≫ただ、願ったものは儚く消え去る運命の下に (08.10.02)


「おい!こっちだ!」

漆黒に染まる宙を数十機のモビルスーツ部隊が駆ける。 一糸乱れぬ動きをする集団の先頭には一機、左肩にザフトのマークを記した真紅のモビルスーツ。 そのMSはどの機体よりも太陽の光を反射して輝いていた。

正面から向かって来る弾頭を避けひらり軽々しく身を宙に舞わせると、 中にいる白服を纏った小柄なパイロットが無線を通して凛とした声を張り上げた。 真紅のMSの後方に付いていた数十機のモビルスーツは通信が伝わるとモニター越しに互いの顔を見合わせ、 フットペダルを踏見込み凄まじいスピードである一点へと向かって行く。

そこは、遥々と視界の広がる宇宙空間。 見渡す限りキラキラと星が静かに瞬く神秘的な空間なのだが、 モビルスーツに乗る彼等の目にそれが留まることは全くと言って良いほど無い。
ただただ邪魔にしかならない星屑達を避けながら、MSパイロット達は白服 ―隊長ー  と呼ばれるMSに付いて行った。

「ユニウス・セブンに、連合の戦艦が近付いている?」

真紅のMSの後方に付いている一人がふとコロニーの傍、 非戦闘領域に入っている幾数の戦艦に気付き声を漏らした。 そう口にしたと同時に前方に位置していた各敵艦のカタパルトから連合軍のモビルアーマーが出撃する。

―――【ユニウス・セブン】
120基あるコロニーの中の一つで、人口は約25万人。
プラント全体に配給する為の食糧生産、研究を盛んに行っている場所だ―――

「気付いたか。奴等は何か企んでいる。わたしが戦艦を狙う!お前たちは眼障りなメビウスを!」
「ハイッ!!」

隊長機の号令後、数十機のMSが紅いMSから離れて行く。 そして各々戦艦の周りを取り囲むモビルアーマーへと噴気し、 力強くレバーを引いては「ザフトの為に」と向かって行った。



「・・・非戦闘員が居るコロニーに、何故そんなに近づく」

単独一機で隊を離れた隊長と呼ばれるパイロットが、小さく呟く。 まるで冷静なその人物は、いとも簡単に戦艦から撃たれる弾頭ミサイルをビームライフルで撃ち落とし、 レバーを引きバーニアを噴射してはキラリと機体を光らせ弾幕を避ける。 勿論その間に隙をついてくるモビルアーマーにも応戦しながら。 ある程度距離を詰めた処でペダルを強く踏むと、これまで以上に素早い動きで戦艦の下へと舞い降りた。

「コロニーが後方にあると攻撃出来ないと思ってか!」

ならば、と背に装備しているビームサーベルを引き抜く。 そしてその右腕が戦艦内のブリッジを狙って、大きく振りかぶった。

それは、あっと言う間の出来事。閃光を放ったかと思った戦艦は一瞬にして爆発した。 しかし此処は宇宙空間、何処にも反響されず飲まれた爆音は、 ヘルメットのせいも有り、パイロットに届く音はとても籠ったものだった。

「・・・ふん」

紅いMSに乗るパイロットは一瞥した後、顔色一つ変えずにそこから離れた。 熱の残る爆風、飛び散る戦艦の残骸に当たらぬ様、そしてその他のモビルアーマーからの攻撃を受けぬ様に。

「ん?」

敵機攻撃回避用アラームセンサーの音が鳴り外部モニターに目をやると、 パイロットに一息つかせんとばかりに間を開けず連合軍のモビルアーマーが攻撃を仕掛けてくる。 そればかりか他所の戦艦からの砲弾も飛んできた。 それはまるで雨の様に降り注ぐが、やはりパイロットは顔色一つ変えなかった。

「・・・誰を相手にしてると思っている」

此処でやっと、パイロットは「ふ」と笑みを漏らす。 「ナチュラルどもが」と形を作る口元が余裕を見せるのは、 乗るMSが全ての攻撃を避けられる今までのMSでは考えられない速さを持っているからだった。

「な、なんだあのMSは?!」

モビルアーマーに乗る連合軍は、初めて目の当たりにするその機体の余りの戦闘能力に息を呑む。

「もしかして・・・、紅いMS??あ、あの"鬼神"か!?
 おい!皆!!"鬼神"が出たぞ・・・ッ」

敵モビルアーマーのパイロットがそう言葉にした時には、もう遅かった。 通信を通して次の言葉を発する前に、自機が爆発してしまった。 位置をしっかりと確認しロックした"鬼神"と呼ばれたその赤いMSのビームライフルが、 コックピットへと的確に銃弾を浴びせたのだ。

「こんなもんか、どいつも・・・」

軽く鼻で笑うと一機、また一機と的確に連合軍の艦隊を討ち落としていく。 どのMSより優れたパイロットを乗せる紅い"鬼神"は誰よりも強い。 "鬼神"が出現したのは左程昔ではないけれど、群を抜く強さからか戦場の中で瞬く間に噂となった。 連合軍もザフトと遣り合うなら"鬼神"が出現する事は想像に難しく無い筈だったが、 まさか自分が相手をするとは思っても居なかったのだろうか。

「退け!"鬼神"には敵わん!!」

エリア一帯を任された連合軍の総指揮官から、その場からの撤退命令が下る。 情けない事に、連合の誰もが絶対に勝てるだなんて思っていないのだ。 それよりも態勢を立て直してから"鬼神"に挑んだ方が、まだ勝算があると言うもの。 そんな事を頭の片隅で考えている連合軍の隙を見つけた"鬼神"は乱れた隊へ攻撃を仕掛け、 流星の如く動きまわり一瞬にして一帯に配置する敵軍を殲滅してしまった。

「隊長、やりましたね」
「流石最強と呼ばれる隊長だ」

隊のMS達が賞賛と共に次の指示を仰ごうと集まる。 隊長と呼ばれるパイロットは、コクピット内の数多くある中の一つのボタンに手を伸ばし、通信を利用した。

「此処はもう落ちた。カーター隊の援護にまわろう」

そう言葉にした時だった。

やっと、そこでその人物だけ気付く。 気をやらなければならなかったのは、非戦闘領域に位置していた数機の戦艦ではなく、 遠くを駆ける数機のモビルアーマーだった事に。 その機体等の直進するその方向は?―何も無い。どう見ても不自然だ。 全速力で一体何処へ向かうと言うのだろう。
赤いMSパイロットは急いでモニタの照準を連合軍のモビルアーマーに合わせるが、 映し出された映像を見て思わず口が開いた。 なんと、モビルアーマーが抱えている弾頭には、核のマークが刻まれていたのだ。

「ぜ、全機に告ぐ!座標Y27に居るモビルアーマーを討て!
 核だ!コロニーを撃たせるな!!」

赤いMSパイロットはこれでもかと言うほどの声を張った。
掠れたその声色がその人物にしてはとても珍しいものなのは、ザフトに所属する誰もに聞こえる様にだ。

けれど。 その声が届いた瞬間、核弾頭が発射する光が確認された。

「このままではユニウス・セブンが・・・!!」

"鬼神"の隊長がまだ言葉を紡いでいる最中、目の前に位置するユニウス・セブンから大爆発が起こる。
誰もが目を瞑る程眩しく光ったと思えば、 約25万人を収容する大きなコロニーが一瞬の内に熱を放出し小さな宇宙の欠片となった。

数多の兵士達が命をかけ、守ってきた生命を紡ぐ宙の土地コロニー。 "鬼神"が戦艦を落とした時の音はただ籠った爆発音が耳に届いただけだったのに、 今あの場から聞こえた音はなんとクリアで痛烈な事か。 連合の無慈悲な核弾頭の前では、最強と言われるMSパイロットも距離を詰め止める事すら叶わなかった。 もう呆然とするしかないのは、目の前で繰り広げられた展開に自分が無力だと考える間も無いからで。

「お父さん・・・お母さん・・・」

"鬼神"と呼ばれたMSパイロットの瞳から、 先刻まであんなに冷静に戦闘を行っていたとは思えない程に涙が溢れる。 しかし、ヘルメットの中の涙は頬を伝わる事は無く、 自覚の無いまま流れるそれは無重力に任せて浮かぶ小さな滴を作るだけだった。

―その日以降。
"鬼神"と呼ばれるモビルスーツとパイロットはザフトから姿を消した。


C.E.70 2.14.
それは後に[血のバレンタイン]と呼ばれる出来事である。