≫ 信じてる 違う場所に立っていても、描くのは同じ未来だと (09.03.20)
目が覚めた時、またクストーの医務室かと思った。
◆My love story◆
『気が付いたみたいだね』
がまどろんだままの瞳をゆっくりと開けると、耳に穏やかな声が聞こえた。
誰の声かと思い周りを見渡すが、視点が定まらない。
それでも誰なのかとぼんやりとする目を細めて人影を定めようとした時、
知っている人物が椅子に腰かけているのが分かりハッとして身体を起こした。
『イッ・・・!』
は身を引き裂くような痛みを感じ無意識に身体を抱えたが、
抱えても覆いきれない痛みは身体の何処と断定しようがないほどに広い。
それまで我慢していた痛みが全て放出されたかのように熱く疼いていた。
『大丈夫?一週間も寝ていたよ。そんな身体で随分無理・・・してたんだね』
その人物はの肩に手をそっと置いて声をかける。
見上げると黒髪を靡かせた優しい風貌は柔らかい笑みを湛えていて、
その表情は以前砂漠で見た時よりもぐっと落ち着いていた。
『・・・キラ・・・さん・・・?』
キラがをベッドのバックボードに預け、小さく頷いた事では確信する。
やはり、あの時アラスカに居た新型MSに搭乗していたパイロットの声はキラで間違いなかった、と。
アスランが殺したと言っていたキラ、でも彼はの目の前に居る。
は胸に熱いものを感じ、心臓を握り締めるように手を当てた。
『ねぇ、この傷は、僕が負わせたもの・・・でしょ?』
『え?』
の言葉が詰まったのが分かったのか、
眉を下げて笑っていたキラはの包帯を上から下と順に見て笑顔を消した。
『僕が君の乗るディンに切りかかった時、アスランの君を呼ぶ声が聞こえたんだ。
何で君が此処に、・・・って思ったけど。君だってザフトの軍人なんだよね』
はちらりとキラが視線を寄せた先を見ると、パイロットスーツがハンガーに掛けられていた。
確か血に滲んでいた筈だったが、綺麗に洗ってくれたのだろう。
『・・・ごめんね』
キラは揺らめく目を細めてを見る。
キラの脳裏にもあの時アスランがを呼ぶ辛辣な声が、まだ鮮明に残っていた。
聞えただけで分かる。あんなに声を荒げたアスランを見るのは初めてで、
大事な彼の大事な人なんだろうと思った。
だからあの後、自分がディンに手をかけた事にも、
それまで戦って来て殺めた命にも同じように思う人達が居たって事に気づき、ずっと苛まれていた。
『キラ、さん』
しかしそれを遮ってくれるかのように、
は胸にあてていた手を震わせながらキラの手を、そっと握った。
『・・・私だって、貴方を傷つけようと・・・殺そうとした・・・。
貴方はアスランの、大事な友達なのに・・・。・・・ごめんなさい・・・』
キラの、顔に似合わず大きくて包容力のある手に、温かい血が通っている事での心は少しだけ軽くなった。
アスランも此処に居てキラが生きていると知ったら、共に喜んでくれる事だろう。
彼だって最初からキラを殺したくなんて、キラと戦いたくなんてなかったのだから。
『、僕ね』
キラはの手を握り返して、囁くように語りかけた。
その声があんまりにも優しくて、の眼を潤ませる。
『知り合いに、言われたんだ。それで守れたものも、沢山あっただろうって』
『・・・でも、そうじゃない。・・・違う・・・』
キラは笑ってくれるが、そうじゃない。は涙が零れないように掠れた声を出す。
守れたものもあったけれど、変らない事ばかりだ。
今一時守れても、犠牲を払っても、それが終わりには近づかなかった。
『うん。そうだね・・・、違うんだよ』
キラは深く頷いての顔を上げさせた。そして、目を合わせて。
『僕はもう敵じゃない』
優しく笑った。
『・・・キラさん・・・』
『僕はもう、敵じゃないんだ』
キラはもう一度言うと、の身体を支えてベッドに寝かせる。
横になると身体はまた疼き痛みを増したが、そんな事よりキラの手の温かさの方が何倍も強い。
誰かに優しく手を握られ寝るなんて、子供の頃以外に今まであっただろうか。
キラの温もりには涙で濡れた目を閉じた。
『士官学校で首席?』
『はい。あの後調べてみたんですけど、
さんは優秀な成績でアカデミーを卒業しているみたいです』
イザークとがアラスカのメインゲートへと出撃した後、ニコルは自室で調べ物をしていた。
軍隊となればその人物のデータが入っている資料が勿論あるわけで、
それを戦闘中で込み合っていた管理課からこっそりと拝借して見たらしいのだ。
イザークはニコルに見せられた資料を見て言葉を失った。
の成績と言えばあれだけ優秀だと謳われたアスランですら成せなかった全てにおいての首席を取っている。
MS戦・ナイフ戦・情報処理、射撃・爆薬処理、総合成績、それらは全て一位。
イザークはデータの順を追ってごくりと息を呑む。詳細に書かれたのは全て驚異的な数字だった。
『アカデミーに入るまでの記録はサッパリありませんでしたけどね』
『あいつが・・・?そんなに優秀なら耳に挟んだっておかしくないのにな』
『隠したかったんでしょうか。さんは自分の事を多く語りたがらないから』
ニコルはベンチに腰掛け溜息を吐く。
何も語らないは、まだ何か重い過去を持っているんじゃないかと、そんな気がする。
そしてそれが分からない限り、本当の彼女を理解する事が出来ないんじゃないか、とも。
『だから、は能力を活かして特殊部隊隊長なったのか?』
『守りたいと言ってくれたのは嬉しいけど、これじゃあ・・・』
イザークもニコルの隣に腰かけて深い溜息を吐いた。
そして背凭れに寄り掛かって天井の向こう、遠い遠い宇宙を見上げる。
『懐かしいな、宇宙が・・・』
『そうですね』
ガモフに居た頃、がまだ整備士でニヘラと笑っていた時間が懐かしい。
そしてこの現状を何処か疎ましく思う。
今までは軍の規律通りに動き命令通りに「守らなければ」「戦わなければ」と行動していたが、
こうやって腰かけている今、軍の命令を素直に受け入れられない。
イザークもニコルも、が変わった事で気付いた。きっかけだったんだ、それが。
戦争がだけじゃなく、世界の何もかもを変えてしまっているんだと。
『・・・キラ?』
二人の会話が落ち着いたのを見計らってか、ドアの向こうから覗き込むようにキラを呼ぶ少女が一人。
はパッとキラから手を離し身体を後退させる。
『ミリアリア』
『艦長が、彼女の様子を見て来てって・・・』
ミリアリアと呼ばれる少女はゆっくりと室内に入り、と目が合うとビクリと肩を震わせた。
― 宇宙の化の物 ―
はさっと目を逸らしてシーツへと集中した。
グランドホロー内で地球軍兵士が言った言葉が、表情が思い出され心臓がどくどくと音を立てる。
やはりコーディネーターというだけでナチュラルからは恐れられているのであろうか。
『もう大丈夫みたいだよ』
『そう。・・・貴女、食事とれる?』
『いえ、私は・・』
『栄養、とれるなら食べた方が良いわよ。・・・あの人の分と、用意してあるから・・・』
ミリアリアも視線を外してボソボソと話す。
どう対応して良いのか分からないのだろう、と思ったキラはの顔を覗き込んで明るい声をかけた。
『ザフトのね、兵士が居るんだ。彼はバスターに乗ってたんだけど、の知り合いだったりするかな』
『バスター?』
―ディアッカだ。
『会わせて下さい、彼に!駄目、ですか?』
は無意識にキラの腕を掴んだ。
『おいおい、いい加減さぁ・・・』
独房へと足を踏み入れると薄暗い角から聞き慣れた声が聞こえた。
の手の力が抜け、持っていた松葉杖がカラリと音を立てて床に落ちる。
―ディアッカ・・・ッ!!
『ちゃん!?』
聞えた声の主を確認しなくても咄嗟に出た名前に、
ディアッカ自身も驚いたがガバリと身体を起こし確認しようとする。
ずっと独房で考え事に浸っていたから幻聴でも聞こえたかと思ったくらいだ。
しかしこんなにはっきり聞こえる分けが無い。声の方向へ身体を向かせ、大きく眼を開いた。
『・・・ちゃん・・・!!』
幻聴でも、見えている姿が幻でも無い。
ディアッカは慌てているのが見てとれるほど、足をもたつかせながら急いで鉄柵まで駆け寄る。
『ちゃん、その傷、まだ治ってないんだ。大丈夫か!?痛くないか??』
『そんな事より、ディアッカこそっ。生きてたっ!良かった、良かった・・・!』
鉄柵越しにへと差し出したディアッカの手を、力が入るだけ強く握った。
バスター共々MIAと言われ捜索中のディアッカだったが、有力な情報はずっと入って来なかった。
でも簡単に諦められなかった。それで良かった。彼は、自分が倒れた後からずっと、ずっと此処で。
『良かった・・・!』
『・・・ほら、そんなに強く握ったら、傷口が開くよ』
力の限り握り締めるの身体は震えていて、
フッと笑みを漏らしたディアッカはの手を優しく包む。
見えるところ全てに包帯が巻かれている痛痛しいの身体は、
だいぶ無理をしてきたんだろう、と、経過を知らないディアッカでも分かり易く見てとれた。
それも全て抱くようにディアッカはの涙を溜める姿を慰めた。
『ちゃんも、捕虜として捕まったの?』
『いえ。私は色々あってキラさんに助けて貰ったんです』
それからは此処まで来た経緯を話した。
イザークとニコルは無事軍に居る事、
地球軍によってアラスカ基地に仕掛けられたサイクロプスが発動された事、
特務隊にアスランが転属した事、そしてキラと自分が出会った砂漠での日の事を。
『そ、か・・・』
それは大変だった、とディアッカは涙を溢すの頬を拭う。
目を赤らめる彼女はずっと色々な事を心に秘めて戦いをしていたのだろうか。
自分自身の過去の事も、アスランと「キラ」の事も、誰にも言えない辛さがあった筈だ。
そして、彼、「キラ」と友達のアスランも―。
そう思うとやアスランの苦悩が計り知れないものだと理解する。
そして、分かってしまった。
プラントを守りたいと戦っていた自分だったが、彼等の戦う目的と何かが確実に違っていたのだと。
『・・・なあ、俺らこれからどうなるの?』
の手をしっかりと握ったまま急に真面目な顔をして、ディアッカはキラへ問う。
自分達はこのまま"足つき"に留まる分けじゃない。
ザフトの軍人で捕虜なんだ、何処かで降ろされて査問にかけられる事は間違いないだろう。
そうなった場合、だけでも逃す方法を見つけたい。彼女が、束縛されるような事が無いように。
『・・・今、僕等はオーブへ向かってるんだ』
『え?何でオーブ?また引き返してるのかよ』
ディアッカの言葉に、キラも真剣な顔つきに変わった。
『サイクロプスの時に、アークエンジェルは地球軍から見放されちゃったみたいで、さ。
巻き込まれて全滅する筈だった。でも、此処の艦長の判断で逃げたんだ』
経過を話すキラの顔は悲しそうで、寂しそうで、でも清々しさを何処か匂わせる。
は思わず口を開いた。
『・・・それって、処罰されるんじゃないですか?』
キラはディアッカからに視線を落とし、微かな笑みを溢す。
『守る為には仕方なかったんだ』
『まもるため・・・』
『オーブは中立だから、きっと受け入れて貰えるよ』
はキラの言葉をただ繰り返す。
そう言ったキラは、やっぱり砂漠で会った時より大人びて見えて視線が逸らせない。
『・・・ちゃん。俺さ、』
『はい?』
ぽかりと口を開けてキラを見ていたが振り向くと手が痛くないように、
ディアッカは優しく握り直す。
『何で「ザフトで」戦っているのか、よく分からなくなってきたよ』
ディアッカは眉を下げてを見る。
言葉に詰まるその顔は珍しく困惑していて、上手く表現が探せていないのだろうと分かる。
きっと、自分が見て来た時も、見て来なかった今までも、
彼の心が変われる出来事が沢山あったんだろう。変わる事は、悪い事じゃない。むしろそれは、
『・・・それは、ディアッカにはディアッカの、大事なものが出来たからでしょう』
が言う事が的を得て驚いた。ディアッカは一度目を大きく開けて、直ぐに細める。
彼女が笑う顔を見ると、どうしてか此方まで笑顔になれた。
それから病室に戻ったは、キラの補助によりベッドに寝かしつけられた。
ふわりとしたベッドに身を預けるのは心地良く、
痛む傷を癒してくれるようでほっと息を吐いた。
『じゃあ、また顔出すから』
そう言ってキラが廊下へと出ようとした時。
『殺されない未来・・・』
ポツリとしたの声が聞こえた。
『え?』
キラは一瞬自分の耳を疑った。の声色ではあるが雰囲気が違う。
低いと言うか、厚みのあると言うか。
キラは振り向きの顔を見ると、彼女は見た事の無い表情で自分を見ていた。
『わたしは、殺されない未来を描いている』
瞳は鋭く、その顔つきからはの真摯な気持ちが伺える。
キラは気持ちを受け止めようとしっかりと振り向き直し、息を吸った。
『・・・君も?』
一拍置いたキラはドアに手をかけてそっと微笑む。
『僕もだ』
に想いが伝わるように、同じくらい真剣な瞳でキラは返す。
しん、と病室が静まり返っていたが、その静けさも不思議と違和感が無かった。
『僕はもう地球軍じゃない。ザフトに就く分けでもない。
戦いは別の場所にある。・・・、君は?』
『わたし、・・・は。わたしはザフトからは離れられない。
守りたい人があそこには居るから・・・。それに、』
クルーゼが戦争の終わらせ方を知っていると言っていた。
きっと彼だってキラと同じように思っているのだろう。
無意味なものだって、知っているんだ。だったら場所は違えども。
『うん。君なら、大丈夫だと信じてる』
の言葉を最後まで聞く前に、キラは頷いて続きが紡がれるのを制し、
は言葉を呑んだ。だって、それでもキラは優しく笑う。
違う道を選んでも、それがきっと間違った事だとしても、まるで自分を、この世の全てを許すように。
『初めてちゃんと話した相手なのに・・・、可笑しいけど、分かる気がするんだ・・・』
そう言ってキラは頬をかく。
真剣な顔をしていたと思っていたのに、突然照れくさそうに笑った顔にもつられて笑った。
大丈夫だと信じてる。同じ未来を描くなら、きっと。