≫全ての人に優しい世界なんて無い事は知っている (09.01.14)


『すまないが君には仕事をまた任せなければならないようだ』

コーヒーを淹れてくれたバルトフェルドは訝しげに眺めていた書類をに差し出すと、立派な眉を下げた。 封筒を見ると、ジブラルタル基地から送られてきたものだった。

『何でザウートなんかよこすかね、ジブラルタルの連中は!』

苛立たしげにそう言うと、砂漠での戦いを分からん奴等のせいでお気に入りのコーヒーも不味くなる、とバルトフェルドは嘆息した。



◆My love story◆



『・・・バクゥはもうないんですか?』
『はぁ、回せないらしくて』

がそう問うと、隣のデスク前に立つバルトフェルドにダコスタも同じ意見だと頷くが、ジブラルタルの考えも無理もないとも思う。 六機のバクゥを失い二機が損傷、そんな戦禍が「砂漠の虎」にあるだなんて誰もが思うまい。 だから回せないと言うか、もともとこれ以上の用意をしておらず、急遽用意するなんて出来なかったのだろう。

『砲撃支援向けの地上用重火器型MSか・・・。砂漠には鈍重過ぎますね』

書類を見ながらは呟くと、そうなのよー、とバルトフェルドは嘆いた。 人型からタンクモードへと変形出来るがバクゥのように敏捷ではない、 となると今まで砂地での戦いをスピード戦でこなしてきた彼らに今回の戦況は不利になる。 自分が此処へ来る前にバルトフェルドはキラと戦ったらしいが、 見ない間にキラは此方全ての兵力を投入しなければ勝てないと思うほどの力量にまで成長したらしい。 はやきもきしながら嘆息するバルトフェルドの心情を察した。

『・・・キラさん・・・』

そして、この間会った相手を思い出す。ずっと追っていた、アスランから聞いて漠然とイメージしていた顔も分からない彼。 会ってみれば優しそうで、そんな彼にも守りたいものがあるのだろう。自分だってプラントを、同胞を守りたい。 出来れば彼等を討つのではなくて、ただ、任務通りにストライクと"足つき"を破壊出来れば良いのに。

『その埋め合わせのつもりですかね、クルーゼ隊のあの二人は・・・』

ダコスタは舷窓からデッキを見た。 レセップスに今到着した輸送機からザウートと彼等には見慣れないMSが現れる。 輸送機のタラップを降りてくる二つの人影はが見慣れた赤いパイロットスーツを身に付けていた。

の宇宙仲間だろ?・・・でもかえって邪魔になりそうだけどな。地上戦の経験無いんでしょ、彼等?』
『あ、はい・・・』
『エリート部隊ですからね』

ダコスタも相槌を打った。エリート部隊と言えば能力が高いだけにプライドも高く扱いづらいのが相場だ。 正直、やっかいなお荷物を預かったという気分になる。

『地上戦も直ぐ出来ますよ。彼等が十分な働きが出来る様にOSを書き換えてきますから』
『いや、君にはザウートの整備をお願いしたい。あっちの方がどうしようも無いからな。 最大限機動面を引き出して貰いたいんだ』

は確かに最もかもしれないと思った。 ザウートの機動力ではきっと、いや絶対にストライクには勝てやしないだろう。 エリートと呼ばれるイザーク達ですら敵わなかった相手だ。 のらりとしたザウートの赤いボディを見てぼんやりとシミュレーションをしてみる。

『さ、先ずは仲間を出迎えに甲板へ行こうじゃないか』

そう言われてデッキに立つ二人を舷窓から見ると、ヘルメットを小脇に抱えて砂を乗せる風に訝しげな顔をしていた。 バルトフェルドは地球に降りても変わらず気を使わないところが彼等らしいと思い笑っているの背をポン、と軽く押した。



『うわ!なんだよこりゃ!ひでえとこだな』

達が甲板に出ると、砂風にまみれたディアッカが声を上げ気持ちだけでもと手で避け、イザークも慣れない砂に顔を顰めていた。 当たり前だが管理されたプラントでは砂嵐なんて存在しない為砂塵が舞う事なんて無い。 バルトフェルドは温室育ちの彼等に人の悪い笑みを浮かべて声をかけた。

『ようこそ、レセップスへ。指揮官のアンドリュー・バルトフェルドだ』

砂が目に入り視界が悪かったが、近くに上官が来ればそんな事を構っていられないのが軍人だ。 イザークとディアッカは姿勢を正して敬礼をする。

『クルーゼ隊、イザーク・ジュールです』
『同じく、ディアッカ・エルスマンです』

イザークが名乗ったのに続いて、ディアッカも声を張る。

『宇宙から大変だったな、歓迎するよ』

先程まで「邪魔になりそうだ」とダコスタと二人して口にしていたくせにまぁ社交辞令が得意なものだ。 は呆れる顔を隠しきれず口の端を上げて小さく笑った。

『ほら、君達の同僚も大事にあずからせて貰っていたよ。、おいで』

ダコスタより後ろに位置してが、バルトフェルドに呼ばれて慌てて顔を元に戻し、二人へと歩み寄る。 砂混じりの風が吹き髪が絡まり、正直此処で立ち話をするのは良い気がしないが、久しぶりに見慣れた顔と再会出来た事は嬉しい。

『6日ぶりですね。ジブラルタルではゆっくり出来ましたか?』

そう言うと、イザークはバルトフェルドに向けた姿勢を崩し、多少柔らかい顔に戻ってを見た。 数字にしてはたった6日だが、突然姿を消したに逢うのは少しばかり緊張していた。 だが相変わらずのの態度に、そんな考えはすっかり吹き飛んだ。

『お前こそ、此方でゆっくり出来たのか?』
『いや、それが。これからもその一緒に運ばれてきたザウートの整備を言い使っておりまして・・・』
『そうか』

『優しいんだねぇ、君は。それとも彼女にだからかい・・・ん?』

バルトフェルドはちゃちゃを入れようとして話に割入ると、イザークの顔を大きく横切る傷に気付き、覗きこむように見る。

『戦士が消せる傷を消さないのは、それに誓ったものがあるからだ―と、思うが違うかね』

そう笑うバルトフェルドはやっぱり人の悪い笑みを浮かべる。 イザークは一瞬戸惑った顔をしたが、口を塞ぎ言葉を打ち切ってそっぽを向いた。

『そう言われて顔を背けるのは「屈辱の証」ってわけか、
『ちょっ、なんで私に振るんですか・・・!』

は慌てて言葉を紡いだ。 もうイザークの顔を見なくたってどんな反応をしているのか分かるんだから。 怒っている、完全に気分を害している。 しかも私に視線が来ているのはおかしいだろう、とは一歩後ろに下がるが、だからと言ってイザークの鋭い瞳が緩和される事は無い。 なかなか扱いにくい状況を抜け出す打開策を考えていると、イザークの方が怒鳴るようにして訪ねた。

『そんな事より。"足つき"の動きは!?』
『足つき・・・?ああ、アークエンジェルの事か。宇宙ではあれをそう呼ぶのか』

バルトフェルドはほう、と顎に手を当てたが、逆にはあれはアークエンジェルと言う呼称なのか、と少しばかり目を丸くした。 確かに"足つき"で通っているが、正確には新造戦艦の名が分からなかった頃にクルーゼ隊がつけた名だ。 今でも宇宙でそう呼ばれているかは知らないが、自分等にはそれがお馴染みだ。

『あの艦なら此処から180キロ向こう、レジスタンスの基地にいるよ。 無人探査機を飛ばしてある、映像、見るかね?』

バルトフェルドは話しながらデッキに下ろされた二機のXナンバーを見上げた。
はバルトフェルドの言葉に、 一度キラ達と交戦している為に同系統の機体に興味を持っている事に気付く。 夢中になって二機を眺める彼は普段より子供っぽく、まるで魅入られてしまっているようだった。

『取り敢えず中に戻ろう。にはAAが動き出す前までにやって貰わなきゃならない事が沢山あるからな』

そう言ってバルトフェルドはの腰にさり気無く手を回す。 艦内へとを誘導しながらチラリとイザークを見たのはきっと気のせいではない。 先程の会話で何か勘違いでもしたのだろうか。 どちらにしろ気に食わない。 イザークはピクリと片眉を上げると、いけ好かない態度の上官へ鋭い眼差しを返した。



それからは運ばれたザウートと共に格納庫へと入っていた。 いつもの、お決まりの仕事が始まったのだ。

『さて、やるか』

腕まくりをし、首を一回りさせてシートに座った姿勢を正した頃、

『作業しながらお茶でもどう?ホルダーに入れてきたんだけど』

何とも良い難い発音の綺麗な女性に柔らかな声をかけられた。

『アイシャさん』

はシートから立ち上がる。アイシャはバルトフェルドの愛人で、艶やかな髪を肩に流した綺麗な女性だ。 此方の駐屯地に来てから何度も世話になった。やはり女性が居てくれるのは良い。 それに女性である彼女には安心して質問が出来ると言うもので、はだいぶアイシャの世話になっていた。

『すいません。わざわざ』
『良いのよ。むしろ私達が貴女を頼っているんだから。根詰めないでね』

ドリンクを差し出すと、アイシャはの隣に腰かけ、にも座ってとシートをポンポンと叩いた。 隣に座ると言う事は、何か話でもしに来たのだろうか。 いつも作業の時は気を使って外してくれていたアイシャにとっては珍しい事だ、とはゆっくりと腰を下ろした。

『・・・アンディ、気に入ったみたいよ。この前の子達』
『え?』

が座ったのを確認すると、アイシャはにっこりと笑ったままそう口にした。 この前の子達、とはキラとカガリを差しているのだろう、此方に来たばかりで知り合いの無い自分に言うのだから聞き返すまでもない。

『可哀想にね・・・』
『・・・そうですね』

何処か遠くを見ながら呟くアイシャに、はどう答えて良いか分からなかった。 けれどバルトフェルドと似た気持ちを持っているのは自分も同じだと思った。 だってキラはアスランの大事な友達で、カガリはコーディネーターの自分にも気持ちの良い位素直に接してくれる子だった。 「彼等」に非は一つもない、「彼等」を討つ理由なんて本当は無いんだ。ただ、選んだ道が違かったそれだけで対立してるってだけなのに。

『本当に、可哀想』

アイシャは同じ言葉を繰り返した。これから起こる事を既に分かり見えているかのように。



『アークエンジェルが動き出した』

ザウートの整備をしていたに、イザークが声をかけた。 既にパイロットスーツを身に付けている所を見ると出撃準備が出来たのだろう。

『直ぐに出るみたいよ。俺達はレセップス艦上だけどね』

ディアッカも持っていたヘルメットを脇に抱えながらザウートに歩み寄って機体上部で作業しているを見上げて苦い顔を見せた。 はそんな彼等を見て仕方ないだろうと納得した。だって、彼等の機体の調整が出来ていなのだ。 時間があれば砂地対応のスペックにしてあげたかったが、"足つき"の移動が先で間に合わなかった。

『この艦も戦いに出るからね、ちゃんも気をつけろよ』
『あの、』

ヒラリと手を翳すディアッカに、は身を乗り出した。 自分達の機体へと向かおうと体勢を変えた所だった二人が同じタイミングで振り向く。

『ストライクを討つんですか?』
『それが俺達の任務だ』

イザークはの言葉に眉を寄せる。今更何を言い出すのだと言う顔で。

『・・・殺すって事?』
『この傷の借りは返す』

の言葉にイザークは更に眉を寄せた。傷を作られた大気圏での戦闘を思い出したのだろう。 ぐっとヘルメットを持つ手に力を込めて、決意を露わにする。

『・・・ろさないで』
『・・・何?』

聞き取りづらくイザークが再度聞き直そうとするが、は顔を俯けていてその動作は伝わらなかった。 しかし直ぐに顔を上げて、力強い目でイザークとディアッカを見る。

『お願いします、イザーク、ディアッカ。ストライクのパイロットを殺さないで下さい。 彼を殺したって、戦いが終わるわけじゃない。私達の任務はあれの奪取、または破壊でしょう?』
『お前・・・?』
ちゃん??』

その言葉に、当たり前だが二人は驚いた。 敵の命を奪うななんて、今まで誰が口にしてきただろう。 戦場はやられなきゃ、やられる世界なのに。

地球に降下して幾分落ち着いたとは言え、イザークは己の顔と自尊心を深く傷つけられた事に色褪せない憤りを感じていて、 ディアッカも何度も敗戦を味わされストライクのパイロットには恨みに近い感情を抱いていた。 けれどの哀願する瞳を見ると「分かった」と言わざるを得ない気がして口を開く。

『殺さないよう努力はする。しかし俺はストライクに傷の借りは必ず返すからな』
『はい』

その言葉が気休めだとすれ、彼等の言葉に落ち着いたのか、はほっと小さく息を吐いた。



『生ぬるい事言ってるねぇ』
『バルトフェルド隊長』

イザーク達が機体へ向かう姿を見送っていると、笑い交じりの声が耳に届く。 声の方向を振り向くと、パイロットスーツに身を包んだバルトフェルドとアイシャがを見上げていた。 が慌ててザウートから飛び降りると、 コーディネーターででも高いその位置からの飛び降りにバルトフェルドは運動神経良いんだね、と軽々しく口笛を鳴らす。

『敵に情けをかけられる位なら、死んだ方がマシだろ、な、アイシャ』
『そうね、私ならそう思うわ、けど』
『けど?』
『そう思われるなら戦闘を止めようとも思うわ。でもそれは個人的な意見よ』
『そうだね。残念ながら僕等は軍人なのだから』

二人のやり取りに、相変わらずの陽気ぶりだと実感する。は真摯になって心配してたのに伝わってくれているのかどうか。 言っても無駄なのが分かっているだけに仕方なく「お気を付けて」と言うと二人はやんわりと笑ってくれた。 はぐらかされたが意外にも伝わっていた様だ。

『君もね、ダコスタくんが居るとは言えレセップスも戦場に出るからな』
『じゃあね、。帰ったら、またお茶でもしましょう』
『その時は僕がコーヒーを淹れてやろう、宇宙に帰っても忘れられない程美味いやつをな』

バルトフェルドはそう言って眩しいほどの笑顔を浮かべる。
余りに砂漠の強い日差しの様で、ついつい目を細めてしまいそうだ。
は出撃する彼等のゆったりとした背中をにこやかに見送った。