≫懐かしのまほろばで彩る花に足を止めて (08.11.20)


母の墓前に花を手向けたアスランのリストウォッチから緊急呼び出しのシグナルが鳴った。 軍に戻れ、との事だろう。躊躇いながら母の墓石に挨拶を告げ歩き出す。 やり切れない思いのまま淋しげな目で知らぬ名前の墓標を順に見ていると足がピタリと止まった。

「C.E. 31〜70」
「C.E. 32〜70」

同じ没日の二名の名が墓石に記されている。珍しい苗字だからか、 それとも自分が一番気になる人の名前だからだろうか。こんな風に簡単に目に入るのは。 アスランは息を呑んでそれを確認する。

そのファミリーネームは「」だった。



◆My love story◆



『ラクス・クライン行方不明なんだってな』

そろそろ2月14日が近づいて来ている。 「血のバレンタイン」の一周年式典に際し、 ユニウス・セブンへの追悼慰霊団派遣の調査に同行したラクス・クラインの乗船、シルバーウィンドが攻撃されたらしい。 地球の引力に引かれデブリベルトに位置するそこは地球に近い。連合軍の仕業であろうとディアッカは眉を寄せた。

『はい。私もさっき聞きました。大丈夫でしょうか・・・』

格納庫でブリッツの調整を行っていたは作業する手を止めた。 画面には処理しなければならないウィンドウが沢山出ているが、今の気分では一つも解決する気になれない。 の座るコクピットを覗くニコルも厳しい顔つきで吐き捨てた。

『民間船なのに地球軍は酷い真似を』
『ナチュラルの考える事は分かんねぇよ』

その隣にあるクレーンの上に立っていたディアッカはニコルの傍にひらりと飛び移った。
戦闘後、綺麗にパーツ洗浄されたブリッツは漆黒に光りニコルとディアッカの姿をその身に映す。
二人の陰影を見ながら、は呟いた。

『きっとアスラン辛いでしょうね。安否だけでも分かると良いのですが』
『そうですね』

ニコルも同調する。婚約者が行方不明だなんてきっと気が気ではないどころでは済まないだろう。 大事な人が危険に晒される恐怖を、戦争を体験している自分たちは嫌と言うほど分かっている。 だから、きっと今のアスランは。

『捜索隊は?もし救出ポットに搭乗出来ても地球軍が近くに居たら・・・』

それ以上の言葉を敢えて発するのを止めたが心配そうにディアッカを見上げるが、彼も詳しい情報は知らないらしく首を振って肩を竦め、「そう」ととニコルが瞼を伏せる。 暫し彼等の周りには沈黙が流れ、その他のクルー達が作業する機械音がいやに耳についた。

『ユニウス・セブンへは、ヴェサリウスが捜索に出ているらしい』

そんな中、ブリッツの足元から張りのある声が届いた。
三人が声の方向を見ると、イザークが腕を組み上部を見上げていた。

『予定は変わり戦線からは離れるそうだが、クルーゼ隊長が居れば問題無い。で、ガモフは"足つき"を追尾だと』
『見つかったんですか?』
『ああ。ユニウ・スセブンのデブリベルトに居たらしい』

ゼルマンに呼ばれていた彼は、艦橋まで軍務状況を聞きに行っていた。 指揮はクルーゼから出ているから、評議会で報告を済ませたヴェサリウスがどう動くかで此方の出方も変わる。

『良かった。ヴェサリウスが出れば・・・』

ほっとした声を出すの隣に居たニコルは穏やかな顔で頷く。 ディアッカもストンとブリッツに腰かけて笑った。

『そう言えば、一度プラントに戻っていたラスティもヴェサリウスに乗っているらしいぞ。 残念ながらミゲルはプラントで仕事だそうだ』

イザークはクレーンに乗り手元のボタンを押す。 徐々に上がっていくクレーンは、ブリッツのコクピット部分に居る三人の元に着くと静かな音を鳴らして止まった。

『二人とも、怪我治ったんですか?』
『ああ。元々大した傷じゃなかったんだ。大丈夫だろう』

ニコルが喜ぶ声を上げるのをイザークは珍しく柔らかい表情で見る。
きっと彼も共に生活してきた彼等を心配していたのだろう。

『デブリベルトでの捜索もあいつ等が居れば安心だな』
『ああ』

ディアッカも笑顔になる。色々な情報が飛び交う中、こう言った話はやはり嬉しかった。
だから、か。

『なぁ、イザーク。お前もラクス・クライン探しに行きたいんじゃないの?』
『ディアッカ、貴様・・・』

ちょっと良い事があるとすぐに調子に乗ってしまうのがディアッカの悪いところだ。
学習しないそれはイザークの気に障りとニコルの眼が丸くなる瞬間、相変わらずの言動へと素早い拳がお見舞いされた。



ラクス・クラインを捜索しに向かったデブリベルトでヴェサリウスは先遣隊を確認し、その流れで"足つき"を発見した。 先遣隊の撃破は難なくこなしたクルーゼ隊だったが、いざ"足つき"を討つとなった時に"足つき"から無線が入り、 ラクス・クラインは"足つき"に収容されているとの事で、折角追い詰めた目の前の敵艦を討つ事が出来なかった。

しかし、ストライクから無線が入る。ストライクのパイロット、キラが人質まがいのラクス・クラインの受け渡しをしたいと言うのだ。 アスランはイージスに乗り込み一機、指定された場所までに救助されたラクスを迎えに行き無事ラクスをヴェサリウスの一室へ送った後、一人になりやっと溜息をついた。

『キラ・・・』

あの時、友達の乗る白い機体が暗闇に消えるまで見ていたのを思い出す。

『次に戦う時は、俺がお前を撃つ・・・か』

クルーゼに断言した以上、ザフトに居る以上、母の墓前で意思を固めた以上、実行しなければならない。 ラクス受け渡しの時に、いや、その前にも一緒に来いと言っても友達を守る為にと拒否をしたキラ。 「撃つ」と言った自分に「僕もだ」と返す震えた声がやり切れない気持ちにさせる。 けれど、誰とでもうちとける彼には、自分以上に大事な友達がきっと居るのだろう。 守りたいものがあるのは、お互い同じだ。

『会いたいな・・・』

こんな時、彼女、ならなんて言ってくれるだろうとアスランは目を閉じた。 きっとまたのほほんとした顔で、穏やかな声でこんな自分を救ってくれるんじゃないかと。

婚約者が居ても気持ちは別の話だ。 ラクスの事は嫌いじゃないし、守りたいとも思っているが今思えばそれは恋心では無かった。 だってこんなにもに抱く気持ちとはかけ離れている。 けれど婚約者と言うしがらみは自分一人が決めたものではない。 出来る事なら変えたい現状は幾つもあって、それはアスランの溜息のもとになった。

それと、一つ、には聞きたい事もある。

『誰に会いたいって?アスラン』
『・・・ラスティ』

展望デッキで一人佇むアスランの後ろから、ニヤニヤと首を傾げたラスティが声をかけた。 手にはドリンクを持っているところからすると、一人休憩に来たのだろう。

『ラクス嬢なら部屋に居るじゃないか。羨ましいヤツめ』

ベンチに腰をかけると悪戯めいた笑顔を向ける。

『いや、ラクスじゃなくて・・・』
『あら。浮気?』
『浮気じゃない!俺は本気で―・・・』

ラスティの言葉に、アスランが声を張り上げる。 いつもならこんな風になる事はないのだが、キラの事もの事も有り心が疲れていた。 アスランのなかなか聞けない大きな声に、目を大きく開いたラスティは思わず後ろへ仰け反った。

『・・・悪い』

感情的になってしまった事に頭を抱えたアスランはラスティの隣に腰を下ろし、真っ赤になった顔を隠す様に彼とは反対の方向を見る。

『・・・俺こそからかってゴメン。本気なんだ?』
『え?』

同じ隊の誰かと違って自分の非を素直に返すラスティにアスランは顔を振り向かせると、優しく笑って自分を見てくれている。 思えばそうやって普段から人を和ませてくれる存在だった。

『で?誰?』
『こ、この前の整備士の子・・・』
『は?あの子?お前可愛くないって言ってたじゃん!』
『可愛くないとは言って無い!「思わない」って言ったんだ。・・・その時は何とも思わなかったんだよ』

ほんのりと顔を赤らめるアスランをからかってやりたいと思う彼の性分だったが、余りにも真剣な顔つきに言葉を止めた。 色恋沙汰に興味が無かろうアスランからこんな風な話が出るなんて、相当好きなのだろうと受け止められる。

『でも、叶わないけどな。俺の立場じゃ』

アスランが悲しげに笑い、その気持ちがラスティにも伝わる。 そしてその意味が何を表わしているか分かる。 政略結婚と言う足枷が、アスランの想いを飛び立てなくしていると言う事に。

『・・・良いんじゃないか?婚約者って言ったって親が決めたものだろ? 親父さんもお前が本気なら分かってくれるさ』

ポンポン、と温かい手のひらがアスランの肩を叩く。
言葉はただの気休めにしかならないかもしれないけれど、アスランの背中を押したい気持ちに嘘はない。

『ラスティ・・・。有難う』

アスランは気恥ずかしそうに笑う。
こんな風に話せた事を、ラスティに感謝して。

『な、ラコーニの隊へラクス嬢を送り届けたら戦線に戻るんだろ? 時間が出来たらちゃんと紹介しろよ。 もしかしたらその子から女の子の輪が広がって俺にも出会いがあるかもしれないからな』

ラスティの言葉は抜け目が無いと言うか侮れないと言うか。
今度はアスランの緑の瞳を眼を丸くさせた。



イザーク、ディアッカ、ニコルの三人は格納庫隣にあるの作業室に来ていた。 ヴェサリウスから呼び出されていたものの、そこまで行くのに数時間とかかる時間を持て余し、 正直艦内暮らしに飽きたディアッカがの作業している部屋を見たいが為に無理やり足を運び、ニコルとイザークもそれに付いた。

室内を見回すと壁全面にある本棚には機器関係の書類やら部品やらでいっぱいだ。 綺麗に整頓されているので視覚的に受け取るよりもっと数量が多いだろう。 整備士の部屋ってこんな風になってたんだ、とディアッカがに話しかけるも部屋の主は先程から誰かと通信していた。

『艦長から連絡です。ラクス嬢の救出、無事終わった様です。怪我も無く健康状態も良好って』

付けていたイヤホンを外し、座っていた椅子をくるりと後ろに立つ三人に向けた。
にこやかな笑顔は願っていた事が叶った子供の様に無垢だ。

『それは良かった。アスランも一安心ですね』

ニコルも胸に手をあててほっと一息吐いた。

『ああ。イザークも大好きなアイドルが無事で良かったな』
『しつこいぞ、ディアッカ』

棚に陳列された本を手にとっていたイザークが、また拳をお見舞いされたいのかと一喝する。
冗談が過ぎたディアッカは慌ててニコルの背に隠れそれを回避した。

『これからヴェサリウスがラクス嬢をラコーニの隊へと送りに行くらしいです。 "足つき"は月へ向かっている途中で、月艦隊との合流予定の無線が確認されてます。 このままだと月艦隊との合流前に追いつくかな?』

は椅子を反転させコンピュータへと向かいキーボードを叩いた。 素早い動きで宙域図を展開させ、ガモフの追尾時間をシミュレーションしていく。 すると、の捜査しているコンピュータの隣にあるモニターのウィンドウが一つ点滅した。

『あ、ゼルマン艦長からです。これから作戦会議ですって』
『お?"そこで遊んでる三人に伝えろ"って出てるぞ』

モニターに映し出された文章を読んだディアッカがそれを見てケラケラと笑う。
艦内に監視カメラがあるとは言え、簡単に行動を読まれた事が面白いのだろう。

『では行きましょうか』

気を引き締めたニコルが、声を発する。
イザークはパタリと本を閉じて本棚へと戻した。

『おい』

デスクに向かうにイザークが声をかける。
声の方向から自分が呼ばれていると気付いたは彼の方を見た。

『はい?何でしょう』
『お前も行くんだろう?』

ディアッカが再度ゼルマンからの文章を確認するが、が作戦会議に出るなんてモニターに一言も出ていない。 きっと通信の時に呼ばれたのだろうが、ディアッカとニコルは前回限りの作戦会議参加と思っていたのでイザークの言葉に驚いた。

『は、はい。でもシミュレーション作ってから行きますから、お先に・・・』
『なら早く用意しろ。待っててやる』

腕を組んで近くにある壁に寄り掛かる。 全く視線を合わさなかったが、それはいつもの様な棘のある声でもなかった。 ディアッカとニコルはイザークの言葉にぱちくりとさせた目を合わせた。

『有難う御座います。30秒で終わらせますから』

そう言うとは画面に向かって作業し始めた。
間髪入れずに叩くキーボードの音は、彼女が口にした30秒丁度でピタリと止まった。



『―月艦隊と合流前に"足つき"に追いつく事は出来ますが・・・』

戦略パネルを見ていたニコルが、難しい顔つきでの出したシミュレーション経路を見て呟いた。 ガモフがこのまま距離を詰めていけば合流前には"足つき"には追いつく。 ヴェサリウスが此処へ到着するのを待っていたら合流を見逃す事になるのでそれだけは食い止めたかった。

『此方が月艦艇の射程に入るまでの時間は10分です』
『10分しか無いんですか・・・』

がキーボードを操作し、宙域経路を展開しながらニコルへと語りかける。
真剣な眼差しはニコルの考えを更に慎重にさせた。

『"10分はある"って事だろ?』

同じく戦略パネルへ視線を落としていたイザークがニコルの言葉を遮る様に笑った。

『10分しかないのか、10はあるのか。それは考え方って事さ。 おれは10分もあるのに、そのままあいつを見送るなんて御免だな』
『同感』

ディアッカもイザークの言葉に同意する。
限られた時間を困難とも思わず笑って答えるのは交戦的な彼らしい。

『奇襲の成否は、その実働時間で決まるもんじゃない』
『それは分かってますけど・・・』

ニコルはなおも躊躇した。
奇襲だからこそ確実性が見いだせない。

『ヴェサリウスは直ぐ戻ってくる。それまでに"足つき"は俺達で沈める。良いな?』

反対に、慎重なニコルを押してまで強硬論を貫くイザークには理由があった。 ヴェサリウスが居ないとなればアスランも居ない。と、なるとライバルが居なければ戦果を自分自身があげられるからだ。 これ幸いとイザークは笑った。

『―分かりました』

に視線を寄せると、諦めた顔で小さく笑う。
彼女がそう反応するなら、とニコルは渋々頷いた。