≫零れ墜ちる欠片、すり抜けていく光、固める決意 (08.12.05)


ニコルによってヴェサリウスに収容されたはパイロット控え室に呆然と立ち、メンテナンス・ベッドに収容されているブリッツとイージスを見ていた。 あれ程の性能の機体に乗れていたら、ジンより俊敏性のあるあれならば、ガモフを、ゼルマン艦長を救えてたかもしれない、とそればかりを考えて。 ガモフが大破し全てをあそこに置いてきたは着替える事も出来ず、パイロットスーツの上部にあるファスナーだけを下ろし窮屈な首元を解放して、大きく溜息を吐いた。



◆My love story◆



此処にいたのかね。探したよ』
『ラウ・・・』

一人物思いに耽っていたを見つけたクルーゼが、ゆっくりと控え室に入って来た。
"足つき"に地球へ逃げ切られてしまった以上もう宙域に居る理由もなく一時プラントへ引き返して居る為、忙しい彼にも時間があったのだろう。 何処にも居なかったを心配したのか、やっと見つけたと優しい笑顔をかけたがの顔は已然曇っている。

『ゼルマン艦長が・・・』

クルーゼから視線を背けては眼を伏せた。今でも直ぐそこで起こっているのではないかと思えるほど鮮明に記憶に残る戦場風景。 撃ちあう二隻の軍艦、地球の重力に引かれ大気に擦れた装甲は紅く色を帯び、あちらこちらから爆発が起きて、散った。 ゼルマン艦長だけじゃない、ガモフにはどれだけの人が乗っていた?つい先刻まで一緒に働いていた、ねぇ彼等は。

『戦争とは酷いものだ。早く終わらせたいな』

痛痛しく眼を細めたの肩に手を置いて、クルーゼはの耳元でそっと囁く。優しく優しく壊れ易い硝子を扱うかのように。 戦争さえ終わればこんな事二度と起きる事はないのだから、と。

『・・・私、何にも出来なかった』

クルーゼの言葉が聞こえているのか居ないのか、それとも聞く余裕が無いのか、は自分の拳を力いっぱい握った。 小さく震える身体は自分の無力さを責めている為だ。けれど、悔やんでも悔やみきれない、もう彼等は居ないのだから。

『そう言うな。私は君に救われたよ』

肩に置いた手を背に回し、クルーゼは自分の胸に引き寄せた。
ただただ拳を握り歯を食いしばっているの体は委ねるとは程遠い位の体勢で立ち尽くす。
でも余りにも温かい彼の胸はの気持ちを和らげ、瞳からポロポロと溢れるほどの涙を誘った。

『・・・うぅ』
『今は誰も居ない。我慢するな』

もう片方の手をの頭において、さらりと靡く髪をゆっくりと撫ぜる。
この胸で泣いて、少しでもお前の心が軽くなってくれればそれで良い、と。

『うぁ・・ぁ・・・!』

は泣いた。
クルーゼの背を掴みぎゅっと握り締め、消えていったあの場所を思い出して。



『あれ?クルーゼ隊長』
『ラスティ・・・と、アスランか』

暫くしてパイロット控え室のドアが開き、ラスティとアスランの順で入って来た。 クルーゼが振り返ると、彼等はドアから入る事無くピタリと足を止め、目を丸くして自分たちを見ている。 抱きしめ合っている、と言った方が適切だろうか。しっかりと回されたクルーゼの腕は、の背中を優しく支えていた。 これか、とクルーゼは見られた事をなんとも思っていないのか、普通に身を離すとラスティとアスランへと向き直した。

『あれれ?キミ・・・』

クルーゼの陰になってちゃんと顔が見えなかったの顔を見たラスティがポツリと口を開く。
そう言えばヴェサリウスで作戦会議をした時に居た、整備士の子だと付け足して。

『アスラン。彼女に何か着替えを用意してやってくれ』
『・・・は、はい!』

二人の状況を見て心まで固まってしまっていたアスランはクルーゼの声にびくりと肩を震わせた。
クルーゼの後ろ姿は確認出来、誰かと近くに居る事に気付いて足を止めた自分だったが、まさかちらりと見えた一部で彼女だと分かってしまった自分が怖い。 そう考えながらも自分のもう一つの思考は「二人は今、何をしていた?」と繰り返している。 見られても驚く事も慌てる事もせず当たり前のような顔をしているクルーゼとの関係に疑問符ばかりが浮かぶ。

『気を落とすなよ、
『・・・有難う。ラウ』

ぽん、と頭に手を当てて静かに微笑むとクルーゼはその場を後にし、ぐるぐると考えながらアスランはそれを見送った。 そしての言葉にはっとする。プラントで彼女に頼み事をして部屋に寄った時にも、隊長の事を名前で呼んでいた事に。 思い返せばヘリオポリスに潜入する時の作戦会議でもそうだ。二人は互いを見て笑い合ったり、やっぱり、それって。

『あれ?キミ整備士の子でしょ?どうしてそんなカッコしてるの?』

アスランの纏まらない思考を遮るかのように、ラスティは目をぱちくりとさせてアスランとを交互に見ては間の抜けた声で問う。だってこの子は、アスランの。
と、言う事は整備士であってパイロットスーツを着る立場ではないわけだ。 アスランも今回の出撃を知らず、ドアに立ちつくしていた足を不自然に動かしてのもとへと近寄った。

『・・・出た、のか?』
『はい。お役に立てませんでしたけどね・・・』

そこまで近づいて気付いた、の眼が赤く潤んでいる。 だからクルーゼに慰めて貰っていたのか、と一人呟くき、暗く巡らせていた思考に誤解だと言う光が差したアスランは無意識に手を出しての涙を拭った。

『あぁ!すいません。私、また』
『良いんだ』

柔らかく微笑んで、へと温かい眼差しを向ける。そして一瞬でもクルーゼに嫉妬していた自分が馬鹿らしいと思った。 こんな女の子が、戦闘に出てあんな惨事を目にして心を痛めない訳が無い。今回の事は誰かに支えて貰いたくなるくらい辛かったと思う。 だってずっと一緒に仕事をしてきた仲間を一瞬にして失ってしまったんだから。

『着替え、俺が取って来るよ』

アスランの行動を見たラスティが小さくウシシと笑むと、気をきかせて踵を返した。 此処で二人の世界を邪魔するって言うのは野暮ってもんじゃないだろうか。 この折角作られた柔らかい雰囲気を壊す前に去る方が良いに決まってる。

『有難う御座います・・・えと・・』
『ラスティだよ、ちゃん!』

行って来る、と走り出した彼の後姿に、どうして自分の名前を知ってるのだろう、とは首を傾げた。 自分は資料で見たり、イザーク達の会話を聞いて知っているが、彼が自分の名を知る機会なんて無かった筈だ。 作戦会議の時に聞いたのかな、と考え事をしているとアスランがそっと声をかける。

『取り敢えず、座れば?』

指さす其処に促されてソファに座る。
戦闘の後に散々泣いて疲れていたのか、心地良い感触にほっと一息吐くとやっと心が落ち着いた気がした。



『・・・地球に降りてしまいましたね』
『あ、ああ』

慰めの言葉を探していたせいで出来た沈黙を破ったのは、の方だった。 気を使ってるのだろうか。クルーゼには泣き顔を見せていたのに自分には気丈に振舞っている。 それがアスランには心苦しく、そして自分を不甲斐なく思った。

『大丈夫でしょうか・・・』

ほら、自分が泣く程傷ついたんだろうに、こうやって仲間の事を心配して。
確かに幾らGに乗っているとは言えあのままの地球降下ではイザークとディアッカの身を案じるのも分かるが、は自分の事をもっと思っても良いのに。アスランは下唇をきゅっと噛みしめる。

『ね、アスラン。大丈夫でしょうか、アスランのお友達さんは』
『え?』

アスランは驚いた。てっきり同胞のイザークやディアッカの事を心配していると思ったから。
出てきたお友達、と言う事は勿論キラの事を指しているんだと、思う。

『心配、してないんですか?だって降りたの多分ザフトの勢力圏内ですよ』
『・・・してる、けど』

けど、何で君が俺の友達の心配を。
呆けてしまってそう続けられず、歯切れの悪い返事しか出来ないアスランへ悲しそうに微笑むと、は言葉を続ける。

『こっちにくれば良いのに。こんなに心配してくれる人がいるのですから』

アスランは思わず隣に座っているの顔に見惚れた。
こんなに優しく慈悲深い彼女の笑顔は、何故か今にも脆く崩れ去ってしまいそうで。



『・・・っ』
『アスラン、此処に居たんですか』

アスランがの名を呼ぼうとした時にニコルが控え室へと入って来た。
見つけた事に喜びを感じたのか、優美な笑顔で駆け寄る。

『ニコル』
『あ!さん、大丈夫ですか?』

アスランより奥に座るを見つけて、ニコルの顔が真剣なものへと変わった。
心から心配しているのだろう。のもとへ寄ると、ソファの前に座って表情を伺う。

『はい。ニコル、あの時は有難う御座います。私・・・』
『良いんですよ。僕だって大事な人が死に逝かれるのを、止めたくなる気持ちは分かりますから』

そう言うとの手をとって包むように握った。近くで顔を見たニコルにもの瞳が濡れているのが分かった。 深く頷いてもう気にしないで、と声をかける。

『あれ、ニコルじゃん』

続いて、服を片手にラスティが返って来た。紙袋に入れた服をブンブンと振り回して半ば遊びながら帰って来、 そのせいかニコルに目をやった瞬間手を滑らせ、つるりと重力に流される紙袋を「おとと」と慌てて追いかけた。

『ラスティ。怪我はもう大丈夫なんですって?』
『おう。全快。でも俺今回は待機だったんだよ〜。 ミゲルも元気にプラントで仕事してる。 来たいって言ってたけど暫くはあっちの仕事忙しそうだ』

そう言いながらラスティはハイ、とへ笑顔とともに紙袋を差し出した。 中を確認すると整備士の服が入っていてサイズを確認したところ自分の調度の大きさでラスティへとまた首を傾げる。 取りに行ってとは頼んだが、そう言えば自分はサイズを彼に言ったけ?と。

『そうそう。イザークとディアッカ、無事に地球へと降りたみたいですよ』
『そうか。良かったな』
『何だ、結局会えなかったな〜。で?いつ帰ってくんの?』
『帰投は未定ですって。暫くはジブラルタル基地に留まる事になるようです』
『イザークの傷の具合はどうでした? 耐熱カプセルも無しじゃあ、きっと余計に傷を負ったと思いますけど・・・。 幾らPS装甲があったからって言っても摩擦熱は結構なダメージだと』
『大丈夫でしょう。あのイザークですから』

ニコルは珍しく意地悪気に笑って見せた。それはを元気づける為で、それをも分かった。
ふふふ、と笑ってそうですね、と答えると自然に出た笑顔に重かった気持ちが心なしか和らいでいる事に気付く。 それはただそうなったんじゃなくて、此処に居る皆がそうしてくれているからだ。座りながらでも一人一人見える顔を順に見て、はとても嬉しくなった。



『なぁ、
『はい』

着替える為に更衣室を借りる事になったはアスランにヴェサリウスを案内されていた。
ブリッジまでは来る事があっても居住スペースに足を運ぶ事はほとんど無かったらしいを気にしたラスティがアスランに案内をする事を提案した。 何も知らない為ついて行こうとしたニコルの腕をがっちりと掴みラウンジに誘うとまた後で、と笑顔を振りまく。 お節介も良いところだって自分でも分かっているけど、あのアスランが真剣に想っている相手との恋を、自分なりに応援してあげたかった。 お陰で二人きりになった彼等は艦内の廊下をゆっくりと歩きながら更衣室へと向かっている。

『さっきさ、キラの心配してくれた、な』
『はい。だってお友達なんでしょう?』

紙袋を抱えたはきょとんとした顔でアスランの言葉に答える。 もう泣いてはいないいつもの彼女の声に、ぴたりと足を止めた。 アスランの一歩後ろを歩いていたは、突然止まった背中に驚いたが自分も進める足を止めた。

『・・・俺さ、キラには何度も来いって言ったんだ。でも守りたいものがあるからと断られた』
『守りたいもの・・・?』

アスランは寂しげな表情を隠すように窓の外を見て、小さく小さく笑う。はどうにか言葉をかけたいが、巧くタイミングが掴めない。 彼の複雑な顔は、心情を言葉でしか知らない自分が易々と口にして良いものかどうか。

『・・・ヘリオポリスに居た時に出来た友達だってさ』

眉を下げて笑ったアスランは振り返り、その時にはアスランの心情がはっきり分かった。
自分の大切な友達が自分より他の友達を選んでしまった事に、傷ついている。そしてもう彼は同胞を討つ地球軍として存在しているのだと自覚してる。

『でも良いんだ』

から視線は逸らしたが、アスランは言葉を続けた。そしてもう一度しっかりとへと視線を戻すと今度のアスランの緑眼は、寂しさを消して力強さを示して居た。

『アス―・・・』
『俺も、守りたいものがあるから撃つよ』

そう告げたアスランはの左肩に手を置いて、ぐっと掴む。
今回の戦闘の件のように、もう泣かせたくない。が、本当の意味の笑顔を自分が作ってあげたい。自分が、笑わせてあげたいんだ。 早く戦争を終わらせて涙で滲んだ瞳に心からの笑顔を。

言葉にしなかったアスランの「守りたいもの」、その本当の意味をは分からなかったが、意志の強さは伝わってくる。 アスランの言葉に小さく頷き視線を上げた。

『キラの事は正直まだ迷ってる。でも、それとこれは違う。守る為に戦うんだ』
『守る為に、戦う・・・』

アスランの引き込まれそうな程深い瞳のせいか、無意識にオウム返しに言葉を紡いだの中で何かが弾けた。 そして段々とアスランの声が木霊し、胸にずしりと響く。 戦うのは誰かに必要とされるからじゃなくて自分がしたいから。戦争から「自分」が、「守りたい」から。

『ああ』
『・・・守る為に、戦う・・・・』

もう一度言葉を繰り返したの瞳はアスランの緑眼に吸い込まれてしまったかのようだった。
しかししっかりとアスランを見て、は口を開いた。

『私も、プラントを守る為に戦います』

もう戦争が嫌だとか傷ついて欲しくないとか甘んじた考えはよそう。力ない自分は守る事だけを考える。 ナチュラルが向かってくるなら、自分は全力を尽くして守るだけ。散る命を惜しんでいては何も変わらない。だってずっと変わらなかった。 だから、この紅く染まっている手でも出来る事を。

そうだ。今の自分ははっきりと視界が広がっている。「必要」なのは思って貰う事ではなくて思う事。 ただ、大切な故郷を、そこに在る命を守りたいと。

『でも、パイロットはもうしませんけどね。私には向いてないみたいです』

そう言ってアスランの隣に並んで笑う。心が、晴れた気がした。