≫ 嗚呼、お願いだ 僕達の哀哭など海へ消散してくれ(09.02.14)
自分が着るパイロットスーツからは血、独特の咽返るような匂いがした。
けれど身体の前全面を覆うようについた大量の血臭を不快に感じる事なんて微塵もない。
だって、まるでこの滴る程の血は、
今此処に居ないお前の生命の温かさを感じ取れるようなのだから。
◆My love story◆
『いい加減着替えたらどうだ?』
『ディアッカ・・・』
"足つき"の経路を追跡する為に一度浮上したクストーの甲板に出てきたイザークは、
手摺に寄り掛かりながらぼんやりと海を見ていた。
風が彼のプラチナ・ブロンドの髪をさらりと流し、
たゆたう水面は太陽の光をゆるやかに反射して、まるでこの世界が戦争をしている事を忘れさせる。
そう言えば、以前海を見に行った時にもそんな事を言っていた。
ジブラルタルから見た海も同じくらい雄大で、傷ついた心を包容してくれたのだろう。
けれどそんな彼女も今は此処に居ない。
手摺をぐっと握り、イザークは大きく溜息をついた。
『大丈夫だよ、ちゃんはさ』
手摺に背をもたれたディアッカは無責任な事を口にした、と自分でも思った。
あれだけの量の血を流し大丈夫な訳が無いのは、医学において素人な自分にだって分かる。
何も言わないがイザークも分かっている筈だ。
でも、それでもそう言葉にするのは、否定しないのは互いが
早くがいつものように大きな目を開き、いつものように明るい声を出して笑って欲しいと思っているから。
『・・・だと良いな・・・』
イザークもちらりとだけディアッカを見て悲しげな表情を精一杯の笑顔に変えて頷いた。
しかしまた直ぐ海へ視線を戻し波の移ろいをただ眺める。
波の音だけが支配する静かな世界の中、コツリと甲板が鳴り、
ディアッカが音に振り返ると小さな人影が一つ、甲板上に現れた。
『ニコル、か』
『イザーク、ディアッカも此処に居たんですか・・・』
一人になりたそうにしていたアスランに声がかけられなかった、と、
ニコルは手摺に寄り掛かりながら苦笑いをした。
イザークとディアッカは「そうか」とだけ口にした。
今この状況で誰もが巧く笑えない。
だから海の波に思考を奪われてしまいたい、とニコルもデッキへと来たようだ。
地平線を辿るように海をゆっくりと見て、イザークと同じような溜息を吐いた。
『・・・知ってたのに、な。俺等は。アイツがどんな女かを』
暫し沈黙した後、ポツリとイザークが声を発した。
両脇に居たディアッカとニコルが、海を見ながらも反応する。
『アイツが泣いて迷って考えて、それで出した行動があれだ。だから俺達はあの時に止めはしなかった』
イザークはぐっと目をつぶり眉を寄せた。
このまま声を出し言葉を紡ぐ事が困難かのように。
『守ろうと話していたのに、守る事を忘れてストライクに向かって行った。俺があの時、もう少しだけでもを気にかけていれば』
イザークは胸を支配し始めた感情のままに手摺をぐっと掴む。
行き場の無い気持ちをどうして良いのか分からない。
だから、手摺を掴む事で、力を込めて気持ちを吐き出す事で、
苦しくなる感情を逃がしてくれれば良いのに、と。
『・・・本当は、俺もアスランを責められた立場じゃない』
手摺を掴んでいたイザークの手は眼前を抱えて潤む瞳を隠す。
『そんな事、俺だってそうだ』
『僕だって、そうですよ・・・』
イザークの言葉にディアッカも、ニコルも続いて呟いた。
言葉を出さないと、涙が込み上げて止まらないかもしれない。
感情が追い付かないほどには、いつの間にか自分たちにとって大事な大事な仲間になっていた。
『アイツが死んだら俺の―・・・』
『止めて下さい!』
聞いた事が無いほどの強固な声をあげたニコルがイザークを振り返る。
『僕が、僕だって知っていたのに。さんがどんなに仲間思いの人かって。守れなかったのは僕も一緒なんです。だから・・・!!』
それ以上ニコルは言葉を紡がなかった。
紡いだとしても、吐いた言葉は風に流され海へと消え何かに変わるわけじゃない。
悲しいと主張したところで何になる。
自分が悲愴感に満ちて居ると言ったところで、彼女が救われるわけじゃないんだ。
『もう止めようぜ。今はちゃんの手術が無事終わるのを待とう。イザーク、お前は取り敢えず着替えて来い。もうアスランも居なくなってるだろ』
誰かが落ち着いていないと駄目だ、とディアッカは自分だけでも示威を払った。
自分の感情を抑え込み、しっかりと姿勢を正す。
こうやって気持ちのままに言い合っても、それがを思ってこそだとしても、
そんな事を彼女が喜びはしないだろう。
『・・・分かった』
イザークは覇気の無い返答をすると、視線を下へ落としたまま更衣室へと足を運んだ。
、俺は今、無性にお前の声が聞きたい。