≫ 長い道のりを隔て築き上げて来たのはこんなにも脆い絆 (09.03.17)
ナチュラルの国だからって、滅んで欲しい分けじゃない。
◆My love story◆
『もう俺達が行くほどでもない・・・ですね』
イザークの乗るデュエルとの乗るディンがメインゲートに辿り着いた頃、
既に数少ない敵艦が被弾し、沈没していくのが見えた。
湾の入り口ではザフトの潜水母艦が列を作り、封鎖ラインは逃れようとする全てに発砲する。
そろそろクルーゼがサイクロプスの被害を全艦に伝達している筈だ。
ザフト軍は攻撃を中止して後退する事だろう。
"足つき"がその場に居るのを確認出来たが、多々被弾していてわざわざ向かって行くまでも無いような状況だった。
「暫く、様子を見よう」
『・・・はい』
の言葉に、イザークは躊躇いがちに答えた。
"足つき"も因縁の相手で気になるところだったが、イザークは更に気になる事がある。
いきなり姿を消していきなり戻って来たかと思えばいきなり自分の上官になったの事だ。
余りにも唐突過ぎて受け入れるに難しい、とイザークはちらりと隣に居るディンを見た。
今まで格下だと思っていた相手には、敬語だって上手く使えない。
スピーカーから聞こえる声だって、耳にしてきたの声色と全然違う。
は少し抜けた女の子で、けれども有能な整備士だと、ずっとそう思っていたのに。
「イザーク」
『はい?』
「イザークは聞いたか?地球軍は此処の領域をサイクロ―・・・」
やはりいつもの彼女の声色じゃないとの声に耳を傾けたその時、キラリと後方から勢い良く何かが通り過ぎた。
『あれ、は?』
は目を疑った。見た事も無いMSが突如現れ、"足つき"の前へ飛び舞い、ぴたりと止まった。
太陽の光を一身に受けたそれは白い四肢に、ボディはグレイと青のツートンで、
六枚の翼を背に持ち頭部には四本のアンテナがある。
パッと見た処Xナンバーと似通った形状を持つが、フレームには共通するところが見えない。
「隊長。何ですか・・・、あれは?"足つき"を守ってる・・・」
イザークも見た事の無い機体に驚いたのか、慣れない敬語をぎこちなく使いながら通信を行ってきた。
Xナンバーと似通った新型と言う事は、地球軍のMSなのだろうか。
現に"足つき"を守っているのだから、そう考えた方がしっくりくる。
イザークとが見ていると新型MSは迫りくるミサイルを次々と撃ち落とし、
立ち向かう攻撃を易々と抑えた。何よりの眼を見張ったのは。
『あの機体・・・戦力だけを削いでいる・・・?』
新型は背にある翼の中から長い砲身が一対と両腰にマウントされた砲身、
右手に持たれたビームライフルを掲げ一斉に放った。
的確に狙われたそれはただ敵であるMSのグゥルを、武器を、カメラを破壊する。
新型は消して殺さなかった。火力も勿論凄いのだが、驚くべきはその射撃能力である。
<ザフト、連合、両軍に伝えます!>
突然、全周波を通した回線がスピーカーから聞こえてきた。
<両軍ともただちに戦闘を停止し、撤退して下さい!繰り返します―>
モニターに目を落とすと驚く事に、発信源は新型MSからだった。
しかし驚いたのはそれだけではない。声が、聞いた事のある声が聞こえたのだ。
『この、声は・・・?』
の胸がどくんと鳴り、身体から一気に血の気が引くのが分かった。この声は―。
『・・・キ、ラ・・・?』
『下手な脅しを・・・っ』
が呆然としている中、イザークは新型MSに襲いかかった。
まだ全てを聞かされていなかったイザークは此方をただ攪乱するだけのはったりだと思ったのだろう。
"足つき"を守っていると言う事は、敵の筈だ。
あのMSが言っているのはきっと、僚艦を守る為の出まかせだと。
「待て!イザーク!!」
の制止する声も聞かずにイザークはグゥルを駆り新型MSに向かって行った。
分けが分からないが"足つき"を守っているのなら敵なのだろう。
それなら撃ち落とすだけだとビームサーベルを引き抜き切りかかったその時、
ひらりと簡単に一撃をかわした新型はサーベルを引き抜きデュエルへと薙いだ。
―やられる、とイザークが思った次の瞬間、サーベルの刃はデュエルの両足だけを切り落とした。
『イザーク!!』
はぐらりとバランスを失ったデュエルへと向かい、咄嗟に受け止める。
ガタンと凄まじい衝撃が機体を走り、ニ機は擦れた音を響かせ海へ落ちかけたが、
更にもう一機近くを飛来していた味方のディンが二人を受け止めてくれた。
「ッ!?」
「大丈夫ですか!?」
『うっ・・・』
イザークとディンに乗った兵士が語りかけるも、
まだ深く傷跡を残す身体には酷な痛みでなかなか返答の声が出来ずは顔を歪め堪えた。
<早く、脱出しろ!>
イザークがモニターを見ると機体を高く上昇させた新型MSは、
もう一度周りに居る全軍に尚も呼びかけていた。
苦しそうに語りかける声を察するに、何も知らないイザークですらそれが嘘だとは認め難い。
それにに負担をかけてしまい、足を削がれた今、戦闘をするのは不可能だ。
「おい、・・・そこのディン。デュエルを頼む」
「はいっ!」
『は?』
スピーカーから痛痛しい声が聞こえてきたと思ったら、の微かな声だった。
イザークは眉を寄せてへと聞き返す。
「わたしはもう少し様子を見る。イザークは引け」
『隊長・・・』
「その機体では何も出来ない」
『しかし・・・』
「あれが言っている事は本当だ!引け!!」
の声だけしか聞こえなかったが、
スピーカーからは気迫の入った勢いまで伝わって来て、イザークはビクリと肩を震わせた。
こんな声、今まで何があろうと聞いた事が無い。
それにどうした事か、あの機体が言っている事が本当だと何故分かるのだろうか。
しかしディンの兵士もの声に驚いたのか、イザークが返答する前に機体を後退させ始め、
結局何一つ問う事が出来ないまま戦場を離脱せざるを得なかった。
イザークが去ったのを見送ると、はひらりとディンを翻して新型の近くまで寄った。
そして通信ボタンを押して、確かめるように声をかける。
『・・・「キラ」?』
声をかけた一瞬、新型MSの動きが止まった。
そして発信源が特定出来たのか此方を振り向く。
<君は・・・?>
少しだけ乱れた音声からは、やっぱり聞いた事のある声が入ってきた。
<もしかして・・・!?>
「キラ」がの存在に気付いた声を上げた時、
モニターに映るアラスカ基地内から強烈なエネルギー放射を確認した。
『サイクロプス起動!?』
アラスカ基地を中心に青白い円のようなものが段々と広がっていき、
基地付近にいたMSは瞬時に爆発し、建物は粉々に砕けて倒壊した。
それに気付いた両軍の兵士達は必死に爆心地から遠ざかろうとする。
まだ射程範囲内に居たも、サイクロプスから逃れようと
急いでフットペダルを踏み込んだがなかなか力が入らない。
先程の衝撃で痛みを負った身体からは血が噴き出しているのか
パイロットスーツが血に滲み、思うように動かない。
そうしている間に、広がる円は海まで達し、海面が水蒸気爆発を起こす。
大地が陥没し、今度は激しい爆発の炎が起こった。
爆風に足を取られ、逃げ切れないMSや戦艦が順を追って膨れ上がり蒸発した。
『くそっ・・・!』
サイクロプスの脅威は直ぐそこまで来ていると言うのに、力がどんどんと抜けていき、目までもが霞む。
「立ち上がったばかりなのに、こんな所で」と、気を立て直そうとそう思ったの機体の手を、
<掴まれ!>
そう言った「キラ」は半ば強引に引いた。
新型MSのスピードは通常のMSの速度を遥かに超え、重いGがかかる。
苦しい程の痛みを感じたが、サイクロプスからは逃れられる、と
はぐったりとした身体を預けるように、そのまま眼を閉じた。
『が戻らない・・・?』
珍しく声色が変わった上官を見て、イザークは驚いた。
しかし今はそれどころじゃないとしっかりと頷いて危機を知らせる。
先に引けと命令したのを最後にサイクロプスの発動以降、彼女の姿が見えない、と。
艦のレーダーを使っても、それらしき熱源は発見されず、やきもきと胸だけが詰まる。
『隊長!探しに行かせて下さい!!』
『・・・そうして貰いたいのは山々なんだがね、今は何処も混乱していて持ち場を離れられんのだよ』
クルーゼに言われてモニターを見れば、今まで緑茂る場所だった所は半径十キロに及ぶ巨大なクレーターが残る。
北海の冷水が渦を巻いて流れ込み、熱せられた大地に溶けて水蒸気が立ち上り、
その上空では七色のオーロラが煌めき、酷く綺麗だと思わせる。
クルーゼはイザークの肩を優しく叩いたあと、その場を後にした。
『くそっ・・・!!』
イザークは壁を思い切り殴りつけた。
と言う存在が、この前から徐々にこの手から擦り抜けていってしまう。
一体今、何処へ行って、何をしているんだ。先程のサイクロプスにやられてしまったのか。
いや、サイクロプスにやられたなんて、あの優秀なパイロットの彼女は無いと思う。
それならまた以前のように何処かで任務をこなしているのか。
前なら何をしているのか簡単に聞けたのに、今は行動一つ聞く事が叶わないなんて。
『何をしているんだ・・・お前は・・・』
能天気に笑ってくれたのはいつだったか。
自分の近くを歩いていたのは、そんなに前の話だったか。
抱きしめられる距離に居たのに今は全ての距離が果てしなく遠い。イザークは壁に凭れ大きく溜息を吐いた。
の自室へと連れて来られた地球軍の少女は、マイクロユニットの蝶を見ていた。
ひらりひらりと飛ぶそれに良く似たものを、彼女は知っている。
けれど、それを見ると愛おしいような、それでいて憎いような、
定まらない感情が胸を支配し整った眉を下げた。
『入るぞ』
『・・・ッ!』
少女は突然開いたドアに驚き、ソファに腰かけていた身体を強張らせた。
此処に居れば安全だと言った軍服を着た彼女が返って来たのかと身を固めるが、
ドアの向こうに立っていたのはあの時彼女と共に居たすらりとした仮面の男だった。
『おや、まだ泣いていたのかね』
少女の顔には幾筋もの涙の跡が残っていたが、
自分では気付かなかったらしくクルーゼに言われて逆らうように手で拭う。
そして恐怖を隠す為にクルーゼをキッと睨んだ。
その瞳はこんな所にきてしまった運命を呪うかのように色濃い。
『すまんがね、君を此処に連れて来たと言う少女の代わりに私が君を保護する』
『あの子は・・・?』
クルーゼに言われて少女は震えて出ない声を必死に音にした。
正直、あの彼女が自分を擁護してくれるなら此処に居ても少しは大丈夫かもしれないと思っていた。
あの時かけれられた声はとても優しく、安心出来るものだったから。
『出て、行ったんでしょ?さっきの場所に。帰って来るんでしょ?だって、危ないって知ってたもの・・・』
でも、この男が突然此処に来たと言う事は。
『もしかして、死んだの・・・?』
少しの希望が絶たれたかのように、少女が呆然とクルーゼに問う。
あの子は危険な場所だと知って、仲間と一緒に行こうとして、それで。
『嘘よ・・・』
少女は自分の記憶と重ね合わせた。
以前、そうやって死んでしまった人がいた。
強くて、優しくて、この戦場下で心が深く傷ついていった、あの人。
『・・・死んで貰っては困る』
少女の思考を遮るように、クルーゼは言葉を吐いた。その声は呟くようで力無い。
『彼女は私の最後の希望だ』
少女はハッと顔を上げた。彼も、あの彼女がとても大事なのだろうか。
見えない仮面の下の表情は分からないが、聞いている此方が分かるほど掠れた苦しそうな声を絞り出す。
そして驚いたのはもう一つ。仮面の男の声は、自分の父親の声に酷く似たとても優しい、そんな声だった。