≫目覚め始めた胸の痛みは、病にも似た (09.01.22)


夜も更け、ニコルが飲み物を取りに行こうとラウンジへ向かう途中、 廊下の踊り場にあるソファに、イザークが静かに腰かけていた。 手には暖かかったコーヒーが、既にひんやりとして飲めたものではなかったが、 イザークは変わらず手に持ったままただ一点を見ていた。

『あれ?イザーク』

不意に聞こえたニコルの声に、イザークはハッとして顔を上げた。



◆My love story◆



『眠れないんですか?』

あれだけ颯爽と宿舎の部屋へと消えて行ったくせに、何故こんな所に居るのだろうか。 ニコルは此処で座っているのなら部屋でのんびりとした方が良いのでは、と思い声をかけた。 それとも此処に居るのは慣れない宿舎で眠り付けずに、気分転換でもしているのだろうか。 どちらにせよニコルは疑問に思っただけの事を聞いただけなのだが、 イザークは怪訝そうな顔をして他所の方向へ目を逸らした。 しかし、また直ぐもとの方向へ視線を戻す落ち着きのないイザークに、ニコルは更に疑問を抱き首を傾げた。

『部屋を此処から見てるくらいなら中に入れば良いじゃないですか』
『・・・フン』

イザークが視線を向けていたのは、 此処から廊下を直線に辿れば見える自分たちが泊まる筈だったドアだ。 その中にはイザークが引き入れたが居る。 ニコルはドアとイザークを見て、バツが悪そうにしていたイザークの顔を覗き込んだ。

『もしかして、喧嘩でもしたんですか?』
『けっ・・・!?』

ニコルが眉を下げ聞くと、イザークは驚いたような大きな声を上げた。 慌てているのだろうか。手に持っていたコーヒーが零れかけたが、反射神経を生かして直ぐに持ち直す。

『・・・喧嘩なんかしていない。アスランが心配だと言って寝ないから出てきた』

ものの少しで零れるところだったコーヒーを見つめ、イザークは口を尖らせた。 あの時は兵士からを守るつもりで部屋まで率いたが、部屋に入った途端、自分の行為に自分で驚いた。

だからと言っては動揺すること無く至って普通で、 ほぼ全くと言って良いほど自分の存在を気にかけていないようだった。 それは格納庫で異性の整備士たちと寝泊まりするうちに自然に身についてしまったものなのかもしれないが、 兵士としてでも今まで異性と共に部屋に泊まる事も無かった自分はそうもいかない。

だから「部屋」で二人っきりなんて、どうして良いかわからなかった。 寝てくれればまだ良かったのだが、起きてアスランを心配しているが近くに居たら 此方が気になっておちおち寝れないと言うものだ。 そもそも、あんなに強いのなら一緒に居てやる事もなかったかもしれない。 兵士を捻じり上げたあの運動能力は、ただの整備士のものじゃなかった。

そんな事を考え込むイザークの脳内を知らないニコルは更に質問を続ける。

『一緒に居て困るんですか?婚約者なのに。それともアスランに嫉妬ですか?』
『・・・何だ、お前』
『ふふふ。すいません、何だか今日のイザークいつもと違うから』

いつもは、こんな事聞いても鼻で笑われるか煙たがれるかのどちらかだろう。 ニコルは可笑しくもこうやって話が出来る事を嬉しく思った。 いつも功名心が高く冷静で時として昂然な彼は、 他の事は面白いくらい顔に出すのに、今みたいな話をする時には素直な顔を見せない。 自分みたいな年下の場合は特にそうだ。

何も知らないニコルにだって、これは間違いなくが現れてからだと分かる。 それまで自分達はずっと一緒にいたのだから。 けれど戸惑うイザークへこれ以上を問うのは止めようと ニコルは優しく微笑み、その場から立ち退こうとした。

『ニコル』

その時、イザークがニコルを呼び止めた。

『はい?どうしました?』
『どうせ今夜は寝れない。明日は俺が一番最初に行く。雨も降ったし、間抜けなあいつも流石に困ってるだろ』

ニコルと目線を合わせはしなかったイザークが、微かな声でアスランを気遣う。 やはり何だかんだ言っても気にかけているのはイザークが情に厚い証拠だ。 ニコルは隠せない笑みを堪える事無く、イザークの言葉を制する。

『いや、僕が一番に行きます。イザークはさんが部屋から出たら寝るんでしょ。だったら少しでも寝てて下さい』
『だが・・・』
『じゃあ、お休みなさい』
『・・・ああ』

ニコルはイザークが頷くのを見ると、ラウンジへは行かず部屋へと帰って行った。
笑みが胸を温かくする。だから、この互いを思い合える気持ちを、歩く事で溢さないように。



ニコルが去った後、またイザークが視線を部屋へと戻すと、静かにドアが開いた。 その中から何かがひょこり頭だけ出し、これまた何かをキョロキョロと探している。だ。

『あ、イザーク!直ぐそこに居たんですね。何処に行ったのかと思いましたよ』

なかなか帰って来ないから、宿舎内を探しに行こうと思ったと言うを見て、 イザークは人の心配ばかりしてるような奴、本当に気にかけてやる必要がないと嘆息した。 おまけに疲れている自分がこんな所に居てこの女の心配をしてやるなんて、可笑しな話だ。 パイロットの健康管理が先だと思っていた前の自分だったら絶対にこんな事をしてなかった。

『辛気臭いやつが居る部屋になんて、居たくない』
『う、酷い事を・・・。私は心配してるんですよ・・・』
『冗談だ。なぁ、お前昼間の兵士を覚えてるか?廊下で会った』
『え?あ、・・・ああ。あれの・・・』

はイザークの言葉を聞いてしどろもどろに返答した。 そう言えば、捻じり上げている姿を見られていたなと、頬をかいて。

『お前が目の敵にされていたのをラウンジで見た。だから、部屋に来ないか少し気になってな』
『イザーク・・・が?』

は半開きの口でイザークに問う。

『ちっ、だから言うのが嫌だったんだ!心配してもこれだ』
『いやいや、有難う御座いますっ!お優しいなと思っただけなんですよー!』

どう思っているか分かったらしいイザークは、を睨んだ。彼女も慌てて訂正の言葉を発したが、 一瞬見せた呆けた顔が「イザークなのに?」と言っていたのがバレバレでもう遅い。

『考えれば、お前には不必要だったみたいだがな』
『え・・・と』
『士官学校以外でも、何か訓練してたんだろ?』

イザークの言葉に、はしばし考え込んだ。 それは返答するのが難しい事を聞いたのではなくて、聞かれたら答えるのを躊躇する事を聞かれた時の態度だ。 散々見て来たからイザークにはもう分かる。

『・・・前、話したように私は開発チームに在籍していた父のもとに居たので 軍事知識を得る機会が多かったんです。 それで、少し・・・だけ、・・・ほら、前のようにですが戦場に出てた事もあって。 それで、それで、チームの方々にMS戦以外も教えて貰って・・・』
『そうか』

イザークは目を泳がせて話すにもう良いとばかりに息を吐く。 嘘を言っているとは思えないが、これ以上を聞くのは今は止めた方が良さそうだ。 以前だったら聞いてやろうと思う部分もあったが、これ以上聞くと眉を下げて困り始めるだろう。 それももう分かる。

『兎に角、お前は部屋に戻れ。明日の出発に差し支えるぞ』
『でも・・・』
『黙れ。寝ろ。俺ももう直ぐしたら戻るから』
『う・・・。はい』

出発に差し支えがあるのはむしろイザークの方なんじゃないかと 言おうとした途端、イザークの煩わしいとばかりの視線に思わずは言葉を止めて、何度も小さく頷いた。 直ぐ戻る、と言う言葉を聞けただけでも良かったと思って部屋に戻る事にした。 きっと待っていたところで一緒には戻ってはくれないだろうから。

しかし、結局朝までイザークが部屋に戻る事は無かった。



それから、早朝から行われたニコルが居る先発隊の捜索により、アスランが無事に帰って来た。
孤島で一晩過ごした彼は脇に掠り傷を負ってはいたものの至って健康で、心配には及ばなかった。



『ふぅ・・・』

アスランは一息つくとメンテナンスベッドに置いたイージスから降りて、早速格納庫内を見回した。 いつもの基地なら必ず居た主だが、此処は他基地であり、その者が居るとは限らない。 けれど、居るような気がするのは、居て欲しいと望むからであろうか。 くまなく探っていると、キラリと光る小さな人影。

『あ・・・っ』

アスランは顔色を明るく染めた。 その人物の周りにはマイクロユニットの蝶が飛び回り、 それはアスランが良く見慣れたものだったからそれだけで誰だか分かる。 相手もアスランを見つけたようで、目を見開いたあと、満面の笑顔に変わり駆け寄って来る。

『お帰りなさい、アスラン!』
『ただいま、

「朝」にぴったりの、の清々しいほどの声にアスランも同じくらいの笑顔を返す。 眉を下げながらも笑顔で此方へ向かってくれるの優しさが嬉しい。 心配してくれていたのだと、顔を見れば実感出来る。

『大丈夫ですか?ニコルから怪我をしたって聞きましたけど・・・』
『脇に少しだけ。ただの掠り傷だ。これから身体検査はあるけどな』
『もしかして墜落した時に!?』
『いや、そうじゃなくて・・・』

がハッとした顔をしてのを落ち着かせると、しばし、アスランは何か考え込んだ。 その表情に孤島で何かあったのかとが聞くが、何も語る事は無くに視線を落とすと、やわらかく笑う。

『・・・本当に、大丈夫だ。有難う』

はアスランの言葉に頷いた。 話したくないのならそれでもいい。無事に帰って来てくれただけで、それだけで良いのだと。

『私イージスの様子見てきます』

アスランの無事を確かめたはニッコリ笑ってそう言うと、近場の整備士に声をかけイージスのメンテナンスへと急いだ。



クレーンに乗りひらりと舞う蝶と共にコクピットへ滑り込む彼女を見て、アスランは昨晩の事を思い出す。 地球軍でも何でも無い女の子が、何故か孤島に居た。 確か名前は ―カガリ― そう、カガリと言って、何処か儚いと違い、等身大で全ての感情を表すような少女だった。 ナチュラルのカガリと戦論で揉め互いの言い分を話したが彼女もと同様に戦争を憂いていて、大きな瞳に涙を溜めていた。

その少女を目の前に、どれだけ自分がを思い出したか。 は喜びは表に出すが、悲しみはいつも彼女の奥へと隠し続けている。 クルーゼだけには泣いているところを見せる以外、涙は他の誰にも見られたくないのか、 それとも自分が不甲斐ないだけで知らないだけか。 理由は分からないが、あの少女のように少しでも吐き出せたらいいのに それが出来ないだろうを思うと胸が苦しくなる。



『お、帰って来たんだ。アスラン』
『ディアッカ』

の後姿を愛おしげに見ていたアスランの横から、 さっき起きましたと言わんばかりの眠たそうな顔をしたディアッカがあくびをしながら声をかけた。 ディアッカ曰く、捜索は順番との事だったので体力を十分に温存していたらしい。

『元気そうじゃん。イージスもなんて事無いみたいだな』
『ああ。戦闘に巻き込まれたわけじゃないから・・・』

そう言いながらディアッカはイージスを眺め見た。 機体の損傷は何処にも見られなく、無事だったパイロットと機体に安心する。 何気なく上部まで見上げたところでディアッカは目を細めた。 イージスのコクピットにはがせっせと作業をしてる姿が確認出来た。

『あれ、もう来てたんだ』
『一応、心配・・・、してくれてたみたいで・・・』

そう言いながら頬を染めるアスランに気付かないディアッカは、 イージスのコクピットに座るを背伸びして覗いてみる。 それはそれはいつものように真剣に取り組む姿なのだが、小動物のようで思わず笑みが漏れた。

『すげー心配してたよ、あの子。けどイザークに怒られないのかねぇ』
『は?何でイザーク?』

アスランは突然出てきた名前をつい聞き返した。 が心配してくれるのをイザークに怒られる理由なんて知らないし無いだろう。 そもそもイザークがを突き放している姿は多々見られはしたが、だからと言って怒られている姿は見た事が無かった。

『・・・でも・・・』

そう言えば、以前自分がガモフに収容された時廊下で何処か親しげに話している二人を見たようなー・・・。



『あー、そっか。お前も勿論知らないか。イザークに婚約者がいるって出発前言ってただろ? 実はあの二人婚約者だったんだと。昨日も同じ部屋に泊まってさー』
『―・・・え?』

― 今、何て?

両腕を頭の後ろに組み「俺もニコルもそりゃもう驚いた」と言っているディアッカの声が上手く聞き取れない。 アスランは水中でも無いのに音が籠る自分の耳を疑ったが正直どうでも良くなったきた。 だって、から聞いた事も無い、そんな事。 自分がに特別慕われているとは思っていないが、それなりに自分は親しい仲に居なかったか? それに泊まったって?宿舎の部屋ではあるけれど、二人きりで?

『でも俺は良い雰囲気だなって思ってたんだ・・・あれ?アスラン??』

頭の中で多大な言葉がぐるぐると回り、もうディアッカの声は聞えない。

『ちょっと・・・、胸痛い・・・』
『おい、大丈夫かよ!医務室急ごう!』

アスランが胸を抱えてふらりとよろめくと、咄嗟にディアッカがそれを受け止める。 そして急に青褪めたアスランの顔を見た途端にディアッカまで顔を青くして、 どうしたら良いか分からないと慌てるままに医務室へと連れて行った。