seed3-1 『あ、お疲れ様、イザーク!』
。外に居たのか』

イザークが仕事を終え、久しぶりに陽の出ているうちに家へ帰れば迎えるように門の近くにある花壇の世話をしていたが顔を上げた。 一日中精をつくしていたのかと分かるほど土にまみれた服だった為か、直ぐそこで足を止めてイザークに近寄るのを躊躇う。 「帰って来てくれて嬉しい」、と言った感情を湛えた表情と、「近づいたら汚してしまうかもしれない」と不安げになる表情は野良猫のように可愛く、 ふぅ、と制服の首元を緩めたイザークは、を見て微かに笑った。

『こっちに来い』
『でも、私こんなに汚れて・・・』
『良いから、早く来ないと家に入れないぞ』

少しだけ、呆れた目でイザークはを見る。一年も一緒に住んで居るのに、まだ彼女は余計な気を使うのだ。



もう記憶を無くして一年が経つが、にこれと言った変化は無い。 首に光るチェーンに通された紅い石の綺麗な指輪と、の周りを舞うマイクロユニットの白蝶が本人曰く「大事なもの」と言う事が分かっただけで、 それ以上の記憶は期待出来なかった。

だからと言ってイザークは自分が復帰所属するザフト軍の話や、搭乗する機体、戦艦の事については詳しく触れていない。 一番思い出せそうなきっかけなのだが「あの」戦争中の出来事に触れてしまい、 欠片でもの昔の思い出を呼び覚まし、悲しい思いをさせるのが怖かったりもする。

ニコルも、ラスティも、ディアッカもそうだ。 自分達との思い出を思い出して欲しい反面、辛かった戦争の事は忘れていて欲しいと望んでいる。 忘れられて虚しい気もするが、記憶を失った事でが笑っている今、「これでも良かったんだ」と、思っている筈だ。



『今日は早い帰りだね』
『ああ、明日は新兵の入隊式だからな。今日は早めにあがってきた』
『"ZAFT"・・・だっけ?戦争が無いのに入隊したい人居るんだ』
『まぁな・・・』

パタパタと土のつく服を叩いたの隣を歩き、イザークは自宅へと入る。 何の気なしに言ったの言葉だが、イザークは気になるのか小さく溜息を吐いた。そうだ。まだまだ入隊志願は多い。戦争の爪痕は、とても深い。 真っ直ぐに洗面所に向かう、手に大量の泡を作りながら洗う無邪気な後姿を見ながらイザークは俯いた。

確かに、ナチュラルとの戦争は一年以上も前に終わった。
苦しく、壮絶で、自分はの笑顔と、光り射すプラントの未来を守る為に戦ったが、 血を流し破壊と殺戮を生む「武器を持って戦う事」はただ無意味だった。 その為に傷つけ傷ついて、己や友人だけでなく、目の前に居る大事な少女を悲しませるだけが結果だった。 あれだけ沢山のものを失ったのに、の記憶も、プラントと地球との大きな問題も、まだ抱えたままの世界。 そんな簡単に事が進まないのは分かっているが、もどかしい気持ちが胸を締め付けた。 伏し目なイザークは小さく呟く。

『でも、微々たるものしか進まない会議を繰り返す議員の仕事より、俺には合ってるのかもしれないな・・・』
『何?軍の仕事の話?』

しっかりと水で汚れを落としたは、聞こえた声に首を傾げた。 イザークとは反面、にっこりとする顔は清清しい。毎日を楽しんでいるせいだろうか、その顔を見てイザークはふっと、笑みを零す。

『ああ、色は違えどこの軍服は着慣れたもので、余計な力が入らず良いと言う事だ』
『前は赤だったんだっけ?「優等生」の赤?あはは、イザークっぽい』
『優等生?俺が?正に「優等生」ってのはアスランだろ?』
『アスラン?そんなに真面目な友達なの?』

上着のボタンを二つ外した頃、さらりと口をついた言葉にが首を傾げて反応した。 イザークも、気を抜いた自分が滑らせてしまった言葉に気付き、二人の間に暫しの沈黙が流れる。

『イザーク?』
『あ、・・・いや。何でもない』

気が、緩んでしまったのだろう。あんまりにも普通にするは、言葉使いが違うだけで然程昔と変わらなくなってきている。 元々の性格と、今の性格と、持ち合わせるものは変わらないのか、だから時々自然過ぎて記憶が無い事を忘れそうになる。 あの頃、戦争中の頃、ひたすらストライクと"足つき"を追っていた頃に、戻ったような気にさせる。

未だ疑問の瞳を向けるへゆっくりと首を横に振ったイザークは、の頭をポンポンと撫でると、「着替えて来る」とだけ言い自室へと向かった。



『お帰りなさい。イザーク』
『遅ーい。もう俺のお腹がえぐれてるぞー』
『何だ、ニコル。・・・に、ラスティまで。また来てたのか』

イザークが着替えてダイニングへと向かうと、すっかり席について落ち着いていたニコルとラスティが手を上げて迎えた。 いつの間に此処へ来たのだろう、と眉を寄せたイザークだったが、 ほぼ毎度の事なのでこれ見よがしな大きな溜息を吐いて冗談半分にラスティの座る席を蹴る。 「ニコルも居るのに、何で俺だけを蹴るの?」と言うラスティの声も虚しく、イザークはいつも自分が座る席へと涼しい顔をして腰掛けた。

『ねー、ちゃん!持ってきたものは全部冷蔵庫に入れておいたからね・・・、ってイザーク、もう帰ってきたのか』
『ディアッカまで・・・!貴様等!!』

丁度席に着いた頃、ひらひらと手を振ったディアッカがキッチンから出てきた。 地球から帰ってきたディアッカも、ジュール邸にマメに行き来するようになり、もう自分の家のような感覚なのだろう。 空になった袋を小さくしまいながら、帰ってきた家の主へと笑みを向ける。

『まぁまぁ、怒るなよ、イザーク』

まるで他人事のように笑うディアッカに、イザークは更に溜息を重ねた。 毎度だけれど、慣れた筈なのだけれど、だからと言って全く気にならない分けでもない。 一応自分の家で休みに来ているのだから。

それに、本当は好きなが折角傍に居てくれる時間を、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが自分は「二人きりの時間」を楽しみにしているのに。



『そ、そうだよ、』

イザークが眉を顰めていると、ディアッカの横からが割り入り、少し引き攣った笑みを浮かべては、話題を逸らそうと目を泳がす。

『ディアッカ、今日は色々な食材を届けてくれたんだよ。フルーツも沢山くれてね、食後に皆で食べよう? それにニコルはね、また花の苗をくれたの。さっき植えたから明日出かける時に見て』

もう暗くてよく見えないだろうから、とは頬をかく。 さっきまで土だらけになっていたのはニコルから貰った苗を植えていたのだろう。 話題を変えようとしていたのに段々と嬉しそうに話す姿は彼らの配慮に幸せを感じている証拠だ。 こちらにも分かるほど、はキラキラとした瞳で言葉を紡ぐ。

『・・・ラスティは?』
『へ?』

の話が落ち着いてきた頃、イザークはチラリとラスティを見やる。
突如自分に話が回ってきたラスティの身体は固まり、目は点へと変わる。

『貴様は何しに来た?』
『や、やだなぁ。俺はこの笑顔を届けに来たんだよ』
は貴様の笑顔を見れる事が嬉しいと、そう思っているのか?』
『そうじゃないけど・・・』

瞳の色と同じくらい冷たい視線を向けるイザークに、ラスティは次の言葉を見つけようと考える。
しかし何も浮かばず結局はニヘラとした笑みを返すくらいしか出来ない。

『良いじゃない。「皆何かをあげに」、じゃなくて「ちゃんに会いに来てる」んだから』

ラスティが困っていると、ディアッカがさらりと言い放つ。 それによってイザークはチッと舌打ちをして視線をラスティから逸らした。 日に日にイザークを嗜める技に磨きがかかっているな、とラスティは感心する。 イザークの視線が逸れたのを確認したラスティは有難うの意を込めてディアッカへと小さく頷いた。



イザークだって分かってる。どうしてこの家に皆が集まるのか。

誰もが思っているんだ。いつか、何かの拍子での記憶が、万が一もしかしたら、「戻るかもしれない」、と。
戻らなくても良いと思っている反面、戻る日が来るのだろうと、そう思ってる。

"その時"はきっと彼女にとって辛く、悲しいものであるのは間違いないのだから、決して一人にさせては置けない。
涙しても良いように、誰かが、そっと悲しみに暮れる肩を抱いてあげられるように。



『そうですよ。僕もさんの顔が見たくて来てます』
『有難う、ニコル。私も皆が来てくれて嬉しいよ。イザークだってそうでしょ?』

随分と大人になったニコルの甘い言葉に、照れる事もたじろぐ事もせずただにっこりと素直に笑ったを見て、イザークはグッと声を押し戻された。 沢山の文句が喉まで来ていたのに、皆が居る事を喜ぶそんな顔をされたら、何も言えなくなるじゃないか。

『・・・まぁ、住人よりも先に家へ帰って来るのはどうかと思うけどな・・・』

そうは言ったイザークだったが、嬉しそうに目を細めるを見て、同じように、優しく優しく笑った。