≫本当は笑って貴方に伝えたい めいいっぱいの感謝と有難うを (08.11.10)


『貴様、よくも・・・!!』

ガモフへと帰投し、ロッカールームへ入るなりイザークがアスランの胸倉を掴み身体を壁に打ちつけた。 壁には鈍い音が響き、余りの勢いと衝撃でアスランはうっ、と小さく声を漏らす。

『お前があそこで余計な真似をしなければ!』
『とんだ失態だよね。あんたの命令無視のお陰で』

冷たい目を向けつつ壁にもたれていたディアッカも、その状況を止める事無く溜息を吐いてアスランを睨みつけた。 いつもはにこやかに皮肉を言う彼も、今ばかりは怜悧な表情だ。 数でも能力でも勝る戦いだっただけに今回の退却はプライドを傷つけられた様だ。

『・・・・・』

アスランは言葉を紡げない。 今回の任務を無視してただ自分の感情で動いてしまったのは紛れもない事実なのだから。 正当な意見を言う二人に言い分けすら返す事が出来なかった。



◆My love story◆



『ジュールさん?!』
『何やってるんですか、こんな所で!!』

後からロッカールームへと足を運んだとニコルは、ドアが開いた瞬間その光景を見て驚いた。 掴みかかるイザークは今にもアスランを殴ってしまうんじゃないかと言うほどで、 ニコルは慌てて「やめて下さい」、 と間に割り込みイザークをたしなめた。が、憤慨している彼はニコルに荒々しい言葉を投げた。

『四機でかかったんだぞ!それで仕留められなかった!こんな屈辱・・・!!』

アスランを締め上げたままニコルを見るイザークの顔は怒りに歪む。 放たれる言葉はもっともかもしれないとニコルは瞳を揺るがせた。 けれど、傍から見ていたは表情を変えなかった。 彼女の眼に映るアスランの顔色からは何か理由があったのではないかと推測される。 が、当事者でもない自分がそうそう言葉を挟んで良いのかと、イザークの激昂する声を聞きながらは様子を伺った。

『だからって、此処でアスランを責めても仕方ないでしょう?!』

代わりにニコルがイザークの視線に怯む事無く言い返す。 少女の様な容姿から、まさかそんなにも強い姿勢が返ってくるとは思わなかったは彼の言動に些か驚いたが、 イザークとの長い付き合いからの経験と、流石エリートの赤に選ばれただけはある度胸の賜物と納得した。 そんな事をが考えている間もじっと自分を見るニコルの眼に、 イザークは舌打ちをするとアスランをもう一度睨み突き放した。

『フンッ』

不機嫌に振り向くイザークは瞳と同じくらい冷やかな色を持つ髪をさらりと靡かせる。 着替えもままならない状況だったが気分が悪いとばかりに荒々しくドアへ向かうと、 入口で呆然と立ち止まっていたと目が合った。

『・・・さっきの宙域と言い、今と言い、何でお前が此処に居る』
『映像取得をしろと言われましたので出てました。今はデュエルの事でジュールさんにお話を・・・』
『後にしろ』

まさかこの状況を見ていたのに、そのまま素直に返答されるなんて思わなかったイザークは、 やっぱり間の抜けた女だなと舌打ちし、 の顔を流す様に見ては、トン、と地を蹴り無重力に身を任せ部屋を後にした。

『ごめんね、ちゃん』
『ディアッカさん』
『ディアッカで良いよ。少ししたら機嫌直ると思うからその時にまた声かけてやって』
『はい』

それを見ていたディアッカはの肩にポン、と手を置いてフォローの優しい言葉と笑顔をくれた。 しかし、少し振り向いたかと思ったら表情を一転させアスランを鋭い視線で睨み、 彼もまたイザークを追って部屋を出て行く。 アスランはそれを見届けた後、何とも言えない顔をしたままゆっくりと身体を起こしてドアへと足を進めた。

『アスラン、貴方らしくないとは、僕も思います・・・、でも』
『今は・・放っておいてくれないか、ニコル』

擦れ違いざまにニコルも心配そうな目でアスランを問うが、 アスランは顔も上げず彼の気遣う目にも視線を寄せずに進み続けてはロッカールームを出た。 は廊下を力なく歩くアスランの後姿を見ていたたまれなくなる思いが込み上げ思わず彼を追った。



『アスラン!』

アスランはの声に気付いて足を止めた。 他の考えと共に、彼女にこんな姿を見られるなんて情けない、 と言う想いが頭を過るが感情に理性が追い付かない。 伏せられた視線はどうしたの、と問わずにいられないのも分かっている。 けれどあと少しでこのガモフに乗せられた同胞の事を思うと虚無感にかられてしまい、 そんな感情を隠す事が出来ない。

『あの、飴、食べます?』
『・・・は?』

の言葉に、アスランはぱちくりと瞬いた。 今だったら誰もがあの行動の理由を聞く場面なのに、彼女は検討違いな事を言っていないか、と。 はアスランの疑問符を含んだ視線を気にも留めず、 ポケットに忍ばせていた小さな包みを取り出しながらにこやかに笑顔を向けている。

『疲れた時には甘いものとった方が良いですよ。コレ、あげます』

答えを聞かないままはアスランの動かない手を取り、ちょこんと飴を乗せる。 にっこり笑って頂き物なのですが美味しいんですよ、 と言うと自分にも一つ取り出し包みを解いて口に放り込んだ。 自分の手に乗る飴とを交互に見ていたアスランは、口を大きく開け入れた飴の甘さを堪能しながら 些細な幸せに喜んでいる単純なの顔を見てふっと笑みを漏らした。

『・・・さっきの戦いも今も、君には敵わないな』
『え?』
『いや、何でも。・・・なぁ、話を聞いてくれないか』

そう言うとアスランはに向かい直して真剣な目つきをした。 余りに真っ直ぐに自分を見るものだからはしっかり足を地につけ姿勢を正し返事をする。

『クルーゼ隊長には伝えたんだが、あのストライクには俺の友達が乗っているんだ』
『あれ、に?』

こくりと頷くとアスランは通路の壁に寄りかかりながら話を続ける。

『俺は昔コペルニクスに住んでて、そこで随分仲良くした相手だったんだ。 あいつも―、"キラ"もコーディネーターだから、 いつかプラントに来るって、そう思ってたんだけど・・・』

何処か遠くを見ている伏せられた緑色の瞳は悲しみを映して居て、その表情には相槌以外の返事をする事が出来ない。 が、頭の片隅では一つの謎が解かれていた。 コーディネーターが搭乗していたのならば、あのストライクの俊敏な動きに納得がいく。 その"キラ"と言うアスランの友達が、OSを書き換えたに違いない。

『あいつがあのまま地球軍でストライクに乗り続けるなら、ザフトに、プラントに来ないのなら・・・。
 俺があいつを討たなければならない!!』

突如、バンッ、とアスランの右腕が壁を打ち付け、はその激情を含む音に身を驚かせた。

『アスラン・・・』

でも、は直ぐに気付く。 アスランの壁に打ち付けた震える右手が「過去の友達を討ちたくない」、 と物語っているのが何も知らない自分ですら分かる位で、 そんな彼の悲憤する背中に気休めになればとそっと手を伸ばす。 不意に感じた優しい温もりにアスランは少々驚いたが、 心まで届きそうなほど寛仁なそれを甘んじて目を閉じる。

『・・・討つ事だけが方法じゃないから、だからアスランは、あの時彼を討たなかったのでしょう?』

背に手を当て覗き込むようには厚い言葉をアスランに与える。 囁く様に、流れる風の様に柔らかく入る声は、迷い戸惑うアスランの耳に心地良かった。

『・・・・・・。有難う』

身体を起こしもう一度をしっかりと見ると、礼を言われたのが嬉しかったのか満面の笑みが返される。 その顔につられてアスランも無意識に笑顔になった。 こんな風に心を救い、笑顔をくれる相手が身近に居てくれたなんて。 穏やかに笑いかけてくれる彼女が、やっぱり自分は好きなのだと実感する。



!』

解れた顔をする二人の間に、廊下の遠くから声が割り込んだ。 ディアッカだ。彼は一度アスランを睨んだが、へ視線を変えるとにこやかに手を振って此方へと歩いて来る。 ついさっきの出来事だ、ディアッカが心落ち着かないのも仕方ない。 アスランはイザークとの事も思い出したのかバツが悪そうな顔に変ってしまい、 じゃあ、俺・・・、と小さく呟きの制止も聞かずその場を後にした。

『大丈夫、かな?』

心配気に見たが、まだ普段の様な覇気が無いとは言えさっきとは違ったアスランの後姿になっていた事に安堵した。 辛い戦争だがこれからの事を思うと悲観的になって貰いたくない。 軍に所属している以上、まだまだやらなければならない事が沢山あるだろうから。



『イザーク、今なら話出来るよ』

ディアッカに案内されながらイザークの部屋へ向かうは、不機嫌な彼を思い出して首を傾げた。

『お疲れ様です。ね、どうしたら彼の機嫌直せるんですか?』
『んー、それには寛大な気持ちと忍耐力が必要なんだ』

腕を頭の後ろで組み、ディアッカはにやりとを見下ろした。 その顔からは同室のよしみであった彼の経験と功績が読み取れる。

『寛大?忍耐?・・・例えば?』

の質問にディアッカは聞いちゃうの?と肩を竦めては溜息を吐いた。 その動きには年季の入った哀愁が含まれているのが他人の眼から見ても分かり、 逆にの興味を駆り立てる。

『八つ当たりされても我慢、部屋を滅茶苦茶にされても我慢』
『あのジュールさんがそんな事するんですか?』
『するよ。今度俺の部屋来る?』
『自分のじゃなくてディアッカの部屋でやるんですか。それはそれは。やられたら、お手伝いしに行きます・・・』

婚約者だった、と言う忘れてしまいそうな設定を思い出したは少々ながらディアッカに対し罪悪感を感じた。 そして、彼がする事はいずれディアッカから自分に降りかかる可能性があるかと思うと それは少し困った気もする。 ただイザークが自分と結婚をするなんて、今のままの関係だと多分、ではなく絶対、 天地が引っくり返ったとしても言わないだろうけれど。

『手伝いじゃなくていつでも遊びに来て良いんだよ』
『―ふざけるな、ディアッカ』

イザークの部屋付近に来た時、つんと冷たい声が聞こえた。 気分を落ち着けたらしいがまだパイロットスーツのままのイザークが、を呼びにだろうか廊下へ出ていたのだ。

『あれ?もしかして俺がちゃんと仲良くなるの妬いてるの?』

二人の関係を知らないディアッカはその場の空気が読めない事を聞いてくる。 今しがたディアッカがしていた会話からイザークの手の早さを推測したは隣に居るディアッカに向けて顔を覆えとジェスチャーするが、 それも遅く彼の顔面にイザークの容赦ない拳がお見舞いされた。 無重力に流されるディアッカを見て、これか、とが呟いたのは言うまでもない。



『デュエルの装備の事なんですけど』

ディアッカが赤くなった頬をさすりつつ聞えない程度の文句を言いながら去った後、 部屋に通されたはポケットに持っていたマイクロディスクを取り出した。 それを見てイザークが顎でデスクを指すと、 生活感の無い整然としたそこにはシンプルなコンピューターが置かれていた。 使って良いのだろうと判断するとはPCを起動させながら振り返る。

『今、スタンダードなデュエルへの追加装備を考えているんです』
『おい』

腕を組んで後方に居たイザークは、気分は落ち着いたのだろうが不機嫌が治ったとは言い難い顔で口を開いた。 は振り返り様に向けられたイザークの顔を見、これ以上デスクがあって下がれない場所なのに後ずさる。

『ディアッカに言ったか?』
『は?何をですか?』
『何をって・・・、お前。俺達の事だ!』
『俺達の事・・・?』

先日の涙の件と言い今回の問いと言いなんと間の抜けた女だ、とイザークは一人思い嘆息した。 助言を与えてやってもまだ何が、と内容を探す姿には言葉の続けようもない。 ここまで抜けているとディアッカのようなお気楽人間と、と言わずとも 誰かと仲良く話す機会があれば口をうっかり滑らせてしまうかもしれないではないかと心配になる。

『・・・ああ!大丈夫です。何も言ってませんよ。この前だって言わなかったでしょう?』

起動したPCを確認すると、は椅子に腰かける。 今さっきディアッカとの話ついでに思い出していたし一応忘れては無かったのだけれど、 一番婚約者と言う事を忘れたそうな彼が口にするなんて、 念を押す程自分は言ってしまいそうに見えるのかと思ってしまう。 実際そう思われているのも知らず参ったものだと自然に零れる笑顔でにこやかに返しながら マイクロディスクを差し込んで、ファイルを呼び出した。

『絶対に言いませんから』
『では、あの時・・・のは?俺が、お前を泣かせた』
『・・・!』

―じゃあ貴様が整備しているものはなんだ?
 俺みたいな好戦的な奴等も含めて、戦闘させる為だろう―


その言葉にの手が視線が表情がピクリと止まり強張った顔が横顔からでも確認出来た事にイザークは気付いた。 あの時、自分が間違った事を言ったとは思えない。 けれど彼女の涙はイザークの言葉を躊躇させるに十分だった。

『あ、ああ。あれですか・・・』

やっと開いた口にはそれしか出て来ず、思い出す痛いほど真実を現す言葉にの手はのそのそとキーボードを操作する。 今までしていた笑顔を自然に自然にと思うが、いつもの様な顔が作れない。

イザークは何も悪くない。泣いたのも自分の勝手で、彼の言う事は確かなるものだと納得している。 相も変わらず矛盾した綺麗事を述べ、この紅く汚れた手が毎日毎日整備しているのは破壊兵器だ。 自分が手を下していなくても、自分が整備した兵器が戦場に出ているのなら実質同じ事。 分かっていた。知っていた。でも卑怯な自分は目を逸らしていた。 研究が好きなのを、整備が好きな事を良い事に、 それが何を行っているのか理解していたのに自分は関係無いとばかりに没頭する事で。

本来なら、感謝しなくてはならない。 現実から逃げていると再認識させてくれた真摯なイザークに。 だから、こんな自分は彼につり合わない。 隣に居る未来があってはいけないんだ。 は一度上を見て息を吸うと、しっかりと自我を保とうと一人頷いた。

『気にしないで下さい。もう大丈夫ですから』

イザークを振り返った時には、いつもの笑顔を浮かべていた。 その顔に、イザークは何も言えない。 だって、自分はの横に立っていて今の彼女の表情を見ていたのだ。 この前は知るものかと思ったがあんな顔を目の前で見せられて今更組む腕を振り 「大丈夫じゃないだろう」と一喝出来る程無神経じゃない。 自分が、彼女にこんな顔をさせたのだから。

『・・・悪かった』

疑いたくなるほど小さく小さくの耳に届いたイザークの声。 不機嫌な顔をしていた不機嫌な彼がまさか謝ってくれるなんて、とは遠慮がちに首を振る。

『悪くない貴方がそんな事言うの、やめて下さい』

今度は視線をPCへと向け、ファイルを順に開き準備を進めるはイザークの言葉を遮った。 しっかりと声を放つ彼女は冷静な心を取り戻したのかキーボードを叩く指使いが滑らかになった。

『関わりませんから、私』
『は?』

PC画面を見たまま、は笑顔を続ける。

『もう、関わらない様にします。貴方に。 プラントに戻ったらエザリア様にちゃんと婚約破棄して頂ける様に言います。 貴方には、絶対にもっと相応しい方が居る』
『え・・・?』
『って、私に言われなくても分かってるか。認めないって言われましたしね』

変わらず笑顔のまま淡々と話続けるに、イザークはついて行けなかった。 確かに彼女を認めないと断言したし、婚約が破棄出来るならそれで良いに越した事はない。 どうせ公式発表したわけでもないのだから誰にも知られていないし、無かった事として終われる。 しかし、自分で言うのもなんだが現在に至るまで母親には反抗せずにいたし、 母の決める婚約者なら腹をくくらなければならないだろう、と何処かで覚悟もしていたのに。

『ジュールさんからじゃ、言いづらいでしょ?』

イザークが心が読めたのかと思うほど、的確な言葉を口にするはポン、と最後にキーを押して席を立つ。 いくつか開いたファイルには、デュエルの装備に関するデータが見えた。

『それでは、また伺います。お手数ですが目を通しておいて下さいね』
『おい、ちょっと待て』

部屋を出ようとするに、イザークは考えも無しに呼び止めた。 どうしてだろう、頭の中では良いじゃないか破棄出来るのならそれで、と考えているのに。 でも何処か心に引っかかるのはさっきの表情を見てしまったからだろうか。 いや、今に始まった事じゃない。 この女が、色々な表情を見せるのは。

『大丈夫ですって。エザリア様の事はお任せ下さい』

イザークの制止も聞かずにドアを出て、礼をしながら向けられるの顔はすっきりとしていた。 さっきのは何だったのかと思わせる程少しも曇る事無い笑顔。

『失礼します。また、後程』

閉められるドアを、イザークは黙って見ていた。 だって、これ以上引き止めた所で彼女と何が話せると言うのだ。 何処か、一歩距離を置いている話し方の彼女に。



『・・・紅い手』

は開閉ボタンを押した手を見てそう呟いた。 彼が今日と同じ様な不機嫌な顔をして格納庫まで足を運んで来た事を思い出す。 あれからそんない時間が経った分けではないのに、随分彼からは色々と逃げていた部分に気付かされた。 有難うと、伝えたいけれど自分が近付く事は許されない。 だから、汚れた自分は近付かない。

感謝の形を、これくらいでしか返せないけれど。