≫涙しても、明日の為に 私はこの場所から歩き出す (09.01.29)


「またね」といえなくなったのは わたしのせいじゃなくて、あなたのせいでしょ?



オーブから離脱した証拠が無いまま未だ何処かに隠れているだろう"足つき"の動向を調べるべく、ザラ隊はオーブに潜入する事になった。 流石に五日間も潜水艦に足止めを食っていたら、癇癪持ちのイザークだけじゃなくてもじれったい気分になるだろう。 既にオーブ内に潜伏していたザフトの連絡員の導きで、彼等は今朝早くクストーを出て捜査にかかった。 まだ薄暗いオノゴロ島の入り江に「五人」は降り立つ。

『何でお前がついてくるんだか・・・』

モルゲンレーテのものらしい作業着を着たイザークは、此処まで案内してくれた連絡員に渡された偽造IDを見ながら嘆息交じりに呟いた。

『一人でも足があれば探せる範囲が広いからだと思います。ほら、人のID見てないでもう渡して下さい!』

イザークが呆れた瞳で見た相手の肩に、ひらりと白い蝶が止まる。 写真写りには自信が無いんですから、とひったくるように取ったのは、同じく作業着を着ただった。



◆My love story◆



『工場の第一エリアまでしか入れないのか』

木々の合間を抜ける達の行き先はオノゴロ島にあるモルゲンレーテ工場区内。 連絡員がくれた地図は所々空白で抜けているがそれしか頼りになるものはなく、 胸ポケットに丁寧に仕舞いながらアスランは仕方が無いか、と溜息を吐いた。

此処に"足つき"が居るだろう事は、多分、確実。 そう思えるのはあの損傷を抱えたままの"足つき"が離脱した様子が連絡員からも無く、レーダーにも映らなかったからだ。 それに、あれだけの熱量がレーダーに感知され無いなんてことは絶対にない。 となればオーブにかくまって貰っているのはほぼ間違いないなだろう。 イザークとディアッカによる強行突破と言う案も出たが、オーブの軍事力は地球軍も一目置く存在だ。 時を待ち、それでも影の無い"足つき"を調べる為に来た。

『その先は、個人情報管理システムが徹底してるって事ですか』

が帽子を深く被り直しながらアスランに問う。 行きたいのはその先で、周りから見ているだけではどうしようもない。

『向こうに着いたら私はシステムチェックの撹乱してみましょうか?』
『ああ、そうだな』

小型のコンピューターを抱えたが「ザラ隊長」を見上げると、複雑な表情が伺えた。 此処で"足つき"を、ストライクを見つける事をきっと迷っているのだろう。 見つけたら、討たなければならないのだから。

『では、私は個人で動きますから』
『は?』
『ちょっと待てよ』

のさらりと発言に、アスランはぽかりと口をあけ、イザークが止めに入った。 その後ろについていたニコルとディアッカもぱちくりと瞬きをしてを見ている。

『一人で出歩くつもりか?お前は』
『そうだ、。イザークの言う通りだ。此処が幾ら中立の国であったとしても、危険に巻き込まれたどうするつもりだ』

訝しげにを見たイザークは、馬鹿か、と付け足してを見下げた。
その冷たい表情に後ろず去っていると、アスランも珍しくイザークと気の合う事を言う。

『え、でも・・・』
『そうですよ!女の子の一人歩きは危ないです』
『可愛いってだけで、危険は沢山あるんだぜ?』

おまけにニコルとディアッカまで自分を囲んで強く言葉を投げる。
そんなたいそうな事を言ったのだろうかと思っていると、アスランが口を開いた。

は俺とニコルと一緒に回る。それで良いな』
『・・・う、はい』

隊長命令となれば聞かざるを得ない。
は真剣な顔で自分を見るアスランに、小さく頷いた。

それを見ていたイザークが、小さく舌打ちをする。 アスランとニコルと居れば心配はないが、些かの精神面が心配だ。 此処は中立国と言えど、調査をすれば聞きたくない事も耳に入れてしまうかもしれない。 自分が傍に居れば聞いてやれる事も出来るのだが、大丈夫なのだろうか。それに。

『また言い寄られても面倒を起こすなよ』
『・・・はい・・・』

誰にも聞えないように、イザークがに耳打ちする。 イザークの言う「面倒」とは、この前カーペンタリアの基地内で男を捻り上げていた事を差していると伺える。
は乾いた笑いを浮かべて誤魔化すように返事をした。

『じゃあ此処の工場区で落ち合おう』

アスランの声で、とアスランとニコル、そしてイザークとディアッカの二組に分かれたザラ隊は、オーブの街へ向けて歩き出した。



『見事に平穏ですね、街中は』

繁華街を歩いているアスランととニコルがくるりと回りを見渡せば、 綺麗に舗装された道に色とりどりの華やかな商店が立ち並ぶ。 オーブの人口密度が南太平洋諸国で随一だとは聞いていたが、歩いている人々の多さを見れば確かに頷ける。 それに行きかう人々は誰もが笑顔で、幸せそうで、 そんな彼等を見たが持った印象は「オーブは、戦争をしているとは欠片も思えない場所」だった。

『平和の国・・・』
「あっ、すいません」
『いえっ、こちらこそ・・・』

ぼけっと突っ立っていたの肩に、話に夢中になっていただろう少女がトン、とぶつかった。 は咄嗟に返事をしたが、人口の多い場所では肩がぶつかり合う事も当り前のうちなのか、彼女等は気にも留めずに歩き出し、 通り過ぎた同じ世代の女の子達をは見つめるように振り返った。 彼女達は流行を追うようなお洒落をして、今はきっとお気に入りのお店に向かって行るのだろう。 そして、其処で甘いお菓子を食べながら好きな子の話をして、その頬を鮮やかに染めるのだ。

『・・・良いなぁ・・・』

自分が知らない、温かな世界。
は明るい笑い声を奏でる少女達を静かに見送っていた。

さーん?』
『あっ、はい・・・っ。今行きます!』

足を止めていたに気付いたアスランとニコルは、振り返ってを呼ぶ。 ニコルがの見ていた先を首を傾げて見ていたので、隠すように慌てて二人へと駆け寄った。

『どうした?』
『ううん。何でもないんです。人が多いなって思って』

アスランが心配そうな顔をしての顔を覗き込むが、は目を合わせられずにそっと逸らした。 こうやって任務以外の事を考えていたなんて、不謹慎だ。 気を取り直して背筋を正すと、しっかり捜査に打ち込もうと気合を入れた。

『ね、さん戦争が終わったら、買い物にでも行きましょうか』
『え・・・?』
『その時は、僕目一杯のお洒落しますからさんも思いっきり可愛い恰好して来て下さいね』
『ニコル・・・』

気使いにおいてはザラ隊トップのニコルはの見ていた先を瞬時に理解したようで、 の前にすっと立って可愛らしい外見からは思えないほど大人な言葉をかけてくれた。
は言葉にしていない自分の心情を読まれた事に驚いたが、 にっこりと笑むニコルの優しさに、つられて笑顔になった。

『はい。お願いしますね!』



『おい、イザーク。ナチュラルの女の子もなかなか可愛いなー』
『ディアッカ!よそ見をするな。ちゃんと"足つき"の情報を探れ』

その頃、軍港付近を調査し終わったイザークとディアッカは、達とは異なる繁華街へと来ていた。 流石に堂々と軍港に停泊しているとは思えなかったが、あの艦を簡単に隠す事なんて出来ないのも確かだ。 だったら少しでも情報があれば、とスコープ片手に軍艦のようすを見たり、港を通りすがる人々の会話を聞いたが、 平和に過ごす彼等からたいした話は聞けなかった。

『俺らみたいなのが国で機密にしている事を聞いたら不審がられるだろうしな・・・』

イザークはブツブツと独り言のように考え事を呟き、舌打ちをした。 当たり前だがなかなか簡単に情報が手に入らない。 "足つき"をかくまっているくせに、 のうのうとオーブ領海を離脱したなどと公式発表をしたオーブに、イザークは少しばかり腹を立てていた。

『お、あの子に直接質問しに行っちゃう?』

可愛い女の子が居た、とディアッカがふざけ半分でイザークへ話しかけた。 しかし真面目に捜査をしない相方のせいで機嫌の悪かったイザークの拳は、制裁としてディアッカの頬へと見事に放たれた。

『イテテ』
『ふざけるな!お前はどうしていつもいつも・・・っ!』
『まぁまぁ、悪かったよ・・・あ!!』

頬に手を添えて涙目になっていたくせに反省の「は」の字も無いディアッカが、何かを見つけたようだ。 イザークがその視線の先を追うと、何て事無い、普通の浮かれた店が並んで居るだけ。

『なぁ、ちょっとの間だけさ、買い物しても良い?俺達ずっと休暇って言う休暇無かっただろ? ジブラルタルではドライブだけで買い物ってしなかったじゃん』
『貴様っ・・・!!』
『ちょっとだけ!なっ!!』
『待てっ!こら!ディアッカ!!』

しかしディアッカはイザークの感覚と違うらしく、キラキラと瞳を輝かせた商店を見渡した後ニコリと笑って走り出した。 一直線に其処へ向かうのは、目的の店でも見つけてしまったのだろうか。 イザークは嬉しそうに走るディアッカを、怪訝そうな面持ちをしつつも仕方がないのでついて行った。

元来、イザークは人混みと言うものが好きではなく、 出来る事なら普段の生活では鬱陶しく往来するこんな大通りを歩きたいとは思わない。 それに、こんな作業服で買い物なんて考えれば可笑しくないだろうか。 休憩か?休憩中にこんな所来るか??だったら、こんな所をウロウロなんて、出来れば、―じゃなくて、したくない。

けれど久しぶりの繁華街に軽快な足取りをしたディアッカはイザークが考えている事も、 言われた事も右の耳から左の耳へとさらりと流し、次から次へと興味のある品物の物色に励んでいた。

『・・・こんな事に喜ぶなんて、お前は女みたいな奴だな』
『分からないだろ。お前は女にも気を使えない奴だからな』

ディアッカは鼻を鳴らして腕組をしているイザークを見やる。 アカデミー時代からでも、高い能力と端正な顔に惹かれた少女達に軽く声をかけられれば、 女と言えど鋭い眼光で返していたイザークは、良い女が居なかっただけか、 それとも女に興味が無いのかは知らないが、黄色い声色で話す女の子達を鬱陶しそうにしていた。 だから彼を想う少女達は皆遠くで焦がれるだけであった。 ただ、冷たい態度が良いと、そんな所も一部では結構人気だったのだが。

『あ、でも最近は違うか』
『ああ?』

ディアッカは一人で考え一人で思いついたように言い、顰めた顔でイザークが聞き返す。

『ほら、お前ちゃんには結構優しいだろ?面倒見良いって言うか』
『そりゃあいつがどうしようもなく抜けてるからだろ』
『そうかなー』
『・・・何が言いたい』
『あ、これちゃんに似合うんじゃない?』

話がかみ合わないのはディアッカが浮かれているからか、それともいつもの事だったか。 アクセサリーケースの中を覗き込んだ男の事を、少々理解出来なくなった。 イザークが軽く頭を抱え指さされた先を見ると、小さく輝く赤色の宝石が乗った可愛らしいリングが展示されていた。 確かに、女の子が好みそうなデザインで、更にのイメージに合わない事も無いと思う。でも。

『・・・手先を動かす整備士には不要だろ』
『お前は本当に女心が分かってないなー』
『うるさいっ!!』

調子に乗ったディアッカに、やっぱり放たれるのはイザークからの熱い拳だった。



一日中歩き回った面々が、工場区内のフェンスに面した集合場所につくと、日中の結果を順次報告していった。 と、言っても誰も大した情報を収集出来ず、ただ首を振るばかりだった。

『まさか、ホントに居ないって事はないよね?どうする?』
『欲しいのは確証だ。ここに"足つき"が居るなら居る、居ないなら居ないと言う―・・・』

まるで成果の無い一日にうんざりしたディアッカが肩を竦めてアスランに問うが、アスランは堅実に返した。 けれどが攪乱しても何重にもロックされたシステムは今のコンピューターでは手に負えず、アスランも正直なところ煩瑣に思っていた。

「・・リィ・・・」

その時、アスランの頭上を何かが通り過ぎた。 陰を追ってみると、メタリックグリーンの小鳥が真っ直ぐにアスランの手に舞い降りた。

『なんだ、そりゃ』
『へぇ、ロボット鳥だぁ。さんの蝶みたいですね』

アスランの手に乗った珍しい色の鳥に、イザークが眉を寄せて問うとニコルが興味津々に覗き込んだ。 ディアッカとも見た事無いそれを覗く。
しかしアスランだけはそれをじっと見て、身を固まらせていた。

『ああ、あの人のかな?』

ニコルがそう言うと工場内のフェンスの奥に、空を見回して居る少年が一人いた。 作業服を着た少年は困った顔をしていて、何か名前を呼んでいる所を見ると、このロボット鳥の持ち主なのかもしれない。 も顔を上げて、その少年を見た。

―そして、その瞬間、胸が跳ね上がった。



フェンスの直前まで探しに来た相手も、こちらに気付いたようだ。
アスランの手にとまっているロボット鳥を確認して、動きを止めた。

羽をしまったロボット鳥を手に、アスランはゆっくりと一歩一歩を踏み出す。
金網の向こうに、居る相手は。



『・・・キラ・・・』

誰にもわからないほどの小さな声で名前を呼んだは、思わずアスランを追うように足を進めてしまった。 砂漠の駐屯地で会って、優しい目でアスランを思い、けれどバルトフェルドとアイシャを躊躇いも無く殺したキラが直ぐそこに居る。 そうだ、直ぐそこに居るんだ。 今、この手を伸ばしてあの人を捕まえて、そして、そして―


― ・・・? ―

引き寄せられるように歩いていたにキラが気付いた。
も半分ほどまで間を詰めていた為、キラの口が動き自分の名を呟いたのが分り、ハッと我に返り足を止めた。 アスランもの名を知っていたキラに一瞬戸惑っていたようだが、 しっかりとした表情を崩さないままを振り返り、もうこれ以上此方へ来ないようにと目で合図している。 は後ろに居るイザーク達に気付かれないように小さく頷いた。

けど、まだ心臓がドクドクと激しく脈打っている。 だって、直ぐそこにキラが居ると思ったら、まるで固まってしまった身体は引き返す事が出来ず動けずに、 ただ立ちつくしてアスランとキラを見つめていた。

そのあと二人は何を話したんだろう。それは分からない。 アスランは悲しそうな表情をしていたが、見えないように俯いて帰って来た。

、行くぞ』
『・・・・・』
?』

アスランに肩を叩かれても、はまだ動けない。
自分の醜い部分が、此処で去っては駄目だと言っているようで。

「―キラ!」

その時、キラと同じフェンス内の木立の向こうから金髪を揺らした少女が走って来た。
はその人物を見てまた息を呑む。あれはカガリだ。 カガリもとアスランに気付いたようで顔色を変えた。

『・・・なんで、あなたがそこに』

オーブのお姫様なのだからここに居てもおかしくはないけれど、どうしてここで彼女に会ってしまうのだ。 彼女の清々しい笑顔を見ても、きっともう笑えない。 今の自分にはこのフェンスが、ナチュラルとコーディネーターとの隔たりの表れに思えてしまう。 キラと会った事で、あの時は目に見えなかった現実がはっきりと映る。

『急ごう』

アスランはいつまでたっても動かないの腕を半ば強引に引いた。
そしてエレカに乗せると、顔を隠すようにその場を去った。



『あの人、あそこで、一体何をしていたんだ・・・』

後部座席に無理やり座らされたは、膝で羽を休める蝶を見つめたまま一人、考え込んでいた。 さっき見たキラは、地球軍服ではなくて、モルゲンレーテの作業着を着ていた。 ただ戦艦内で待機しているだけならそんな恰好するだろうか。それとも身を隠す為にただ着ただけ? 分からない。でも、オーブのコロニー、ヘリオポリスであのストライクと"足つき"は見つかった。 では、あそこは?モルゲンレーテの工場だ。 だったらあの恰好をしていた彼は開発に携わっていたかもしれない。 もしかして、コーディネーターとしての能力を買われているのでは―?

『・・・また、何かしようとしているの?』

は思考を巡らせてはギリ、と下唇を噛んだ。 誰も殺さない戦争なんて無理だ。自分だって戦場に出れば手を血に染めた事だってある。 それも、一度や二度じゃない。だから棚に上げて言うつもりはないけれど、 でも、地球軍があんなものを作るから、だからいけないんじゃないか。 核の次は、性能の良い兵器を作ってまたプラントを攻めてくるつもりなんだろう。 まだ殺し足りないのか、地球軍は。そして、あの人も。

―だったら、いっその事。またこの手を紅く染めたとしても。



『・・・皆さんに、言っておきたい事があります』
『どうした?』

車が発進してから、ずっと蝶一点を見つめていたが口を開いた。
オープンカーだったものだから風の音で聞き取りにくかったが、凛とした声色はその風すらも通しちゃんと耳に入り、 同じ後部座席に座っていたアスランが代表するかのように聞いた。

『あの・・・、私もアスランの意思に同調し、以前「守る為に戦う」って、そう決めたんですけど、 ・・・でも、それじゃ駄目だって最近思うんです』

イザーク等はそんな彼女の決意を口にしては聞いた事が無かったが、 同じ戦争に身を投げる者としてはそう考えるの意思には頷ける。 だからチラリと視線を寄せただけで、続く言葉を遮る事無くの発言を聞いていた。

『整備士として整備をするのが楽しかった。 自分の能力を必要とするラウの手助けが出来る事が嬉しかった。 だから一時は目的を見つけて気が軽くなったけど、 砂漠での出来事で何かが違うって分かったんです』

の声は強さを増し、やがてはっきりとした言葉に変った。

『本当に迷わない為には私も、剣を持って戦わなくちゃいけないのかもしれません』

いつもなら危ないだの駄目だのと言っていたのに、今、其処に居た誰もがの表情を見て何も言い返せない。 風に吹かれるその顔は、今までに見た事が無いほど峻剣だった。