≫What do I want to do? I want to understand. (08.11.27)


整備士たちが作業する都度、不規則な機械音が木霊する格納庫内で インカムをつけたの姿が見えた。 あと少しもすれば出撃の時間になりカタパルトハッチが開き真空になる為、 厚みがあり動き辛い宇宙服を纏い、片手にはヘルメットを持っている。 声が聞こえなくとも見れば分かる。機体のシステム・チェックが終わったのだろう。

と、なると彼女はゼルマン艦長への通信をしているのだろうか。 真剣な目で機体を見ながら話す顔つきはいつもよりぐっと大人びていて、 パイロット控え室から格納庫を見下ろして居たイザークは無意識ながら舌打ちをしていた。



◆My love story◆



『もう直ぐガモフが"足つき"を捉える時間ですね』

艦内放送でパイロットの搭乗時間が迫っている事をアナウンスされた。 窓ガラスに手を付きながらまじまじと格納庫全体を見回して居たニコルが、 隣に立つイザークとソファに腰かけるディアッカに振り返る。 壁に掛かっている質素な時計に目をやると、艦はがシミュレーションした時間ピッタリに進行しているらしい。 ディアッカは静かに頷き、イザークは睨む様に時計を見た後、ゆっくりと格納庫にある自分の機体を見て呟いた。

『・・・ああ。今度こそ沈めてやる』

少し前の作戦会議では月艦隊との合流までにある10分と言う時間だけが勝負と気合を入れたばかりだ。 此方はガモフ一隻だけに対し、向こうは「艦隊」が待ち受ける。 艦隊火力には勿論対抗出来ない為10分間だけの奇襲作戦なのだが、 ニコルがその少ない時間に不安を覚えていた。
ニコルには悪いが、自分にはまたとないチャンスだろうとイザークは思う。 "足つき"が一隻で居る今の好機を見逃し、討たずしてどうする。射ち落とすなら今しかない。 おまけに、邪魔者のアスランも今は居ない。自分が手柄をとるチャンスでもある。

『今度こそ』

イザークが絞る様な声で意思を固めてドアへ向かうと、コクピット・ハッチの開いた自分の機体へと足を進めた。



『今回は大人しく戦況を見守ってますか』

チェックの済んだデュエルを見上げては一息ついた。 理由があっての事だが、ここ最近の戦闘は整備だけの仕事をこなしてきたわけじゃなかった。 今回はヴェサリウスで戦線を離れているクルーゼからの命令も、艦長ゼルマンからの命令も受けていない。 ただ、整備の仕事をしてろと言うだけだ。 しっかりと持ったヘルメットを握りしめて、は何か眩しいものを見た時のように目を細め、瞑る。 命令が無いと正直落ち着かない。前から何かしていないと駄目なんだ。 だから今までは整備に没頭する事で、戦況に応じてそれ以外の仕事をしたりして 、自分を忙しい環境において紛らわしてきた。

それに、一つ気がかりが胸をざわつかせる。 ストライクのパイロットは、アスランの旧友だと言う事だ。 "足つき"と言う新艦も、ストライクと言う新MSも、 存在してはプラントがまたユニウス・セブンのようになってしまうかもしれない。 それを阻止する為に自分達はあれらを追って破壊しようとしている。 人を殺す兵器なんか、無くなってしまえば良い。でも。

『・・・人を殺す事と、戦争は切れない関係なんだよなぁ』

当たり前だけど、とは溜息を吐いた。 "足つき"を、ストライクを討つと言う事はアスランの友達を討つと言う事だ。 あの時アスランは複雑な心情をぶつけた。口では討ちたく無いと言えない立場は分かっているが、 それは紛れもない事実。 こんな風に大事な人を傷つけ傷つけられる戦争は、いつか終われるのだろうか。



『其処を退け』

デュエル専用のクレーンの前にぼうっと立っていたをツンと氷のような声が刺す。イザークだ。 何か想いを固めているのだろうと分かるその顔つきは戦闘前の異様な表情で、 ヘルメットをかぶっているのにその眼光は鋭く、意志の強さが伝わってくる。 やっと声をかけ易い間柄になったのかと錯覚していたは、また以前の様に肩を竦めてクレーンから一歩引いた。

『・・・気を付けて下さいね』

クレーンに足をかけたイザークの背中に、は小さく告げた。 言葉が無くても緊張感がピリピリと伝わってくる。これから戦闘に行くのだから当り前だろうけれど。 だから今イザークに労いの言葉をかけたとて前のように流されるだろうと思った。 しかしゆっくりとイザークは振り返り、の眼を見る。

『必ず仕留めてくるさ』

表情が、研ぎ澄まされた瞳が、一瞬だけ柔らかくなったような気がした。
は期待してなかった返って来た言葉ににこりと笑顔を漏らすと、 イザークにもう一度同じ言葉をかけて送り出す。 旧友を思うアスランに対しては不謹慎なのだが、クレーンが段々と上がり小さくなるはずの背中が、にはとても大きく見え、期待を寄せた。

「全隔壁閉鎖、各科員は至急持ち場につけ」

艦内にアナウンスが流れる。いよいよ出撃だ。

「モビルスーツの発信は60秒後・・・」

ディアッカやニコルも自分の機体に乗り込む。彼等もイザークと同じ様に集中した顔つきだ。
格納庫の隣にある自室へ戻ったは、彼等の身を按じながらガラス越しにある機体を見上げていた。

『でも、・・・どうしたら・・・』

地球軍は討ちたい、でも出来るだけストライクのパイロットは救ってあげたい。 兵器だけを破壊出来る方法は無いのだろうか。は狭い室内を行ったり来たりしてはブツブツと独り言を言う。

『どうしようも無いのか・・・』

はカタンと音を鳴らして椅子に腰掛ける。 モニターは"足つき"を映し、これからの戦況を眺める準備が整っている。 自分は何も出来ずただ見守るだけ。 カタパルト・ハッチが開き機体が順に出撃するのを見て、これからの10分がとても長い時間になるだろうと感じた。



『散開!』

"足つき"に向かい密集して向かって行ったデュエル、バスター、ブリッツは ガモフの射線をぎりぎりまで隠し、イザークの号令と共に一気に散開した。 それが功を奏し二発目が見事着弾した。 回避アルゴリズムが解析出来ている事に幸先の良いスタートだとディアッカは口笛を鳴らす。 散開の後、デュエルはストライク、バスターはゼロ、ブリッツは"足つき"へと向かって行った。

『今度こそ!』

イザークは声とともにビームサーベルをストライクへと振り下ろす。 やっとの事で避けたストライクもサーベルを引き抜き今度はデュエルへと放つ。 が、デュエルのシールドで受け流しビーム粒子が火花を散らしてその場を明るくする。

『こんな戦い方する奴に・・・!』

何度戦闘してみてもイザークには納得がいかない。ストライクの動きが到底軍の人間のものとは思えないからだ。 喧嘩をする子供がただ必死に向かって来ている、そんな気がする。 だから余計に今すぐ討ちとってしまいたい。素人の様な戦い方をする、しかもナチュラルになんて。 段々と追い詰めていったデュエルは十分な間合いを取り、 しっかりとサーベルを構え、ストライクに向かって振りかぶった。

『もらったぁ!!』

イザークは笑みを浮かべてレバーを引く。この距離、この体勢、今度こそ討ち取れる。
しかしその時、ストライクのエンジンが瞬時に唸り、デュエルのサーベルをひらりと交わした。

『何!?』

まるで戦闘経験が無いだろう戦い方をしていたストライクが、 一端引いたと思った間合いを詰めてデュエルの脇へと入り込みサーベルを薙ぐ。 デュエルの腰回りに激しい電気が走り、イザークは一瞬怯んだ。 その隙を縫ってストライクはブリッツが取りつく"足つき"へとバーニアを吹かした。 デュエルはビームライフルを撃ちながらそれを追うが、 今のストライクは何故か運動性が突如増し、易々とかわされる。 そしてストライクはブリッツへと寄ると攻撃態勢に入った。

ブリッツは物凄いスピードで迫り切りかかろうとしていたストライクのサーベルから避けようと身を飛ばすが、 ストライクの反応の方が早かったらしく膝で胴を蹴りあげた。 その瞬間今だ、と死角に迫ったデュエルがサーベルを再度振り下ろすが、ストライクの勢いは止まらない。 素早い動きで腰部から短刀を取り出し先程ビームサーベルが薙いだ部分へと差し込んだ。 それによってデュエルの腰部が激しく火花を散らし、機体はそれきり沈黙してしまった。

『イザーク!?大丈夫ですか??』
「・・痛い・・・、痛い・・・」

腰部を走る電気が目に見え、心配したニコルが無線を使ってイザークへ問いかけるが呻き声しか返ってこない。 ブリッツはもう動かなくなったデュエルを抱え、急いでその場を離脱した。 酷い負傷しているだろうイザークを残してのこれ以上の戦闘は無理だ。それに時間も無い。

『ディアッカ、引き上げです!敵艦隊が来る!』

ニコルの声に時間を確認するとタイムリミットの10分が迫りディアッカは舌打ちをするが、 仕方ないとばかりにバスターもその場を離脱した。



『・・・イザーク・・・』

ガモフで戦況を見守っていたが、小さくイザークの名を呼ぶ。 ズームするとブリッツに抱えられ戻って来るデュエルのコクピット部分は酷く損傷している。 救護班が慌ただしく格納庫で待機を始めたのを見て、は格納庫が見えるように席を立った。

『あの、ストライクの動き・・・』

窓越しに考える。ストライクの動きが、急に俊敏になったのは何故だろうか。 戦い方を見ていたら、間違いなく今まで乗っていたアスランの友達に間違いないだろうと思うのだが、 運動性、反応速度は別人のようだった。 今まで怯ませる為に・・・、いや、そんな事をするわけが無い。 一隻の艦と一機のMS、MAでそんなぎりぎりの事をするものか。 が眉を寄せて考え込んだ頃、三機の機体は順にハッチを抜けて帰って来た。



『イザーク、大丈夫ですかね・・・』

担架に乗せられ医療処置室へと運ばれたイザークの顔は真っ赤な鮮血で彩られていて、 無重力の為浮かび上がり続ける血に距離をおいていたでも息を呑んだ。< バイザーが粉々になっている所を見るとスパークした衝撃で割れ、顔に破片が刺さってしまったのだろう。 着替えを済ませラウンジに座っていたニコルに静かに問いかけた。

『あのイザークの事ですからきっと大丈夫ですよ。 ディアッカが様子を見に行って随分経ちますし、そろそろ帰って来ると思います』
『そうですか・・・』

は溜息交じりに返答すると、目を伏せて自分の手を見た。 手のひらは一瞬だけ紅く見え、それに少し驚いたがイザークの言葉を思い出しては普段通りの色に戻った。

『あの人には、無事でいてもらいたい・・・』

自分を救ってくれた言葉を言ってくれたイザーク。必要だと言ってくれた人をもう二度と失いたくない。 意思を固めるようにぐっと拳を握り締め平静を保つと、ニコルへと顔を向けた。

『そう言えば、ストライクの動き妙ではありませんでしたか?』
『え?』
『モニターから見ていたのですが、急に動きが変わったもので』
さんも思いましたか』

ニコルは椅子へ背をつけ凭れかかると、ブリッツから見ていた状況を口にし始めた。 耳を傾けているとやはりと同じ事を思っていたようで、しっかりと受け止め頷く。 もしストライクがこれからああ言った戦い方をするようになるのなら、今まで以に手古摺るかもしれない。 その時は、もしかしたら。

『よ、お二人さん』
『ディアッカ』

辛気臭いなぁ、と鼻で笑ったディアッカが、が座っていた隣の椅子を引いて座る。 心配そうに処置室へと行った彼だったが、その顔を見るとイザークは無事なようだ。 ほっと一息吐いたニコルとは顔を見合せて笑った。

『今は麻酔で寝てる。明日には目を覚ますんじゃないかな。きっと痛いだろうな〜』

能天気に肩を竦めるディアッカを、ニコルが少しだけ叱る。
けれどこうやって話をしてくれているディアッカが居るだけでその場の雰囲気が明るく変わっていくのは確かだ。 ニコルの顔は自然な笑顔で彩られている。

ちゃんも明日にでもお見舞いに行ってやってよ。喜ぶゼ』
『喜ぶ?絶対に無いと思いますけど』
『こんな可愛い子に心配されんだ、誰だって悪い気はしない筈だ』

正直、ディアッカの言葉に頷けない。様子を見に行こうとは思っていたけれど、イザークが果たして喜ぶかどうか。 いや、絶対に嫌な顔をするだけだ。 見舞いをして「大丈夫?」と声をかければ良い相手じゃない事位もう分かっている。 そんな社交辞令なんて欲しがらない。だったら、次はどうしたら良いのかと言うと。

『私、デュエル見てきます』

今はストライクのパイロットの事を考えるのはやめよう。 あの力量ならそうそう死に消える事も無いだろう。 何より次戦うであろう時はヴェサリウスと合流している。 アスランが居て、説得してくれればきっとストライクのパイロットだって。 そう、彼はコーディネーターなのだからアスランの言葉を聞けば此方へ来てくれるに違いない。

『私がすべき事・・・』

今は整備、そしてデュエルの追加装備。
次に出るまでに。

『―アサルトシュラウドを装着する』



その日、は機体の装備に時間を費やし、 疲れていた為ベッドルームに戻らず椅子に腰かけたまま転寝をしてしまった。 それのせいか、普段はほとんど見ない夢を見た。

夢の中の自分は宇宙に投げ出された様な浮遊感が自分を纏い、視線はなかなか定まらない。
けれど聞こえる声だけははっきとしていて、確かに耳を傾けた。

― 私には君が必要だ ―

自分を必要としてくれる唯一の存在。この声は心地良い。

― じゃあ貴様が整備しているものはなんだ?
  俺みたいな好戦的な奴等も含めて、戦闘させる為だろう ―


― プラントにはお前が必要だ ―

私を否定した存在。けれどそれは真っ直ぐだからこそ突き刺さり、本当は温かく優しい。



ねぇ、自分がどうしたいのか。
誤魔化す事を止めて真実と向き合い始めて、私自身が漠然としている事にジレンマを感じ始めてる。

― 答えを、見つけたい・・・ ―

夢の中の自分は、確かに彼にそう言った。