≫瞳に映る炎、これが翳りの始まりだったかもしれない (09.01.14)


砂上戦はラゴゥの得意とするスピード勝負だった。



◆My love story◆



はダコスタに呼ばれて艦橋に来ていた。 既に全ての機体は発進し、格納庫で待機するのならダコスタのサポートをしてやってくれとラゴゥに乗るバルトフェルドから通信があったからだ。 サポートとはただダコスタのメンタル面を落ち着かせてやってくれとの指示で、 は始終胸をざわつかせる感覚がしていたが、命令通りに冷静な面持ちでダコスタの隣に立っていた。

『後部主砲、被弾!』

戦闘が進むと、此方にも被害が出てきた。オペレーターの強張った声が響く。 飛び立てなく足止めを食らっていた"足つき"が放ったゴットフリートがレセップスを狙い、後部主砲を貫いたのだ。

レセップス艦上にデュエルとバスターが居たのだが、彼等は宇宙用のスペックそのままで力量を出せずに居るため後方支援を任されている。 ただでさえ宇宙戦の経験しかない彼等が、地球で、更には砂地で戦闘だなんて 砂に埋もれるだけでたいして役に立たないだろうとバルトフェルドは分かっていたようで、もそれには頷いた。

デュエルなんてアサルトシュラウドを装備したせいで100tを超えている。 あの時はまさか地球に降りるなんて思っていなかった。が、機動性が上がるのだから、地球に降りたとしても同じ事をしたかもしれない。 どちらにせよ不安定な砂地では接地圧の運動プログラムを変えない今は二機とも立つ事も難しい筈だ。



『甲板発火!それに他駆逐艦もやられています!』

指揮官が自ら戦場に出向いてしまっているせいで、ダコスタが代わりにレセップスを指揮しているが、彼も考慮に困っていた。 こんなに手強い相手だからこそ、バルトフェルドは出陣したのだが、今こそ此処に居て欲しいとも願う。 黒い煙を上げ始めたレセップスの艦橋で、ダコスタはひやりと流れる汗を頬に感じた。

『すいません、貴女まで危険な目に』

ダコスタはモニターを見ながら隣に立つを気遣った。 まだやられてはいないが、ラゴゥもザウートも大破し、駆逐艦までやられ敵の戦況の方が有利になってきたからだ。

『何を言ってるんですか、私だってザフトの軍人です』

はダコスタへ笑みをもって返す。 胸騒ぎはするが自分が死ぬ事が怖いのではなく、何かが起こりそうな、そんな感覚が気にかかっていた。 そう、死ぬのが怖いのではない。死が悲しみの連鎖を起こす事が嫌なのだ。 自分が、「あの日」のそれを痛いほどに感じたように、誰かが同じ思いをするのが。

目の前で戦うストライクのパイロット、キラもそうだ。 アスランの友達で、きっとザフトと戦う事を戸惑っているに違いない。 だってあの時見た彼はアスランを思い出して切ない表情を浮かべていた。 きっときっと悲しい筈だ。だからそんな思いをこのまま抱えて欲しくない。



『ほら、もう少し頑張りましょう』

"足つき"を落とせばそれも終わるんですから、と、笑顔で告げるとダコスタの背をポンポンと叩く。 あの艦が飛び立てなくなればそれで良いんだ、自分達の任務はそれなのだから、と。 しかし落ちるのは時間の問題と思われていた"足つき"は空に浮かび始めた。 座礁してしまったレセップスでは追う事すらかなわない。その時。

「ダコスタくん!」

バルトフェルドから通信回線が開かれた。

『隊長!』

ダコスタは待っていましたとばかりの声を発し、バルトフェルドの声に目を輝かせた。
が、彼か出る言葉はダコスタが思っていたものとは遥かかけ離れていた。

「退艦命令を出したまえ!」

バルトフェルドの言葉に、ダコスタが息をのむ。
退艦命令と言う事は―

「勝敗は決した。残存兵をまとめてバナディーヤに引き上げ、ジブラルタルと連絡を取れ」
『隊長・・・!』

指示を一方的に告げ、ダコスタの返答も聞かずにバルトフェルドは通信を切った。
それを見て、ドクンとの胸が大きく鳴る。始終感じていた胸騒ぎは、これだ。

『ダコスタさん!何か出れるものはありませんか!?』
『―え?』

ダコスタが嫌な予感を感じている所に、が声を張って割入る。

『何でも良いです!他の駆逐艦に収容されてませんか!? MSじゃなくても良いんです!戦闘機でも輸送機でもヘリでも何でも!』
『何を・・・』

驚いて目を丸くするダコスタに、は更に近寄りその腕を力いっぱい掴む。

『何でも良いんです!此処で行かないと!!』
『あの・・・』

先程まで冷静に隣に立っていたの焦りようにダコスタはただ戸惑っていた。 何でも出れるものとは、彼女は一体何をしようとしているのだろうか。 それに今出て行ったところでもう戦況が変わる事は無いのに。

『このままではどちらかが、死んでしまう。それ位分かるでしょう!?』

は動かないダコスタの腕を離すとブリッジを出ようと駆けだした。
重ね合わされる状況に、ジンから見た光景が思い返される。
そうだ。あれはまだ宇宙で戦っていた頃。



― すまない どうか幸せに ―

不意に思い出される。
大気圏に吸い込まれ紅く艦を染め消えて行った上官の事を。

『駄目なんだ!』

は絞り出したような声でそう呟く。此処で死んでは駄目なんだ。殺しても駄目なんだ。 ゼルマン艦長の様に身を滅ぼしたところで何が変わった、何が変えられるんだ。 ただ、悲しみと憎しみを生んだだけじゃないか。



『隊長!』

今はもう通信の途切れたモニターに向かってダコスタが声を張り上げた。
それに反応してドア付近まで来ていたが、振り返る。

ストライク、キラも持つ全ての力を注いで来たのだろう。
見るとラゴゥのサーベルの片方、そして翼がストライクのサーベルで切り裂かれ、砂の上に転がった。 その衝撃で背中から激しい火花が散り、大きなダメージを負った事が此方から見ても分かる。 しかしラゴゥは戦いをやめる事もなく砂の上を駆け再びストライクへと迫った。

一瞬にして二者がぶつかり合った。 互いに激しい衝撃を受けたようで後ろへと吹っ飛ぶ。 ストライクは砂に叩きつけられたがラゴゥは見事に着地した。が、 よく見るとバルトフェルドとアイシャの乗る機体の首筋にはストライクのナイフが突き立てられていた。



『隊長ー!!』

ダコスタの大きな叫ぶ声が通信も使わず彼に届いく筈が無い。 ラゴゥの片方だけ残っていたビームサーベルが静かに消え、オレンジ色の機体が砂の上に崩れ折れる。 その重みで砂煙があがり視界が悪くなったと思った拍子に、突き立てられたナイフの根元から激しい火が噴き出した。

『バルトフェルド隊長・・・、アイシャさん・・・?』

は目の前へ徐々に広がる爆炎を、吸い込まれるように見ていた。



なんで?なんで殺す必要があった?
あの時の貴方の瞳は、確かに優しいと実感出来たのに。



は黒煙を上げるレセップスの艦内で、ダコスタと共に動けない身体と同様、思考まで縛られていた。 先程見たのは爆発光で、それは色鮮やかな橙の隊長機から上がったもので、 それに乗っていたのは憎めないマイペースな上官とそれに似合ったとても美人の女性で、

『・・・な・・んで?』

約束した。帰ってきたらアイシャとお茶をしようと、バルトフェルドがコーヒーを淹れてくれると。

『なんで・・・』



出撃前殺さないでとイザークに頼んだ。
キラが殺されないようにと願った。

だけど、違った。殺したのは、

『・・・キラ・・・』

は砂地を赤々と照らすラゴゥの炎を見ながら、無意識に呟いた。