≫あの約束を無かった事にしてしまったのは僕だった、だけど (09.01.20)
それで、誰が一番驚いたって言ってたっけ?
◆My love story◆
カーペンタリアに置かれたザフト軍の一室で、とニコルは最後にジブラルタルを出発しただろう一機が到着していない事に気を揉んでいた。
『・・・遅いですね』
ニコルがいつになく苛々した様子で、同じ想いを抱きながら窓の外を見ているに声をかけた。
はニコルの言葉に頷いて眉を顰める。マシントラブルで一時間ほど出発が遅れたアスランが、今だ此方に来ていないのだ。
二人は窓の外に視線を戻す。自分達が着いたのは午後も早い時間だったが、すでに空は赤く染め上げられている。
『さっきから15分も経ってないぜ』
ソファに腰かけたディアッカは雑誌を読みながらのんびりと答える。
そんな筈はないととニコルは同時に時計を見ると、針はディアッカが言った通りの経過を指し、
全く同じ行動をした互いの顔を見やって溜息を吐いた。
『私、様子見てきます』
イザークはいつまでたっても来ないアスランの輸送機の行方を尋ねる為に司令部に行っていた。
それをただ待っているのは気が気ではない。
グラビアばかり眺めているディアッカより奥でニコルが頷くのを確認すると、はドアを開けて廊下へと飛び出した。
『救難信号すら拾えないなんてっ』
駆ける廊下では舌打ちをした。
今はNジャマーの影響で通信も救難信号もレーダーで航空機の所在を調べる事も出来ない。
地球軍への対応としてザフトがばら撒いたものだが、自分達がいざそうなるとなんともやっかいなものだ。
そもそも、一体彼は何処で消息を絶ったのだろう。インド洋上とだけ聞いたが、範囲が広過ぎる。
事故なのか、それともこんな時代だ、ザフトの輸送機と分かり狙われたり、何処かの戦闘に巻き込まれたのだろうか。
しかしは首を振って思考を制した。考えたくもない、そんな事。
『あれ?』
廊下が二手に別れたところで、はピタリと足を止めた。
そう言えばカーペンタリアの司令室とは何処にあるのだろうか。
一度も来た事の無い地球の、それも他の基地なのに、部屋の案内もろくに聞いて無いのに、ついつい感情的になって飛びだして来てしまった。
『あ』
キョロキョロと周りを見ていると、一方の廊下から歩いてくる人影を見つけ、はそちらへと足を運んだ。
広い基地内の事は調べるより聞いた方が早い。
『すいません。あの、司令室って何処にありますか?』
『司令室?あっちの廊下を真っ直ぐ行って、つきあたりを右に曲がればすぐだ』
『有難う御座います』
が礼をすると、兵士は首を傾げてを見た。
『君、昼間ジブラルタルから来た・・・?』
『はぁ、そうですけど』
『ジブラルタルの同僚が言ってたんだ。可愛い子がこっちへ来るって』
そうか、君か、と笑う兵士はを頭から足まで見て、そしてまた顔へ視線を戻した。
ジロジロと見られる事に慣れてない自分は、そんな風に見られるとはっきり言って気分が悪い。
この兵士はただ興味半分で自分を見たのだろうが、今はアスランの消息を一刻も早く聞きたくて急いて、それどころじゃないのに。
『母艦の準備は明日までかかるみたいだ。良かったら今晩飯でも・・・』
『すみません。急いでますから』
は会釈をして方向転換し、案内された方向へ歩み出す。すると。
『ちょっと待って』
兵士がの腕を掴んだ。
『・・・離して下さい』
『今晩は待機なんだろ?』
掴まれた腕を引いても、相手は手を離してはくれなかった。
痛い、とは言わない。けれど不愉快だ。
相手は自分の状況を知らないから、だからただ悪気は無く声をかけているのだろうけれど、
でも、こちらは急いでいるんだ。
『・・・離せと言っている』
『―え?』
言って分からないなら、だったら、その煩わしい手を放して貰うしかない。
『触るな』
はくるりと身を翻し兵士の腕を掴み返し、そのまま捻じると背中に強く押しつけた。
容赦ないの力に、今にも関節が外れそうで兵士は痛いと言う言葉を吐くのがやっとだ。
にも苦しそうな息使いだけがはっきりと聞こえる。
しかしは冷ややかな目で兵士を見たままその手を緩める事はしなかった。
『何をしている!』
突如廊下に響き渡る声に、
は無表情のままゆっくりと振り返る。
が、そこに誰が居るか分かった途端、一瞬にして顔色を変えた。
『イザーク!アスランは・・・!?』
『、お前・・・?』
はぱっと兵士の手を放し、イザークのもとへと駆け寄った。
先程までのつんとした表情はすでに変わり、心配の色だけを含んでいる。
イザークは先程眼前で起こっていた出来事を思い出してへ視線を落とす。
あれだけ温かい感情を持ったが、今していた顔は一体どう言う事だ?
以前感じた気迫の欠片が見え隠れするのは、この兵士の行動に対して嫌悪を抱いていたからか。
見た感じではアスランの心配をして焦った末の行動でも、
慣れない地球の重力に引かれて身体が違和感を感じて情緒が不安定になっているせいだけでもないだろう。
『っ・・・!』
イザークが動いた陰に振り向くと、伸びた節を擦るように腕を抱え顔を歪めながら去っていく男は、を酷く睨んでいた。
『・・・今、貴様何をしていた?』
兵士を見送りながらイザークは呟くように問う。
自分は今の光景を見ていたのに、思わず聞いてしまうのは
目の前に居る小さな女の子があれだけの男を捻りあげていたなんて、正直目を疑ってしまうからだ。
幾らがコーディネーターと言え、相手だって充分な訓練を受けたコーディネーターなのに。
『夕食に誘って貰ったんですけど、知らない方だし、しつこいんでお断りしようと』
目をぱちくりとさせながら首を傾げているのはいつものだ。
それを見て此方も目をぱちくりとさせてしまう。イザークは纏まらない頭で質問を続ける。
『・・・・・俺には関節を決めてるように見えたが・・・?』
『アカデミーでは何でも教えてくれましたからね。役に立ちました』
確かにアカデミーは士官学校で短期間の間に射撃・ビルスーツ戦・ナイフ戦・情報処理・爆薬処理等を叩き込んでくれるが、
それでも今の動きはただ者の動きとは思えない。
ついつい考えに足を取られ廊下を歩く速度が遅くなってしまうと、が急かすようにイザークの袖を引いた。
『それよりアスランの行方は?』
そう聞く彼女は先程の無表情とは違い、一変して心配を前面に出した顔をしている。
イザークは疑問を残しながらも眼前で心からアスランを想う相手を見て、小さく疼く胸に手を当てた。
だって、彼女が此処へ来た理由は。
『・・・アイツを心配して此処まで来たのか?』
『はい』
そう答えたの真剣な眼差しを目の当たりにしたこのモヤモヤは何だろう。
前もそうだ。しばしアスランに向けていた、自分がして貰った事の無いような明るい笑顔を思い出す。
『だって、今まで一緒に居た仲間じゃないですか』
『「仲間」・・・?』
『はい。そうですよ!』
『・・・はっ・・・』
『―え?』
イザークの反応に、は驚いた。
それもそうだろう。彼が急に笑い出したのだから。
声を出して笑っているイザークなんて珍しい。どちらかと言うと怖い。恐怖だ。
自分は至って真面目で、面白い事を言っているわけではないのにこれやいかに。は開いた口が塞がらなかった。
『ははは、そうか。「仲間」か』
イザークは自分の胸を撫で下ろした。
余りにはっきり、そしてきっぱりと言い切ったの顔は真剣そのもので、安堵の感情が湧きあがって来る。
『何で笑うんですか?私は本気で心配を―』
『いや、行こう。「仲間」の心配してやってるんだろ?』
そう言うとイザークはの頭へ数回ポンポン、と優しく手を下ろす。
やけに嬉しく思うのは、のアスランへ向ける感情が自分より上じゃないと、
アスランがまた自分の一歩前に行ったからじゃないと、そう実感出来たからだ。
やっぱりアスランには何一つでももう負けを増やしたくない。
『おい、ウロウロすんなよ。気が散るじゃないか』
ニコルはじっとしていられないらしく、部屋の中を行ったり来たりしていると、
ディアッカは雑誌のグラビアページを眺めながら、心配性の同僚を呆れたように鼻で笑った。
『アイツなら大丈夫だよ』
『でも・・・』
言葉を続けようとしたニコルがディアッカに振り向いた時、ドアが開いた。
部屋に入って来たのはイザークとその後を追っただ。
『イザーク!アスランの消息・・・』
言いかけるニコルの声を無視し、イザークはにやりと笑って口を開いた。
『ザラ隊の諸君!さて、栄えある我が隊初任務の内容を伝える!
それは、これ以上ないと言うほど重要な、隊長殿の捜索である!』
ニコルとがぽかんと口を開いていると、ディアッカが大声で笑った。
そりゃそうだ、一番大事な任務だ、と二人は隊長の不在を嘲笑する。
『ま、乗ってた飛行機が落っこちまったんじゃしょうがない。
本部も色々と忙しいって事でね、自分達の隊長は自分達で探せとさ』
『やーれやれ、なかなか幸先のいいスタートだね』
『とは言ってももう日が落ちる。捜索は明日かな?』
『そんな・・・』
『大丈夫さ、ニコル。アイツはイージスと一緒に乗ってたんだ。
落ちたと言ってもそう心配する事はないさ。
俺らみたいに大気圏に落ちたってわけでもないし』
ディアッカの言葉に、ニコルは言葉を呑んだ。
ディアッカもイザークも今はこうやって笑っては居るがアスランなら大丈夫だと思っての嘲笑なのだろう。
確かに、イージスがあれば彼の事だ。ほとんどの事態に対応出来る。
『ま、そう言う事だ。今日は宿舎でお休み。
明日になれば母艦の準備も終わるって事だから、それからだな』
『・・・・・』
イザークは相変わらずふざけ半分に言う。は尚も口を開けてそれを見ていた。
やはり珍しい、珍しすぎる、と言うか先刻を含め今日、初めて見た。イザークが「普通」に笑ってるの。
彼もまだまだ少年なのだから友達と馬鹿笑いをしたりもするだろう。
けれど、イザークなのに。
頭では色々と考えられるのに身体はまだ動けない。
イザークが素直に笑っているのはアスランの間抜けを笑っている部分だけじゃなく、
先程のの言葉のせいだなんて、ぽかんとした顔からすると思いもしないのだろう。
それから宿舎へ足を運んだ面々は、夕食後にラウンジで割り当てられた部屋のカードキーを深刻な表情で眺めていた。
今は人数分のお茶を貰いに行っている。残された三人は互いの顔を見合せてごくりと息を呑んだ。
『・・・二人部屋・・・ですか?』
『そうだ。二人・・・部屋・・・』
ニコルが静かに聞いて、イザークが返答する。
テーブルの上には二つしかないカードキー、それが何を物語っているのか分かるだろうか。
此処にはとイザークとディアッカとニコルが居て、二人部屋を割り当てられている、と言う事は。
『誰がちゃんと一緒の部屋になるの?』
『!!』
さらりと言ってしまったディアッカの何気ない言葉に、ピタリとニコルとイザークの動きが止まる。
あれあれ二人してどうしたの?と言いながらにやりと笑っているディアッカに、
分かってるくせに、とイザークとニコルは眉間にしわを寄せた。
そもそも何故こんな部屋割なのだとイザークは思った。
クルーゼからの連絡をアスラン、イザーク、ディアッカ、ニコルの編成だけがカーペンタリアに着くと勘違いされたのだろうか。
クルーゼととの仲なら女の子が一人いると、言ってくれても良さそうなのに。
『なんなら俺が一緒の部屋になろうか?』
『馬鹿野郎!貴様となんぞ同じ部屋に出来るか』
『そうですよ。一番危険なんですから』
ガタリとイザークとニコルは席から立ち上がる。
冗談半分で言ったつもりだが、これ以上調子に乗らない方が良いだろう。
ディアッカは手を上げて二人を制した。
『まぁまぁ、二人して保護者してますねぇ。彼女のが年上じゃない』
『五月蠅い。それにあれの何処が年上として認識出来るんだ』
『正直僕も思います。彼女はのんびりしてますから・・・』
三人はお茶を貰いに行きながらなかなか帰らないへ視線を寄せると、
なにやら中に居る中年女性と楽しげに話をしているではないか。
各々溜息が洩れる。こんな風に考えているのは男どもだけか。
『・・・俺とニコルとディアッカが同じ部屋で寝れば良い』
イザークが口を開く。気が付かなかったのは自分でも呆れるが、簡単に考えればそうだろう。
彼女と一緒になる必要なんて無いんだ。ディアッカはソファにでも寝れば良い。
『お待たせしました!おばさんがサービスしてくれたんですよ。遠いところ大変だったねって』
トレーにドリンクを乗せて、話のタネが返って来た。
にこにこと椅子に掛けるを見て、三人はまたも同時に溜息を吐く。
『どうしました?あっ!まさかアスランに何か―?』
『違う違う。何でも無いよ』
ハッとした顔をしたに、ディアッカは鼻で笑って肩を竦めた。
イザークも目をぐるりと回してから視線を外し、頬杖をついて他所に座る兵士達を何気なく見た。
真面目だが抜けてる彼女にはこの状況を上手く説明するのは難しい。
「あの子・・・ほら・・・」
「・・あの時・・優しく・・・え、かけたのに・・・」
たまたまイザークが見た方向のテーブルに、見た事のある顔が座っていた。
いや、違う、見た事があるんじゃない。さっき見た奴だ。に逆関節を決められてた、アイツ。
そう思いながら見ていると、何やらこそこそと話している声が聞こえてくる。耳を傾けると―。
「・・許・・・ない・・」
「・・あの子・・・夜、・・で・・・・」
兵士達との距離はそうないが、小声で話をしている為良く聞き取れない。
しかし彼等は穏やかじゃない話をしているだろう事は表情からして分かる。
イザークは兵士の座るテーブルの方を向いて立ちあがり、一方のカードキーを手に取った。
『やっぱりは俺と同じ部屋だ』
『は?やっぱりって??』
話に参加してなかったはイザークを見上げて言葉を聞き返した。
本人にはいきなりだが、他の二人は分かる。二人もガタリと席を立った。
『何でよー?イザーク』
『どうしたんですか?』
いきなり鍵を握りしめたイザークに、ディアッカとニコルが詰め寄る。
ディアッカはただ羨ましい選択をした事が引っ掛かり、ニコルはイザークの顔が急に険しくなった事を気にかけた。
イザークは二人を見る事無く兵士達のテーブルを見たまま鋭い視線を向けると、兵士達がイザークの存在に気付く。
『コイツは俺の婚約者だからだ』
テーブルに居た兵士達だけではなく、ラウンジに居た兵士が声を張ったイザークを見た。
赤服を着ているエリートは、ただ立っているだけでも目立つのに、
あの通る声で、おまけに「婚約者」なんて言葉を言われては振り向かない事もない。
『え?え?え?イザーク、それ・・・』
『黙れ。お前の為だ』
『はいっ?私の??』
何がなんだか理解出来ていないはイザークに手を引かれる。
イザークが兵士を振り返ると彼等は驚いた顔をしていたが、イザークと目を合わせた途端すごすごと視線を逸らした。
イザークはそんな彼等を見て鼻を鳴らすと、彼らは冷淡な気迫を感じ取ったかビクリと肩を震わせた。
まったく、ここで目を逸らすような奴等と揉め事を作っても仕方ない。
『行くぞ』
そう言うとイザークはの腕を掴み強引に廊下へと引く。そしてそのまま宿舎へと消えて行った。
『・・・あれ・・・?』
『・・・・・・はい?』
もっと状況を理解出来ていないニコルとディアッカは、誰に問うでもなく小さな声を発する。
もしかしたらどちらとも無意識だったかもしれない。
以前、イザークは婚約者がいるとは言っていたけどその時はも其処に居た。だったら普通は同僚なのだから自分たちに紹介したりするだろうに。
あの時、はただ座って見ていた。それが、どうして。
『えー、俺らも、部屋行く・・・?』
『あ、・・・はい』
ディアッカの言葉にニコルがから返事をする。
聞いたものの、ディアッカもその場から動かない。
ただイザークが口にした余りにも衝撃的な言葉を、頭の中で繰り返していた。