≫ぼくらが通る別々の道が此処で交わった理由は (09.01.10)
を迎えに来たバルトフェルドだったが、服が汚れた少女と共に居た少年も乗せて駐屯地へと帰って来た。
少女はお風呂と着替えに、少年はバルトフェルドと客室に、そしてはダコスタと呼ばれる赤毛の兵士に呼ばれた。
『これが重力比の割り出しです』
部屋に呼ばれるとダコスタはが座る為の椅子を引き、此方へどうぞと笑う。
そして胸元のポケットに忍ばせておいたメモ帳を広げ見ながらメモリーカードをに渡した。
が椅子に腰掛け、用意されていたコンピューターにカードを差し込むと、様々なウィンドウが開く。
『えっと、貴方にやって貰いたいのはー』
『じゃあ、まずは武器の重力内の摩擦や威力の推進計算でも・・・』
メモに書かれていた作業をダコスタが読み上げる前に、は画面に現れた数値だけを見て理解したのか早速キーボードを叩き計算し始める。
その手付きを見てダコスタは彼女の能力の話はバルトフェルドから聞いてはいたがまさかここまでとは、と目を丸くした。
◆My love story◆
『うぅ〜ん』
暫く籠りっきりで仕事をしていたは一区切りついたところで猫のような背伸びをした。
今までも忙しい日々を送っていたけれど、地球に降りて来てからはもっとだ。
作業作業で睡眠もろくに取れず、慣れない暑さに茹だる。身体が伸び終わる頃には一定に気温が保たれていたプラントを思い出す。
『あ』
が手を上げきった先を、ひらひらとマイクロユニットの蝶がの周りを回った。
窓から入る強い日差しに白色が映え、その美しさには目を細める。
『あ、ちょっと・・・!』
がのほほんと見ていると、蝶は室内を流れる微かな風に乗ってドアの外へ出てしまった。
立ちあがったは慌てて追いかけた。慣れない場所を飛び回り何処かで見失ってしまったら困る。
折角アスランから作って貰った、大事な物なのに。
そう思いながらパタパタと蝶を追いかけて廊下を走っていると二つの人影が目に入った。
『あれ?貴方達・・・』
が足を止める廊下の先には、先程共に此方へ来た少年少女が小走りに出口へと向かっていた。
の声を聞いた彼らは驚いたような顔つきで振り返った。
宿り木を見つけたかのように蝶はゆっくりと少年の肩に止まる。すると少年は目を見開いてそれを凝視した。
『あ、ああ、お前か。私達はもう帰る。助けてくれてありがとな。
お前が居なかったら巻き込まれていたかもしれない。ま、あの隊長さんのせいなんだけどな』
そう口を尖らす少女が身に付けているのはドレスで、この場に何故?とに思わせるものだった。
幾ら替えの服を提供されたとしても、ドレスと言うのはいかがなものだろう。
動きずらいのでは、と、言うかこの恰好で外に出るなんて何のパーティーに行くお嬢様だ。
手に持っている服に着替えれば良いのに気に入ったのか、なら何も言うまい。
『これ・・・。君が作ったの?』
少年は少女を見て言葉を失っているに声をかける。
そして肩に留まった蝶を指に誘ってまじまじと見た。
『いえ、これは知り合いに貰ったものなんです』
『そう・・・、なんだ』
は少年の言葉に首を傾げた。何か懐かしいものを見るような優しい視線。
それは彼が優しそうな風貌をしているからじゃなくて、
マイクロユニットに対して特別何かを考えているようだった。
『あれ?キラ、これトリィに似てるな』
少年がじっと見る蝶を、ひょい、と少女が覗きこんだ。その時口にした言葉に、は眉を寄せた。
『・・・キラ?』
『あ、うん。僕の名前なんだ』
は聞き返す。今聞こえた名前は確かに「キラ」と。
『コーディネーターの?』
『う、うん。君も・・・、なんだよね。この場所に居るって事は』
此処は「砂漠の虎」の駐屯地なんだものね、と周りを気にするキラは苦笑いを浮かべて見せる。
確かに此処はコーディネーターの巣窟だ。目の前に居るも。思い返せばカフェでのの運動能力はただの女の子のものでは無かった。
『じゃあ、貴方がアスランの―?』
『アスラン?』
『はい。この蝶はアスランが作ってくれたもので・・・』
コーディネーターでありながら、地球軍に居ると言うあのキラが此処に居る。
は溢れる気持ちに胸を熱くさせた。言葉が沢山出てくるが、巧く伝えられない。
目の前に居るのはあの時イザークやディアッカと共に地球に降りたストライクに乗っていた彼。
降下には負担がかかったろうに、今健在なのはコーディネーターだからだけじゃないだろう。確かな幸運だ。
キラを心配していた、思い出して寂しそうな表情を浮かべていたアスランの顔が思い出される。
『―良かった。生きてた・・・っ』
『あ、あの、君は?』
突然出された旧友の名前と、名も知らない相手が自分の無事を喜んでいる事に、キラは困惑した。
自分が生きていた事を喜ぶのは敵ではあるが、正直嫌な気はしない。むしろ温かい眼差しは胸を締め付ける。
キラはおどおどと蝶を留めていた指をの前に差し出す。すると蝶はひらりとの肩へと舞った。
『私はザフトのメカニックのと申します。アスランとは仕事関係で出会いました。ずっと貴方の事を心配していたんですよ、彼は』
『そう、アスランが・・・』
キラは眉を下げて笑った。その顔は複雑な心境なのだと見ている此方も分かるほどだ。
ただお互い正しい道を選んでいるだけなのだろうけれど、方法が違う為にぶつかっている。
必要なのは剣を交える事じゃなくて、言葉を交わす事なのに。
『あの、』
『さん!此処にいたんですね。追加資料です。それとバルトフェルド隊長が―・・・』
その時、が居ないのを探しに来たダコスタが廊下の角から現れて声をかけた。
キラと少女は驚いた顔をして一歩後ろに下がる。
『キラ、行くぞ!』
『ごめん。僕たち急いでるんだ。また』
『はい、ま―』
は口を開いたが言葉を紡ぐのを止めた。だって「また」なんていつになる。ナチュラルとコーディネーターがいがみ合うこの世の中で。
終わりが見えた事の無い長き戦争の時代で。ましてや、自分たちの隊が追っている戦うべき相手なのに。次に会うとしたら戦場だ。
『そうだ、!名乗るのを忘れていた。私はカガリだ、またな!』
『・・・・・っ!』
廊下を走り出した少女、カガリがドレスの裾を踏まない様にしっかりと持ち振り返った。
明るい髪を靡かせて大きく開いた眼がへと視線を投げる。
にこやかに笑うその顔は自分達の立場をわきまえて居ないのだろうか。けれど、
『・・・はい。また、お会いしましょう!』
思わず爽やかな笑顔に、は同じくらいの笑みを浮かべて返した。
その後、ダコスタに案内されたはバルトフェルドの待つ部屋に案内された。
部屋に入るなりむせ返りそうなほど漂う香りは彼がコーヒー豆を挽いているからだ。
心地良い豆の挽かれる音を聞きながらがバルトフェルドの後ろに立つと、コーヒーを挽く手を止めて一度振り向く。
『あの少年、ストライクのパイロットだった』
『はい』
『あら、知ってたの。流石、ラウ・ル・クルーゼが唯一傍に置く女の子だな』
そう言うとアンティークのテーブルに置かれたカップを手に取り、器具にフィルターをかけた。
眉を寄せるの態度など気にも留めていないようで、湯気の立つポットに視線を落とす。
コーヒーが趣味だと言う事は此処に来る途中ダコスタから聞いてはいたが、凝っているのが素人目に見ても分かった。
『なぁ、人に目を見せない奴の何処が良い?』
『・・・私を必要としてくれたのは、彼だけでしたから』
バルトフェルドはコーヒーを淹れる事にに夢中で話を聞いているのか甚だ疑問な背中を向ける。
けれど質問の内容はクルーゼを些か見下して居るかのようで、カチンとの感情を刺激した。
―私には君が必要だ―
「あの時」自分を必要としてくれたのは彼だけだった。
何も持たず、守るものの無い自分の存在理由をくれたのは、彼だけだったんだ。
『ふぅん。・・・本当にそうかな?』
『は?』
『いや、すまん。軽く口を挟んで、僕は彼を良く知らないのに』
『いいえ・・・』
挽かれた豆の入るフィルターへお湯を注ぐバルトフェルドはちらりとを盗み見て眼が合うと笑顔になった。
それが屈託の無い笑顔だと思うのは気のせいではないみたいだ。
は嘆息すると重い会話から抜け出そうと会話を切り替えた。
『そう言えば、ダコスタさんがもうお一人で外出するのおやめになって下さいって。
他所者の私に伝えてと頼んでましたよ。彼、泣きそうでした』
それを聞いてワハハ、と笑うバルトフェルドに、は首を横に振った。
毎度これじゃあ護衛の方が可愛そうだ。命をかけて戦っているのに。毎回あんな惨劇を目の当たりにするつもりなのかこの人は。
そもそもこんな隊長の後をつくのは駐屯地に居たとて大変なんだろうなと思う。ダコスタがその良い例だ。
けれどそれでもダコスタが忠実に尽くすのは、それ以上に良い隊長なんだろうと陽気な性格から伺えた。
実際目の前に居る彼の返答からは、怒るに怒り切れない切り返しをしてくるだろうと予測出来る。
『良いじゃないか。気分転換なんだから』
そう言って全然反省する気の無いバルトフェルドは諦めの溜息を吐くにコーヒーを差し出した。