≫心の隙間を埋めるなら想うだけじゃなくて この手で、どうかこの手で (09.01.19)


イザーク、ディアッカ、そしての三人はシャトルから降りて来たクルーゼを迎える為ターミナルで待機していた。 久方ぶりに会う上官に緊張した面持ちで背筋を張っていた二人だったが、シャトルから人影が現れた瞬間に隣に立つが急に走り出した事に驚く。

『ラウ!』

まるで子供のように喜んで、そして此処は基地であるにも拘らずクルーゼに躊躇いもなく抱きついたを見て、二人は目を丸くした。



◆My love story◆



は昔からの良いパートナーでね。度々仕事を手伝って貰っているのだよ』

ブリーフィングルームにつくと、思い付いたかのようにクルーゼがとの関係を口にした。 部下二人が尚も驚いているのを面白がっているのか、仮面の下から覗く口の端が上がっているのをイザークはその眼に確認する。

隣に座るディアッカはポカンとするばかりだがイザークは「昔から」と言う言葉を思い返していた。 に一度クルーゼとの仲を訪ねた事があったが、彼女は「仕事をした仲」とさっくり答えた。 けれど今、目の前に居るの表情を見ると、それ以上の感情があるのではないかと思える。 肩に乗せる蝶を見る穏やかなその顔よりも、アスランに見せた笑顔よりも、自分に見せた泣き顔よりも、それよりも、もっともっと素直で。

『ちっ・・・』

何故か面白くない。イザークは上官の眼に入らないように舌打ちをした。

『さて、我々はこれから「オペレーション・スピットブレイク」の準備にとりかかる』

そっぽを向いていたイザークを振り向かせるかのように、クルーゼは今後の説明を少し大きめの声で始めると、 イザークは動揺を含んだ顔を見せ、唐突に声を上げて制止した。

『は?待って下さい、隊長!』
『何だね、イザーク』

イザークは席を立ってクルーゼの前まで来ては背筋を正す。 スピットブレイクの準備にとりかかるとはつまり、このまま"足つき"を追わずして此処に留まると言う事だ。

『お願いします、隊長!あいつを追わせて下さい』

地球にまで降りて来てストライクを追うのを中断しろと言うのか。 そんなのは御免だ、どうにか自分の傷と、を悲しませたストライクに一矢報いてやりたいと 感情剥き出しのイザークが食ってかかるように懇願する。 クルーゼがイザークの意気込みに小さく唸ると同時にブリーフィングルームのドアが開いた。

『イザーク、感情的になりすぎだぞ』

クルーゼがやんわりとたしなめている最中、室内に足を踏み入れた二人はイザークの顔の傷に驚いて一瞬足を止めた。 ジブラルタル基地に先程ついたアスランとニコルだ。

『イザーク、その傷・・・』

アスランが傷跡を見て衝撃を受けている事に、イザークはきまり悪く顔を背ける。 地球降下前にストライクと交戦した時の傷に違いない。 その向こうにはディアッカが手を上げて「よう」と声をかけ、彼の隣に座ると目が合うと心を鳴らされた。 アスランとニコルを見て明るく笑い軽く会釈をするの肩には先日あげた蝶がひらりと羽を休め、大事にしてくれているのだと嬉しくなる。

『傷はもういいそうだが彼はストライクを討つまで痕を消すつもりはないらしい』

クルーゼがイザークに代わって説明すると、アスランは「ストライク」と言う言葉に息を呑む。 やはり、どうしても敏感になってしまう。 仲間が任務を果たすと言う事も、自分が置かれている状況も分かってはいるつもりなのだが、まだ心の整理がつかなくて。



『"足つき"がデータを持ってアラスカに入るのは阻止せねばならんが、 それは既にカーペンタリアのモラシム隊の任務となっている』
『我々の仕事です!あいつは、最後まで我々の手で』

―じゃなきゃ、の涙が報われない。

言葉を続けるクルーゼに、イザークは更に言葉を投げかける。
すると、ディアッカも珍しく熱い声をあげイザークに口を揃えた。

『私も同じ気持ちです、隊長!』

辛酸を舐めたのはイザークだけではないらしい。 普段は穏やかに皮肉的な笑いを含んでいたディアッカだが、今回はそうもいかないようで、 それはやはり前回の何の成果も無い戦闘からきているようだ。 二人の真剣な目に、クルーゼは暫し考え込む。

『・・・私は動けんが、そこまで言うなら君たちだけでやってみるかね?』
『はい!』

喜々としてイザークが返事をする。
これで、ストライクを追う事が出来る。

『では、イザーク、ディアッカ、ニコル、アスランで隊を結成し、指揮は・・・そうだな』

ちらりと一人ひとりを見やって、突然クルーゼはアスランを振り返る。

『アスラン、君に任せよう』
『えっ?』
『カーペンタリアで母艦を受領出来るよう手配する。、お前もだ。直ちに移動準備にかかれ』
『はい』

イザークが振り向くと、ディアッカの隣に居たが、クルーゼに命されて手をあげて答える。 Xナンバーを乗る以上は、いつも彼女が傍に居ると言う事だろうか。

『隊長?私が・・・ですか?』

ぽつりとアスランが、クルーゼに確認する。 確かに、アスランが戸惑うのも無理は無い。イザークやディアッカを差し置いて隊長になる事だけではなく、 隊長であると言う事はストライクを討つ為の指揮をとると言う事だ。 心の整理がついていないのに、クルーゼはアスランとキラの関係を知っているのに。

アスランが思いつめていると、イザークとディアッカは部屋を出て行き、心配そうな目をしていたニコルも二人を追った。 出る際に見たイザークの顔は明らかにアスランの下で働くと言う事が嫌だと滲み出ていた。 昔から何かとアスランは一歩前に居る存在であったのに、 更に今回少人数の編成ではあるが自分の上に就く、となると面白くないのだろう。 ディアッカの気遣いも聞かず、荒々しく歩く後ろ姿はも思わず呆けた顔で見送った。

『アスラン』

彼等が去った後、クルーゼが試す様に囁くと、アスランの顔が硬く強張った。



はそれを見逃さず、ところどころ聞こえる言葉に首を傾げた。

『約束って?聞こえちゃった』

彼等が去った後、座ったままのがクルーゼに尋ねる。 彼等は支度や着替え等があるだろうがの場合移動するにも用意するものも着替える必要もほとんど無い。 時間を持て余しているにクルーゼは薄く笑うと、小さく座る彼女の言葉にゆっくりと答えた。

『彼はストライクのパイロットと友人関係だそうだ』
『ああ』
『おや、知ってたのかね?』
『うん。前にね、聞いた』
『以前コーディネーターの彼を説得出来ないのなら、自分が討ちとると言っていた。それを確認しただけだ』
『そんな事・・・』

―を、しなければならないのが戦争か

は口を噤んだ。 以前友達を討ちたくないと、ヴェサリウスの廊下で無言で語っていたアスランを思い出す。 二度目にヴェサリウスの廊下で同じ話をした時の彼は、迷っているが「撃つ」と言っていた。 戦争は何処まで人を貶めていくのだろう。

『彼は脅威だ。キラ・ヤマト。人類の夢・・・』
『え?』
『いや、何でも無い。ではXナンバーの調整は君に任せたよ』
『またラウとは別々かぁ』
『そう言うな、私は君が居てくれて助かっているんだ。全てを任せられるよ』
『・・・本当に、そう思う?』
『ああ。有難う』

そう言って頭を撫ぜる彼の手は酷く優しく、 やっぱりは子供のように微笑んだ。



さん!』
『あ、ニコル』

パイロットスーツを身につけたニコルが、ターミナルへとやって来た。 先に待機していたは駆け寄るニコルを笑顔で迎える。後ろを見るとアスランも一緒だったようで ちらりと此方を見てそわそわと目を逸らしながらゆっくりと歩いてきた。

『お久しぶりですね、さん。地球ではどうでしたか?』
『はい。此方へ降りてからも色々ありましけどそれなりにやってました』

色々、とは先日のバルトフェルドを失った戦闘の事を指しているのだろう。 ニコルは上手く慰める言葉が見つからず、眉を下げた。 しかし目の前に居るは気丈に「大丈夫」と声を張る。

『元気・・・か?』
『え?ええ。変わらず健康ですよ』

何処か無理に笑っている気がしたアスランは小さな声でに問う。 ぽかんとベクトルの違う答えを返すの顔はアスランが言った意味が伝わってはいないようで、 アスランもニコルと同様、何かしらかける言葉が無いか探っていた。



『あら?もう来てたの?』

アスランとニコルが視線を泳がせていると、ディアッカとイザークもターミナルへと集合した。 イザークはアスランの顔を見て鋭い視線を投げると、バツが悪そうに顔を背ける。 やっぱり彼が隊長になった事を面白くないと思っているのだろう。 時間が空いても腹の虫は納まらないらしい。

『ねぇ、ちゃんは誰の輸送機乗ってく?』

ディアッカが顎で指す中型の輸送機はMS一機のみの搭載型で、乗客はパイロット一人とMSだけになる。 は勿論輸送機を出して貰う必要が無いので、必然的に誰かと一緒に行く事になった。

『私ですか?』

アスランはちらりとミキを見る。自分と一緒に行くと言うのは、彼女としてどうなのだろうか。
もしかしたら―

『私は誰のでも良いですよ。乗せて貰えるだけ有難いのですから』

しかし、さらりと吐く言葉は多少なりとも期待を持っていたアスランの胸を締め付けた。 マイクロユニットをあげたり、ニコルのコンサートに共に行ったりと交流がある自分なら 少しくらいは名前があがると思っていただけに、簡単に言われると結構なダメージを喰らう。 ああ。この落胆した背中に、いつか彼女が気が付いてくれる時が来るのだろうか。

反対に、イザークは溜息をついた。この女が気の抜けた言葉を言うのは相変わらずだ、と。 もう此処に居る誰もが彼女を信頼し、共に輸送機に乗る事を嫌がらないのに。 としては気を使って誰のでも良いと言っているのだろうけれど、 それにしては周りに振りまく言葉が足りない。まったく。

『じゃあ俺の輸送機に乗れば良い』
『え?・・・良いんですか?』

痺れを切らしたかのようなイザークの発言に、はおず、と一歩少し下がって顔色を伺う。 それが分かったのかイザークが鋭い瞳をもってして煙たい視線を返すと、は更に一歩下がる。 イザークは面倒な理由は口にしないとばかりに舌打ちをして輸送機へと足を進めた。

『乗れば良いと言っているんだ。出るぞ』
『は、はいっ・・・』

カツカツと振り向きもせず歩いてしまうイザークには思わず返事をして追いかけた。 まるで速度を緩めないイザークの歩幅に合わせるのは一苦労で、いつのまにか駆け足になる。

『・・・・・はぁ?』

アスランは呆けた顔でそれを見送っていた。 イザークが誰かに優しくするなんて、そりゃ、人間なんだからそう言う事もあるのは当たり前なのだけれど、 相手は如何せんイザークで、しかも接点がそうなさそうな彼女なのに。と、言う事は。

『もしかして、あいつも・・・?』

ぞわりとした感覚がアスランの身を襲う。だって、あれだけ素敵な女の子なんだ。 イザークが知らず知らずのうちに彼女の事を想ったっておかしくなんてない。 接点が無くともそもそもガモフで同乗したり地球で暫く過ごしたりと、自分よりも共に居る時間が長いのだから。



『あーららららら』

ディアッカも以前のイザークの事を思い出し、声を上げる。そして口元を手で覆うと、小さく笑った。 いつも彼女に対して苛立っていた当初と違い、最近はいたく優しい顔をしていると言うものだ。 どうしてそうなったかなんて自分の知る所ではないが、良い雰囲気だと見てとれる。

『婚約者が居るって言ったのに、スミに置けないなぁ、あいつも・・・』
『本当ですね』

独り言として呟いたのだけれど聞こえたらしいニコルがディアッカの言葉に頷く。
輸送機へと足を進める後姿を見ているニコルも同じ事を思っていたのだろうか。

『婚約者??』

頷き合っている二人に、アスランが間抜けな声を出して聞き返す。イザークのそんな話は聞いた事が無い。 自分達の仲では敢えて報告すると言う事は無いが、親同士も議員として顔を合わせ、 付き合いが短いわけではないのだから耳にする機会は絶対にある筈。しかし。

『あ、アスランは知らないんですよね。イザークにも婚約者が居るんですって』
『へぇ・・・』

― あのイザークに?
なら彼女への優しさはいつもの気まぐれのうちなのか? ―

だったら少しは安心出来る。イザークの後姿を見ながら、アスランはそんな事を考えた。