっと抱く気持ちは少し違うのだろう。彼の方が、きっともっと彼女を愛しているのだ。

『・・・そうかもしれませんね』

ニコルはイザークを見ると、大きく煌めいた瞳を優しく、優しく細めた。



クルーゼの指揮官室へと入ると殺風景な室内の手前に目を引く赤い髪の少女が立っていた。 その少女はを見た瞬間顔色に鮮やかな彩りを浮かべ駆け寄るが、 は優しく片手で制しクルーゼの座るデスクへと進んだ。

『ラウ』
『何だね?、落ち着きのない』
『ラウも同じように戦争を終わらせたいと思っている・・・のだろう?』
『どうした?急に。私達は互いに早くこんな事を終わらせようと決意を固め合ったじゃないか』

PCに向かって作業していたクルーゼは、 突然のの訪問と発言に答えを聞かなくても分かるっているような、そんな表情で鷹揚にかぶりをふる。

『・・・じゃあ何故パナマの戦闘結果や サイクロプスの連絡が軍全体に行き渡らなかった事をわたしに知らせなかった?』

デスクの前に立ち背筋の通ったの口から出た言葉は低く厚い。 しかしクルーゼは相変わらず涼しい態度で、 後ろに居たフレイの方が一歩引き、怯えるように事の筋を見ていた。

『知らせようとしたさ。けれど君が行方が不明になってしまったからな』
『サイクロプスが発動される事、オーブに居た兵士達は知らされなかったと聞いた』
『ただ伝達が遅れただけだろう。組織とは思い描いた通りにはならないものだ』
『でも、それで沢山の兵士が死んだ』
『何を言う。戦争に死者はつきものだろうに』
『そうではない!』

部屋の隅で聞いていたフレイはの張り上げられた声にビクリと肩を震わせた。 何の話をしているのか大体の想像はつくが、フレイ個人は 幾らザフトの制服を身に纏おうとも兵士では無く捕虜のようなものだ。 言い争う事に戸惑いを感じたが介入は出来ない。 揺れた瞳でクルーゼとを交互に見て、壁に背中をピタリとつけた。

『それでは駄目なんだ。その為に終わらせるんだ。だから私が"鬼神"で出るのだろう? 一対多数用のあれなら此方から出す兵力を大幅に削れる筈だ。 ラウがわたしに"鬼神"に乗れと言った理由はそれだろう?』

どちらの被害をも減らす。それが目的じゃないのか。 自分ならキラのように戦力を削ぐ戦いをしてみせる。それも、もっともっと上手に。 向かって来るのが敵だとしても、今までのようにただ殺すのではなくて、その時戦えなくすればそれで良いのだから。 彼らだって戦争が終わればもう兵器には乗らないと、そう思いたいとはぐっと握り拳を作り力を込めた。

『・・・確かに、終わらす為ではあるがね』
『え?』
『っ・・・!』
『ラウ!?』

がクルーゼの言葉を聞き返そうと身を向けた途端、クルーゼは突然顔を覆うようにして椅子から力無く倒れ込んだ。 それを見て理由を察したフレイが慌てて水を用意し、クルーゼはデスクの引き出しを震える手で開け、 其処に入っていた薬箱から何錠も掴み強引に水で流し込む。 何がどうしたのか分からないは息の荒くなったクルーゼに寄り、背中に手を当て様子を伺った。

『ラウ、大丈夫・・・?』
『私みたいな者の考えは、君には分からないよ』

呼吸の定まらないクルーゼの声はまるでいつもの艶っぽさがない。 まるで枯れてしまった喉から奮い起こすかのように出され、こんなに近くに居ても聞き取りにくい。

『私から離れたいなら、離れれば良い。君はもともと私の指揮下ではない』

跪いたままのクルーゼは、床につけた膝を見て呟いた。 唯一表情が見える口元すらゆるい金の髪に隠れた今、背中から感じる空気は孤独で儚く、見ている此方の心が冷たく痛くなる。
は背に当てた手を大きく回し、抱くように触れた。

『離れ・・・ない。わたしはラウの力になるって決めた』

こんなにも脆い彼を見た事は一度も無い。 自分が必要とされている意味がこんな生温い言葉をかける役割ではない事だって分かっている けれど、今の彼には必要な気がして。

『わたしは・・・。わたしはただ、言って欲しかったんだ。どう思っているのか、ちゃんと』

はもう一つの手で苦しむクルーゼの手を握る。冷たい手袋の中の手は自分の温かさで温度を上げてくれるだろうか。

『わたしが傍に居るから、何でも話してくれ。ラウは一人じゃないだろう?ラウにはわたしが居る』
『・・・一人じゃないだと?私が?』
『そうだ、わたしだってラウを必要としている。だから、頼む・・・』
・・・』

二人のやりとりを揺れる瞳で追っていたフレイはクルーゼを見て、息を呑んだ。
彼の事を知らない自分が余り聞いた事の無い声だったからそうなのかは分からないが、多分、驚いた声に思えた。