≫ 最後までついて行きますから未だ霞がかった終焉へと案内して下さい (09.03.03)


カーペンタリアの基地から見える天気はとても良く、青々とした空が眼に眩しいほどに綺麗だった。 イザークは始終ベッドの上に居るを気分転換がてら外へ誘おうと病室へ足を運んだ。

『おい、起きているか?』

二回ドアをノックして、声をかけるが返事が無い。 まだ寝ているのか、と静かに、そしてゆっくりとドアを開けると、其処には誰も居なかった。

『・・・?』

と繋がれていた筈の無数の管がベッドや床の上に落ちている。 無造作に散らばったそれらは医師が取ったらこんな事にはならない。なる訳が無い。 と、言う事は無理矢理取ったとしか考えられない。

あのがそんな事をするような人物には見えない。 でも、今ここに居ないのだからそう思う方が納得がいく。 けれど全治に時間がかかると言われていた満身創痍の身体は変わらないのだから、 ほおっておいたら危険な事になるのは間違いない。 イザークは急いで身を翻し病室を後にした。



◆My love story◆



『もう傷は大丈夫なのかね?』
『まぁ。痛いとさえ思わなければ』

イザークの探していた相手は、クルーゼの部屋に来ていた。 制服を肩にかけるくらいしか出来ないほど、体の至る所にグルグルと巻かれた包帯はまだ目に痛痛しいが、 当の本人はすっきりとした顔をしながら部屋にある観葉植物の葉を触っていて、 滑らかな身体の動きは包帯を巻くほど重傷なのかと思わせた。

『また、無理をする子だ・・・』

容態を医師から聞いていたクルーゼは溜息交じりに席を立つとデスクの横を通ってへと近づき、 頭に巻かれた包帯を眺め見て、撫ぜる。それでもきょとんとしたの顔に仕方ない、と口の端を上げて笑った。

『良いの。ラウがこっちに来たって聞いたのに、寝てなんていられない。で、次の作戦は決まったの?』

心配をされても淡泊に返すの瞳は真剣だ。
クルーゼは撫でた手を放し、次の言葉を待つに窓の外を見るよう指さした。

『ああ。此処から見えるだろう?オペレーション・スピットブレイクの準備は着々と進んでいる』

指の先を追うと、窓の外では輸送機が忙しなく空を駆り、 滑走路についた順に格納庫へと進んでいく様子が見えた。 それを追うと、輸送機からザウートやジン等のMSが現れる。 クルーゼ曰く、地球のザフト軍基地各地から、 または宇宙から膨大な戦力が此処、カーペンタリア基地に集まっているらしい。 が流石今回の作戦は違う、と窓の外を見ながら呆気にとられていると、クルーゼはの耳元へ寄った。

『実は、目標はパナマではないのだよ』
『え?』
『アラスカ、"JOSH−A"だ』
『"JOSH−A"・・・!?』

さらりと言われた場所を口にしながらは眉を寄せてクルーゼを見上げる。 スピットブレイクはパナマだと、随分と前から評議していたと聞いた。 地球軍のマスドライバーを奪う事が目的だとザフト全体に指揮が出ていた筈だ。 本当に"JOSH−A"なのかと確認しようとするが、先を読んだクルーゼは確認すら無駄だとばかりに首を横に振る。 そして地球軍がパナマに守備群を集結している隙にアラスカ地球軍本部を叩くつもりなのだ、と付け加えた。

『まだこの情報は極秘でね、一部にしか知らされていない。だから誰にも言ってはならないよ』
『ラウ、でも、それって―』
『卑怯、とでも言うつもりかね。、それが戦争なのだよ?』

やはりクルーゼは言葉の先を読む。は見上げた顔つきにごくりと息を呑んだ。 どうしてか、こんなに近くに居るのにクルーゼの仮面の下から覗く表情が、には分からない。 先程と変わらず口元に笑みを湛えたままだが、普通はこんな作戦を笑いながら言うだろうか。 は胸のもやを隠すようにクルーゼの制服の裾を引き、眉を寄せて問う。

『マスドライバーを奪って、プラントが地球からの支配圏を逃れるのが最終目標の筈じゃないの?』
『そうだ。だがしかしそれで戦争は終わらないだろう?マスドライバーを奪ったとて段階の話だ』

確かに、そうだ。の肩は一瞬だけ震えクルーゼの言葉に何も言い返せなかった。 ストライクを討ったとしても、"足つき"を落としたとしても、戦争自体は終わらない。 それは自分が実感したばかりで、十分過ぎるほど分かっているが、でも ―

、君はこれからのプラントをユニウス・セブンのように、 プラントに住む同胞達をご両親のようにしても良いのかね?』

ドクン、との胸が高鳴った。

思い出されるあの日の光景。 眩しいほどの光が射した後、宇宙の塵屑になった、ユニウス・セブン。 もう随分前のように思えるけれど、この目に残った残像は今でもはっきりと焼き付いている。

『駄目、駄目だ!だからわたしは守る為に・・・』
『守る為に戦う、と?』
『そうだ!』

勢い良く言葉を吐いたを窘めるようにクルーゼは腰に手を当てて一息ついた。
そして穏やかな笑みを覗かせながら、窓の外を見やる。



『だから戦いは終わらないのだよ、



クルーゼが言い切った瞬間、輸送機が音を立てて基地の上空を通り過ぎた。
轟音が唸り震動が傷口にまで響く。

『攻めてくるものが居る限り、プラントはいつも危険に晒される。 一度開発したXナンバーの資料が地球軍の手にあるのなら、 奴等は次もまた新たな兵器を抱えて攻めてくるぞ』

は口を噤んだ。クルーゼが言う事は、いつも正しい。 地球にブルーコスモスのような過激勢力派が居ると言う事は、 いつまでもコーディネーター達は狙われ続けると言う事だ。 戦争を早期に、そして簡単に終わらせるには、やはり地球軍本部を叩き、根本的に変えていくしかないのか。 ただ、本部を叩いて最小限に戦争を終わらせられる作戦なら良いのだが。

、私は戦争の終わらせ方を知っている』

が考えている事が手に取るように分かるのか、艶やかな声でクルーゼは囁いた。
そして、背に手をあててもう一度窓の外を見るよう促すと、更に後ろから声をかける。

『戦争を終わらせる為に、君が必要なんだ。

クルーゼの声に、は振り返った。 もう何度も「必要」だと言われた言葉だが、今の顔は驚いた表情をしていたように自分でも思う。 だって、自分が逃げていた事を知っているクルーゼの口から、まさかそんな言葉が出ると思わなかったから。

『終わらせる為に―?私が?』
『ああ。だからまた以前のように力を奮ってくれないか』
『・・・でも・・・』

以前のように力を奮うって事は、それは―。

『無理を言ってるのは分かっている。出来れば早いうちに答えが欲しいのだがね、君には焦って欲しくない』

ゆっくりとドアの方向へ向かうクルーゼは、が立ちつくして部屋の外を見ている後姿の様子を見る。 この質問の反応が無い事が当たり前だと分かっている彼は鷹揚に被りを振って。

『そうだ』

白い手袋越しにドアノブに手をかけ、今一度声をかける。
やはりその口元は何らかの意味を込めた笑みを湛えているようだ。

『「君の機体」はもうメンテナンスを終わらせているよ』

投げかけるように言ったクルーゼは、静かにドアを開けて部屋を後にした。
誰も居ない部屋の中。残されたは窓の外を見ていた。



『・・・終わらせる為に、か』

クルーゼの言葉が頭の中で木霊する。 自分の大事なものを守る為に戦うのも大事だ。 だけど、全てを守ると言う行為を、自分一人の手だけで行うなんて不可能だとも分かってる。

だったらどうすれば良いのか答えは探さなくても分かる筈だ。
今の自分には、自分の命に代えても守りたいものが山ほどある。
はひらりと肩に乗る蝶を見た後、左手の薬指にも視線を寄せた。

― ラウが終結を見せてくれるなら

何処までもついて行こう。 平和な誰もが笑える未来が近くに感じれる、その時まで。



アスランが居る部屋からもカーペンタリアの慌ただしい準備が見えていた。 目が覚めてからずっと何をするわけでもなく、 ぼんやりと眺めていた光景は変わる事無くそろそろ飽き飽きする。 大きく溜息をついて緑の眼を伏せようとした時、アスランの病室のドアが鳴った。

『入っても、良いですか?』
・・・!』

ドアが少しだけ開き、蝶のマイクロユニットがひらりと病室に入って来た。 アスランの前へと飛び寄り、膝の上へと舞い降りる。 その次に、の頭だけが中の様子を伺うようにひょっこりと現れた。 アスランはまさかの来客の登場と、その来客の身体のほとんどを覆う包帯に思わず声が裏返る。

『その傷は・・・!?大丈夫なのか??』
『アスランこそ。動かないで、そのままで』

アスランの事を考慮して手を出し静止しようとしてくれるだが、 動かないで、と言いたいのはこちらだって同じだ。 包帯をそこまで巻かなきゃならないのは、 あの日怪我をしたが流した血の量に比例しているのだろう。 負った怪我に胸が鈍い痛みを感じたが、はにっこり笑ってベッドの隣に立った。

『私の為にその身を犠牲にしようとしてくれたんですってね。有難う御座います』
『何言ってるんだ。それは俺のセリフだ。俺のせいで君だってこんな―』
『本当は、後悔してるんでしょう?』
『―え?』

アスランはの言葉に、ギクリと身体を強張らせた。 言葉だけじゃない、研ぎ澄まされた瞳が、一瞬だけ部屋の中を凍りつかせる。 「後悔」で思い当たる事は、ただ一つ。「キラ」の事。

『―じゃあ、おあいこって事で。恩を売り合うのは止めましょう。キリがなくなってしまいますから』

笑顔で話しかけてくるに、 今、本当は何も言っていなかったんじゃないだろうか、と聞こえた声に耳を疑った。 向けられている頬笑みはいつもと同じ、だと思う。だけど、どうしてかいつもより大人っぽい。 それは眩しいくらいに照らす日差しのせいなのか、それとも彼女に何か変化があったのか。

『そう、だな・・・。でも、ごめん。・・・有難う』
『いいえ。私がしたくてした事なんですから』

戦争に怪我や死はつきものだ、とは笑った。 アスランは戦争が嫌いだと言っていた彼女の、なんと割り切った答えなんだと思ったが、 少し雰囲気を変えた表情からは何も伺えない。 言葉をどう返して良いか分からず、ただ戸惑ってしまう。 アスランが目を泳がせていると、膝の上に居た蝶は主のもとへとまた羽ばたき、 それを追って、アスランは眉間に皺を寄せた。

『あれ?それ・・・は?』

蝶が宿った右肩に手を添えたの、左手に光る指輪を見てアスランはたどたどしい口調で問う。

『ああ、これですか?イザークがくれました。婚約はしないって言っていた彼が、 何を思ったか気を使ってくれたみたいで』

アスランが口をパクパクとさせて指をさす。 まさか気を使う程度で婚約なんか出来ないだろう、 と言いたいが彼女の見解が的を外れに外れ過ぎていてついきょとんとしてしまう。 親同士が決めたならまだしも、普通は何とも思って無い人と進んで婚約なんて。 と、言う事は考えなくたって答えは分かる。イザークはが好きなのだろう。そして、

『・・・イザークが、好きなのか?』
『まさか。互いにそんな気持ちありませんよ』
『は?』

アスランの口が大きく開いたまま塞がらない。 彼女は本気でイザークの思慮をそう思っているのだろうか、多分そうだ。 今までもいつだって恋愛と言うものに一歩及ばない彼女の思考に、アスランは目をぱちくりとさせられてきた。 それはきっとイザークだって同じだろう。 何においても敵対視されてきてイザークの存在を面倒だと思った事もあったが、 今では彼の気苦労が身近なものに感じる。 もしかしたらこれまでも彼女の近くに居た彼女を想う誰かだって同じくらいのジレンマを感じていたかもしれない。 誰もが大変だったんだろうな、と考えると同情とともに乾いた笑いが浮かぶ。

そして、にはもうこれでもかと言うほどハッキリとした言葉で言わないと分からないんだろうな、と思った。 伝わっていないと言う事はイザークがどう想ったか何となく想像出来る。

『でも、恋愛とかそう言うのじゃないけど、嬉しいものですね。 私みたいな者でも一緒に居ても良いと言って貰えたみたいで』

ほら、そうだ。彼女に恋愛感情が無いから、本気の言葉を、「好きだ」と言うのを躊躇ったのだろう。 の事だ、恋愛に発展させようってものなら丁寧に断られて終わる可能性だってあるんだ。 だったら、これが繋ぎとめる唯一の手段だって、イザークも思った筈だ。でも、

『・・・俺でも?』
『はい?』
『結婚するのは俺でも、良いのか?』

がイザークを本当はどう思っているのかは知らないが、 同じ「仲間」と言う位置に自分が居たとして、 イザークでOKが出るなら自分だって可能性はあるんじゃないか。

『アスラン、と?』

アスランの言葉に、は暫し考え込む。 今までそんな事、一度だって考えた事が無かったから言われてもピンと来ない。 そもそもイザークとの間柄だって何とも思っていなかったのだから、尚更だ。 そうだ。婚約者同士と言う話を良く理解しているのは寧ろアスランの方だろう。 だってアスランには―



『貴様にはクライン嬢が居るだろうが』



『イザーク』

いつの間に居たのだろうか。イザークがドアに寄り掛かりながら腕を組みツンと刺す言葉を吐いた。 アスランが呼んだ声にがそろりと振り返れば、呆れかえったイザークが皿のような眼でを見ている。 ただでさえ端正な顔から迫力を感じるのにアイス・ブルーの瞳は輪をかけ、 コツコツとブーツを鳴らして部屋の中に入って来るイザークに、は苦笑いで答えた。

しかし、をチラリと見た後、イザークの視線は先へと向かう。 そして、ベッドに居るアスランとイザークの眼が合い、暫し沈黙する。 イザークはアスランが帰って来てから何かと世話を焼いていたが、 アスランのこんな表情は初めて目にした。 ずっとの方がアスランに対して心を許しているのかと思っていたが、 の肩で揺れる蝶を見ればもっと早く気づいても可笑しくなかったと今は思う。 それとも、ずっと自分の気持ちを認めなかったツケが、此処に出たのか。

『アスラン、寝言は寝て言えよ』

アスランも、イザークのを想う感情に確信を持った。 思い返せばアカデミーの頃からイザークがあそこまで女の子に優しく、 厚く何かをしてやっていた事なんて無かったのに。 自分は、彼の仲間思いな所ばかりを見ていたのだ。 人付き合いが苦手なのは彼も同じだ。 けれど、自分よりも感情をはっきり表し人を助けれるイザークの長所であったから、 だから、そればかりが目に入って彼女に接するそれは恋心じゃないと思っていた。

『・・・別に寝言で言ったわけじゃない』

イザークとアスランは、互いに互いの気持ちを理解した。
「間違いない。コイツはを想っている」
二人は、真摯な瞳を交わし合う。

、勝手に病室を抜け出しては駄目だろう』

間をおいて、イザークが鋭い瞳でを見る。 イザークから少しでも離れようとしているのか、後ろへ引き気味のは、 冷たい気迫に首を傾げて明後日の方向へ視線を泳がせた。

『あれ・・・、やっぱりバレました?』
『バレない分けがないだろう。馬鹿め。 お前もまだ歩いてはならない身体なんだ。こんな所へ来るべきじゃない』

今にも殴りそうな勢いで、被さるようにイザークは説教を開始する。 あわわ、と何か言い返そうと口を開くが、今のイザークには何を言っても一喝されて終わってしまいそうだ。 だがは精いっぱい頭の中でこの状況から逃げられる言葉を探した。

『歩いてはならない・・・?』

そんな二人を見ながら、何度か瞬いたアスランがに問う。

『それなのに・・・わざわざ俺に、会いに来てくれたのか?』
『あ、はい。元気な顔が見たかったから』

さらりと答えられ、アスランは呆然とした顔しか出来なかった。そりゃそうだろう。 まさかそんな身体を押してまで自分に会いに来てくれただなんて思いもしなかったから。 見えるところがほぼ包帯で覆われているは、 アスランよりももっともっと重傷なのだ、そりゃそうだ、と改めて実感させたが、笑顔を絶やさず其処に居てくれる。 込上げる気持ちが抑えられそうになくて、アスランは満面の笑顔をに向けた。

『もう良いだろう!行くぞ!!』
『は、はい!!』

その時、声を荒げたイザークにの衣服の襟が掴まれ、肩にかけていた制服がずり落ちそうになる。 それでもお構い無しの力技で廊下へと引きずるイザークへ「痛い痛い」と言うだが 「ウロウロしている奴が何を言う」と冷たく返されるだけで終わった。 声が段々と遠ざかる中、アスランは開いたままのドアを見ていた。

『・・・ぷっ・・・』

突然、笑いが零れた。 のほほんとした笑顔で現れたに、自分へとライバル意識丸出しのイザーク。 きっと自分だって同じように一喜一憂していたんだろう。 今の一連の流れを思い返せば、一体何をやっていたんだかと自問してしまう。

そして、何処か嬉しく思う。 誰かを想えるのが自分だけじゃなく、自分の仲間もそうだったなんて。 戦争と言う時間の中、破壊と殺戮が交差する世界で人を愛せる時間を持てるなんてそれはとても貴重な事だ。 例えそれが同じ想い人だったとしても、構わない。 大事な仲間の、イザークのあんな顔が見れたのだから。

『それに、まだ大丈夫だ』

イザークが渡したと言う指輪はとても綺麗に光っていたけれど、 自分があげた肩に留まる蝶も同じくらいキラキラと陽の光を反射していた。 大事にしてくれるのなら、まだにとって自分達は同じ位置と言うわけだ。 婚約者と言う言葉だけで、全てが決まるわけでも無い。自分にとっての未来はまだ、明るい。

そして、これで良かったんだと思う。「キラ」を討った事、カガリを泣かせた事。 全て全て彼女がこうやって笑ってくれているのなら、それで良いんだ、と。 そう思おう。これで、良かったんだ、と。



『もう、本当にダメですからね!!』
『・・・すいません・・・』

ベッドの上で項垂れていたは、眉を下げて笑う医師によって再度様々な管を体に繋げられていた。 それを見ながら大きな瞳を吊り上げたニコルが、イザーク以上にくどくどと説教を続ける。 正直イザークほどの迫力が無いニコルの説教する顔は可愛らしい程度で、 は怒られながらも「女の子より可愛いかも」なんて呑気に考えていた。

さん!聞いてます!?』
『え?あ、はい!?』

クルーゼだけじゃなくニコルまで思考が読める特技でもあるのか、 が余所に思考を飛ばし真面目に聞いてないのを叱咤する。 そして大きな溜息をついて、やれやれと首を横に振った。

『ニコル。それくらいにしてやれ』

横で見ていたイザークは、廊下を歩く間中怒った事で気分がスッキリしていたのか、珍しくニコルを宥めた。 まだまだ言いたい事があったニコルだがイザークに言われ渋々頷く。 確かに思いつく限りの言葉は吐いた。 でも心配しているのは大事な仲間なんだから分かって貰いたいのに、と小さく洩らすが、 正直目の前でのほほんとしているに、どうしたら伝わるのか見当もつかない。



『そうだ。Xナンバーの調整、もう私じゃなくても大丈夫なようにしましたからね』
『え?』
『寝てるのもなんだったんで、ソフトを作ったんです。 ほら、何かと私が付いて回らなきゃならない機体なんて、面倒でしょ?』

今までお小言を言われていたくせに、 何も無かったかのようにあっけらかんと言うに二人は目を見合わせた。 Xナンバーと言う彼女しか調整出来ない機体があったから、今まで自分達はミッション全てを共に過ごしてきたわけで、 それが無くなってしまったらもう確実な繋がりが無くなってしまうと互いに感じたからだ。

此方はを大事な仲間だと認識し、必要だと思っているが、 軍は、クルーゼはをどう扱おうと思っているのだろうか。 彼女が居ないくても大丈夫なプログラムを持ってしまったら、 有能な彼女をもっと有効活用しようと考えるのではないだろうか。 そうだ、彼女のように能力のある者が一番事が運んでいる危険な地球で仕事をする必要は無い。 そもそもクルーゼと仲の良い間柄のなら「戦争が嫌いだ。プラントに戻りたい」と頼めば直ぐに帰れるのではないか。 そしたらもう一緒に行動する必要などないのでは、と思い―。



― いや、それよりも、今は。



『寝てろと言ったのに、また貴様はー!!』
『そうですよ、貴女って人は・・・!!』

肩を震わせたイザークとニコルが詰め寄る。にこの心配はいつになったら伝わるのか。

『だって・・・、何もしてないの、暇だったし・・・』
『うるさーい!!』
『あ、アハ・・・』

今は何を言っても駄目らしい。 はバックボードに張り付いて逃げられない状況ならせめて誤魔化そうと、乾いた笑いを浮かべた。