≫さあ、引き抜いてしまえ 必要悪と言う名の聖剣を (09.02.03)


失いたくないのに、失わせたくないのに、
でも真っ暗な道を辿る為の方法は、これしか思い浮かばないんだ

― それは、自分が見つけたアタラクシア



◆My love story◆



『あ・・・』

は補給を受ける為に浮上したクストーの上部甲板に来た。 ずっと潜水艇で暗い海の底ばかり見ていたから、久しぶり青々と広がる空と新鮮な空気を吸おうと 何気なく上がってみたのだが、先客がいた事に気付きつい言葉を漏らす。 その人物は一人海を静かに見ていた。 しかしの声に気付き振り返る。

・・・か』
『・・・アスラン』
『・・・・・』
『・・・・・』

が足を止めると、甲板がカツリと鳴った。 互いの顔を見合わせた二人は、暫し黙り込む。 実は、先日あのモルゲンレーテの工場でキラに会って以来、 両者とも互いを意識してしまって挨拶以外の言葉を交わしていなかった。

と、言ってもアスランはに確認したい事があったので話しかけようとはしていたのだが、 の決意に満ちた瞳は近寄り難く、常に誰とも対話しない姿勢は 声をかけてもたいした返事をしてくれなかったろうと思えた。 しかし、今は此処に居て、誰も周りに居ない。 話すなら今だとアスランはへと歩み寄る。

『・・・モルゲンレーテでさ、キラに会ったろ?』
『・・・・・』

あの時、キラはの名を呼び、はキラを見て驚いたような、それでいて固まったような表情をしていた。

そして自分の後ろをついて来ていたに、それ以上此方へ来ないようにと合図したが、 彼女は多少瞬きをしたくらいで引き返す事無く、最後まで動かずにいた。 それはつまりキラだけでなくもキラを知っていて、 動けなくなるような何かがあった証拠だと推測出来る。

だからこうやってアスランがキラの名を出すと、の顔が無表情から少しだけ動く。 少しだけだがそれが困っている表情なのはアスランでも何となく分かる。 でも、アスランはが困ると分かっていても、かつての親友との接点を、どうしても聞きたかった。

『あの時キラはの名前を呼んだ・・、よな?何処かで会ったのか?』
『・・・砂漠の、バルトフェルド隊長の駐屯地で』

は躊躇う事無く答えたが、一度だけアスランを見た後、海に視線を落とした。 こんなに美しく、何処までも澄みきった海はプラントには無い。 でも、呑まれる程に鮮やかな青が心に入って来ないのは、 アスランから聞きたくない名前を聞いてしまったから。

『優しそうな方でした。場所が場所でしたから言葉にはしませんでしたが、貴方の事をとても心配していました』
『そうか・・・』

そう言うの顔はまた無表情に戻った。 海を眺め見るの言葉と表情が一致しないのはどうしてだろう。

そんな事を考えながらを見ていると急に強い潮風が流れ、二人の間をすり抜けた。 そう、流れたのはただの風だ。 けれど、アスランはとの間に出来てしまった何か厚い壁のようなものを感じた。

『・・・良いんですか?』
『え?』

が潮風に靡いていた髪を手で押さえながら振り返り、歩み寄れないアスランをじっと見る。 アスランは身体を凍らせた。 その視線は―冷たい―、と表現したら一番適切なのかもしれない。

『次に会ったら、討ちますよ。私、あの人を』
『・・・何を、急に・・・』

突然何を言い出すんだろう、と言っている意味が分かっているのにアスランは聞き返す。 だて、ついこの間戦う意思表示をしたと思えば、今度は自らがストライクを討つだなんて。 アスランは時折海面が揺れて照らされる光に目を細めたが逸らす事無くを見た。

『急ではありません。きっと、ずっと前から私は思っていたんだと思います。 でもずっと気付かないようにしてた。 だから、貴方が討てないなら、討ちたくないのなら。この私が』
『でもっ、がしなくても良いだろ?イザーク達だっているんだから・・・!』

確かにMSの腕が良いのは認めるが、 その他のエリート戦士を置いて、何も整備士の、女の、自分の好きな、大切ながわざわざ死と隣り合わせの戦場に出なくても良いだろう。 いや、出て欲しくない。 そう思うアスランは思わず言葉を遮らせるように力強くの両肩を掴んだ。



『あっ、アスラン。此処に居たんだ』

その頃、飛魚の群れを見つけたニコルは、アスランにも教えようと甲板へ足を運んでいた。 地球にはプラントでは見れないものが沢山ある。 空の色や、それに浮かぶ雲、夕暮れの色や、それと共に変わる海。 クストーの周りを飛び跳ねる魚や鳥だって同じで、どれも神秘的で感動するものばかりだ。

ニコルが逸る気持ちを抑えられずにアスランの姿を見つけ走り出したその瞬間。
飛んできた空気を切るような言葉が、無垢な笑顔を凍らせた。



『わたしの両親は地球軍に殺された!「血のバレンタイン」で二人とも・・・!!』

ぴたりと足を止めたその場所からでは見えなかったが、アスランの向こうに小さな人影が見える。 その人物を目視では誰だか特定出来なかったが声色ですぐに分かった。

『・・・・・・さん?』

いつもと違う少し低い質で話すは、先日モルゲンレーテから帰る車の中で聞いた声のようだ。
内容だけじゃなく緊迫している雰囲気が、遠い此方にまで伝わってきた。



『ナチュラルからプラントを、家族を守りたくて、 この手を紅く染め上げても良いと、そう思ってたのに・・・!!』

は声を荒げて、沢山の傷が残る白い手の平をぐっと握り小さな拳を作った。
一驚したアスランが気付き見ると、握られた手は想いに比例して震えている。

『・・・地球軍は、民間人を犠牲にしたっ・・・!死ぬべき立場では無い者まで!!』

瞳は揺らぐ事無くアスランを見る。 アスランはこんなにも感情的な彼女を見た事があるだろうか。 いや、ある筈が無い。いつも感情を隠してきた彼女だ。 どんなに辛い時も人を気遣い、だけれど自分の素顔は易々とは見せてくれなかった。

アスランの手がするりとの肩から離れは視線を足元に落とす。
そんな彼女の―、慷慨したの瞳は鋭くまるで刃のようだった。



そこで、アスランはあの日ふと足を止めた墓石、 あれはやっぱりの家族のものだったかと思い出しごくりと息を呑んだ。 墓標には珍しい苗字が刻まれ、いつか確認しようと思っていた。

「C.E. 31〜70」
「C.E. 32〜70」

二人とも没日が同じ。
確かに両方とも「血のバレンタイン」の年を指していた。



アスランがまた新しい一面を見せたをただ眺めるように見ていると、 は言葉を吐いた事で冷静になれたのかゆっくりと目を閉じて呼吸を整え始めた。 そして静かに顔を上げる。

『わたしは、この戦争が終わるのなら何にだってなる』

の手はもう拳を握る事無く力を解放し、 今までどんな想いを秘めていたかさえ忘れさせられるほど落ち着いた声だった。 そして表情はもう冷たい、と言う表現では足りない。

『・・・わたしの選ぶ道が、ただ暗く険しいものだとしても』

アスランは何も言えなかった。
全ての感情を捨て去ったの顔が、「冷徹」そのものだったから。



イザークとディアッカは潜水艦内の部屋で他愛の無い会話でもしていたのだろうか。 ニコルが足を運んだ時、ディアッカはいつもの調子でグラビア誌を捲り、 イザークはベッドに横になりながらそんなディアッカを呆れた顔つきで見ていた。



『そうか・・・』

ニコルの話を聞いて二人は体勢を直してその場へと静かに腰掛ける。

『モルゲンレーテから帰って塞ぎこんでたと思えば、そう言う事か』
『剣を手にするって言ったのは悲しい過去があったから・・・か。 自分が戦いに出てでも、守りたい人たちを守るって?あの子が?』

イザークに続いたディアッカも眉を下げて溜息を吐く。 戦うと言い、艦の小さな部屋に籠り、誰とも話さないと思っていたが、 一人過去を見つめ直し戦いに身を投じる決意を更に固めていただなんて。 戦う事を拒んでいた彼女が、ただ守りたいものの為に。

『両親がやられたってなら、そうもなるか・・・』

ディアッカは真剣な顔をして一点、部屋の壁だけを見ていた。 視点は何処でも良かった。でも今誰かの顔を見たら、 を思い情けない顔をしてしまいそうな、そんな気がした。

『・・・考えればいつもご両親の事を話す彼女の言い回し、過去形でしたね』

お父さんはザフトの選抜MS開発チームに籍を置いていた科学者「だった」んです

『そうだったな』

ニコルの言葉に、イザークは今まで見て来た暢気なの顔を思い出していた。 そう言えば、今までのは自分の話をさらりと口にしていた。 今思えば心の中では悲しみを宿して居たのかもしれない。 何度か見た彼女の泣く姿。 いつもはああやって誰も居ない場所で声を殺して泣いて自分を責めていたのか。

だから隠してきた想いが、今回何かのきっかけで爆発してしまったのだろう。 そのきっかけが自分には分からないがニコルが驚くほど感情的になっていたと言うのだ。 きっとモルゲンレーテで彼女にとってとても重要な引金が引かれたに違いない。

『くそっ・・・』

イザークは眉間に皺を寄せて目を閉じる。
こんな時に限ってどう接してあげれば良いか分からないなんて。



『なぁ、』

「ええ。ご家族も待ってらっしゃるでしょう?」
「家族・・・。そうですね。作戦前から随分会いに行って無いから久しぶりに会いに行こうかな」
「そうだよ。行ってあげな。喜ぶぜ」


『あれ墓参りって事だろ?俺、随分無神経な事言ったぜ』
『止めて下さい。ディアッカ、それを言ったら僕もですよ』

まだ宇宙に居た頃、アルテミス襲撃後だ。 "足つき"ロストしてしまった時に、何気なくした会話を思い出す。 そう言えばあの話をした後半、彼女は何か小さく呟いて何処かをぼんやりと見ていた。 あれは亡くなった両親を思っていたのかもしれない。

『やめろ。今それを話しても仕方ない。俺達がするのは"足つき"とストライクを沈める事だ』
『イザーク・・・、そうだな。ちゃんの為にもプラントの為にも俺達がやれる事しないと』
『モンロー艦長によると、次の出撃はも出すそうだ』
『俺はちゃんが熱くなるようなら、引かせる』
『僕も気をつけます』

イザークの言葉に、ディアッカが続き、ニコルもそれに頷くとしっかりと三人は視線を合わせ見た。

ニコルは特にこの件を重要視して、そして心に決めた。 以前、ガモフが大気圏に落ちるのを追いかけようとした時のように、 は感情のままに自分を犠牲にするかもしれない。いや、するだろう。 自分が止めに入らなければ彼女は間違いなく大気圏に落ちていた筈だ。

ジンなのにあの驚異のスピードを引き出せた彼女を、 不甲斐ないが今度は止められるか分からない。 けれど、イザークとディアッカが居れば、大丈夫。そうだ、大丈夫だ。 仲間である彼女の為に、ニコルはそう思いたかった。



『しかしアスランと言いと言い、何故"足つき"が此処に居ると言い張るんだか・・・』
『一日足を棒にしても何にも成果無かったのにな』
『"足つき"を討ちたいのなら確証を得ないとならん。違っていたらもう遥か彼方だぞ』

そう言うと、イザークは舌打ちをして肩を竦めた。 "足つき"はまだオーブに間違いなく居る。モルゲンレーテから帰ってからの二人はそう一点張りだ。 何を根拠に言っているのか分からなかったが、二人が口を揃えて言うのだから信じたい。 此処で待ち伏せて北の海域を通過するのを待つ今、少しばかり気が焦るけれど。

『間違いない筈ですよ。アスランもさんも言うんですもん。・・・あの人達には、何か分かるのかもしれませんね』

ニコルがちらりと窓の外を見ると、もう日が落ちかかっていた。 夕暮れの雲まで色づく美しさは、が地球に来て楽しみにしていた時間で、 いつも同じく夕暮れに感動していたニコルと共に色の移り変わりを語りながら見ていた。 けれど、普段のように太陽色に染まる空が綺麗だとに知らせても、きっと今は笑ってくれないに違いない。