≫ 嗚呼、誰か正しい答えを教えてくれないか (09.02.18)
― 戦争が終わったら、また何処か行こうな ―
― 本当ですか!?絶対、約束ですよ? ―
― ああ。絶対だ ―
そう言ったのはいつだったっけ?
そうだ、あれはまだ四ヵ月ほど前の話。
◆My love story◆
目が覚めた時は見慣れぬ船室のベッド上で、アスランが身体を起こすと至る所がズキンと痛んだ。
顔を顰めて視線を落とすと、左腕がしっかりと動かないように包帯と大きな布で固定されている。
骨折、したのだろうかとアスランはのっそりと首を傾げた。
『気が付いたか?』
ふと、緊迫した声が聞こえアスランが周りを見回すと、少し距離をとった少女が銃口を向けて立っていた。
だがアスランは驚く事無くただそれを見やる。
こんな状況でも直ぐ逃げ出そうとも考えられないほど頭がはっきりとしないのは、
痛み止めか何かを投薬されたからだろうか。
『此処はオーブの飛行艇の中だ。我々は浜に倒れていたお前を発見し、収容した』
見た、事がある、目の前に居るキリッとした瞳の少女と対照的に頭のぼんやりとしていたアスランは思った。
そうだ、インド洋の孤島で出会った活発で素直な少女、カガリだ。
そう言えば彼女はオーブのお姫様だと言っていた気がするが、
どうしてこの部屋に居て自分に銃口を向けているのか。
そもそも自分は何故こんな格好を・・・。
―そうだ。
自分達はが怪我を負った二日後に、"足つき"に、ストライクに追いつき攻撃をしかけたんだった。
自分を筆頭にイザークとディアッカとニコルとで「キラ」を今度こそ討とうと決意し合って、
誰もがの仇を討ちたくて出撃してきた。
そして「キラ」と戦って最後に自分は、―自爆を、したんだった。
『・・・中立のオーブがなんの用だ?今、お前は地球軍なのか?』
アスランはポツリと、何処ともない場所へ視線を投げて呟いた。
助けてくれた相手に言うべき言葉じゃないだろう、とカガリのむっとした顔が見えたが、
ヘッドボードに凭れたアスランは気にも留めなかった。
そんなアスランにカガリは投げやりな態度で問われた事に声を震わせじろりと睨む。
『聞きたい事がある。ストライクをやったのは・・・、お前だな?』
カガリの言葉にアスランの肩が一瞬だけ震え、目まぐるしく「キラ」と戦った場面が思い出される。
機体と機体のぶつかり合う音、重く圧し掛かる衝撃、手に握った汗。
広い世界の一点しか見えず、ただただ怒りに狂った二機が殺し合った。
あの時、憎しみに駆られた自分は悪鬼のような心境で彼を討つ事ばかり考えて。
の為、の思いの為だと。そして。
『ああ、あいつは、俺が殺した・・・』
『殺、し・・・ッ!』
突如、カガリはアスランが怪我人だと言う事を忘れて、乱暴に掴みかかった。
怒りがこみ上げ、抑える事が出来なかったのだろう。
探索しに行ったカガリが見た戦跡は、
キラの乗っていたボロボロのストライクが残っていただけで、キラの姿は影一つすら見えなかった。
それはどう言う事かカガリには分かっていたけれど、「死んだ」と、
「この世界から居なくなった」と、心の中ではどうしても認めたくなかった。
『殺した・・・。俺がな。イージスで組みついて、自爆した』
『きさまァァッ!!』
淡々と話すアスランの言葉を遮るようにカガリは叫び、胸倉を更に強く握り銃口を突き付けた。
その一言は、聞きたくて、でも聞きたくなかった言葉だ。
聞いた途端怒りが身体を支配してしまい、引金に力が入る。
『・・・っ!キラは危なっかしくて、わけわかんなくて、すぐ泣く奴で、でも、優しい、良い奴だったんだぞ!』
言ったところでキラの何が戻るわけじゃない。
それが分かっているカガリの叫びにも似た声が部屋中に響き、
苦しそうに顔を歪めてアスランを揺さ振る。
振動に身体の傷が痛むが、カガリの言葉にアスランは静かに俯いた。
『・・・知ってる。あいつは昔から、そんな奴だった』
その言葉にカガリが一瞬だけ顔をきょとんとさせ、アスランに耳を傾ける。
『・・・知ってる?・・・キラを!?』
『ああ。俺達は友達、だったから』
無表情のままのアスランだったが、瞳だけは懐かしい感情を表した。
今だけは、素直に感情を出しても良いだろう。
敵だったキラを思い返す事はもうずっと、胸の内に隠してきたものだったけれど。
『じゃあ、じゃあ何でお前がキラを殺すんだよ!』
アスランの発言に衝撃を受けたのか、一気にカガリの瞳から大粒の涙が零れた。
『昔別れて、次に再会した時はもう敵だった。あいつは俺達と戦って、仲間を傷つけて・・・』
無表情のままアスランは悲しみを湛えたカガリから視線を外し自分を囲う白い壁を見る。
『兵士じゃないまでも・・・、傷つけた・・・』
『・・・・・・?』
アスランの言葉にカガリの頭の中に、一人の少女のシルエットが断片的に浮かんでは消えた。
自分は「」と言う名前、一人しか知らない。
ただ一度だが会った事のある、コーディネーターでやんわりと笑う、そう、あの―。
『あの・・・、砂漠の駐屯地に居た、・・・か?』
『お前も、を知っているのか?』
『ああ、でも、何でがキラに・・・?』
『は守りたいものがあるから、戦った。辛い思いを、もう誰にもして欲しくないと。ただそれだけなのに・・・』
アスランの脳裏に、ぐったりとして大量の血を流していたが思い出される。
彼女のあの後は、一体どうなったのだろうか。
今は元気に眼を覚ましてくれただろうか、それとも―。
『・・・彼女は・・・』
アスランは自由の利く右手で顔を覆った。
考えただけで熱く込上げる感情を抑制する事なんて、今は出来そうにない。
『・・・彼女は、もう眼を覚まさないかもしれないッ・・・!!』
千切れそうなほど痛烈な声でアスランは言葉を吐き、カガリが顔を強張らせた。
何も知らない自分でもアスランの声から彼女への思いが、一瞬にして理解出来たからだ。
『そしたら、俺は・・・』
そうしたら自分は、もしそうなってしまったらどうに悔いれば良いのだ。
「守りたいから戦う」と言っていた彼女の守れたものが自分だけだったのなら、
「キラ」を討つ事で終わらせると思っていたのなら、
残った自分が「キラ」を殺して報いるしかないじゃないか。
例え、例えそれがかつて一番大事にしていた友だったとしても。
『キラも、』
カガリは顔を上げた。上げた瞬間涙が宙を舞い寄せられた眉が力強くアスランを睨み、
ぐっと引っ張っていた胸元の手を離すと苦い思いを吐き出す。
『・・・キラも、そうだったんだよ!守りたいものの為に・・・っ!!』
何が違う、何が違う、何が違う。
自分が見て来た人たちは同じ思いを抱えていて、願うものは何一つ変わらないのに、
どうしてこんな結末になってしまうんだろう。
どうして、殺されなきゃならないのだろう。
『殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に、最後は平和になるのかよ!?』
本当の平和を望むなら、憎しみや恨みや悲しみを重ねては駄目なんだ。
だから自分はこの目の前に居る傷ついた彼を憎むのはよそう。
だけど、分からない。万人が同じように考え実行出来るとは、流石に思っていない。
結果は分かっているけれど、どうして良いのか、その先が見えない。
なら、自分はどうしたら―。
『くそっ・・・!!』
カガリは壁を力いっぱいに叩き付けた。
そして、しん、と静まり返った部屋の中、ただ二人は止めどなく流れる涙をそれぞれの相手に捧げた。