≫振り返れば硝煙の漂う世界は変わり果てた惨劇の痕 (09.01.09)


昨夜、いや、明け方まで煌々と光が漏れていたデュエルのコクピットはイザークが足を運んだ朝にはしん、と静まりかえっていた。 規則的にキーボードを鳴らしていた主がもう其処には居ないからだ。

『・・・は?』

その主の名を隣のメンテナンス・ベッドに置かれているバスターのコクピットで既に作業を開始していたディアッカへと問う。 イザークよりも先に来ていた彼なら何か知っているんじゃないか、と。

『ああ。ちゃんならバルトフェルド隊長の所へ先に行ってる。直々に呼ばれたみたいだ』

イザークが思った通り、が居ない事を不思議に思ったのはディアッカも同じなようで 姿が見えないのを近くに居る整備士に訪ねたのだろう。 そう思っているとやっぱり優秀なメカニックは地球だの移動だのとで扱いが違うな、とディアッカはの気苦労を労わる如く肩を竦め笑った。

『・・・そうか』

イザークは再度デュエルのコクピットへと視線を落とす。 何故か不思議に、どうしてか、彼女が此処に居ない事がチクリと胸に引っ掛かった。



◆My love story◆



『あ、暑い…』

はバナディーヤのマーケットへと来ていた。沢山の人々が乾燥した土で覆う大きな市場通りを行き交い、それらを呼び止める物売りの声が響く。 茹だるような暑さにやられていたを更に照らす砂漠特有の刺す日差しはジリジリと肌を焦がし、プラント育ちの直射日光を知らない彼女に溜息ばかりを吐かせた。 おまけに明け方まで作業し寝不足である身体の体力をこの気温は削っていく。残念ながら日陰に入っても暑さは緩和されなかった。 まったく、軍が人を扱き使うにも程がある。帰ったら一度ラウを通してザフトに文句の一つも言ってやろうとは口を尖らせた。

『迎えはまだかな、そろそろなんだけど』

は袖を巻くってリストウォッチに目を落とす。軍から支給された服は、長袖で裾の長いワンピースと日傘だった。 着替えた自分を鏡で見て何故暑いのに長袖?と首を傾げただったが、今となれば陽に焼ける部分を少なくする為だったのだと理解する。 外気より体温の方が冷たい。は初めて降りる地球の自然を多々学びながら、目的地にてじき着くだろう迎えを待った。

『ん?あれかな??』

人ごみを掻き分ける人物が近くへ寄って来る。背の高い男だ。彼は人の波を器用に避け、輝く白い土壁に背を預けていたの隣にやっと着いた、と手を付いた。 そしての持つ日傘の下から顔を覗き込むと一息漏らす。 男は派手で悪趣味なアロハシャツとカンカン帽を被りサングラスをかけていて、 その雰囲気に似合った、やけに陽気な笑い声を上げた。

『初めまして。アンドリュー・バルトフェルドだ』
『・・・貴方が、バルトフェルド隊長?』

は驚いた。まさか此処で名を馳せるバルトフェルドが直々に迎えに来るだなんて思っても居なかったからだ。 地球に居ながらもクルーゼと張る程力のある男で、それは宇宙でも認知され地位は確立していた。 そんな彼がわざわざ一介の整備士を迎えに来てくれるだなんて、申し訳ないとばかりに頭を下げる。

『いやいや、良いんだ。君の話は「だいぶ昔から」地球の方にも届いている。 どんな女の子なのか、早く見てみたくてね。いやいや、可愛らしいお嬢さんで』
『・・・・・』

バルトフェルドの言葉に、顔を上げたは眉を寄せた。陽気な声を発してはいたが、目だけは真剣だからだ。 それにその言葉。「だいぶ昔」とは、いつを指しているのかには直ぐ分かった。

『・・・それでわたしを呼んだと・・・?』

鋭くなった瞳で、はバルトフェルドを見返す。しかし彼は笑みを浮かべたまま首を振った。

『いや、今回はMSの事で聞きたくてな。宇宙から来たクルーゼの部下を預かるんだろ? 宇宙用のスペックでは地球の重力での戦闘は難しい』

顎に手を当ててニヤリと壁に背を付ける。日陰になる土壁は焼けておらず、バルトフェルドの温まった背中にはひんやりとして気持ちが良かった。

『私を呼んだのは書き換えの為、ですか?』
『いや、書き換えた処で君みたいな真似、そうそう出来るもんじゃない』

バルトフェルドの言葉に、は口を噤む。彼の顔は笑顔だが眼が笑っていない。しっかりと握る日傘の柄はじっとりと汗で滲みだした。

『・・・いや、居たな・・・』
『??』
『こっちの話だ。そうだ、腹減ったろ?もう昼過ぎだ。君に良いものを食べさせてあげよう。 その為に此処で待ち合わせをしたんだ。 折角地球に降りたってのに駐屯地にそのまま来てしまったら普段と何も変わらないだろう? 話はそれからだ』

に聞こえないように小さく洩らすと、顎に当てた手をひらりと風に晒した。そして名残惜しそうに土壁から背を離し、通って来た大通りを指さす バルトフェルドに誘われたは人ごみに入って行くなら、と差していた傘を畳むと、日陰に居るにも関わらず道を眩しく反射させる光に目を細めた。



『ドネル・ケバブ、だ』
『・・・・・?』

が首を傾げて皿の上のものを見ていると、バルトフェルドが横からくすくすと笑いながら名前を口にする。 珍しいのも無理はない、地球での食べ物がプラントにもあるとは限らないのだから、と給仕がよこした水をが取り易い位置へと置く。

『この肉は羊肉のスライスだ。トマトやレタスに合って美味いぞ。 ほら、ヨーグルトソースをかけてあげよう。これがまた旨味をそそるんだ』

そう言うと皿に乗ったままのケバブに、バルトフェルドはの了解も無しにヨーグルトソースをかけた。 は無言でマイペースに振舞うバルトフェルドを見て、次にテーブルに座る他の客を見回し、彼等がこれをどう食べているのかとちらりと目に盗んだ。



『・・・何、これ?』

隣のテーブルを見ると、同じくらいの年格好の少年がと同じような反応を見せていた。 カフェの椅子には大きな紙袋が幾つも並び、隣の少女の買い物に付き合った結果なのだろうと想像がつく。 こう言うのもなんだが、少しくたびれた感じの出ている少年は、女の買い物をするのに慣れていなさそうだった。

『ドネル・ケバブさ。あー、腹減った。お前も食えよ。このチリソースをかけてだなー』

金髪を翻した少女の方は慣れた様子で少年に簡潔な説明をするとケバブを手に取った。そしてテーブルに置かれたチリソースの容器を少女が手にした瞬間。

『あいや、待った!』

の視線を追っていたらしいバルトフェルドが、勢いよく席を立ち少女の手を止めんとばかりの声を張り上げた。



『・・・は?』

が突然の声に顔を歪めていると、少年少女も目を丸くしていきなり話しかけてきたバルトフェルドを見る。 そして更にバルトフェルドのお気楽な恰好を見て、もう一回り目を大きく丸くしたが、彼等の視線を全く気にもしていないのかバルトフェルドは言葉を続けた。

『ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ、君は! ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうがっ!』

拳を握りしめて力説するバルトフェルドの恰好は陽気過ぎて、うさんくささが滲み出ている。 アラブ風の民族衣装を着る人々が多いものだから、確実に浮いている。 正直彼の正体を知っている自分が見ても「砂漠の虎」と言われる威厳はアロハシャツに綺麗に隠されていて欠片も見えない。 それらを目の前にしている少年がぽかんと口を開けていると隣に居た少女が「はぁ?」と聞き返した。

『いや常識と言うよりも、もっとこう、そう! ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!』
『・・・何なんだ、お前は』

そりゃそうだろう。いきなり話しかけてきたと思えば好みを押し付けるが如く熱弁するだなんてと隣のテーブルで動けず傍観していたは思った。 すると、ムキになったろう彼女はこれ見よがしにチリソースをかる。 「ああ」とバルトフェルドが声を上げるが、「見ず知らずの男に食べ方をとやかく言われる筋合いはない」と一喝されてしまった。

それからは、もうには呆れてものも言えない言い合いだ。 少年にチリだのヨーグルトだのと、互いの好みのソースを手に持ち皿の上で子供染みた争いを繰り広げる。 が少年の呆けた顔を見て、彼も良い迷惑なんだろうな、と思った途端、その迷惑はケバブへと降りかかる。 二人が容器を握り締めたお陰で大量のソースがケバブへとぶちかまされたのだ。

『あーあ』

がひょい、とテーブルを覗き込むと、それはもうソースの塊と言っても良いほどの物体が皿の上に鎮座する。 バルトフェルドも少女も不味い事をしたと言う顔をしているが、少年が一番可愛そうだ。 こんな扱い、被害者が少年ではなくがイザークだったらバルトフェルド隊長と言えどただでは済むまい。

『・・・あの、どうもすいません』

が声をかけると三人が同時に顔をあげた。

『これ、まだ手を付けてないので良かったらどうぞ。さっき出てきたものですから。 あ、でも、もうヨーグルトソースがかかってるんですけど・・・』

先程バルトフェルドに有無を言わさずかけられたケバブを、少年に差し出した。 申し訳ない気持ちは確かにあるが、何故自分がこんな事をしなければならないんだ、と言う気持も無いとは言い切れない。

『あ、ああ。大丈夫です。・・・食べられますから』

に気を使ったのか、少年は苦笑いを浮かべるとそのままケバブを頬張った。きっとソースの味しかしなかったろうに、なんて優しい少年なんだろう。 反対にいつの間にか彼らのテーブルの椅子に腰かけていたバルトフェルドは 「悪かったね」と反省の色なく少年に声をかけ、ちらりと少年等の買い物袋を覗き込んだ。

『凄い買い物だね、パーティーでもやるの?』
『ちょ、そろそろ・・・』

まだ話すのか、とはバルトフェルドが着るアロハシャツの裾を掴みピンピンと二回引くが少し待ってと一笑される。 更に話しかけた事を不快に思ったのか少女は目を吊り上げた。

『余計な御世話だ!だいたいお前さっきから何なんだ?誰もお前なんか招待してないぞ!』
『まあまあ、』



そう言ってバルトフェルドが少女をなだめようとした時、彼は言葉を切って外に目をやった。 続いて少年もも、同じ方向を見る。

『それなのに勝手に入り込んで来てー・・・』

まだ文句を言い続ける少女の腕を、少年が素早く掴んだそれとほぼ同時に店の中に何かが飛び込んできた。 すかさずがテーブルを跳ね上げると、少年が少女を引っ張り込みと共にその陰に隠れる。 が二人の頭を押さえて伏せさせた時、店内に撃ち込まれたロケット弾が炸裂したが、三人はテーブルの陰に居た為、破片や爆風からは逃れられた。

『―無事か!?』

もう一つのテーブルの陰に身を隠していたバルトフェルドが足首に潜めていたホルスターから拳銃を引き抜きながら声を張るが爆音のせいで良く耳が聞えない。 は手を上げて無事を知らせるが、耳が遠いのはそれが原因だけじゃない。銃撃戦が始まったのだ。

『っと・・・!』

が店の外から撃たれる連射の嵐に視線をやると男達が遠方からマシンガン片手に此方へ駆けてくるではないか。 その彼等が狙っている方向から推測すると、標的はバルトフェルドだ。

『死ね!コーディネーター!宇宙の化物め!』
『青き清浄なる世界の為に!』

そう口にする彼等はコーディネータ―を排除しようとするブルーコスモスの過激派グループだろう。 標的となったバルトフェルドは彼等に答えるように銃を撃つ、 すると、客の一人が立ち上がり襲撃者の一人を撃ち殺した。 そしてその者に続くように店のあちらこちらから人々が立ち上がり応戦し始める。

『―偽装して身を潜めていた?』

その時、少年少女へと覆い被さっていたの目の前に、拳銃が転がってきた。 敵か護衛の物のかは分からない。ただ分かったのはピクリと少年が微かに肩を震わせた事だ。 少年は様子をうかがい、冷静な表情をしていた。 こんな所に巻き込まれているのにそんな顔は珍しい。それとも、戦争の中で生きてきたらコーディネーターもナチュラルも無く、誰もがそうなるのだろうか。

そんな事を考えていると、少年がの手から擦り抜けテーブルから飛び出し、転がって来た拳銃を掴んで、投げた。 壁に身を潜めていたテロリストがバルトフェルドを狙おうとしていたらしい。 銃はテロリストに向かって迷いもなく飛び、当たった衝撃で爆発した。

相手が怯んだところには畳まれた日傘を一直線に投げつけると、それを好機とばかりに助走も無しに少年はテロリストの顔面を一蹴し倒した。 どすん、と鈍い音が耳に入るのは、銃声が止んでいた事を知らしてくれたからだ。 はあっと言う間に変ってしまった街の風景を視界に入れつつ立ち上がり、 覆い被さっていた少女へと手を差し出した。 周りには死体と瓦礫が散らばり足元までも乱していて、戦艦に乗らない彼等が生身のままでも戦いに身を投じる戦争に胸が締め付けられた。

『大丈夫ですか?』
『・・・あ、ああ。有難う』

驚いた顔をした少女は差し出された手を掴みゆっくりと立ち上がる。そして可愛らしくも戸惑った顔で小さく礼を口にした。

『大丈夫、じゃないですね。ごめんなさい』
『え?』

眉を下げて謝りつつ自分をしかめっ面で見るに、少女は疑問符を浮かべていると、後方から少年がゆっくりと歩き帰って来て笑った。

『本当だ』

の声が届いていたらしい。少年はくすりと笑い頷く。 見ると、少女はケバブのソースやドリンクを頭からかぶったのだろうと誰が見ても一目瞭然の恰好をしている。 さっき、が蹴り飛ばしたテーブルに乗っていた、あれだ。持っていたハンカチを慌てて出すと、少女に差し出す。

『ごめんなさい。私のせいで・・・』
『やめてくれ。良いんだ。お前のお陰で私は助かった。感謝する』

怪我をしたわけではないのだから、と少女は優しく笑い、差し出されたハンカチを触らずに返した。 確かに、これを小さなハンカチで拭いたとて、もう手遅れだ。



『隊長!ご無事で?!』
『私は平気だよ。彼等とのお陰でな』

店の中に居た一人が、バルトフェルドに駆け寄り、怪我は無いか、と身体を見て聞いて確認する。 バルトフェルドは達を振り返ってにやりと笑った。

『アンドリュー・バルトフェルド・・・!』

隊長、と呼ぶ声が耳に入ったのだろう。小声だが、にはっきりと少女が息を呑む声が聞こえた。 しかしその名を聞き少年も硬直したがそれがどうしてか、には分からなかった。