≫ 立ち上がれ 祈るだけでは現実に対して余りにも無力だから (09.03.10)


沢山の要素があったのに、どれが君を泣かせていたのか今の俺には分からない。
けれど、願わくばもう一度前と同じように笑ってくれたら。



あれから、は一体何処に行ってしまっただろうかと、 イザークとニコルは互いに思っていても口には出来なかった。 荷物までしっかり整理して出て行ったの行動に見当もつかない。 手がかりの一つでもあれば互いの知恵を絞り合って探す事が出来た筈なのに。

でも「何処へ行ったのか、分からない」とは言いたくなかった。 あれだけ一緒に居たのに彼女がどう動くのか分からないなんてそんな事、認めたくなかったから。

『駄目だっ・・・!』

が作ってくれたソフトを搭載したデュエルの調整を行っていたイザークは、 集中出来ずにシートに深く腰掛けて溜息を溢した。 オペレーション・スピットブレイクは発動してしまい、もう時間が無いと言うのに、 個人的な思惑で気を散らしてはならない。 コクピットから見える、格納庫内の気合いの入った兵士や整備士達を見て、 たるんだ自分の気持ちをしっかりと立て直そうと姿勢を正しキーボードへと向かおうと手を出した、その時。 格納庫内を飛び回るマイクロ・ユニットの蝶を見つけ、イザークの手がピタリと止まった。



◆My love story◆



イザークはクレーンが地に着く前に飛び降りた。 マイクロ・ユニットを追った先に見えたシルエットは自分が探していた人物に余りにも似たものだった。 あの蝶が居たからと言ってあの人影が果たしてかどうか、そんなの分からない。 けれどが居てくれたら、そう思って慌ただしく動く人を避け、見失う前にと懸命に駆けた。

『やっぱり・・・!』

息を切らしたイザークの視線の先は、ブリーフィング・ルームがある。 大きな窓の向こうには、ひらりと飛ぶマイクロ・ユニットが部屋を飛び回り、 中心で立っていた人物の肩に留まる。間違いない。探していただ。 しかし、窓越しに置かれた観葉植物が邪魔で、よく顔が見えない。 戦略パネルを覗き見ているのだろうか、髪をかき上げた時にちらりと見えた顔は真剣だ。 そして、イザークはふと気付く。

の、つい先日まで光っていた指輪が、左手から消えているのを。

『あいつ・・・』

イザークの肩に力が込められた。 勝手に居なくなって、勝手に指輪を外して、 勝手に心配させて、何処まで自分を困らせれば気が済むのだ。 と、言うかアスランからの蝶は持っていて自分の指輪を外した事が一番許せない。 どうせ怒ったところでのほほんとした彼女に伝わるとは情けなくも思えないが、 憤りを感じている今、口に出さずには居られない。 言いたい事は山ほどあるが、取り敢えず最初は 「婚約者になったのだから今後の行動くらい教えろ」と、怒鳴りつけてやる。 の立場ってものをぶつけてやろう、と イザークはカツカツとブーツを鳴らし、乱暴にブリーフィング・ルームのドアを開けた。

『・・・っ!?』

勢いよくドアが開き、部屋中に乾いた音が響く。 が、イザークは開けた体勢を固めたまま動けなかった。 死角に居た為見えなかったがドアを開けた瞬間目の前に現れたのはラウ・ル・クルーゼ、自分の上官だ。 まさかの存在に動けなくなったイザークの口からは誤魔化しの言葉が出ない。

『イザークか、どうした?』
『し、失礼しました。隊長が居るとは思わず・・・』

イザークは慌てて敬礼をするとクルーゼは「構わんよ」と、気にも留めてないように笑って答える。 笑って流してくれてはいるが、この失態はのせいだ、 と責任転嫁したイザークはギロリと視線をに向けた。 隊長が此処を去ったら、これも付け加えた文句をとことん言ってやると、そう思って。 けれどイザークの身体は、更に硬直する。

『お前、・・・・・・だよ、な・・・?』

目の前に居るのは間違いなく探していた彼女だ。 瞳も、髪も、肩に留まった蝶も、 彼女の欠片すらも間違い無く脳裏に焼き付いていた、本人のものの筈だ。 けれど、思わず聞いてしまった。だって。

『何で、指揮官の制服・・・白服を・・・?』

イザークの言葉に、は何も答えなかった。 ちらりとイザークを見た後直ぐに伏せた瞳は冷たく、今まで見て来た彼女のものじゃない。

『調度良い、紹介しよう』

呆然としているイザークの心境が分かっているのか、 クルーゼはポン、とイザークの肩に手を置いての前へと歩ませる。 そして二人が向き合ったところで、にやりと笑って口を開く。

『彼女は、特殊部隊の隊長だ』
『隊長・・・だと?』

さらりと吐かれたクルーゼの言葉にイザークは眉を寄せてを見る。

『・・・宜しく』
『貴様、何を言ってるんだ?貴様は整備士だろう?』
『イザーク、彼女は君の上官だよ。口のきき方をわきまえたまえ』

クルーゼにそう言われては白服を纏う彼女に何も言えない。 渋々頷きつつイザークはをしっかりと見る。 初めて見るのに着こなせている白服は、意外だが何処か納得出来てしまう。 それは秘めたる威厳を露わにしたせいなのだろうか。 しかし問おうにも彼女は伏せた眼を合わせようともしない。 ついこの間まであんなに風に笑ってくれたのに、どうして。

『・・・イザーク』

見据えている先は床で、それ以上のものなんてには見えない筈だが、 彼女の瞳には何かが見えているようで痛みに耐えるかのような表情になる。

『わたしは、変わらなければならないんだ』
『・・・変、わる?』

何の事かと問えば、は視線を上げてイザークを見る。 鋭いとまで言えそうな眼差しはイザークを一歩後ろへと後ずさせた。 それはまるで今まで隠し通してきた気迫を一気に解放するかのようで、 押されたイザークはごくりと息を呑んだ。

『今までわたしは沢山の人が死ぬのをただ見て来た。そう、ただ見て来た。 でもそれじゃ駄目なんだ。機体をどんなに良い性能にしたって、 良いメカニックで居たって、駄目なんだ』

目の前で志を押し通し、最後まで自分が幸せになる事を思ってくれたゼルマン、 信念を貫き通したバルトフェルドとアイシャ。 身を犠牲にしてまで自分を守り、大事な旧友を討とうとしたアスラン。 そして、ただ守りたくて、いつか迎えるであろう穏やかな日を夢見て死んでいった沢山の兵士達。

『だから、これからは支援ではなく、自分が前線に出て守る』

今は亡き彼等への弔い、そしてこれから生き抜く同胞の為に、共に闘うクルーゼが居れば。

そんなに、イザークはもう何も言えない。 立ち上がる理由は誰も同じ思いを持ち同じ願いを描いているからで、 それは自分だって同じだから。ニコルやアスラン、ディアッカだって同じだ。 戦う理由はいつだって一つ。「守りたかったから」

『さぁ、出撃だぞ。
『・・・分かった』

クルーゼに声をかけられたは、また目を伏せると床へ視線を戻した。
そしてイザークの横を通り過ぎ、躊躇いもなくドアを閉める。

・・・!』

イザークはパタリと閉まるドアの音を聞いたあと、絞るような声を漏らした。



北極の大地には宇宙から強襲用カプセルが次々に投下されていた。 上空で弾けるようにして現れたのは多数のジンとジグー。 更には輸送機、潜水母艦からはディンが飛び立ち、海をグーンやゾノが潜行する。 陸では攻撃を始めたトーチカにザウートが迫り、バクゥが俊敏にそれを援護していた。

ユーコン川の上を低空飛行で進んでいたとクルーゼのディンは、 "JOSH−A"のゲートへ近づくと護りの砲座をいとも簡単に潰し、入口のある滝に侵入する。 MSのスラスターを吹かし通路を進めば、グランドホローへとすんなり辿り着いた。 そう、すんなりと。内部を守るガーディアンがほとんど居なかったからだ。

『どうしてこんなにも兵士が居ないんだ?此処は本部、だろう?』
『・・・さぁ、恐れをなして逃げたかもしれんな』

例え選んだルートが侵入しやすい経路だったとしてもこれはどうした事か、 とは周りを伺いながらディンを降りるがやはり守人は居ない。 本部なら最後の最後まで抵抗するのではないか。 こんな簡単に、攻められて間もないのに投げ出すだろうか。 同じくディンから降りたクルーゼを見ても顔色一つ変えずに疑問は深まるばかりだ。

、君はこの先から来るナチュラルを引き止めていてくれないか。私はこれからやる事がある』

これから先は管制室だ。其処にこそ人が護衛の者が居るのではないかと思うが、 クルーゼはの返答も聞かずに走り出した。 クルーゼの足音が聞こえる以外はしん、と静まり返っているところを見ると、大丈夫だと思うが。 は拳銃の弾がしっかりと入っているのを確認すると廊下の壁に身を潜めてその場を預かった。



「―ザフト兵だ!」
「侵入されているぞ!!」

近づく足音に気配を感じてが身を屈めた瞬間、銃声が響く。 顔を上げると決して広いとは言えない廊下の向こうに人影が見えた。 まだ僅かに残っていた兵士だろうか。 此方に銃口を向ける手は震えながら後退する様は、恐怖におののいた表情を浮かべている。

「こっちへ来るな・・・っ!!」

あれだけ震えた手ではきっと当たる事など無いだろうとが立ち上がれば、 兵士は声にならない声を出し、発砲した。 しかしが思った通り、震えた手で照準が合わないのだろう。 掠るどころか明後日の方向ばかりを捉える。

『・・・止めろ。それでは当たらない』
「う・・・わぁっ・・・」

まるで定まらない視線で、兵士は発砲を繰り返す。
が、トリガーを引く音はカチリとした簡易な音に変わり、弾が切れたと知らしてくれた。

「こ、殺さないでくれっ・・・。頼むっ」
『分かった。だから落ち着け』

腰を抜かしたのか兵士はペタリと床に座り込んだまま動けない身体を仰け反らせ懇願し始めた。 は優しい声で宥めながらゆっくりと足を進めて歩み寄る。 戦意の無い相手など、誰が殺すものか。

『ほら、此処は危険だ。早く立って逃げろ』

は兵士へ手を差し出した。 立ち上がれないのなら、この手を取って立ち上がって貰うしかない。 しかし兵士はなおも身体を後退させようと自力で踏ん張る。

『このまま此処で留まれば、死ぬぞ』
「・・・け、物」
『は?』
「・・・宇宙の、化け物・・・」

― 宇宙の化け物 ―

兵士の言葉には身体を凍りつかせた。 少しずつだが後去る兵士は言葉の通り、まるでこの世で一番醜いものでも見るかのような瞳でを見る。 そしてやっとの事で腰を上げて逃げようと身体を翻したその時。

乾いた銃声が響き渡った。
が動けずに兵士を見ていると、そのままくるりと身体を反転させ鈍い音を立てて倒れる。

『それを生み出したのはナチュラルどもだと言うのを知ってて言うのか』

兵士に発砲をしたのはクルーゼだった。 既に用が済んだのか退路へと移動を促すが、の足は地に根でも生やしてしまったかのように動かない。 こめかみを一撃、確実に貫かれ即死した兵士の瞳は何も見ていない筈なのに、 まだ恐怖に歪んでを見ているように思えた。

『何をしている。昔の君なら即座に撃ち殺していただろうに』
『わたしは・・・』



― きゃぁあ!!

が口を開いたと同時位に、廊下を甲高い声が木霊する。 ハッとした事で身体の自由を取り戻したが通路の向こうへ視線を向けると、 敵兵士が壁にすがるようにして此方を見ていた。

『女・・・の子・・・?』
、行くぞ』

逃げ遅れたのだろうか。たった一人、軍服を着た少女が泣いている。 赤い髪は色鮮やかで可愛い顔を涙で濡らす。年齢は、多分自分よりも幼い。 そんな子がどうしてこんな所に居るのかと驚いていると、 クルーゼがを更に急かした。しかし。

『すまない。彼女をほっておけない』
『待て。今私達は何をしている?戦争だぞ。君は敵までも救おうとするのかね?』
『戦う気の無い者はもう戦士ではない』

はクルーゼに構わず少女に歩み寄る。 彼女も先程の兵士と同じような瞳で自分を見ているのが分かったが、 はぐっと唇を噛んで胸の詰まる衝動をやり過した。 そして彼女の腰に手を回し、細い身体を担ぎ上げる。

『な・・・何するのよ!』
『煩い!死にたくなかったら大人しくしていろ!!』
『離してっ!!』
『いたっ・・・っ。ラウ、行くぞ』

少女はじたばたと動かせる場所全てを動かして抵抗する。 まだ治らないの傷口に響き、痛みにふらつく。 決して背が高いとは言い切れないの身体から落ちてしまいそうだが、 軽々と担ぎ上げた力は本物で、それくらいでは解放を許さなかった。

『・・・本当に、君には困ったものだ。しかし、良い拾いものかもしれん・・・』

クルーゼがにやりと笑った真意は分からない。
しかし今そんな事はどうでも良いとは駆け出す。

『離してよぉっ!!』
『―大丈夫。貴女を傷つけたいわけじゃないんです』
『え・・・?』

瞬間聞こえたの優しい声色に、 涙を沢山、それはもう溢れても足りないほどしたためた少女は驚いた顔をして、それきり口を噤んだ。



「―そうだ。
『何?』

アラスカ近海に待機しているクストーへ帰投する途中、 クルーゼが思い出したかのように通信を行ってきた。 コクピットに無理矢理連れ込んだ少女がの後ろでピクリと身体を強張らせる。

「本部の地下にはサイクロプスが仕掛けてある。作動したら半径十キロは溶鉱炉になるぞ」
『―は?それはもしかして・・・』

それ以上の言葉を口にしなかっただが、ぞくりと嫌な感覚が首筋を覆った。 サイクロプスはマイクロ波を放射し、更にはマイクロ波の強度を増加させ、 周囲一帯にマイクロ波加熱を生じさせるというものである。

起動されたサイクロプスの有効範囲内にいる生物は、 体内にある水分が急激に加熱・沸騰させられ、更に水蒸気が全身の皮膚を突き破って爆発し、 最終的には死に至らしめられる事となる。 加熱する水が無いとしても、ある程度は加熱され大気中水蒸気の輻射熱も発生する為、 搭載している燃料や弾薬が加熱されれば誘爆を起こし、 MS等の様な兵器を破壊する事も可能だ。

「そうだ。我々を誘き寄せ、戦力を奪う。そして地球軍本部施設の破棄を行う。 それが地球軍上層部の描いたシナリオだ」
『だからグランドホロー内に人が居なかった、と?』
「そうだ」
『直ぐ自軍に知らせなくては・・・っ』
「そうだな。それは私が責任を持ってしておこう」
『頼む、ラウ』

はぐっとレバーを握り締めた。 地球軍は核だけじゃなくサイクロプスまで使用するだなんて。 こうやって大陸を望めば自軍の護衛だって居るのに。 彼等はまだ本部を守ろうと自らを差し出してまで戦闘をしているじゃないか。

『・・・何なんだっ。地球軍は・・・っ!!』

は辛辣な声を吐いてコンソールを思いっきり叩きつけると、 その音に少女が肩を震わせたのか息をひゅっと吸い込むのが聞こえた。

『・・・君の事じゃない・・・』

後部からの気配を感じたは目を深く瞑ったまま小さく呟く。

そう、彼女は何も悪くない。 寧ろあそこに居てはサイクロプスの犠牲になっていた不憫な軍人の一人だ。 此方の思いだけで責めるような言い方をしてはならない。

『・・・君の、事じゃないんだ・・・』

は再度声をかけた。 少女はどんな顔をしていたか分からない。 だけれども、少しでも自分を見た恐怖の残る表情を変えてくれれば、とそう思った。

『・・・私は、これからどうなるの?』

暫しの沈黙の後、少女は自ら口を開いた。
はヘルメットのバイザーを上げて、ちらりと後ろを見やると怯えた瞳が視界に入った。

『お願い・・・。何処かで・・・降ろして』

は身を返して少女へと振り向く。 声を震わせる彼女に敵意の無い事が分かるだろうか。 少しでも落ち着かせようと静かに、ゆっくりと話しかけた。

『わたしもそう考えていた。基地外の何処か安全な場所で解放しようと。 しかしサイクロプスが発動するなら距離を取らなければならない』
『じゃあ何処か遠くへ・・・』
『今からは無理だ、時間が無い。それにわたしは任務の為に母艦へ帰らなければならない』
『私、も?』

は頷く事を忘れ黙り込んだ。 こんな少女がこのままサイクロプスの被害にあうのを見逃しておけない。 何処かで降ろす事は今は無理だが、 地球軍と言えど捕虜として連れ帰ればそれなりの擁護があるだろう。 戦局が落ち着いた時期を見て、近くの街にでも解放すれば良い。 ただ、彼女が自分を見て怯える様を見るとコーディネーターばかりの 艦に連れ帰って大丈夫だろうかと不安が過る。

『死にたくなければついて来い』

が、こう言うしかない。こんな言い方ずるいって分かってる。 命と引き換えにさせられて否定される事は無いと知って言うだなんて。 でも、地球軍だからと言ってこんな場所で仲間に騙されたまま死んで良いわけじゃないんだ。

『君を危険な目に合わせようってわけじゃない、だから』

あの時怪我を負った事で知っただろう。アスランが教えてくれただろう。
敵だから、殺せば良いんじゃない、と。

『わたしと一緒に。大丈夫だから』

は真摯な瞳で少女を見る。 簡単にこの思いが伝わるなんて思って無いが、少しでも安心させてあげたいから。

『・・・はい・・・』

まだ恐々とした表情は変わらないが、少女は小さく頷いた。



クストーへと着艦したディンの電源を落としたは、小さく溜息を吐いた。 コクピットが開き格納庫内の光が差し込む。 身体を起こしながらこれから起こる事を思うと、気が穏やかではいられない。 は隣のメンテナンス・ベッドに機体を預けたクルーゼがキャットウォークへ出たのを見ると 自分もシートから立ち上がった。

『立てるか?』

ディンのコクピットの奥で様子を伺っている少女へと声をかける。 しかしこのまま中から出ないんじゃないかと言うほど奥に背をつけ震えているところを見ると、 立てても動いてはくれそうにない。 どうしようかと天を仰いだその時、聞き慣れが声が格納庫内を反響する。

『隊長!』

赤いパイロットスーツに身を包んだ、イザークだ。

『イザーク、補給かね』
『はい。ゲート4を陥としました。今度は内部で暴れてきます』

勿論イザークも出撃しているこの作戦では、とは違うエリアを任されていた。 幾ら本部の者が居ないと言えど残っている戦力もあるわけで、 彼なりの力を入れて任務に当たっていたようだ。

『待てっ!イザーク』

は反射的に声を荒げた。中へ行くと言うのは、グランドホローへ向かって行くと言う事だろう。 まだザフトが内部に侵入していない今ならサイクロプスの発動には猶予があるだろうが、 いつ彼が危険に晒されるか分からない。だから止めなければ、と思った。

『・・・?』

イザークはがそこに居るとは思わなかったからか驚いた顔をして振り向いた。 が、名を呼んだそれ以上は何を返して良いやら、戸惑うように口籠らせる。

『ラウ、彼には何処か違う場所を』
『・・・そうだな』

の言葉にイザークを見てクルーゼはしばし考えたが、やがて口を開いた。

『"足つき"がいるせいかメインゲートがまだ破れずにいる。出来れば君にそちらを応援して貰いたい』

イザークの顔つきがぐっと変わった。もうストライクは居ないとはいえ、ずっと追ってきた艦だ。

『分かりました』
『イザーク、わたしも行く』
『お前・・・も?』

デュエルへと向かおうとしたイザークへ、が声をかける。 クルーゼの手前何と言い返して良いのか考えているのだろうか、ちらりと上官を見て言葉を待つと 頷いたクルーゼはの肩に手を置いた。

が居れば更に安心だ。頼むぞ』

はクルーゼに返事を返すとディンの中へと一度屈みこむ。 そして思いついたかのように振り返り「10分後に出発だ」とだけイザークに伝えた。 イザークは目を逸らしてへと慣れない敬礼をしてキャットウォークを歩き出し、 愛機へと向かった。



『さあ、』

イザークを見送ったはディンの中で震えている少女へ手を差し出す。 少女は恐る恐るの手を取り立ちあがったが相変わらず震える瞳を此方に向け、芳しい反応は無い。

『君はわたしの部屋でゆっくりしていてくれれば良い。あそこなら安全だから。 ・・・そうだな、その恰好では目立つ。これを羽織れ』

そう言うとは上着を脱いで少女の肩にかけ、優しく抱いて艦内を歩く。 いきなり敵地に連れて来られてたら、確かにそうかもしれない。 軍服を着ているが戦争に慣れていなさそうな、こんな子にとっては。

『この中のものは好きに使うと良い。飲食物はあそこで、バス・トイレはあっちだ』

部屋に辿り着くとは少女を中に入れ、 簡易な説明をさっとするとその場から立ち去ろうとドアへ向かった。 きっと此処に共に居ても気を殺ぐだけだろう。 コーディネーターの自分と居るよりも、一人の方がまだ楽かもしれない。

『・・・んで?』
『は?』

がドアを閉めようとした時、微かながら声が聞こえてきた。 振り向くと少女が精一杯自分の身体を抱きしめ震えを押さえながら此方を見ている。

『何で、・・・優しくするの?貴女、敵のコーディネーターなのに・・・』

少女は、今にも泣きそうだ。 は向き直して彼女をしっかりと見据える。そして、

『わたしは、君の敵じゃない』

それだけ言ってドアを閉めた。今しているのはナチュラルとコーディネーターの戦争で、 その一番戦禍が集中している場所に居る自分が言うのは 気休めのうちにしかならないけれど、それでも自分はただ殺し合いをしに来た分けじゃない事が 少女に伝われば良いと、そう思って。



『・・・、さん?』

が部屋を出た廊下で、不意に声がかけられた。

『ニコル・・・』
『僕、補給ついでに帰ってきたらクルーゼ隊長から休憩を貰って・・・ラウンジへ・・・』

それは驚いた顔をしていたニコルの、たどたどしい話し方。 姿をくらまし暫く会っていなかったが、突然現れたと思ったら隊長服を纏っていたと言う話は イザークから聞いていた。 けれど自分の目でそれを確認してなかったニコルは信じられない気持ちのままだった。

『・・・もう、怪我は平気なんですか?』

医者が言うには、まだ痛む筈の傷だ。 彼女は下手したら傷口が開いてしまうかもしれない、そんな傷を残している。 守りたいからと意思を固めたの事を考えると、 怪我を我慢してでも戦いに行く彼女を責める事なんて出来ないが、だからこそ心配だ。 ニコルは胸を押さえ、ぐっと込上げる思いを堪えた。

『悪いが、出撃の時間だ』
さんッ!!』

踵を返すの足がピタリ止まる。 いつも優しい声色のニコルの、こんな張り上げた声、聞いた事があっただろうか。

『立場が変わっても、僕達は、・・・変らず仲間ですよね?』

振り向かないの背中に問いかける。 見なくても、どんな顔をしているのか想像に容易い。 きっと見入ってしまいそうなほどの大きな瞳で真っ直ぐに此方を見ている事だろう。 は吸った息をすぅ、と吐いて顔が見えない程度に後ろの様子を伺う。

『・・・勿論じゃ、ないですか。ニコル』

むしろそう問いたいのは自分の方だ。 心配してくれる仲間に真実を話さず行動する自分を変わらず仲間であると 言ってくれる事は嬉しくて仕方ない。

『では、わたしは急ぐ』

小さく発したの声が、ニコルには聞えたのか。 ハッと顔を上げた、そんな気配が感じ取れた。