≫ 嗚呼、体温を感じれる身で 我が手を握り返してくれないか (09.02.14)


それを「生きている」と言うのだろうか。



◆My love story◆



やっとの事で終わった手術時間は余りに長く、眠れないまま医務室前のベンチに腰かけていたイザークは、 ふと見た時計に気がつけば日にちをまたいでいたのを知らされた。 待ち侘びた、固く閉ざされていた扉が開き、ゆっくりと中に入ると其処で見た光景にイザークは思わず呟く。

『何て恰好してるんだ、貴様は・・・』

白い白いベッドに横たわったの、 あちらこちらから沢山の管を通された身体はまるで人のものには思えないほど蒼褪めていた。

医務室の窓から気持ち良いほどの陽が射しこんでいるのに、 感情を持ち合わせないの顔は別人のように見える。

ただそこに「置かれている」。 これでは「生きている」、のではなくて、ただ「生かされている」だけだ。 だが、睫毛一本すら微動だにしないから微かに聞こえる呼吸の音だけが、 まだ自力で生きているのだと知らしてくれていた。

『・・・死ぬなよ、馬鹿野郎・・・』

イザークはベッドの隣にあった椅子へ腰かけると、 ひんやりとしているの手を取り、小さく声をかけた。

時に笑い、時に泣き、時に怒り、時に冷静だったの表情。
あれだけ色取り取りで鮮やかだったものが今は全くと言って良いほど生気が無く、嘘のような無表情だ。



また、楽しいと此方が見ても分かる程の笑顔で笑って欲しい。
また、自分の胸を、幾らだって貸すから思いっきり泣いて欲しい。



『起きろ・・・』

イザークはの髪をさらりと撫でて耳元へと囁いたが、それでも動かないの唇を見て、溜息が零れた。

『・・・頼む・・・』



どうか、眼を覚まして欲しい。
瞼を閉じれば間の抜けた声で「どうしたんですか?」と細い首を傾げて目をぱちくりとする虚像が浮かぶ。
自分の中に居るは元気で、いつもと同じで、なんら変わりないのに―。

を失いかけた今、こんなに大事な仲間だと自覚するなんて、遅いと自分でも分かっている。



―いや、違う。そうじゃない。



この感情は「仲間」へのものじゃない。



本当は心の何処かで分かっていたのかもしれない。 けれど、一度断った言葉を翻す事も出来ず、体裁ばかりの自尊心が前へ出て、 ずっとずっと特別な感情を抱いていた自分に眼を逸らしていたんだ。

彼女は「ただの整備士」ではなかった。 誰よりも有能で、誰よりも優秀で、でもそれだけじゃない。 感情豊かで、誰かが支えてやらないと折れてしまいそうな、花のような、そんな。



そんな彼女が、好き、だったんだ。
きっと、それはもう大分前から。



『イザーク』
「何だ?」
『・・・帰ったら、また・・・』
「・・・・・?」
『いえ、何でもありません』




『おい。「帰ったら、また」・・・何なんだ』

言いかけて止めるのはの悪い癖だ。
出撃前言った言葉の続きを、俺はまだ聞いていない。

『起きろ、こら。帰ったら良いものくれてやるって、言っただろう?』

イザークは更にの手を強く握り、自分の胸元へと引き寄せる。
けれど、しっかりと握り締めたその手が、握り返される事は無かった。



まだ、まだ死ぬな。
まだ、渡してないものがあるのに死ぬな。
まだ、戦争が終わってないのに死ぬな。
まだ、望んだものが見えていないのに死ぬな。

頼む。

まだ、俺の気持ちを何も伝えていないのに、死ぬな。