≫ 穢れたわたしがいつの間にか持っていた 抱えきれないほどの宝物 (09.02.24)


さんが目を覚ましました!』

そう言ったニコルがイザークの部屋のドアをこれでもかと言うほどの音を立てて開けた。
ベッドの上で天井を見ながら時折溜息をついていたイザークは勢いも手伝って飛び上がるように起き、 慌てて椅子に掛けてあった制服の上着を取ると着替え半ばで部屋を駆け出る。 先日のストライクとの戦闘で負った頭の傷がズキンと痛んだが、今そんな事はどうでも良い。 瞳の開いたの、その顔が見れれば、そう思って。



『・・・アレ?二人ともどうしたんですか?』

しかし心配も余所に、病室には余りにもすっきりとした顔をしたが 息を切らせている二人に目をぱちくりとさせた。 いつもだったら怒るところだと思う。 でも、顔色は悪かったが待ち詫びたのほほんとした顔が見れて、 イザークとニコルはやっと安堵の溜息を吐いた。



◆My love story◆



『夢を、見ていました』
『夢?』

イザークがソファに腰掛けニコルがグラスに水を注いで居るところに、がポツリと呟くように言葉を発した。 聞き取り辛いほど小さな声だった為、二人して声を合わせて聞き返す。 は順に二人へと視線を流すと、しっかりと頷いた。

『はい。昔の―、「血のバレンタイン」の頃の夢です』

昔話をこんな所で聞く事になると思わなかった二人は一瞬だけ身体を竦ませた。
感情的になったが口にしてしまったのをニコルが聞いた事はあるが、 辛そうな彼女にそれ以上聞く事は出来ないと思っていた。 イザークも同じだ。内容によっては、バツの悪そうな顔をしていたから。 だから、それを聞いたらまた、傷ついてしまうのではないかと。

『・・・私は研究所生活で、ずっと開発チームと共に生活していたの、前に話しましたよね。 私の周りには父親と、研究チームの大人達。 今のように年の近い子が近くに居るなんて環境無かった』

はシーツを見て回りをチラリとも見ない。
聞いて欲しいが口に出すのが怖いかのように、二人の相槌も待たず話し始めた。

『私には両親が全てでした。 いつも優しくて、大事にしてくれて、研究結果や戦闘結果を出すととても喜んでくれた。 だから戦場へ出て、MSに乗って沢山沢山戦った・・・』

いつもはっきりとした戦闘経験をはぐらかしてきたの、「沢山戦った」と言う発言を聞いても二人は疑問にも思わなかった。 なぜならアカデミーで訓練しただけではあんな戦い方出来ない、と、 訓練と実践の違いを身をもってい知っている二人は 何処かで引っ掛かっていた糸がほどけたかのように、すんなりと頷けたからだ。

『でも「血のバレンタイン」で二人を失って、もう戦う意味が無いと思っていたんです。 守るものの無い自分が何の為に戦うのか・・・。 今なら視野が狭かったとしか言えませんが、あの頃の私の世界は両親でしたから』

はちくりと腕に痛みを感じ、刺さっている針に目を向けた。
気付けば沢山の管が自分の体につなげられていたが、顔を上げて話し続けた。

『その時、帰る場所を失った自分に声をかけてくれたのが、ラウでした。 彼とは戦場で一緒に戦ったくらいの仲間だったんですけど、 何も無い私を「必要」だって言ってくれたんです。 だから、この人の役に立てるように生きようって決めて、・・・その時の夢を・・・』

ふっ、と笑みを漏らしイザークとニコルを見た。
言葉にするのをずっと怖いと思っていたが、言ってしまえば大した事が無い。

『あの日の事が、今の私には随分昔のように感じます』

それは此処に居る二人を含めて一緒に居てくれた仲間が居たからだ。
心を軽くしてくれる人が、こうやって居てくれたから。

『イザーク。私の整備士としての力がプラントに必要だと言ってくれたの嬉しかったです。 今までラウ以外にそんな事言ってくれた人、居なかったから。 ニコル。いつも気にかけてくれて有難う御座います。 貴方が私を心配して、私の眼を見て笑ってくれるから 「私」を見てくれてる人がいるって実感出来ました』

頬笑みを湛えるの視線に、二人はドキリと胸を鳴らした。
青褪めた顔はまだ心配する要素ではあったが、あんまりにも清々しい顔をしているから。

『・・・あの、アスランとディアッカは?』

そう言えば、とキョロキョロと周りを見回したは首を傾げてニコルに問う。
ニコルはイザークを見て、何か答えを求め、イザークが小さく頷くとやっと口を開いた。



『ディアッカが、MIA・・・?』
『はい。そうなんです』
『ああ。アスランはオーブに収容されていて、今この艦は引き取りに向かっている』

が怪我を負った二日後に戦闘へと繰り出したザラ隊は、思いもよらない戦果を出していた。 経過を聞くと、ディアッカがバスターごとMIAになってしまい、 アスランは傷を追いイージスを失ったがオーブに無事収容されているとの事だ。 それを話しているイザークも頭に怪我をし、ニコルは包帯を巻いた腕を捻ったと苦笑いをしていた。

『え?ちょ、ちょっと待って下さい。私、どれくらい眠っていたんでしょうか?』
『お前はそんな事、気にするな』
『でも・・・』
『そうですよ、休養して、話はそれからです』

自分の事ばかりを話してしまっていたと焦るにニコルが窘めるように肩に手をそっとおいた。
そしてそのままベッドのバックボードに身体を預けさせ優しい笑みを向ける。

『でも、ディアッカは・・・』
『大丈夫だ。俺達は伊達に赤を着ているわけじゃない』

尚も周りを気に掛けるに、イザークは強い声で答えた。
ディアッカも優秀なパイロットだ。そう簡単に死んだりしない、と。
は腑に落ちないながらも今の自分に出来る事ではないので、仕方なく頷いた。



『そうだ。さん。ストライクはアスランが討ってくれましたから』
『―え?』

話を変えてくれようとしたのか、ニコルは発した言葉にの身体が瞬時に固まった。
さらりと吐かれた言葉だが、まるで呪文をかけられて凍りつかされたかのように 指一本、まばたきすら出来ない。

『流石アスランです。さんの仇、しっかりと討ってくれましたね』

頷くところなのだろうがピクリとも動けない。
だって、仇を討った、と言う事はつまり彼が「キラ」が「死んだ」と言う事だ。

仇討の成功をニコルは笑ってくれるが、此処で笑顔を返して良いのか分からない。
ザフトに居て、彼等を追っていた自分たちは勝ったんだ。成功をしたんだ。

けれど、どうして笑顔を返す事を迷うのか。
「キラを討つ」と、それは自分がこの手でしようとしていた事じゃないか。

「キラ」が居なくなれば良いと、願ったのは自分だ。
だけど、「キラ」はアスランの友達で、優しそうに笑う人で、でも沢山の人を殺して―

違う 殺したのはアスランだ 
違う それも違う 



― 自分だって、「キラ」を殺そうとしていたんだ ―



『あ・・ああ・・・』

は頭を抱えて流れるような多大な言葉が駆け廻るのを止めようとした。
しかし手は震え視界が定まらない。

「キラ」はアスランの友達 
アスランは最初から討ちたくないと辛辣な顔をしてた

でも、私が討つと感情のままに言って

それをとても困った、そしてとても悲しそうな目で見て
私が討たれて ― 




だ か ら




『うあぁ・・・!!』

!!』
さん!?』

頭を抱えてうずくまったをイザークとニコルが心配して寄る。
しかし取り乱したの視界はそんな二人を余所に何かをじっと見ている。
どうして良いか分からない二人の手は、躊躇いを含みピタリと止まった。

『・・・わたしは、何を求めたんだろう・・・』

静かに声を発したは寄った二人を顧みない。
抱えた頭から手をゆっくりと放し、顔を上げた無表情の瞳にはきらりと一滴の涙。



敵だから、殺せば良いんじゃない。
自分も昔戦場に立って居て、人を殺して殺して、それで戦争が終わりに近づいたか。 悲しみが広がり憎しみが深まるばかりで、 広がり続ける戦禍は自分のような軍人だけじゃない者達まで今も脅かしている。

両親を失って、守るものが何一つ無くて、 だから戦場から離れて「戦い」そのものから眼を背けてたが、 眼を背けても、逃げても、時間が経っても何かが変わる事はなかった、 いや、簡単に変るわけがないんだ。

自分は何をした?何を願った?何を求めた? 
戦争が嫌いだ。だから、アスランが言ったように「守りたいもの」の為に、戦うんだろう?

自分の、

『―わたしの・・・守りたいもの・・・』



ゆっくりと瞬きをしたの瞳からどんどんと涙が流れたが、 拭く事もせずに顔を上げて心配そうに自分を見るイザークとニコルへ視線を寄せた。

『イザーク、ニコル・・・』

此処に、居てくれる人が居る。今の自分にはクルーゼだけじゃない。 死んでいった両親や戦いを共にした仲間の意思、同胞が住む世界。 それに黙って一緒にいてくれたイザーク、悩みながらも気遣ってくれたアスラン、 雰囲気を明るく変えてくれるディアッカや、いつも優しく笑ってくれるニコル。 ああ、いつの間に自分には、こんなにも守りたいものが出来たのだろう。

『・・・わたしは貴方達を、守りたい』

の胸まで刺さりそうな真剣な目に、イザークとニコルは息を呑んだ。 熱いものが瞳に込み上げて来て、この場合どう返したら涙を流さずいられるか、とニコルが言葉を迷っていると、 イザークは視線を逸らしそっぽを向いて盛大に溜息をつく。 心配してもやっぱり彼女らしい選択肢に辿り着いた事を、仕方ないと感じたようだ。

『俺達だってそうだからな』
『え?』
『俺達もお前を守りたいと思っている。現にアスランがそうしたように、心からな』

視線をに戻すイザークのプラチナ・ブロンドの髪がサラリと流れる。
しっかりとを見るイザークを見て、ニコルも感情を口にした。

『そうですよ。さんは、僕達の大事な大事な仲間なんですからね!』
『ニコル・・・』

ニコルの瞳には、今にも流れそうな涙が湛えられ瞬き一つで勢いよく流れだしてしまいそうだ。 気を抜かないようにとぐっと口を噤むが、の顔を見ていたら泣いてしまう。 ニコルは一歩引いて、ワザとらしく声を発した。

『そ、そうだ。僕、何か飲み物貰って来ます。 折角眼が覚めたのに水だけじゃ味気ないでしょう? 何が飲めるか医師に尋ねた方が良いのかな。ちょっと待ってて下さいね』

声が、少し裏返ったかもしれない。 けれどニコルはそんな事は構わないとばかりにとイザークの返答も待たず廊下へと駆け出る。 そして暫く足を進め誰も居ない廊下で一人、腰を下ろした。

『・・・良かったぁ・・・』

溜息にも似た声。そして脱力感に駆られた大きな瞳からはポロポロと涙が零れ始める。 ゆらゆら揺れる視界は何処を見るでもなく、ただ一つ、今見てた表情だけを思い浮かべた。 自分達を想い、泣いていた彼女。

― 本当はずっと、彼女を想って泣きたかったのかもしれない。

けれどそれをしてしまえば赤として、軍人としてして、ならない事だと思っていた。 そして、気丈に振舞う事で彼女が迎えてしまうかもしれない死の恐怖を忘れられたらとも。

『今なら、涙しても良いですよね・・・』

ニコルの右手は隠しきれない涙へと動く。
彼女が目覚めてくれた事、自分達を想ってくれた事、それが嬉しくて嬉しくて、今だけは素直に泣きたいと、そう思ったから。



ニコルが去った後、二人は暫し廊下へと視線をやっていた。 彼は気付かれていないと思っていただろうが、揺らめいていた瞳が近くにあって気付かないわけがない。 は満たされる気持ちで今は無い影を見ていた。

『そうだ』

眼を細めているにイザークが思いついた声を出し、動いた事で椅子がカタリと鳴る。

『出撃前に言っていた、良いものをくれてやろう』

そう言ったイザークは制服のポケットへと手を入れて何かを取り出した。 小箱に入ったそれを開いて、の前へと差し出す。 医務室の明るいライトと陽の光の両方に照らされた中身はキラリと光り、思わずは目を細めた。

『・・・これ、は?』
『見て分からんのか?指輪だ』
『えっと・・・、それは分かってるんですけど・・・』

ぽかりと口を開いたまま指をさすにに、イザークはのほほんとしやがって、と小さく舌打ちをした。 しかし相変わらず間の抜けた反応が嬉しい、と言う感情が込上げ、顔は徐々に頬笑んだ。 そして優しい手つきでの左手を取ると更にの眼が丸くなる。

『・・・お前は俺の婚約者・・・だろ?』

イザークは指輪を小箱から取り出し、するりとの薬指へと滑らせた。 が視線を落とすそれは、小さな赤い石の乗った可愛らしい指輪。 以前オーブで寄り道をしたディアッカが「にどうだ」とイザークに勧めたあの指輪だ。
確かにらしいデザインだと思ったイザークは、 こんな風に外を歩く事が暫くはまた無いかもしれないと買っておいた。 ただ、「一応」買っておいただけでまさか渡す事になるとは自分でも想定しておらず、 気恥ずかしさだけが顔に出てしまう。

『・・・でも、良いんですか?』

は左手を自分の目の前に翳し、まじまじと指輪を見た。 キラキラと光り輝くこんなに可愛いもの、自分には勿体無いくらいだ。 それに、これを受け取ると言う事はイザークの婚約者になると言う事だ。 あんなに自分との関係を嫌がっていた彼が覚悟を決めなければならない何かがあったのだろうか。 心変わりを確認する為にイザークへと問う。

『戦争が終わって、平和になったらイザークにも好きな人が出来たり、 エザリア様からもっと相応しい女の人を紹介されたりするんじゃ・・・』
『黙れ』

呆れ顔のイザークは、が話すのを溜息交じりに遮った。 まったく自分を卑下するにも度合いと言うものがあるのを、いい加減教えてやりたい。

、良いか?お前は俺の婚約者だ。出会ったあの時から』
『イザーク・・・だから、』
『それに、俺に好きな女なんか出来ない』
『そ、そんなの分からないじゃないですか』

分からないわけがないだろう。自分が好きなのは目の前に居るお前なのだから。 本当はそう言ってやりたいところだが、今の彼女に言ったとしてもきっと同情か何かだと思われて終わるのがオチだ。 恋愛感情があるなんて、どうせ分かって貰えない。だから言わない、今は。でも、

『出来ない』

それだけは断言しておこう。
今まで誰かを想った事が無い自分だが、を想う気持ちにはこんなにも確信があるのだから。

『お前は・・・嫌なのか?』

イザークの言葉に肩をビクリとさせただったが、嬉しさの余り声が出なくてブンブンと首を横に振った。 でも、どうしていつものように言葉が出ないのだろう、 どうしてイザークが優しい笑顔を向けてくれるのに、涙が流れてくるのだろう。

『また泣いたな。お前は本当にすぐ泣く女だ』

イザークは突き放したように鼻で笑うが、優しく柔らかくの頭を撫ぜる。そしてその手を背中に這わせて、しっかりと抱きしめた。 冷たそうだが本当は情に厚い。この手があんまりにも彼らしいから、は泣きながら笑った。



どうして泣いてしまうのか、分かった。 どうして笑ってしまうのか、分かった。
何も無い自分でも、此処に居て良いと言って貰えた気がしたんだ。