≫見えますか?散りゆく儚い命が無数の流れ星になって地上へと降り注ぐのを (08.12.05)


ベッドルームに戻らず寝たの、椅子の背凭れに寄り掛かっていた身体がバランスを崩し間抜けにも首がカクンと垂れた。 その自分自身の勢いに驚き、びくりとした身体が無意識に硬直する。 瞬時に周りに誰も居なかった事を確認し自分の恥ずかしい部分が見られなくて良かったと漏らした後、 ふといつもと違う周りの景色に此処で寝てしまっていた事に気付いた。

『あのまま寝ちゃったんだ・・・。そう言えば、何か夢・・・』

其処まで声にしては疑問符を浮かべ首を傾げた。
一体何の夢だったか、眼を閉じて記憶を辿っても、首を鳴らして猫の様に伸びをしてみても、どんな夢を見たのか全く思い出せなかった。



◆My love story◆



『そんな所に立ってないで入れば良いだろう』

処置室から医務室へと運ばれたイザークの様子はどうだろうと、はドアを少しだけ開けては覗き見ていた。 自分達の間柄は友達でも何でも無く、ただパイロットと整備士と言うもので、見舞いに行ったところで決して喜ばれないだろうと思っていたからだ。
ディアッカの話ではまだ眠っているとの事で、じゃあ「眼を覚ましていないのなら元気な様子を確かめてその場を後にしよう」としたのだが、 イザークの体は思いの他回復が早いらしく既に身体を起こしては暇潰しに本を読んでいた。

『失礼します』

声も最大限の小声で音も立てずほんの少しドアを開けただけなのにそれに気付いたイザークの反応の良さには顔を顰める。 顔すら此方を見ていないのに、気配だけで分かったのだろうか。 こうやって見舞いに来たとしても、どれだけ心配をしたとしていても、彼に友達のように気兼ねなくかける言葉なんてものは見つからない。 まごまごと言葉を選んでいるは静かに開けたドアの前に立ち、それ以上は進まず背を伸ばしてイザークを見る。

『・・・どうですか?痛みは?』
『今はまだ術後の麻酔が効いている』
『・・・・・』
『ん?何だ?』

顔の半分を包帯で覆うそれは見ている此方が痛痛しく感じた。 けれども麻酔薬のお陰で落ち着いている彼は思っていたより平静そうで、それは理論的で冷静なコーディネーターだと言う事を抜きにしてそう見えた。 それのせいか余りにも普通に話をする彼の髪が少し乱れている状態の方が珍しくはついつい見入ってしまった。

『い、いえ!やっぱり傷も深いのかなって・・・』
『問題無い。こんな事で騒いでいたら戦闘なんて出来ないだろう。 それより"足つき"の動きはどうなっている。次はいつ出るんだ?』
『はい。ツィーグラーと合流したら再度"足つき"を討ちに出ます。 月艦隊と合流したので月へ行くのかと思ったのですが、 何やらそのまま地球へ降りるみたいです』
『何?月本部じゃないのか?』
『はい。多分、アラスカです。 最重要拠点のあそこに行かれては容易に手出しが出来なくなります。 もう直ぐヴェサリウスも合流しますし、コーン・デルタに行く前に、叩くつもりだそうです』
『そうか・・・』 

冷めた顔をしていたと思ったイザークだが、本をパタリを閉じた途端の表情は怒りに歪んでいた。
はそれに気付き一歩後ろに下がると、「やっぱり相当頭にきてるんだ」と呟いて半分開いたままのドアに背中を押しつけた。 プライドの高い彼が、敵にろくな攻撃もかけられずやられてしまったのだ。 顔の傷なんかよりも自尊心が大いに傷つけられたに違いない。

『わ、私、やることありますので、では』

思い出させてしまった事に対し失敗したと急いでドアを閉めた。彼の事を考えたら、痛む傷よりもストライクにケリを付ける事の方が重大だろう。 実際、イザークの心情はが思う通りだった。
アスランも居らず、ナチュラルの操縦するストライクに自分自身がとどめを刺せると確信していただけにこの敗北は屈辱的でこれまでに無い憤りを感じる。 今まで赤を纏いエースパイロットとして自負していた自分が、恥ずかしくも情けなく感じ、言葉にする事も出来ない。

『ストライクめ・・・ッ!!』

が部屋から去った後、十分に鋭い眼をしたイザークは吐き捨てる様に敵機の名前を口にした。



『艦内ステータス管理資料です』
『忙しいところすまないな』
『いえ、お力になる為に此処に居るんですから使ってやって下さい』

ゼルマンから呼ばれていたはイザークを見舞った足でそのままブリッジへと来ていた。 ツィーグラーとの合流も時間の問題でガモフは艦内調整に追われていて、 色々と増える作業内容は当初の作戦の乗船人数では到底回らなく作業の手伝いを言い使っていた。 プラントに一度でも帰れる事があれば良かったのだが、それでは時間は限られてしまい"足つき"を捉えられない。 ツィーグラーとの合流さえ終われば、人員も補充でき、もう少しマシにはなるのだろうが、それまでの今が大変だ。

『策敵オペレーターにもこれを』
・・・』
『はい?』

申し訳なさ気な顔をしていたゼルマンは、から手渡された資料に目を通したまま口を開く。 静かに言葉を紡いだゼルマンの顔をは不思議そうに覗きこんだ。

『昨夜もろくに寝ていないと聞く。大丈夫か?』
『え?大丈夫ですよ?』

元々生真面目な彼はしばしば自分を心配をしてくれる。けれど突拍子もなく眼を伏せて俯く事なんてほとんど無かった。 その顔には疲れが見え、どちらかと言うと大丈夫か、と聞きたいのは此方の方だと思ったが、敢えて口にはせずにその表情を見ていた。 多分、一度"足つき"をロストした事に責めを負っているのだろう。 性格なのだから仕方ないと笑い飛ばせるようなものなら良いのだが、 いかんせん彼は生真面目に生真面目を重ねたようなものだから余計な言葉をかける方が失礼だ。 はぐっと口を噤む。

『また何かあったら言って下さいね。じゃあ私は格納庫に戻ります』

こくりと頷くゼルマンは、資料から目をあげてを見る。優しく、そして少しだけ困ったかのように笑うと戦略パネルへと足を運んだ。 はその背中が何故か儚く見えかけたい言葉が溢れて来たが、先程も思ったように気持ちを堪え代わりに深々と一礼をしてその場を後にしようとした。

『待て。

が、ゼルマンがおもむろに振り返りへと足を進める。 足から徐々に視線を上げて見ると真剣な顔はやっぱり何か思い詰めてると分かる。

『はい。どうしました?』
『お前に頼みたい事があるんだ』
『何でしょう』

は何か力になれれば、とテンポ良く聞き返す。 しかしゼルマンからの言葉が返って来るには時間があった。 それは忙しくやり取りをするブリッジに意識を取られているからではなくて、ゼルマンが何かしら考えているからだ。 クルー達の声が飛び交う中、は耳を澄ましてゼルマンが言葉を発するのを待つ。

『・・・デュエルに、乗ってくれ』
『え?』
『頼む。此方もGを三機出して今度こそ"足つき"を討ちたいんだ』

今度はが暫し考え込んだ。乗ってくれと言われてもデュエルはイザークの機体だ。 確かに彼は負傷中で戦闘なんて以てのほかだが、には些か気になる、と言うか引っかかるものがある。 それはイザークが戦闘が起こってもただ寝ていられるかどうか、だ。
あの表情はそうはしない、寝てなんかいられるか、と思っている顔だったと思う。まだ知り合って日の浅いこの自分でも思うのだ。 きっとあのタイプはアナウンスが流れたら飛び出してくるに決まってる。

『・・・ジンなら良いですよ』
『それでも良い』

はイザークの事を見越してジンに搭乗する事を選んだ。 心の中では半分だけデュエルに乗った事に文句を言われても嫌だな、と思ったのは内緒にして。
しかしそれきりゼルマンは黙ってしまった。もともと言葉の多い人間ではないのだが説明はしっかりする男なのに、とは首を傾げる。 やはりロストした責任を重いと思っているのかもしれない、と何も返さずに頷いて、「はい」と一言だけ返した。

『・・・此処で抑えたい。ブリッツとバスターと共に出て、援護してやってくれ。すまない』

ドアを抜けるに、堅気な視線を送る。
はにこりと笑い廊下へ出ると、通信機を使って格納庫の作業員に自分の今後を伝えると控え室へと向かった。 ジンに乗り込むならパイロットスーツに着替えなくてはならないし、戦闘するならジンの一般向けOSを自分対応のものに書き換えて置きたい。 時計を見ればもう直ぐツィーグラーとの合流が完了する時間だ。 ヴェサリウス、ガモフ、ツィーグラーの三艦に、合計ジン10機とG4機が乗せられている。 そうなればを始め整備士達は迫る戦闘に向けて秒単位で要求される慌ただしいシステム・チェックの嵐が待っている。

『・・・すまない、か』

足を進めるが途中で呟く。ゼルマンの言葉が胸に残るからだ。 が戦争を嫌っている事を知っている彼だから言うのだろう。 戦って欲しいが、戦わせたくない。その気持ちだけでも嬉しいと、は腹をくくる。 確かに戦う事は嫌だ。でも嫌だと言っていても戦闘の結果は変わらない。いつも攻めて攻められて、最後には戦った相手を殺す事になってしまうだけ。 だからまだまだ迷うところがあるけれど。

『此処で討たなければ・・・』

―戦いは終わらない。

無意識的にそう口にした後、の瞳に影が宿った。
何かを重く考えているのだろうが、それが言葉にされる事はなく、直ぐ意志の強い眼に変った。



「全隔壁閉鎖、MS発信は三分後・・・」

ガモフの艦内に戦闘が近付いている事を報せるアナウンスが流れると、 医務室のドアを荒々しく開け飛び出そうとしたイザークを衛生兵が止めようと手を差しのばした。

『駄目ですよ!まだ安静に・・・』
『うるさい!離せ!』

麻酔薬が切れ痛みに顔を歪ませているイザークは衛生兵の手を振り払った。 その動きのせいで何とも言えない痛みがまた顔を襲ったが、それよりも出撃する事の方が重要だ。 顔だけじゃなく、自尊心までもを著しく傷つけてくれたストライクが其処に居るのに、ただ寝ているだけなんて出来ない。 しかしそれでも自分を静止しようとする衛生兵に手古摺っていると、ゆらりと人影が廊下に現れた。

『その人を離してあげて下さい』

傷を負ってまだ2日目のイザークを心配していた衛生兵を睨んでいた瞳が、その人影に向く。
勢いのままの鋭い瞳だったが、人影が誰だか確認するとハタリとその眼は丸くなった。

、お前・・・』
『やっぱり飛び出して来ましたね。アサルトシュラウドの装着は終わってますよ。もう出れます』

はビンゴでした、とイザークに笑いかけ手に持っていたパイロットスーツを差し出した。 どうして此処へ、と問いたかったが、それを聞く前にが口を開き理由を述べたので息を呑むだけに終わった。 ただ、イザークなら此処で寝ている様な真似はしないだろうと思ったから、それだけだと。 の言い分は確かにそうなのだが、イザークが驚いたのはそれを持って来た事だけではない。 がまた、パイロットスーツを身に付けている。

『また出るのか?』
『はい。今回は戦闘に出ます。邪魔にならないようにしますから』
『当たり前だ』

自分の事を分かってくれていたに、礼の代わりの少しばかりの笑顔を向ける。 しかし貴重とも言える笑顔は直ぐに痛みに消され惜しくもには確認出来なかった。 イザークはずきずきと熱を持つ顔に神経が刺激される為から引っ手繰る様にしてパイロットスーツを受け取ると、痛む部分を押さえて控え室へと急ぐ。 はその後姿を見送り自分はモビルスーツ・デッキへと走り出した。



戦闘が始まった途端、地球連合軍の駆逐艦、戦艦からメビウスが盛大に飛び出して来た。 あれらはジンやザクに性能は劣るものの、数が多いのが難点だ。 迎え撃つようにザフト艦隊からもジン9機とG4が出撃する。 最後の出撃として待機していたは管制官に誘導されカタパルト・デッキへ進められると、 ジンのコクピットから早くも宙域で始まった戦闘を見て息を大きく吸い込んだ。

。ジン、出ます!』

張りのある声と共に飛び出した宙域では、見慣れた機体がメビウス相手に飛び回り器用にも優雅に見える動きで三機同時に撃墜した。
クローの合間からスキュラを放つ赤い機体、あれは唯一変形出来るG、イージスだ。

は飛び出したままの体勢でアスランの戦い方を見る。 真面目な彼らしい戦い方をしているが、 ストライクのパイロットと友達だと言っていた彼は、心には迷いを持っている事だろう。 聞いたのはついこの間の話だ。 MAからイージスへの攻撃が落ち着いたら、と見計らって無線を繋げようと通信の用意をしようとした時、 ジンの通信器の方に何処からか無線が入り、目を落とすとモニターには見慣れた顔が映った。

「久方ぶりだね」
『ラウ!久し振り』

通信はヴェサリウスに乗るクルーゼからだった。
評議会に出廷する事やクライン嬢を送り届ける等の一仕事終えた彼の顔はいつになく清々しい。
根っからの軍人気質な彼は戦線に戻れた事が嬉しいのだろうか、ほとんど顔を覆ってしまっている仮面から見える口元でも伺える。

「はて、君が出るとは聞いていなかったな」

が出たのはゼルマン個人の要望で、ヴェサリウスに敢えて通信していなかった。
本来ならクルーゼが抱えるの事だから連絡は必要だったのだが、特に気にもしていないのだろう。 クルーゼは変わらない笑顔のままに問う。

『これはゼルマン艦長の指示』
「また乗りたいと言ったのかと思ったよ」
『そんなわけないじゃない』
「そうだったな。君は戦闘が嫌いだ」
『・・・・・』

クルーゼの言葉に、のレバーを持つ手がピクリと動く。
何故戦闘が、何故戦争が嫌いか、彼は誰よりも一番に分かってくれているから。

「でも、戦ってくれるな?私の為に」

クルーゼは優しく、包み込むような声で囁く。 普段から滑らかな声質を持っている彼の声は、気持ちが入ればより一層それを増した。 はその言葉にしっかりと頷くと、ぐっとレバーを持つ手に力を込める。 クルーゼが身を乗り出して通信モニターをより近くで見ると、映るの眼はカメラにではなく既に宙域を飛来するメビウスを追っていて、彼はにやりと口の端を上げた。 そしてそのまま言葉を続ける。

「私には君が必要だ、

その言葉が引き金となるかの様に、のジンは一瞬にしてバーニアを噴射した。

『・・・うん。待ってて、ラウ・・・』

無表情のが進む。 イージスもデュエルもバスターもブリッツも、その他のジンも戦線を掻い潜っては艦隊に迫る。 はジンのバズーカを構え、メビウスを狙うと一撃だけ放ち、的確に仕留めると同じ方向へと機体を進めた。



『さて、他はどうかね?』

クルーゼが戦場の様子をオペレーターに確認させると、パネルにそれぞれG4が戦艦と一対一で対戦している映像が映し出された。 イージスが駆逐艦の砲撃を易々と避け捉えると、スキュラを放ち拘束された砲台は激しい爆発を起こし、それによって誘爆する艦は戦力を失い戦線を離脱する。 ブリッツもミラージュコロイドを展開させて敵艦の艦橋間近まで身を顰める。 そして左腕に装備してあるグレイプニールを射出して、目の前の艦橋を潰した。

『アスランとニコルは甘いな・・・。人を残せば、そいつはまた新たな武器を手に、来るぞ』

ヴェサリウスとガモフは戦闘能力を無くした二艦にレーザー照射を合わせた。そして間を置かずに主砲を放つ。 瞬時に起こった閃光に包まれた二艦は、クルーゼがにやりと笑ったと同時に墜ちた。

『無意識でもあれのように戦わなければならない』

虚空に散った残骸を見ながら、クルーゼは呟いた。
モニターの奥に一つ機影を映し、中央では動きの良いジンが立ち回っている。だ。

のジンはメビウスの攻撃をひらりとかわして背後に回ると、大きく振りかぶってビームサーベルで薙ぐ。 別方向から敵が接近しているとアラームが鳴ればライフルを放って直ぐさま捉えてMAを撃った。 レーダーに点滅が映りその方向へ振り向くと、ジンへ向けてミサイルが飛んで来る。
避けるに踏んだフットペダルでバーニアの噴射が勢いを増し、次々と主砲を放つ駆逐艦に近づくと一気に艦橋を狙ってバズーカを撃つ。 狙ったものは「無意識」でも逃さず確実に仕留める。それがクルーゼの指す言葉だった。



『ストライクは何処だ!?』

数では遥かに勝る月艦隊の軍勢を順に落としながら、イザークは苛立っていた。 弱いくせに数だけ多くて鬱陶しい敵機も、この傷を作ってくれた礼をしようと躍起になりながら周りを探すが、まだ機影すら見えないストライクにも。

『月艦隊に守って貰うつもりか?くそっ・・・!』

デュエルの邪魔をするかのようにメビウスがライフルを撃ち向かってくる。 イザークは舌打ちをするとレールガンで対抗し横切ったメビウスを追撃した。 そして肩にあるミサイルポッドを開いて心に積もった怒りまでもを放つように射程距離に捉えた戦艦へと一斉射撃を与えた。

『出て来い!ストライク!』

デュエルは汎用性が高いオーソドックスな機体だったが、の計らいで装甲を強化したアサルトシュラウドに改修され、 攻撃装備が増え重量は増したが各所に配されたバーニアにより、機動性も増している。 早くこの愛機でストライクを討ちたいと、バイザー越しに疼く傷口へと手を当てたその時、待ちわびた機影がレーダーに映し出された。 イザークはにやりと顔を歪め、サーベルを手にする。そして距離を詰めてストライクを目視で捉えた。

向こうもデュエルの存在に気付いたのだろう。 ビームライフルを撃って向かいつつあるデュエルに攻撃をするが、機動性の増した機体はひらりひらりと身を翻す。 あっと言う間に迫ったデュエルは勢い良くサーベルを振り下ろし、寸でのところでかわしたストライクは慌てて後退した。
憎しみをぶつけるイザークの攻撃が間髪あけずに続く。 あの動きは尋常では無いと、だからこそ討ちとってやると思っていたイザークだったが、 ビームライフルを撃ちつつ下がるストライクはこの前の動きとは全然違う事に気付いた。 あの動きはどうしてだったのか。イザークは確認するかのように攻撃を続けた。



『数が多い』

駆逐艦の爆発を起こしたは、その爆風に背を押されながら戦域全体を見廻していた。
他のMSも健闘してくれてるのだが、相手の数の多さにはほとほと困る。
これでは艦隊の真ん中に位置する"足つき"を仕留めるには時間がかかってしまう。

『援護じゃなくて、単機で出れないかな』

一歩引いたは、ガモフで戦うゼルマンに向けて無線を発しようとしたが、レーダーに映る艦の位置に眉を顰めた。 元々出過ぎではあったガモフだが、既に敵の戦列の内側へ入り込んでいるではないか。 良く見ると"足つき"は地球に降下しようとしている。それを阻止しようとガモフは出過ぎたのか。

『艦長?』
「・・・もしかして、さんですか?」

ガモフの位置に驚いていたの後方に居たブリッツから、ニコルの声が聞こえた。

『ニコル!そうですよ。良く解りましたね。』
「ジンの動きが特別良かったもので」
『そうかな?』
「そうですよ」

気を付けて下さいね、と声が聞こえると通信は切れ、後方に眼をやるとブリッツはミサイルの嵐にランサーダードで対し、仕留める。 次に襲ってくるMAを避けてサーベルを引き抜き薙いだ。 はそれを見て前に出る事を決意する。 後ろはニコルが一人でいても、十分大丈夫だと思えたから。

もう一度通信しようとした時、ガモフからの通信無線がヴェサリウスに出ていて、のジンはそれを拾った。 しかしジャマーの影響で音声が乱れノイズが激しい。 は時折聞こえる生真面目な声に耳を傾けた。



「此処まで追い詰め・・・引く事は・・・。元はと言えば我ら・・・。"足つき"は必ず・・・」

クルーゼへと向ける内容からゼルマンは、 やはりアルテミス付近で"足つき"をロストした事に責務を感じていたようだ。 やり取りする内容を聞いて身体にゾッと悪寒が走る。 "足つき"を此処まで逃してしまった事は確かに失策だったが、けれど無謀にも突っ込むなんて。

「・・・・。・・聞こ・・・・か?」
『ゼルマン艦長!』

クルーゼに言葉を向けた後、ゼルマンの声が画像が、のジンに届く。
変色し、歪んだ画像は時折綺麗に彼の顔を映し出した。

「・・すま・・い。・・・ど・か・・・」

いつも真面目くさった表情で、けれど自分を心配してくれる優しくて、頼りになる人。
そんな彼がやんわりと笑っている。

「幸せに」

そう告げるモニターにはジャマーの妨害なんて感じさせない程にゼルマンの顔が酷く綺麗に映し出され、スピーカーからは酷く綺麗に声が聞こえた。 けれどの眼に映る画像は溢れそうになる涙で揺らめいていて良く見えない。 そしてそれきり通信は途絶えてしまった。

『・・・待って、待って!』

バーニアを吹かし、ガモフへ接近しながらはキーボードを取り出してスペックを呼び出した。 今は戦う事よりも、機動性を上げる事に集中させる。 もしかしたら、間に合うかもしれない。 一斉射撃をするガモフに駆逐艦が落とされている。大丈夫、まだガモフはやられない、なら。

『待って!』

メビウスの攻撃も駆逐艦からの砲撃も、全てひらりと避けてガモフへと急ぐ。 焦るが片手で調整するジンのOSは、もう最大限でどこも直しようがない。 歯を食いしばってこれ以上早くならないスピードに苛立ちを覚えながら、ガモフの行方を追いかける。



さん?!」

急に単身一機飛び出したのジンに驚いたニコルは、後を追った。 そしてこの距離で助かった、と内心呟く。 此方の性能の方がジンより格段良く、スピードも申し分ない、追いかけられる、と。 しかしどうしてか追いつかないジンにニコルは強くフットベダルを踏んだ。

さん!危ないですよ!」

ニコルが無線を使って声を張り上げるが、全くの耳には届いていないようだ。
何度も何度も呼びかけてるのに、彼女には目の前の光景だけを追っていて。

「くっ・・・!」

それでも止めようと、ニコルはの背を追いかけた。



ガモフが主砲を放ち、敵戦艦に着弾させた。
炎が激しく吹き出てたが、敵艦も負けじと主砲を唸らせる。

『ゼルマン艦長!!』

が叫んだと同時にガモフが貫かれた。 敵艦は既に被弾し傾いていたが、ガモフも同じようにあちらこちらが誘爆し始めている。 追って追いやっていつのまにか大気の中へと墜ちた二隻は、地球の重力に引かれたせいで紅い炎を上げ、損傷したところから大気に押されて破損していく。
しかし弾けるように飛んだ装甲をそのままに、二隻はまだ撃ち合っている。

『ゼ・・・!!』

がガモフへ向かおうとした時、ジンの体を何かが後ろから引きとめた。
視界には黒い腕が覗き、ブリッツだと言う事が分かる。

『ニコル!何するんですか!?』
「それはこっちのセリフです!!大気圏に入ってしまいますよ」
『だから助けなくては・・・!ガモフが・・・ッ!!』

レバーを引いて、ペダルを踏む。
けれど、OSを書き換えようが何をしようが、装甲自体はブリッツのが上だ。
しっかりと後ろから押さえられたジンは、虚しくも情けなくただもがく。

「ジンで行っても、何も出来ないでしょう!!」

押さえつけても暴れるジンをブリッツはぐっと、引き抑える。 眼に見える二隻は大気に擦れ、飛び散った破片が放物線を描き燃えては消える。 どんどんと形を変え紅く紅く染まって、最後には全てが燃え上がった。

「ゼルマン艦長―!」
『・・あ・・・あ・・・』

二人は暫し茫然と、燃え落ちる二隻に目を向けていた。



打ち込んだデュエルのビームサーベルを、ストライクはシールドで受けて押し返す。 力いっぱい跳ね飛ばされたデュエルは、ライフルを撃つ。 片目じゃなければもう少し視界が広がるのに―、とイザークは舌打ちをした。

もう一度突っ込むと、今度はストライクも向かってくる。 ストライクはシールドでデュエルのライフルを払いのけ、バランスを崩した瞬間スラスターに点火し、顔面部を蹴り飛ばし、 その勢いでデュエルの機体は後方に大きく流された。

『くそっ・・・!』

既に地球の重力に引かれていたデュエルは、蹴られた勢いも重ねられ体勢を立て直す事が出来ずにいた。 バーニアを吹かしても、ビクともしない。今まで知っていた重力とは違い、重くて仕方が無い。 けれど此処でまた逃がしてなるものかと、離脱しようとしているストライクにライフルを向け照準を合わせた。

『捉えた!』

その時、イザークの視界をシャトルが遮り、そのせいで折角捉えた照準が乱れた。
何故今此処にシャトルが―、と顔を歪める。良く見ると地球軍のものではないか。

『逃げ出した腰ぬけ兵が・・・!!』

イザークはストライクからシャトルへとライフルの方向を変えて、撃った。 此処まで来てまたストライクを逃すなんて、ならば、と確実にシャトルを捕えて被弾させたのだ。 爆発したシャトルは炎が盛大に上がり、大気に焼きつけられ無残にも散る。 イザークの気も些か晴れたが、今度待っているのは大気圏突入だった。 ちっと舌打ちをすると、どう降下しようかと、精一杯に考えた。



さん!帰投命令が出てますよ」

動けずにいた二機のコクピットにヴェサリウスからレーザー通信が届く。
しっかりとブリッツに抱えられたのジンは、今はもうピクリとも動かない。

「・・・今から後を追っても、僕らにはもう何も出来ません」

どう言う表情をしているか、なんとなく分かったニコルは返事の無いジンをしっかりと引いて帰投した。