≫ 紅い色を落としても思い出す 消滅させようともぎ取った禁断の翼 (09.04.02)


『フレイ、こっちに』

シャトルの中、赤髪の地球軍兵士フレイはに呼ばれて隣の座席についた。 あれからフレイは帰還したを見て目を開き、 でも一瞬だけ喜んだような顔を見せた。 その表情には思わず心を打たれ、 こんな所に来ただけでも不安なのに更に不安にさせる事をしてしまったのだと気付いた。

『・・・あの女の子、さんにずっとべったりですね』
『フン、「が」隣に置いてるだけだろ』
『確かに、ザフトの軍服まで着させて、何を考えてるんでしょうか?』

二人は、あんな風に当たり前のように隣に座るフレイを見て、面白くない顔をする。 自分達とは違う宿舎に居たの隊長室には用が無い限り話しかけに行く理由も無い。

『休暇が貰えても、また距離が空いてしまう気になりますね・・・』

フン、と鼻を鳴らすイザークとは対照的に、ニコルは肩を落とした。



◆My love story◆



がアークエンジェルで時を過ごし宇宙へと戻っている間に、 世界の情勢は徐々に変わっていた。 がカーペンタリアに戻る途中、 オーブはオロゴノ諸共モルゲンレーテを中心として軍事機密と共に爆発し、 プラントではキラにフリーダムを託したラクス・クラインが反逆者として逃亡しているらしい。

ヴェサリウスに久々に帰還したはブリーフィング・ルームで経過である膨大な情報と、 クルーゼによって渡された極秘ディスクに記憶された資料に目を通しては溜息をついた。

椅子に深く腰掛けて天井を仰いだのは資料の量が多いからではない。 これくらいの量なら整備士の時から読み、仕事として当たり前にこなしてきた。 問題は内容だ。極秘に進められていたのか、 フリーダム、ジャスティスはザフトによって作られ、 アスランが言ったように禁じられた核起動型の機体だった。

二機は核使用の為に通常の4倍の機動力を持つ。 こんなものを開発してしまえば次の機体が出来上がるのも時間の問題だろう。 そもそも新型ゲイツが仕上がり、今度の戦闘に導入すると話が上がっていて、 地球軍のMSより遥かに性能の良い機体のゲイツを使用すれば圧倒する事間違いない。

フリーダムとジャスティスは核起動型の機体だが、 救いはまだこの情報が上層部のもであると言う事だ。 下部の者には知られてないだけマシと言うものだが、 情報が伝わるまでは長く無い筈で、こんな事ばかりで本当に頭が痛くなる。 はちらりと肩に留まるマイクロユニットの蝶を見た後、傍に立つイザークを見た。

『・・・休暇が無くなってしまってすまないな』
『い、いえ、隊長のせいでは・・・』

後ろに手を組み静かにの後姿を見ていたイザークは、 急に声をかけられた事に驚いたのか微かに掠れた声で答えた。 共に居ても交わす言葉は以前とは全く変わり、軍事内容が主で背筋を正さずにはいられない。 イザークはやっと慣れてきたの隊長服姿にしっかりとした視線を向ける。

プラントに戻ったクルーゼ隊は母艦の立ち寄り暫し休暇を与えられる予定だったが、 フリーダムに続いてエターナルまでもが盗まれ捜索中だった。 それを盗んだのは、地球の砂漠で会った隊長、バルトフェルド。 キラによって討たれたと思っていたがどうやら生還したらしく、 の胸に熱い気持ちが込上げPCモニターを見る目が細くなる。 そして思う、バルトフェルドがキラ達と同行しているのなら、 彼も思い描いている未来は自分と変わらないのだろう。



『そう言えば・・・パナマ攻略戦にグングニールを使ったそうだな。結果、どう思った?』

PCをパタリと閉じたはイザークの方へと振り向いた。 アークエンジェルに居た間ザフトはパナマで地球軍と交戦していて、 そこではザフトは「グングニール」を使用し圧勝を記したそうだ。 電圧素子を破壊する「グングニール」は電磁パルスを放射し、システムダウンを引き起こす。 対EMPシステムを搭載していなかった地球軍はたちまち動きを止めた事だろう。

『正直に話して貰いたい。「イザークは」どう思った?』

イザークはパナマの戦況を思い出し、眉を顰めた。 あの時、地球軍の戦闘機は墜落し戦車やMSは動かなくなりただ立ち尽くし、または倒れ伏した。 使い物にならない機体や砲台を後にした地球軍兵士達は投降してきたが、 ザフト軍は彼等を躊躇いも無く撃ち殺し、そんな事をした同胞達に正直驚いた。

それはアラスカの時にサイクロプスで同胞を討たれた悔いを晴らす為だったのか、 それともただ殺戮を好んでいただけか。 どちらにせよ陰惨な行為には変わりない。 交戦自体は自分の地位を見出せ、先頭に立って攻撃に参加していたイザークだったが その時を軸に戦場を離れようと機体を引き返させていた。 彼等のあの行動を見て、自分が抱いたものがそうさせた。

『・・・疑問が残りました。動けなくなったナチュラルを、アラスカの仇だと撃ち殺めていた同胞に・・・』
『そうか、ならイザークにも全て話そう』
『・・・にも?』

が椅子から立ち上がると肩に居た蝶もひらりと羽を広げの周りを飛び追いかけた。 アスランから貰った蝶を傍らに置いている事に面白くない顔していたイザークに、 自分の後ろをついて来るようとだけ声をかけ足早に廊下を進む。 自分の指輪は何処にやったのだと、 もやもやとした感情が胸をチクリと刺激したが、イザークは仕方ないと溜息を吐き足を動かした。



『これ、は?』

に案内されたのはヴェサリウスの格納庫だった。
メンテナンス・ベッドには見た事も無い機体があり、イザークはまじまじと見上げる。

さん・・・じゃない、隊長』
『ニコル、来ていたか』
『はい。時間通りでしょう?』

自分のリストウォッチを指さし、 キャットウォークから駆け寄って来たニコルはにこやかに距離を縮めた。 「時間通り」とはから呼ばれていたのだろう。 だから先程「イザークにも」と言ったのだと伺える。

ニコルはイザークと違って以前と然程変わらない態度でに接していた。 彼だっての豹変ぶりには勿論戸惑ったりしたのだろうが、 イザークよりも格段に切り替えが早いようだ。 イザークがニコルの年下とは思えない許容量の大きさに唸っていると、が口を開いた。

『あれは、わたしの機体だ』
『隊長の?』

の突然の言葉の意味にイザークは咄嗟に聞き返しニコルが口をぽかりと開けたが、 は機体を見上げたまま顔色一つ変えない。 反対にイザークやニコルが訝しげな顔をして機体に視線を戻すと、 PS装甲が施されているのが見て分かるように今はグレー一色で静かに佇んでいる。

『父が、わたしに残した・・・唯一のもの。
 Kaleidoscopic changes 
 Isagogics  
 Scalable technology   
 Infinite 
 Nuclear。
 ・・・新型OSを搭載した、ZGMF−X00−0A・KISIーN、・・・通称"鬼神"だ』

イザークとニコルは互いの眼を見合わせる。 当たり前のように其処にあるが、こんな機体の存在は聞いた事が無い。 淡々と紡がれる説明をしっかり留めようと耳を傾けた。

『ザフトの研究チームのG09/G10試験ゲイツよりも前に開発された機体だが "鬼神"の方が能力は遥かに上回っている。 動力源として核エンジンと、その稼動を実現する新装備、 「Nジャマーキャンセラー」を搭載している一対多数用の機体』
『・・・核!?』

は驚くイザークの言葉に頷いた。 目を通した資料によると、核エンジン、MHD発電のフリーダム、ジャスティスには "鬼神"と同じ部分が幾つかあった。 極秘の筈の"鬼神"のデータだったが、もしかしたら何処かで抜かれ使われているのだろうか。でも、

『心配無い。この設計に関してはわたし以外携わっている人間はもういない。 図面もデータも「血のバレンタイン」で全て失われた』

そう、「血のバレンタイン」で両親共々宇宙の塵になった筈だ。 極秘データだった鬼神の設計図は 父が肌身離さず持っていたリストウォッチに組み込まれたマイクロチップに記憶されていたのだから。 そしてこれらに関しては心配する事は無い。 は鬼神の肩に刻まれたザフトのマークを睨むように見つめた。

『・・・どちらにせよ、"鬼神"には誰も乗れない。 これはわたしの指紋認証システム、更にパスワードロックがかけられている。 それに随時変形型OSを搭載しているから 能力を発揮する際は戦闘中でも書き換えを行う必要がある。 ただMSを操作するだけの常人が乗ったとて、何の脅威にもならないだろう』

"鬼神"を見て、イザークとニコルはごくりと息を呑んだ。
何故があんな簡単に機械関係全ての作業をこなし、 ジンを定められた以上の能力を巧みに発揮出来たのか更に理解した。 ただ彼女の能力が高いだけじゃなく、この"鬼神"と言う機体を動かす力を持っているのなら、 他の機体のOSを書き換えるのなんて容易い筈だ。



『イザーク・・・先程の、話』
『は、パナマ、・・・の?』
『そうだ』

呆然と機体を見上げた居たイザークに、は凛とした声で語りかける。 急では無かったものの、思い出すのに多少時間がかかった質問に、イザークはとっさに答えた。 はイザークと目を合わすと、ふっと寂しそうに眼を細め機体に視線を戻す。

『核によって死んだ両親を思ったら、核が搭載された機体なんて乗る気にはならなかった。 地球軍の核がユニウス・セブンを襲って、 自分はナチュラルと同じ事をしていたんだと、そう気付いた』

ニコルもイザークと同様に真剣に聞き入っていた。
彼女が過去の事を話す時は、いつも苦しそうな目をするのを知っていたから。

『・・・イザーク、今のお前のようにだ。だが、今度は自分がこの道を選んで乗る』

イザークはの言葉にハッとした。 パナマ攻略戦の時自分が思った事と、同じ事を彼女は既に感じていたのか、と。 だから最初から「戦争が嫌いだ」とずっとそう言い続けていたのだろう。 父母を、居場所を無くした彼女の忌み嫌うもの。 それなのに、自分がどんなに辛くても現状を変える為に身を投じて。

『こんな事、早く終わらせる為に』

はぐっと手を握り拳を作った。
今は何処かに居る彼等も、変らず願っている。殺されない未来は直ぐ其処だと、そう信じて。



『さて、イザークはラウの部隊だろう?もう此処は良い。戻れ』
『しかし・・・』

急に表情を硬く戻したは「話す事はこれ以上無い」、 と含まれたような声でイザークを振り返ったが、イザークは離れ難くを見る。 しかしはニコルの肩を叩いて歩き出した。

『私の部隊にはニコルとその他4人だけが配属されている』

そう言ったはニコルと共に格納庫内へと進んでいく。 イザークはその後姿に「俺は?」と聞きたいところだったが止めた。 一緒に戦いたいと言うだなんて、そんな情けない真似あるか。

『くそっ・・・!』

悔しさに似た感情をぶつけるようにガン、と手摺を殴った手の痛みは、微塵も感じなかった。



『イザーク、久しぶりだね』
『ラスティ』

あれからぼんやりと展望デッキで暗い宇宙を見ていたイザークに、 ラスティは片手を上げて段を上り駆け寄った。 以前この展望デッキで同じように星を見ていたアスランと重なって、 それを言ったらイザークが怒るだろうなと一人考え笑みが零れる。

『俺ヴェサリウスでさ、お前達が帰って来るのずっと待ってたんだよー。毎日暇で暇で』

一緒に居られたのは最初の任務の時だけだ。
アカデミーで共に過ごし仲の良い相手だと思っているだけに久々の再会は嬉しい。しかし。

『アスランにはびっくりしたな』
『・・・ああ。新型を奪って脱走したんだってな。アイツの事だ、何か理由があったんだろ』
『俺もそう思う。逃げ出すような奴じゃないもんな』

ラスティはあれだけ仲が良く通じ合えていたアスランが、 最新鋭のMSを奪って軍を脱走したと言う情報を半ば信じられないでいた。 イザークも同じだ。アスランはいつも信念を持って行動している。 だから彼等は何処かで感じていた。アスランはザフトの裏切り者じゃない、と。

『そう言えば。驚いたんだけどさ、ちゃんって凄い人だったんだな』
『士官学校での成績だろ?ニコルが調べてくれた』

イザークは溜息交じりに展望デッキの外を眺め答えるが、ラスティは首を横に振った。

『違うよ、あのちゃんの機体見たか?』
『"鬼神"か?』
『そうそう。で、その話知ってる?』
『・・・何かあったのか?』

正直、まだ何か秘めているのか、と思った。何も言わない彼女の過去は多過ぎる。 イザークの反応が芳しくないと分かったのかラスティは苦笑いを浮かべながら頭をかいた。

『あの特徴的な紅いMS、あの単独一機で一つの戦争に導入された軍は確実に殲滅出来るって。 彼女が居ればもう大丈夫だって、整備士達が騒いでたよ。 血のバレンタインの時を境に忽然と姿を眩ましたらしいけど・・・』

今更何を聞いてももう驚かない、しかし、

 地球軍の核がユニウス・セブンを襲って、
 自分はナチュラルと同じ事をしていたんだと、そう気付いた


イザークは先程述べられたの言葉を思い出し、 救いの言葉の一つもかけてやれば良かったと更に嘆息した。



『ラウ、入るぞ』

クルーゼの居る隊長室にノックをした後返事も待たず入ると、の胸はポスンと衝撃を感じた。 見ると赤い髪が印象的な、色の白い女の子がへとしがみ付いている。

『・・・フレイ』

あれからフレイ・アルスターはクルーゼに一任していた。 彼なら任せられるし、何より他のコーディネーターとともに居させるのは 彼女が怖がってならない。 捕虜ではない彼女は、誰かが一緒ではないと怯えて何をするか分からない。 本当は自分が面倒を見るべきなのは分かっているが今の自分はクルーゼ以上に部屋に居れず、 やむ負えずこの策を取った。

、何で私はあの人のところに居なきゃいけないの?』
『ごめん、でも彼なら安心だから』

フレイはクルーゼを指さし小さな声でに哀願した。 この子の所なら、誰も居なくたって良い、フレイはそう思っていた。 逃げたり、部屋から出たりだってしない。だからの傍にいさせて、と。

『わたしはやる事が山ほどあるし、これからは前線で戦わなければならない。 ・・・今はプラントにすら送ってあげられないけど、大丈夫、此処に居れば』

しかしはフレイの手を優しく取り、自分から離した。 こんな所で彼女に情を重ねれられては困る。 しかしフレイは後をついて服の裾をしっかりと握った。

。どうした?』

がフレイからクルーゼへと向かうと、クルーゼは椅子に腰かけながら頬杖をついた。

『このディスクに目を通した』

はクルーゼのデスクへとディスクを置く。 それは先程見せて貰ったフリーダム、ジャスティスの設計図だ。

『ああ、それか。・・・最後への、鍵』
『最後・・・これが、終わらせる為の・・・?』
『そうだ。もこんな戦争早く終わらせたいと言っていただろう。 此処にあったのではまだ扉は開かないが・・・・』

クルーゼは自分の前に置かれたディスクを手に取って目上に翳した。 この設計図が「最後への鍵」とはどう言う事だろう。 翳したディスクはただ機体データが入っているだけだが、 それ以上に何か遠いものがクルーゼには見えているのだろうか。 見えない彼の仮面の下の瞳には、一体何が見えているのか。

、どう言う事?』

が眉を顰めているとフレイがの腕に身を寄せた。 しかしフレイに聞かれてもも分からず、答える事が出来ない身に固唾を呑む。

『早く開けたいものだな、

しかし早く戦争が終わればそれに越したことは無い。 はクルーゼの言葉に頷くと、ディスクに視線を落とし切に願う。 これ一つあれば何か事が早く動くのなら、彼の言うように力になろう。 彼が間違った道を選んだ事は、今までだってただの一度も無かったのだから。

そんなの反応に満足したクルーゼはニヤリと笑い、ギュッとの腕を掴むフレイを見た。