≫ 傷ついた手が放棄したものは、まだ見ぬ夢の世界 (09.02.20)
―わたしがしていた事は、ただ、復讐の連鎖だったのか―
◆My love story◆
「おや、こんな所に居たのかね。もう"それ"は見たくないのかと思ったよ」
機械音が反響する格納庫のメンテナンスベッドには傷の付いた機体が収容されていた。
紅く光るその機体はもう役目を終えたと言っているかのように静かに佇んでいる。
それと同じくらい力無く茫然と機体を見ている背中が一つ。
暫く機体の前に立ちつくし、一歩も動かないでいる事を不思議に思ったクルーゼは
ブーツを鳴らして歩み寄り優しく声をかけた。
しかし、その人物は声が聞こえても、隣にクルーゼが立ったとしても振り返らない。
ただただ一点、機体を眺める瞳からはとめどなく涙が流れていた。
「・・・見たくない。だが」
口を開いた人物の顔は何の色も示さない無表情だったけれども、涙だけは止まらずに湧き出てくる。
止まる事の無いそれは本人にはどうしようもなく、感情が先立つ今は拭う事すらしなかった。
「この機体の紅さはわたしが染め上げた血の紅さだから、見なければならない」
クルーゼがチラリと視線を横に投げると、強く握った拳が震えていた。
何を思ってい泣いているのか、クルーゼにはそれだけで分かった。
クルーゼは身体を寄せると、後ろから手を回して隣に居る人物の涙で濡れた目を覆う。
そして、耳元で小さく囁いた。
「・・・見なくていい」
「しかし」
「もう、見なくて良いのだよ」
クルーゼの声に、その人物は顔を上げた。
そしてクルーゼの手を掴み仮面の先に見えるだろう瞳に視線を寄せて、
我慢がきかなくなった顔を次第に苦痛に歪めた。
「・・・わたしはもう"これ"には乗れない」
手を掴んだままの人物は、クルーゼの手のひらに身を預けるように俯いた。
それは情けない顔を見られたくなかったからなのか、それとも行き場の無い思いを吐き出す為の手段だったのか。
「おや、では誰がこの機体に乗るのかね?誰もこの機体を動かす事なんて出来ないのに」
「・・・もう乗る理由が無いんだ。無くなった。・・・守りたいものは、もう居ない」
紅い機体はボディを洗浄されていてキラキラと飛沫が舞い飛び散る。
人を殺めてきたとは思えないほどに綺麗な色を輝かせている機体をその人物は見た。
「・・・わたしは一人だ・・・」
眉を寄せた涙に濡れた顔は酷く悲哀で、
クルーゼは優しく肩を抱いてその人物を引き寄せる。
「私は?」
「え?」
思わず聞こえた言葉に、間の抜けた声で反応すると
薄らと仮面から覗くクルーゼの口元は優しい笑みを湛えていた。
「私には君が必要だ。一人だなんて言わないでもらいたい。
MSに乗りたくないならもう乗らなくて良い。だが、君を傍におくのは良いだろう?」
「わっ・・・!」
クルーゼはその人物を更に引き寄せ大事に大事に抱きしめた。
抱きしめられた本人は突然の事で良く分からなく、ただ瞳を瞬かせるだけで、巧く言葉が出て来ない。
どうして良いか分からないと行き場の無い手をパタパタと動かしていると。
「この宇宙で私だけが君を必要としているのだから」
クルーゼがとても懇ろな声で囁いた。
余りに甘い言葉過ぎて(本当に?)と聞きたかったけれど、
詰まってしまった喉は言葉を紡ぐ事を許してくれなかった。
一度止まったと思った涙がまた流れ、クルーゼの制服を濡らしていく。
けれどそれを疎ましく思う事の無いクルーゼは、慈しむかのように少しだけ力を込めてその人物を抱く。
そんな事をされて、心が動かない訳が無い。
洩れる声を隠すように、クルーゼの胸に顔を押しつけ感情のままに泣いた。
誰かの胸で泣いたのは、これが初めてだったかもしれない。
・・・ねぇ、ラウ。この宇宙でラウだけって、それはもう違うって言っても良いよね。
今、私を必要って言ってくれる人達、見つけられたから。