≫支えようと無意識に手が動いた 君が悲しみに溺れてしまわないように (09.01.26)


マラッカ海峡で、アークエンジェルは待ち受けていたザフトの部隊と交戦をしたが、 残念ながらザラ隊は潜水空母の故障により戦闘に間に合わず、 イザークがまたも討ち損じた機会に癇癪を起していた。 おまけにアークエンジェルは多数被弾するもマラッカ海峡を無事突破したらしい。

そんな中、オーブ近海に到達した頃やっとザラ隊はアークエンジェルに追いついた。 空中を飛べるグゥルで出撃したイージス、デュエル、バスター、ブリッツの四機は 小さな島の点在する海域で激しい戦闘を繰り広げる。

"足つき"は先日の戦闘で被弾した傷を負いながらも健闘をしていたが、 彼等の働きもあり艦体から所々黒煙を立ち昇らせいた。

けれど変わらずストライクが活躍し、なかなか致命傷を負わす事は出来ない。 そして、オーブ領海に接近した時、"足つき"は舵が取れずにオーブ領域に入ってしまいそうになった。

『展開中のオーブ艦艇より入電!』



オーブの将校らしき者の次に聞こえてきた言葉に、とアスランは息を呑んだ。

「アークエンジェルは今からオーブの領海に入る!だが攻撃するな!
 ―私は、カガリ・ユラ・アスハだ!」



◆My love story◆



『どうした?』

呆けて発令所に座ったままのを見つけて、アスランは心配そうな声をかけた。 整備士である彼女にXナンバーの修理を頼もうにも何処にも居らず、パイロットスーツのままに探しにきたところだったが、 まさかこんな顔付きをして戦闘後から動く事無くモニターを見続けているなんて思わなかった。

『・・・?』
『え?・・・あ!すみませんっ、どうしました?』

はアスランの声に気付かず、顔を覗きこまれて初めてアスランの存在に気付いた。 思いつめていたような表情をしていたが、アスランの顔が眼前に現れた事に驚いた声を出した後、慌てて姿勢を正す。

『・・・いえ、ちょっと・・・』

目を逸らすを不審に思ったアスランが様子を伺うが、先程無線から聞こえた声、 あの声の主を自分は知っているから驚いた、とは言えない。はぐっと口を噤んだ。

あれはバルトフェルドの駐屯地へと行った時の事だ。 あの時に出会った、カガリと言う女の子。 彼女は金の髪と強い眼差しが印象的な、こちらが気迫押されするくらいに元気な女の子だった。 笑顔はとても輝いていて、親しみ易さはナチュラルとコーディネーターの隔たりなんて感じないほどの。 だからこちらも笑顔で彼女を見送って、それから、

『どうした?』

アスランの問いに「ふぇ?」と言う返事を返したは、自分がまた考え事をしていた事に気付くと、 目の前の彼が疑問を抱いた顔をしているので、慌てて意識がまた何処かへ行ってしまわないように首を横に振った。 そんな動作を見ながらアスランは首を傾げるばかりだったが、 が思っているのがインド洋の孤島で共に過ごした相手だとはまさか思わないだろう。 取り敢えず、が落ち着くのを待っていた。

『え、っと、何でしたっけ?』
『ああ、機体の修理を頼もうと思って・・・』

それよりも、アスランはとイザークが婚約者だと知ってから幾日も過ごしたがと存分に話が出来ないでいた。 意識しているのは自分だけのようなのだけれど、これほどショックな事はなかなかと無い。

普段見る二人は婚約者なんて思えないほどさっぱりとした間柄で、 驚いたと言っていたディアッカやニコルもたいして気に止めていないようだった。 イザークとが二人でいようが話しかけに行くし、逆に二人で居ても彼等はニコルやディアッカに話しかけに行ったりもする。 それは仕事とプライベートとを割り切っているからなのだろうけれど、 二人で会話をしているのをたまたま聞いてしまった時も、ほとんど自分としているような話ばかりで、色気も何も無かった。 だから、今まで気付かなかった訳でもあるのだけれど。

『そうですか。分かりました。今すぐ行きます』

悩みの種はアスランがそんな事を考えているなんて微塵も思っていなく、 カタリと椅子を鳴らして立ちあがると艦長に一礼をして発令所を急いで出た。 そして小走りで廊下を渡るの後姿に、アスランは鼻をかいて話しかけた。

『ごめんな、忙しいに仕事ばっかり増やして』
『え?』

後ろから聞こえる声が豪く気を使っている事を不思議に思ってか、 が足を止めてアスランを振り返るとアスランは困ったような笑顔をしながら追いつこうと歩み出した。

『ほら、いつも・・・結構な損傷してるだろ?』
『良いんですよ。それが私の仕事なんですから』

隣に来たアスランを見上げは苦笑いを作りながら話を続けるが、アスランはチラリと他所の事を思ってしまっていた。 普段ならこうやって足を揃えて歩ける事が嬉しいのに、どうもイザークとの事が気にかかって仕方ない。 それなのに、そんなこんなを考えているのが分からないの口から今は聞きたくない言葉が聞こえた。

『アスランよりイザークに謝って貰いたいですよ。 内緒ですがいつも結構な損害を得てると思ってたんですよ。今回の破損も凄かったし』
『・・・婚約者、だし?』
『は?』

アスランの言葉に何故ここでの会話に婚約者と言う単語が出てくるのだろうかとは眉を顰める。 そしてその事ばかりを考えていた為ポロっと口から零れてしまったと、アスランはハッと目を開いた。

『いや、違うんだ!ただ・・・』

もそりゃ疑問に思うだろう。アスランは思わず自分の口に手を当てて誤魔化そうとした、が上手く言葉が出て来ない。 自分で自分を口下手だとは認識していたが、こう言った時には最も困るものだと痛感する。 分かっているなら何か学んでおけば良かった、と頭を抱えたくなった時、があっけらかんとした口を開いた。

『私達、婚約者じゃないですよ?』
『え?』

慌てていたアスランはさらりとの口から放たれた言葉に、自分の耳を疑った。 婚約者じゃ、無い?・・・だったら何なんだ? あの時、ディアッカとニコルが言ってたのは。

『正式にはただ彼のお母様、エザリア様が仰っただけで、公式じゃないんですよ』

最初から婚約は認めないと言い切ったイザーク。 彼の印象は冷たいけれど、段々知るにつれ意外にも情に厚い事が判明し、思い出すとついつい笑みが零れてしまう。 けれど自分達はそんな仲じゃない。エザリアに言われただけ。 それに、やっと最近まともに会話をしてくれるようになった相手だと言うのに。

『アスラン、実は・・・』

は簡潔に先日ディアッカとニコルを驚かせたイザークの発言をアスランに伝えた。 婚約者が居ると、そう言っておいた方が面倒に巻き込まれずに良いだろうと判断してくれた時の事を。 アスランも、言われてみればイザークの性格を知っているし、理由は十分理解出来る。 今までも何だかんだと文句を言っては居たが、仲間や一緒を仕事にする人々へ気を使わない事も無い。

『だから、形だけの婚約者って事です』
『へぇ、そっか・・・』

アスランはぱちくりとままたきながら相槌を打つ。の言葉を聞いて急に心軽くなった。
ゲンキンながらも二人が想い合って居るわけじゃない、そう思うと今までの胸の痞えが一気に消え去った。 自分以外の誰かを思っているんじゃない、とそう思ったら 余りにもすっきりしたものだから、何度も何度も「なんだ、違うのか。そうか、」と繰り返し、 嬉しい回答に自分の胸を撫で下ろしていた。

『じゃ、格納庫行きますか』
『ああ、急ごう。皆待ってる』
『替えのパーツの洗浄は終わってますかねー。デュエルの』

廊下を歩きながらが意地悪な顔つきでアスランを見るのは、 イザークの性格そのままの真っ直ぐな戦闘を思い出しを笑ってるのだろう。 アスランも先刻の戦闘を思い出した。アスランの注意も聞かずに熱くなる同僚の行動を。 無事だから良かったものの、とは思うがついついアスランも笑顔になる。

『そうだな。イザークはいつも猪突猛進過ぎてキラに―・・・』



『キラ・・・?』

今まで笑顔を作っていたは、何故か突然歩みを止めた。 アスランはそんなを振り返る。

『・・・キ、ラ・・・?』

何気なくしていた会話に入ったたった一つの単語なのに、 の耳に聞えた途端どくんと激痛にも似た重さが胸に鳴った。

?どうした?』

アスランはの顔を覗き込むように様子を伺うが、 はただ立ちつくし瞳は何処か遠くを見ているようだった。

『ストライク・・・、キラ・・・』



思い出される、砂漠での出来事。
はっきりと今でも脳裏に残るのは、ストライクにナイフを突き立てられたバルトフェルドとアイシャが乗るラゴゥが、炎に纏われて燃え尽きる場面。 あの後イザークとディアッカに慰められながらこれでもかと言うほど泣いて、泣いてばかりじゃダメだって気付いて、 だからもう悔やんでないで前を向こうと、そう自分の中で整理をつけた筈なのに。

けれど「キラ」と言う単語は、自分の意思にも、何にでも勝るような力を持っているようだ。 アスラン以外は知らない名前。だから今まで聞く事は無かった。けれど、今、思い出す。あの日、二人を殺した―。

― キラ ― 



!?』

アスランに肩を揺すられは焦点をアスランに戻す。 しかしいつもと違うの顔つきを把握しようと、アスランはしっかりとを見た。 の瞳はアスランを見ているのに、何処か余所を見ているような、そんな感じで一体何がどうしたのかとアスランは息を呑む。

『アスラン・・・、次はキラさんを討つおつもりなんですか?』
『え?』
『ラウにも言われてるんでしょう?』
『・・・ああ』

表情もそうだが自分の前でクルーゼの名を普通に呼ぶなんて、珍しい。
そしていつになくはっきりと話すの声色に、アスランは思わず姿勢を正した。

― さっきも言っただろう!撃たれたいのか!? ―

この声、一度だけ聞いた、あの低くて圧力のある声に似ている。
けれどこの色の無い表情は、あの時とは違う。

『討てないなら・・・。討てないなら、わたしが・・・』



?』

余りにも小さい声でアスランの耳にの呟きは届かずもう一度言ってくれと聞き返す。

『い、いえ、何でも無いです!』

が、は急にいつもの表情に変わりいつもの声を出して首を振った。

『私、急ぎますね!』

そう言うとはアスランの返答も聞かずに艦内を走り出した。
意を突かれたアスランは、理解出来ないの発言に目をぱちくりとさせるばかりだ。

『さっきの声は?』

今はもう居ない相手に問うように、アスランは廊下を歩き出した。



『・・・私、何て事を・・・』

時々自分が口走ってしまう言葉を分かっているが、受け止め難い。
そんな事思っていないのに、思いたくもないのに、戦争が嫌いだって、そう思っているのに内から湧き出る感情が言葉を制止出来ない。 もう「前のような自分」ではない筈なのに、時々忘れた頃、心の奥から見え隠れしてしまう。 これ以上アスランと一緒に居たら、言いたくない事を口走ってしまいそうだった。

か。こんな所で何をしている』
『イザーク・・・』

あれから作業をこなし、もう既に夜も遅い時間。 格納庫の片隅でデータを入力していた筈のが、 ラウンジで一人座っているのを発令所から帰って来たイザークが偶然見つけた。 本当なら見かけてもそのまま通過するような場面だが、今回は足を止めた。 なぜならは電気もつけずに薄暗いラウンジに一人で居た、と言う事はまた何かしら考え事をしているのだろう。

足を進めるとぼんやりと廊下から入る光がを照らし、その瞳が潤んでいるのが見えた。 イザークはゆっくりとの隣に腰を下ろすと、覇気の無い顔を見て小さく息を吐いた。

『戦争を止めるには、どうしたら良いんでしょうね』

また良からぬ事を考えていると分かっていたイザークはの問いに驚く事無く静かに聞いた。 そして腕を背凭れにかけて深く座り直す。

『・・・さあな。それが分かれば終わっている』

を見ずに広々としているラウンジを見廻す。
誰も居ないラウンジは夜中の静寂に支配され微かな声でも響いた。

『そうです、ね。確かに。・・・守りたいだけなのに、どうして皆死ぬんでしょうか』
『それは守りたいからだろ。死んだとしても守りたいものがある。 それは家族や自尊心と、各々理由は違うだろうがな』

は頭を抱えて俯いた。
顔を見られたくないからだろうとイザークはちらりとだけを見やる。

『私も、守りたいって思ったんです、でも』
『お前は整備士として良くやっているだろう。それで十分だ』
『でも・・・』

―私が出ていれば、もしかしたら、

『おい、また泣くのか?もう泣かないんだろ?』

イザークの声に、は顔を上げた。
泣いているなんて何で分かったのだろう。もう電気の消えたラウンジは暗くて顔が良く見えない筈なのに。 それに、此処なら誰にも知られずに泣けると思っていたのに。 それなのに、どうしてこの人は私を見つけられたのか。

『・・・だって、イザークの前だとどうしても』

けれど、こうやって自分の気持ちが落ちている時に傍に居てくれる人が居ると純粋に嬉しいと思う。 クルーゼ以外の誰かに支えられて泣く事なんて、もう出来無いと思っていた。 だから優しい言葉をかけてくれるイザークの顔を見ると、つい気が緩んで自然に瞳から涙が零れてしまう。

『・・・お前、泣き虫・・・、だな』
『・・・すいません・・・』

そうも言いながらイザークはたどたどしい手つきでの涙を拭った。
次から次から流れる涙は、イザークの細指で拭ってもとめどなく滴り落ち、もう止まる事を知らない。

『・・・本当に、すみません・・・』

はそれしか言えなかった。
イザークは初めて会った時から自分に真っ直ぐで、正当で、そして真摯だ。 時には率直過ぎて突き刺さる言葉も多々あるが、それは正論を述べている証拠だから。 クルーゼは自分に対して温かく接してくれたが、こう厳しくも真実を語ってくれはしなかった。 イザークによって突き付けられた世界は目を背けていた自分には辛いものだけれど、 イザークが居なかったら見えなかったものばかりだった。だから更に迷ってしまう。本当に自分が居るべき位置を。

『今だけだからな。奴等がまた心配する』
『はい・・・』

が返事をした後、どちらともなく引き寄せられた二人はゆっくりと身を寄せる。 そして、イザークはの背に手を添え、はイザークの胸に顔を埋め、声を殺して静かに泣いた。