≫ 嗚呼、涕泣するのは僕か空か それとも君の止まらない鮮血か (09.02.13)


「キラ」が此方へ来てくれるなんて、何で思った。
「キラ」は敵の軍艦に乗って、敵のモビルスーツに乗っていたじゃないか。
どんなに呼びかけても同胞である自分の言葉にも靡かないで、ずっと。

敵だったんだ。あいつは。
ずっとずっと前から、

そう、この戦いの「はじめ」から。




!!』

呆けて全てを見送っていたアスランとは対照的にデュエルのコクピットからクレーンをつたい、 地に降りる半ばで飛び降りたイザークは、走りづらい島の凸凹に足を取られたが 持前の運動神経でひらりと飛び越え急いでのもとへ駆け寄った。
名を呼びながら手を差し出し生暖かい鮮血にまみれた身体を抱えるがヌルリと滑り、 力を入れないとこの手からすり抜けてしまいそうだ。 意識が無い状態のへ何度も何度も名を呼ぶが、 ぐったりとしたの身体はもうピクリとも動かなかった。

『おい!大丈夫かよ!?』

同じように走り寄ったディアッカが急いでのバイザーを取り、すかさずイザークが呼吸を確認する。 揺れる瞳でを見つめる二人の顔は青褪め、ただならぬ汗が頬を濡らす。

『どうですか!?イザークッ・・・!』

急かすようにニコルが後ろから問いかけたが、この声は聞こえただろうか。
喉からやっと出たその声は、震えていた。



◆My love story◆



イザークはロッカーの何処とも言い難い一点に視線を寄せての事を思い出していた。 先程医務室へと運ばれたはストレッチャーに乗せられたその時まで血を流し続けていて、 デュエルから医務室までの道には真っ赤な血の滴った跡が残っていた。

イザークが着ている赤いパイロットスーツもの血で更に深い赤となりじっとりと湿っている。 イザークはゆっくりと手を上げてパイロットスーツの胸元を触り、手に付いた血を見た。 医務室に運ばれた時、微かだがは息をしていた。だから船医が見ればもう大丈夫だと思いたい。 クストーの医療班は充実していて、人数だって文句ない、だから。

けれど安心したい気持ちに知っている記憶が入り込み、ぞっとイザークの背中を襲った。
自分はああやって沢山の血を流し死んでいった者達を、もう何度も見て来たからだ。

「輸血の量が足りません!」
「止血剤でどうにか持たせろ!!」


バタバタと控え室の前を通り過ぎる船医達の焦った声が静かに着替えをする彼等の耳に届いた。
ニコルはハッと顔をあげ、ドアの向こうを駆け抜ける足音を心配げに聞く。

『あれだけの血を流したら―・・・』

この先を考えたらだめだ、とニコルは言葉を止めて顔を横に振った。 大丈夫だ、大丈夫だ。誰もがそう願っているのだから。

けれどそれが聞こえたイザークが言葉のその先を考えた途端、 胸に不意に怒りとも悲しみとも言えない感情が込み上げてきた。

『くそっ!!』

それを払い切りたいと、イザークは力任せにロッカーを殴り付けた。 自分が余計な事を口走ったせいだとニコルは顔をあげてイザークを見るが 凹んだロッカーの形が歪なように今のニコルの心情も纏まりなく、 イザークを宥める言葉を上手く紡ぐ事が出来ない。 指一つ動かなかったを思い出すニコルも、やりきれない思いでいっぱいだった。

その横ではアスラン、ディアッカが口を開く事無く物静かに着替えていた。
イザークは隣にいたアスランをキッと睨みつけ詰め寄った。

『何で、がこんな事に・・・ッ!!アイツは兵士じゃないんだぞ!?』
『っ!! ―イザーク、僕のせいです。僕が―・・・』

慌ててニコルがイザークとアスランの合間から声をかけたその時、 無表情に着替えをしていたアスランが、突然イザークの襟を掴みそのままロッカーへと叩きつけた。 ガン、と言う音が響き、驚いたニコルとディアッカが二人のやりとりに息を呑む。

『・・・言いたきゃ、言えば良いだろっ!?』

今まではぐっと一人堪えていたのだろうか。
段々とアスランの顔は怒りに歪み、喉から絞り出されたかのような叫び声をあげた。

『俺のせいだと!俺を助けようとしたせいだと!!』

あの時、我武者羅に戦っていた自分は周りが見えていなかった。 討ちたいと、討って全てを終わらせたいと思っていた。 それはの為であって、プラントの為であって、これから先に訪れて欲しいと思う穏やかな未来であって。 けれど、があんな事になるなんて。

『アスラン!イザークも止めろ!』

ニコルがオロオロとしている所へ、ディアッカも慌てて二人の合間に割って入る。

『此処でお前等がやりあったってしょうがないだろ!俺達が討たなきゃならないのはストライクだ!』
『分かっている!そんな事は!!』

アスランと同じくらい辛辣な声でイザークが叫び返す。 自分だってアスランを責めた所で何も変わらないと分かっているけれど、 この思いの矛先を今はどうして良いのか自分でも分からない。

『俺は・・・次は必ず、アイツを討つ・・・っ!!』

動く度に香るの血の匂い、まだ温かい血の感触が、こちらの身体にも染みわたってきそうだ。 イザークは耐えきれなくなってパイロットロッカーから飛び出した。

『イザークッ!!』

ディアッカはイザークの後を追いかけた。 ディアッカがニコルへ視線を寄せると、今彼を落ち着かせられるのはディアッカが適役だろうとニコルは頷き返した。 代わりにニコルがアスランへと歩み寄る。

『アスラン・・・』

其処で、ニコルは動きを止めた。 アスランの後姿は悲痛で覆われていて、とてもじゃないが声をかけて良い雰囲気ではなかった。 ニコルはアスランの肩に手を置いてポンポンと二、三優しく叩くと静かにパイロットロッカーを後にした。



『撃たれるのは、俺の・・・俺の筈だった・・・!』

しん、と静まり返った誰もいなくなったロッカールームで、アスランは呟く。

心の何処かで自分がキラを殺すだなんて、自分が「キラ」に殺されるなんて思って無かった。 自分達は友達で、幼年期を一番仲良く過ごした大事な存在だったから、 銃を向けてもトリガーを引かれるなんて考えもしなかった。 弟のような存在で、優しくて泣き虫だった「キラ」。 でも、彼は変わっていた。 自分が思い描いていた「キラ」はもう昔の話だったのに、都合の良い思い出ばかりが先行していた。

『だから・・・』

だから、

奪取の時イザークからキラを救ったから、
撃つチャンスが幾度もあったのにただ見ていたから、
守る為に戦うだなんて彼女に口走ったから、
彼女が代わりに討つなんて言うまで自分が迷っていたから、

―そう、自分が全ての元凶だったから、



『今まであいつを撃てなかった俺の甘さが、君を傷つけた・・・っ!』

アスランは拳を力強く握り締め、ロッカーを叩く。 そのまま寄りかかった力の入っている拳は小刻みに震え、食い込んだ爪の痛さも今は感じない。 感じたとしてもそれがなんだ、彼女が医務室で感じている痛みに比べたらたかがこんな痛み。

ふと見たイザークが殴りつけたロッカーの凹んだ部分に血の跡が残っている。 身体の大半がの血で濡れていたイザークのパイロットスーツを思い出し、ニコルが言った言葉が頭を過った。 あれだけ大量の血を流していた彼女は果たして無事なのだろうか。 震える手で乾き始めたの欠片を撫でながら、アスランは最悪の事態を想像した。

『・・・っ・・・うぅ・・・』

胸が、喉が、全てが詰まってしまったかのように息苦しい。 を救えなかった不甲斐ない自分にも、を撃った「キラ」にも、言葉にならない、やりきれない思いがわき上がる。 自分は出撃前、感情的な彼女を見ていた。どんな過去があったか、辛そうに話しているの心情を知った。 も「キラ」を討てば終わると思っていたんだろう。 あんな顔で討つと自分に断りの言葉を吐いたんだ。 きっと願うものは誰とも変わらない、同じものだった筈。 そう、これから先、誰かが自分と同じ思いをして欲しくないと、願ったそれだけなのに。

そんなの有能過ぎる行動力がMSを宛がわれた場合どんなに危ういか、 考えれば分かっただろうに、どうして自分は何もしなかったのか。 自分が何と思われようとも彼女を説得して命令して、戦域に近づけなければ良かった。 やはりこの結果は自分の責任だ。

・・・』

込上げる感情が瞳を熱くし、いつしかそれは涙にかわった。
慈しむように血の跡をなぞった手はまたしっかりと握られ、アスランは涙のままに顔を上げた。

『・・・キラを討つ。今度こそ、必ず・・・ッ!!』

そんなアスランの目つきは、酷く凄惨だった。



それは彼女の為。 赦されないと分かっていても、自分なりの精一杯の報い。